殲滅の主はまた鐘を鳴らす   作:ぶびっぐ

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第5話 再び生る

 

 

 

 私は黒創滅理という。

 性別は両方、血液型は不明。

 以上だ。

 

 中学生の時この自己紹介をして、あまり反応を返されなかったのは何故なのか。

 極めて簡潔に纏めた完璧な3行だというのに。

 さておき、今の私についても話そう。

 

 雄英高校ヒーロー科1年A組に用意された21席目は、私の育ちが関与している。

 私は幼少期を、少し変わった養護施設で過ごした。

 個性溢れる社会の枠組みからあぶれてしまった問題児。

 親に恵まれなかった、身に余る力を授かった、家庭では処理しきれない問題を起こした。

 これら全てに(・・・)当てはまる子供の駆け込み寺。

 親の寛容さと縁がなかった私達は、(ふるい)に引っかかったダマのように歪な形で辿り着く。

 そこは“幼龍の巣”と、呼称されている。

 そう呼ぶのは決まって外部の人間なので、あまり馴染みは無いが。

 

 端折り過ぎだろうか?

 長い文は苦手だ。

 話を戻す。

 

 多くの兄弟姉妹たちと寝食を共に育ち、私は“人”を学んだ。

 私には前世というものがある。

 人ではない獣だった頃の、渇いた記憶だ。

 朧気で曖昧で残りカスのような思い出が、重箱の隅を丸くしている。

 どうやら、前世を持つのは私だけであるらしい。

 一番仲が深い兄に聞いて知った。前世という概念も。

 

 そういえば、兄は元気だろうか。

 兄弟姉妹の中で一番体が弱いから心配だ。

 また話が逸れた。

 

 人の社会には『個性』がある。

 昔は個性が無かったそうだ。いや、違う意味の言葉としてはあった。

 どこかの国の赤ん坊が光って生まれ、続々と人は個性という特殊能力を得た。

 個性を基盤に社会は再構築され、現代となった。

 私も個性を持って生まれた。

 分類としては異形型の、発動型と同じ使い方ができる複合型といったところか。

 個性名は『滅尽龍』。

 前世の力を身に宿す、というものだ。

 

 あぁ、今は懐かしい個性訓練を思い出す。重箱の隅をつついてほじくって、洗いざらい吐かせた上で新しい中身を詰め直した日々を。

 小学校入学までに使い方を心得なければ殺すと脅されたことも、爪痕としてしっかり脳裏に刻み込まれている。

 師は、消化器官の未熟な3歳児に生き血を啜らせ、生肉を与え、火の起こし方も教えなかった。

 肉はステーキ、骨はキャンディー、鹿の蹄はチョコレート。足りないビタミンはモツで補い、常時内臓に個性を発動し続ける。

 できなければ食中毒で死ぬ。

 全くもって慈悲がない。成果はあったのも質の悪い話だ。

 

 ともあれだ。

 養護施設で人を知り、師の許で己を鍛え、義務教育で学問を修めた。

 そんな私が次に白羽の矢を立てたのは、『ヒーロー』という職業だったわけだ。

 雄英高校ヒーロー科は、予てよりの目標を達成する上で最良の学び舎。無論入学するつもりだった。

 かくして私は雄英高校の一般入試に挑んだのだが。

 『幼龍の巣』出身の訳アリである為か、特別に一枠設けられた。と、聞いた。

 こうしたことは通例であるらしい。兄姉たちも同じ扱いだったとか。

 

 特別な扱い、というと贔屓のように思うかもしれない。ので、釘を刺しておく。

 入学条件の緩和はともかく、学校生活において私の利になるような措置は一切ない。

 学費も免除されないし、学食が安くなることもない。

 一般入試を合格した36人と何ら変わりない待遇なのだ。

 

 とはいえ不自然に変わりはない。

 入学初日、私はクラスメイトと別行動をとっていた。

 その実、スーツの大人から説明を聞かされた後教室に机と椅子を運んでいただけなのだが。

 入学式は生徒1人だけでも行えるのだな。と呑気に考え事をしていた私に、クラスメイトは話しかけてくれた。

 女子の…名前が思い出せないが、紫と桃色の女子だ。その女子が開口一番、私に興味を示した。

 後から男子も加わり、ちょっとした座談会が始まった。立っている人もいた。

 そこで遅ればせながら私も、彼らが朝に済ませていたであろう自己紹介を披露した。

 

 私は黒創滅理という。

 以上だ。

 

 と。

 中学時と比べて大幅に改善されたのではなかろうか。

 確かな手応えもあった。実際に私の言から会話が弾み始めていた。

 担任の先生に中断されたことは、少し恨めしく思う。

 というより知人だったのが驚きだ。姉の同級生だったとは。

 初日はそうして終わった。

 

 次の日の授業や戦闘訓練も、新鮮で楽しいものばかりだった。

 黒板と思しきハイテクボードは見ているだけで面白かった。板書もしやすい。

 お値段以上な学食の味に舌つづみが止まらなかった。品揃えは食堂の域を外れていると思う。

 戦闘訓練では、クラスメイトたちの雄姿に目が輝いた。個性豊かな彼らと共に励めることは素直に嬉しかった。

 私の番の時、少しムキになってしまったのも彼らの熱意にあてられたからだ。

 長引けば、或いは。

 個性の副作用が表れたかもしれない。

 

 まだまだ語りたいこともあるが、この独白もお開きだ。

 これから私は、戦地に赴くのだから。

 

 

 


 

 

 

 開戦の合図が鳴り響く。

 誰もが我先にと一刻を争い、先頭を奪い合う。

 そこは一瞬にして戦場と化し、競争を起こす。

 私もその競争を色づける一員だ。

 拳の内に握りしめたごく小さな円盤1枚を、肌身離さず。

 各々の思い思いに目的を果たさんと、信念に嘘を吐かず。

 私は自身の恵まれた体格を誇らしく思った。

 先達の敵意に満ちた眼差しを後目に、さも涼し気な表情を貫く。

 

「勝った…」

 

 表彰台はいらない。

 メダルは既に持っていた。

 そして誰よりも早く、この競争のゴールテープを私が切った。

 

 

 

「ハンバーグ定食を、1つ」

「毎度ありー」

 

 券売機の列を制した勝者たる私は、威風堂々と戦果を携える。

 この競争に意味はない。

 先着ウン名の特典なぞ設けられていないし、数量の限られたメニューがあるわけでもない。

 

 しかし、意義はある。

 競争の果てに掴む勝利。

 一握りの猛者にのみ許された極上の食卓。

 それこそが表彰台であり、優勝の証なのだ。

 

「いただきます」

 

 昨日の雪辱を見事果たし、私は箸を手に取った。

 今日のような諍いにはもう参加しないだろう。

 敗北によって失われた心の平穏は取り戻したのだから。

 明日こそは悠々自適に食事そのものを楽しむとしよう。

 だが今に限っては、存分に勝者の特権を味わおうじゃないか。

 

 三角食べに勤しみながら、口中調味を満喫する。

 8ピースに分けたアツアツのハンバーグ。

 一粒一粒全てに白銀の光沢を宿す米。

 ドレッシングが輝く色とりどりのサラダ。

 塩味の効いたサクサクポテト。

 どれもこれも一級品。

 シンプルながら、人類が積み重ねてきた王道の美味は私の今世の大好物だ。

 肉をぐちゃぐちゃにするだけでここまで食感が変わるとは。

 惜しむらくは前世で知れていたら、と後悔してしまう。

 

 まあいいか。おいしいし。

 

 そんな寛容さを抱かせるほど、食というのは素晴らしい行為だ。

 今の私は幸福感に満ち満ちている。

 たとえハエがとまったとしても、同じ釜の飯を食うつもりになれる気がする。いや嘘だが。

 冷めても味を損ねないハンバーグに感謝し、より顕著となった肉の味を確かめる。

 

 ああそんな、もう1ピースだけなんて。

 

 最後の一切れを口に運び、米を加える。

 味に不満は一切ない。

 が、量はその限りではない。

 あらゆる個性、性別、胃の容量に対応しているからか、画一的で当たり障りのない量だった。

 今の私は腹4分目といったところ。

 つまり、食い足りないのだ。

 金額は嵩むが仕方ない。

 おかわりが許されるかどうか、先輩に伺ってみよう。

 

「すみません、そこの先輩」

「……」

「呼び止めて申し訳ないのですが、ランチラッシュはおかわり可能ですか」

「……」

 

 返事がない。

 耳の尖った黒髪の男子生徒先輩は手にトレーを持ったまま硬直している。

 無視、ではないように思う。立ち止まる理由がわからない。

 

「…あの、どうしたのですか? そう固まって」

「危ない……」

「?」

「急に話しかけられて、お盆を落とすところだった……」

 

 何を言い出すかと思えば、単に驚いただけか。

 確かに何の前触れもなく声をかけられたら、人によっては心臓が跳ね上がるのかもしれない。

 謝っておかねば。

 

「ごめんなさい。心臓に負担をかけてしまった」

「そこではないと思う……あ、要件は……」

「そうだった。聞きたいのですが、ランチラッシュで───」

 

───ウウーーーー!!!

 

「……おかわりは、可能でしょうか…ッ」

「ぎょ、形相がヴィラン顔一歩手前…!」

 

 けたたましいアラート、避難を促す機械的な声。

 私は冗談を疑った。

 

 こんな時に、この瀬戸際に…

 避難訓練だと…?

 

 欠片の情もないアナウンスに、私は憤りを隠せなかった。

 

「というか早く逃げないと…君も気の毒だけど、指示には従おう…」

「わかっ、りました」

 

 不服だ。

 いくら自由な校風を謳っているからといって、人の至福を取り上げるような人道に欠くことが許されていいのか。

 意義を申し立てねば気が済まない。あの哺乳類校長に被食者の立場を思い出させるまでは…!

 

 ………いや。

 

「…な、なに…」

 

 まだ昼食に手をつけられなかった先輩の方が不幸だ。

 この怒りは私の我儘から来る未熟の証。

 ヒーローたりえんと志す者なら、このくらいの困難は超えて然るべきと言外に伝えているのだ。

 ここが篩だ。

 丸くなった私を見せる絶好の機会だ。

 

「気にしないでほしい、です」

「そう…あ、セキュリティ3ということは、誰かが校内に侵入したってことだ…気を付けよう」

「セキュリティ1と2は何だ。でしょうか」

「さあ…3年間で初めてだよ、この警報自体」

「3年生か。なんですね」

「…君、もしかして敬語が苦手なのか…?」

「ああ」

「即答…」

 

 トレーを置いた先輩についていきながら、場違いと思いつつ会話する。

 私たちは出遅れたため、出入口に続く通路の手前で人混みを眺めていた。

 

──「大丈ー夫!!!」

 

 すると、前方で聞き覚えのある声。

 確か、眼鏡の彼だ。とても真面目で実直な。

 彼いわく、侵入者とは報道陣のことであり、ヴィラン的な危険は無いようだ。

 訓練ではなかったことに驚きと冷や汗を滲ませたが…

 

 つまり…まだ昼食は終わっていないと…?

 

「よかった…大事はなく、て…?」

 

「ハンバーグ定食をおかわり」

「毎度ー」

 

「気が、早すぎる…!」

 

 日々の混雑に鍛えられたのか、ランチラッシュの再開対応は感嘆するほど早かった。

 

 

 


 

 

 

 夕方。

 学校から帰路につく頃。

 未だ不慣れな電車を乗り越え、山道を登る。

 

「久しぶりに龍成(たつなり)と話したい…」

 

 動物の居ない森は無音に近く、私の呟きすらも響いて聞こえる。

 その裏にある切実な思いが、言葉に質量を与えていた。

 逸る気持ちのままに、急がば回らず直で行けと言わんばかりに獣道を進む。

 この近道は姉が教えてくれた。

 おかげで早く帰れた。

 

 勝手知ったる門戸をくぐり、駆け足で建物の中に入る。

 靴の土を落とすのは後だ。

 怒られるかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 すぐさま更衣室兼脱衣所のロッカールームに向かう。

 制服を洗濯カゴに(ほう)り、用意しておいた私服を着る。

 リュックを手提げ袋のように持ち抱え、そこを出た。

 

 今は、この廊下がとても長く感じる。

 私の部屋は2階にあるため、辿り着くのが少し面倒だ。

 階段を駆け上がり、控えめに廊下を走った。

 そして、ようやく。

 

 自室で諸々の支度を済ませ、私は携帯電話を取った。

 

「…もしもし。滅理だ」

『おぉ、なんだお前か。久々に声聞いたな。今は男──』

「──率直に言う。助けてくれ」

『は?』

 

 

 

「勉強がわからない…!」

 

 雄英高校は教育水準があまりに高い。

 普段の授業でさえ、私の頭脳では処理が追い付かないのだ。

 

『お前…散々、散ッ々受験勉強しただろうが。それで受かったんならもう、大丈夫なはずだろ』

「いや、私は筆記で受かっていない」

『え?』

「入学式で言われた。「貴方に学力は求めていないから、筆記の結果は合格に関係ない」と」

『んな晒し上げみたいなことすんのか雄英…』

 

 龍成の慄くような、呆れた声が耳にかかる。

 実際、私が解答できたのは配点1の初歩ばかり。それすらも空欄が多数を占め、応用などもっての外だった。

 今日のように物思いに耽るのは、授業で眠らないための一つのテクニックなのだ。

 

「頼む…私は、皆と同じ歩調で励みたい…!」

『つってもなぁ…』

「そこをなんとか、だ!」

 

 龍成の反応は渋い。

 それも納得だ。何せ、受験期の半年間ほぼ付きっきりで教わったというのに、目ぼしい成果は無かったと豪語したのだから。

 

『悪いが、俺にはもう手の施しようがないな』

「そんな…」

 

 机に広げたノートの上をシャープペンが転がる。

 心のどこか、地名すらない謎の場所にあった期待が、一瞬にして焙り出されてしまったような気分だ。

 端的に、私は絶望していた。

 この早とちりが私の欠点であることを、忘れてはならない。

 

俺は(・・)、な』

「…どういう、ことだ…?」

『お前、あの雄英に通ってんなら、俺より教え上手なプロの教師くらい山ほどいるだろうに』

「! それは、盲点だった…!」

 

 確かにそうだ。

 頼み込めば補修なり、自習の手引きなりと対応してくれるだろう。

 雄英の先生らは教師である前に、プロヒーローだ。困っているなら助けてくれるはず。

 

『せっかちと視野の狭さは相変わらずだな。昔、印刷の部数桁間違えたろ、あの頃のまんまだ』

「そんなこともあったな」

『“そんなこと”で済ますなアホ、あれ全部俺が裏紙に再利用してんだからな現在進行形で』

「使いやすいだろう? 紙に拘った甲斐がある」

『おかげでケツも拭けねぇけどな』

 

 その後も他愛のない雑談は続いた。

 クラスメイトたちとの会話のような話題が方々に飛ぶ忙しなさは無かったが、それでも賑やかで気楽な会話。

 私には、それが何よりも愛おしかった。

 

 

 

──「こぉらメツリィィ!! 帰ったら靴洗えっつってんだろォがァァ!!!」

 

「っと。呼ばれたので切る。ありがとう、龍成」

『あぁ聞こえた。さっきの昂子(たかこ)か? あのゴリラも相変わらずだな…』

「本人には言えないな」

『まったくだ』

 

 通話を切り、急いで1階に降りる。

 姉は怒らせると怖い。早急に鎮めねば。

 怒髪天の雷は食らいたくないしな。

 

 

 

 昂子の説教を受け流した後、タンコブをさすりながら風呂につかる。

 

 明日の午後にはヒーロー基礎学がある。

 勉学では活躍できずとも、実技は私の得意分野だ。

 私の実力、充分以上に発揮してみせなくては。

 いずれは副作用を克服し、それから──……

 

 淡い向上心に、私は少しのぼせてしまった。

 

 

 

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