「惜しかったな爆豪! 次頑張ろうぜ!」
「うるッせぇ…」
ポニーテールの女子生徒が講評を執り仕切った後、勝己は切島の励ましに
敗北の事実がそうさせた。
勝己から勝気さを取り払った。
不可視の泥漿が水圧を加えているようだった。
『挫折』と、その一言で片付けてしまえば気休めにはなるだろう。
ただ、彼にそれを許せる寛容さは無かった。
「それじゃ、Bチーム対Iチームの第二戦スタートォッ!!」
生徒が1人負けたところで訓練は終わらない。
2戦目、皆の注目株は紅白頭の男子。
個性把握テスト
氷と炎を兼ね備えた正真正銘ハイブリッド。
名を、轟焦凍。
勝己でさえ勝敗がどちらに傾くか分からない人物だ。
尤も、その判断基準は今息をしていないが。
大画面に映る半身氷漬けの男。
オールマイトの合図からすぐ、彼がビルに足を踏み入れる。
──間もなく、ビルが凍り付いた。
核を刺激せず、且つ敵の行動を妨ぐ一手。
無慈悲な先制攻撃。敵チームに為す術は無かった。
初手で王手を取ったも同然だ。周りからの評価は高くなる。
「つっよ」
「…完封じゃん」
「風邪ひいちまうな…寒風だけに」
「寒いんだから心温まるエピソード話そうよ」
歯を食い縛って震えることさえ叶わず、周りの雰囲気と反比例して立ち尽くす勝己。
薄ら寒さに懸念が浮かんだ。日没につれて窓が結露するように。
本来の自分を見失い始めた。薄汚い雫はやがて窓に広がり景色を隠すように。
勝てないと、思ってしまった。
「………焦凍、左は使わないか」
不意に耳が声を拾う。
その主である滅理が独り言ちた、重厚な兜越しのくぐもった声を。
“左”、恐らく氷漬けになっている焦凍の左半身を指しているのだろう。
事情があって左半身の炎を使わなかったこと、滅理はその事情を知っていたがために先の言葉を溢したのか。
そう考えるとあの無表情も訳知り顔に見えた。
フルフェイスの兜で見えないが。
というか、その角はなんだ。
これ見よがしにアピってんじゃねぇ。
こうして他のことを考えなければ、勝己の平静は保たれなかった。
ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた脳であれこれと可能性をでっち上げる。
しかし曇りガラスに映るシルエットのような曖昧さでは成果が得られるわけもなく、気付けば3戦目は終わっていた。
見過ごしたと気に病める余裕など無かった。
講評を済ませ、次が控える。
「いいねいいね! 続いて、四戦目も張り切って行こう!!」
待ち侘びた4戦目。謎の入学初日転校生の実力を知るまたとない機会に、一同は期待を寄せる。
「ウチらの番だね」
「スッゲーどきがムネムネだわ今」
「土器が…?」
「緊張でアガってるってさ、上鳴」
「なるほど」
「ちょっ、黒創素直に頷くなって! あと耳郎、オレそんな小心者じゃねえし!」
「初耳だわ」
「ねぇ辛辣…助けてくろえもん…」
「安心しろ。いざというときは救助に動く」
「とりあえず黒創に電話対応させちゃダメってのはわかった」
「頼むぜ八百万! 単純にやりあったらオイラに勝ち目はねぇ!!」
「よくそんな弱音を堂々と吐けましたわね峰田さん…」
「だってよぉ! 上鳴はともかく黒創に力で敵うわけねぇだろぉ!」
「だとしても戦わなければなりませんわ。苦難を乗り越える精神…
「オイラにゃその胸に詰まってるのは夢と希望にしかみえねーけどな」
「…一瞬良いことを言ったと思った私が恥ずかしいですわ」
移動する片手間に、それぞれが緊張を和らげるためか会話を弾ませる。
それも配置につけば止んでいた。
オールマイトが小型スピーカーを持つ手に力を込める。
「Cチーム対Gチーム、スタートッ!!」
開始のゴングと共に、両者は動き出した。
ヒーロー側は索敵を得意とする耳郎響香が率先して個性を用い、味方を援護する。
上鳴電気は彼女に同行し、接敵に備え帯電する個性で近接面の脆さを補う。
対する
峰田実は彼女の行動をなぜか凝視し時折親指を立てている。
そうして各々が最善を尽くす中、カメラに映っていない者が1人いた。
「黒創の姿が見えねーな、どこだあいつ?」
「見た感じ別行動っぽいよな」
「手数で攻め落とす算段か…」
「オルマイせんせー、黒創どこいるのー?」
「ちょっと待ってねー……映るかな…」
操作盤の液晶を太い指でつついてなぞる巨漢の縮こまった背に、ギャップのような新感覚を見出したのも束の間。
ディスプレイの大画面を占めるカメラ映像群に現れた、1つの小さなウィンドウ。
その小窓が怪物の尻尾を暴いた。
「は!? 何してんだ黒創のヤツ!!」
「いやぁ確かに、窮屈そうにしてたけどさ…」
「あの鎧、この短時間で脱げるものかしら」
画面の中の滅理は、通路のど真ん中を
あまりに大胆過ぎるその立ち振る舞いは奇行と言っても差し支えないだろう。
滅理が階段に着く。
上階へ続く十数段を昇りきると、すぐそこにはシャッターの下ろされたドア枠が見える。
閉まっているのはそのドアだけ。
明らかに不自然だ。
『“部位選択”』
映像の奥、つまり現場で滅理の口が寸毫動く。
直後、シャッターが弾け飛ぶ。
動きに性能が追い付かなかったのか、映像では何をしたか確認できなかった。
何をしたのか、は。
「あれが、黒創の個性…!」
怪物と呼ぶに相応しい、錚々たる禍々しさであった。
『正面かよぉ!!!』
交戦が始まる。
画面内でパニックを起こす峰田の叫びも、観衆には届かない。
もとより鍛えられた滅理の腕は、異形の攻撃性を帯びることで一層脅威となる。
体格に見合わぬ俊敏さで峰田に肉薄し、剛腕を振りぬく。
峰田は小柄な体を使って無理矢理潜り抜ける。
出遅れて八百万が捕縛ネットを投げつける。
滅理が右腕を振り戻す。大雑把に見えても至極精密に、鋭利な爪を用いて引き裂く。
戦場は、もうそこにあった。
「ヒーローなのに、ヴィランじみてら…」
「結局鎧を脱いだ理由も分かんねーし…」
「…お、見て峰田が!」
ここまで散々情けない姿を見せてきた峰田が、真っ先に仕掛けた。
峰田の“もぎもぎ”は抜群の接着力を持つ。
頭髪として4つ連なった紫色のボール、戦闘においてはなんの殺傷力もない“ひっつき虫”は。
触れば終わりのどこでもトラップとなった。
『これは…!?』
『へっ…ざまあ、みやがれ…!』
小柄で素早い峰田を捕らえるには、横薙ぎだと命中率も速度も足りない。
だからと言って、得意の振り下ろしに頼ってはならない。
地面が体の逃げ場を奪って威力が乗りすぎる。
ゆえに発想を逆転し、滅理は突き上げた。
体と意識諸共上に飛ばしてしまおうと考えたのだ。
これが悪手だった。
腕の棘は峰田に命中した。
捕らえられずともダメージを負わせられた、ものの。
引き換えに手の甲を捕らえられては立つ瀬がない。
「峰田のヤロー、誘い込んだのか」
「泣きべそかいてたにしては、やるじゃねえか」
「演技だったりして?」
「それは無いと思う」
「……ッ」
勝己は唇を噛む。
あんな雑魚にすら、負けたような気がした。
もう、何もかもがひっくり返って上も下も分からなくなって──
──『ブチィッ』
怪物の本質が改められる。
「は!?!? 黒創あいつマジかよ!?」
「なんという、修羅の妄執…!」
赤々と斑点を滲ませ、睥睨する。
「皮膚ごと千切りやがった!!」
『天井を壊せば良かったのでは…?』
『施設破壊は駄目なんだろう』
戦慄のままに怖気づく生徒たち。
だが、怪物が怪物たる由縁はここからだ。
指の骨に沿って張られている白い腱のようなもの。
筋肉の赤と血の赤が同化して、脈立つ歪な赤模様。
黒の中で際立つ紅白に誰もが注視すると。
その右手が、早送りのように再生した。
『助けに来たぜコクソー! って血ィやば!! 大丈夫なんそれ!?』
『アホ! 奇襲のチャンスを…っわぁッ。…えっと、ホントに大丈夫?』
『二人共、私は大丈夫だ。ありがとう』
3人組が合流を果たし、八百万の圧倒的不利となる。
打開策は残されていないように思えた。
後続2人から向き直った滅理が一直線に核を目指す。
肥大化した右腕が核へ届こうとして。
ひゅっ
ビリィッ!
突如、滅理の身体を電流が襲った。
『ぐ!? んば…!!』
『ちょっ黒創なに!? どうした──』
『──人数不利の下では、増強系で運動能力のある黒創さんに核を奪取されると考えましたの。…電撃は増強系の天敵、ですわよね?』
逞しい身体を十全に活かす脳からの電気信号を狂わされ、滅理は歪な姿勢で硬直する。
極限まで床材に溶け込ませた“シビレ罠”を、滅理は裸足で踏んでしまったのだ。
床にばらまかれた峰田のもぎもぎは、足場を限定する誘導装置として現役であった。
しかし、八百万の『創造』は発電もできるほど万能ではない。電源は他にある。
『はぇ…あたまが…まわんね…』
『うわ上鳴がボトボトに…』
『峰田さんが稼いだ時間で、床に高濃度の塩水を撒いておきましたわ』
死角での出来事ゆえ耳郎は気付けなかった。
かの死海にも匹敵する塩水が詰まった水風船。建物の柱に隠したそれを、気絶のフリに徹していた峰田が投げたのだ。
そして弾けた中身は、導線のように張り巡らされた床の塩水と触れた瞬間、漏電を起こす。
後は、上手くシビレ罠が電気を拾うよう祈るだけ。
滅理が罠を踏まなければ成立せず、また電撃の耐性があれば通用しない。
そんな大博打を、八百万は勝って見せた。
『峰田さん!!』
『っおう!!』
峰田が滅理の確保に動く。
遠距離攻撃を持つ耳郎も、核との直線上にいる峰田には出す手が無かった。
残る手は電源を落とすこと。
漏電して何故かアホになっていく上鳴をどうにかしなければ、滅理は動けないままだ。
しかし、対策なしにずぶ濡れの上鳴を触っても平気なのか?
何より仮に救出したとして、勝ち筋はあるのか?
そんな戸惑いが耳郎の判断を鈍らせた。
『ッま…ダだ…!!』
怪物の底力が息を吹き返す。
窮地にこそ滅理の負けん気は煽られる。
峰田の復帰は手を抜いた自分の落ち度だ。優勢を劣勢に変えたのは自分だ。
己の失態は、自ら尻拭いしなくてはならない。
確保証明のテープを巻き付けんと峰田が迫る。
背後からの急襲、満足に動けない今の滅理には手も足も出なかった。
あくまでも手と足は。
内巻きになった尾骨が起き上がる。
急速に器官として後付けされていく肉の鞭は、その成長を助走にフルスイングされる。
『ごッ…!?』
新たに、滅理は尻尾を生やして迎撃した。
「あれ、黒創に尻尾あったっけ!?」
「いや、生やしたんだ。あれも個性か」
「発動ついでに攻撃て、器用なことすんなぁ」
「おい見ろ! 脚も変形してるぜ!」
まだ勝利ではない。
最後の力を振って絞って、歯磨き粉の最後っ屁を出すように。
シビレ罠の電流を突破する脚力が生まれる。
床ごと罠を踏み砕き、滅理は手を伸ばした。
───『ヒーローチーム、WIIIIIIIINNN!!!!!!!!!!!!』
オールマイトの大声が鼓膜を通り抜ける。
第1戦目と同じ声量には、彼の興奮が表れているようだった。
戦闘訓練が終わり、オールマイトが超スピードで退室して。
生徒たちは更衣室までの道すがら、談笑混じりに訓練の感想や反省を飛び交していた。
「黒創くん、結局なんで鎧脱いだん?」
「それな。あれを早着替えできるのすごくね? 出動早そう」
肉球を持つ無重力少女、麗日お茶子が何気なく発した疑問を上鳴が拾う。
「あれは継戦能力を補う物に過ぎない。個性柄、持久戦は不得意だが今回は短期戦だったので必要なしと考えた。それに嵩張る」
「上着みたいな扱いじゃん。普通に無理くね?」
「私の
「剥いでて。えぐいな」
「あの再生力だし、やろうと思えばできんのか…」
「まずやろうと思わんといてって」
バイオレンスな一面を持つ
それが黒創滅理という生徒の印象で、1-Aの生徒ほぼ全員の共通認識だ。
しかし勝己と焦凍の2人だけは例外であった。
「滅理、おまえ雷大丈夫だったのか?」
遠巻きに眺めていた焦凍が滅理に声をかける。
「ん? 何オレの話?」
「ちげぇ、電気の方だ」
「オレじゃん」
「ビリビリのことか?」
「そうだ」
「なんやこの天然トーク」
焦凍の唐突な介入は、同じ周波数帯に住む滅理によって自然なものとなる。
有り体には気心知れた雰囲気と言う。
「いや、今も尾を引いている。見ろ」
滅理が右腕の鎧を皮膚に
その指先は、まるで凍えているように小刻みを見せていた。
「あ、そんな感じで…ってちゃう、それ大丈夫なん? リカバリーガールに診てもらった方が…」
「問題ない。元々私は電撃への耐性が低い。コケ脅しの罠だったろうに、八百万には要らぬ心配をかけさせた」
八百万が創ったシビレ罠は精々、静電気(一番痛い場合のもの)程度の電流がバッテリーの限り続く、というものだった。そのため構造的に難しくもなく、創造が間に合ったわけである。
恐らく踏んでいたのが耳郎なら、靴底越しの軽い痛みに一瞬怯んで足を引っ込めるだけに終わっただろう。
だからこそ面白くないオーバーリアクションをしてしまった、という反省だ。
自分の身を二の次に、他者の気遣いに重きを置く。
滅理もまた、ヒーローの素養を持つ卵。
「ねーねーみんなー! 教室戻ったら反省会しないー?」
「おー、イイじゃんやろやろ!」
「後学のためにもなるな。俺は賛成だ」
「爆豪、お前も反省会」
「しねェわ。…慣れ合ってろ」
──目を凝らしてしまう程、遥か遠くに見えて。
追い打ちのように啖呵を切った出久の存在が。
幸いにも再起の火種になったことは、二度目の精神的敗北だった。
主人公のコスは見た目オーグαです。