殲滅の主はまた鐘を鳴らす   作:ぶびっぐ

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第6話

 

 

 

 翌日の滅理は正に絶好調だった。

 早起きによって冴えた頭は今までより授業内容を理解し、漠然と取っていた板書に補足文を入れられるほどの活躍を見せ。

 些細な冒険心に駆られて選んだチキンステーキは、鳥肉という食材のヒエラルキーを滑稽なまでに覆した。

 

 二度あることは三度ある。

 立て続けに連なった良い出来事。

 最後を締めくくるのは、いったいどんな幸福なのか。

 次なる吉の待ち遠しさに、滅理は小躍りした。

 その様子を焦凍は不思議がり、勝己は不気味に思った。

 バス停での一幕である。

 

 

 

 積極性とは、裏を返せば向こう見ずな衝動である。

 それをコミュニケーションの場に持ち出すのは勇気が要る。

 失敗が恥になるからだ。

 人は恥を恐れる生き物。

 加減を違えて話し過ぎたり、口数を極端に減らしたりすれば。

 人との対話は立ち行かない。

 

「…………」

 

 前方の団欒を後部座席のド真ん中から遠く眺める。

 無口な鎧の堅物男に話しかける者は、いない。

 ましてや、足を開いて腕を組んだ武将ポーズでは厳つくて近寄ることすら躊躇われる。

 本人の心境が態度と真逆なことを汲んでくれる存在こと焦凍は、生憎食後の眠気に負けていた。

 この場の誰が見ても、滅理は浮いていた。

 そのアウェイ感は人以外にも伝わったのだろう。

 

──『バァ』

「おんっ」

「やめろ黒影(ダークシャドウ)。すまない、黒創」

 

 意識の外から脅かしを受け、みっともなくその身体をびくつかせる。

 主犯を咎めた常闇は、手のかかる子を持つ親のようなしょげた顔を滅理に伏せる。

 

「…少し、驚いただけだ。気にするな」

『「おんっ」…ブハハ!』

「お前…」

「いや、いいんだ。むしろ感謝している」

「?」

 

 反省の色が見えないいたずら小僧に眉を顰めた常闇を、滅理は制止する。頓珍漢なことを付け足して。

 

「名前を教えてくれ」

「あぁ…コイツは黒影(ダークシャドウ)。俺の個性だ」

『ヨロ』

「そうなのか」

 

 ダークシャドウは恐らく、滅理から漏れ出た“話しかけてオーラ”を上手く読み取ってくれたのだろう。

 滅理はそのことに謝意を示したのだ。

 言葉足らずゆえ誤解を生みかねないが。

 

「…違う、貴方の名前だ」

「そっちか」

 

 どうやら既に生まれていたようだ。

 双方気を取り直して、面を向き合わせる。

 

「俺は常闇踏陰。最後の陰はインと読む方の陰だ」

「私は黒の創造に滅ぼす(ことわり)で黒創滅理だ」

「黒の創造…いい名だな」

「ありがとう」

「して、個性の名は?」

「個性か? 『滅尽龍』という。尽くを滅ぼす、難しいほうの龍だ」

「…! 気に入ったぞ、黒創」

「ありがとう」

「あぁ」

「…」

「…」

 

 最初は盛り上がった会話も、尻すぼみに失速する。

 返事の語彙をもう少し蓄えておくべきだったか。

 だが、そこで諦める滅理ではない。

 

──好きなものを知る、それが人を知る近道。

 

 意を固め、再び口を開く。

 幼少期に教わった訓示を記憶から掬い上げると、反芻する間もなく実行に移した。

 

「好きな食べ物は何だ」

「好きな食べ物? …リンゴだ」

「果実か。果実と言えば………甘くて、美味しいな」

「あぁ…」

「私は肉料理が好きだ」

「肉か。その肉体を形作れたのも、必然という訳だな」

「肉体…中々上手いな」

「何がだ?」

「肉と肉体をかけたのだろう?」

「いや、別にそのつもりは無かったが…」

「そうか…」

「…」

「…」

 

 心意気だけで物事は進まない。

 施設に住む家族は多かれど、他人との関わりは希薄。

 

 滅理は、会話の弾ませ方を知らなかった。

 

 二の句が浮かばず、意図しない方向に脱線するばかり。

 停滞した空気をなんとかしなければと、滅理は思い切った。

 

「正直、私に友達と呼べる者はいないのだ」

 

 行き詰まった獣が取る行動を、無意識に選んでいた。

 猫に噛みつく窮鼠と同じく。

 自暴自棄、やけっぱちになったのだ。

 

「ぶっちゃけたな。というか、轟と親し気だったように思うが」

 

 滅理のキラーパスを真摯に受け止める常闇。

 個性のみならず彼もまた優しい。というよりお人好しだ。

 

「焦凍とは腐れ縁というやつだ。未だに距離感が掴めない、奇妙な間柄だ」

「…何か事情があるんだな」

「そうだな」

 

 当たり障りに欠けるが、暇つぶしには最適解。

 滅理と常闇による言葉のキャッチボールはひとまず、そんな区切りを迎えた。

 

──「もう着くぞ。いい加減にしとけよ」

「「「ハイ!!」」」

 

「潮時のようだ。互いに励もう、黒創」

 

 号令じみた「はい」の一言を常闇が引き継ぎ、控えめに檄を飛ばす。

 応えることが彼に対する何よりの敬意だ。

 滅理は兜の中でヘタクソな笑みを作りながら、口を開いた。

 

「あぁ、よろしく頼む。……踏()

「微妙に間違っている気がするな」

 

 鎧の奥に沈んだ表情が透けて見える新たな友に、常闇は含み笑いを浮かべた。

 

 今更だが、滅理は生粋の名忘れ名人だ。

 日常生活に馴染みのない固有名詞を片っ端から断捨離してしまうため、記憶に定着するまで苦労することが多い。

 勉強ができないこともその短所(マイナススキル)が祟った結果と言える。

 だが、そんな滅理の欠点を嘲笑ったヒーロー候補生はここに居ない。

 出会い頭に排除してきたわけではない。

 雄英の卵たちは誰しもが他者を尊重し、敬意を払っている。

 そうした彼らの賜物であるだけだ。

 

 順番に降車するクラスメイトたちを滅理は座席から眺めていた。

 

「黒創、どうした?」

 

 完熟に熱した黄身のような滅理の双眸もまた。

 何も視界に写していないようで、その無機質な卵黄には“人”を敬う温度がある。

 バス内のひと時は長いようで、短かった。

 

 

 


 

 

 

 到着した巨大ドームに1-Aは皆興奮冷めやらぬ様子だ。

 誰かが溢した「USJかよ」という感想()から出た事実()通り、そこはウソの災害や事故ルーム(U S J)と呼ばれる施設。

 災害救助の演習を目的とする、大規模な訓練場である。

 

「訓練を始める前にお小言を一つ二つ…えー三つ、四つー五つ……」

 

「…六で打ち止めだ」

「は?」

 

「六つ……言わせていただきます」

 

「よし」

「…」

 

 今回の授業を受け持つ教師の“13号”、増えていく彼女(意外なことに)の小言がいくつになるのかを滅理は予想し、的中させた。

 焦凍は残念なものを見る目になった。

 そんなどうでもいいことに割く時間は無い。

 

 こほんと一つ咳をして、13号は語り出す。

 

「僕の個性である“ブラックホール”は、どんなものでも吸い込んで塵にしてしまうという、言ってしまえば簡単に人を殺せる(・・・・・・・・)個性です。みんなにもそういう個性がいるでしょう──」

 

 滅理は自分の掌を見下ろす。

 褐色の指先に揃う人の平爪。

 それらが獣の鉤爪となり、血をおっかぶる可能性は如何なる時もあった。

 

 個性を持て余し、犯罪に及ぶ(ヴィラン)の蕾。

 本来、滅理という人間はそういう星の下に産まれてきた。

 幼龍の巣にはそんな人間を矯正する役割もあるのだろう。

 勉強ができなくとも勘付ける。

 ヒーローという公職に仕向けるため、あれこれと手厚く窘め、首輪ではなく良識を植え付ける。聞こえの悪さは否めないが、嘘は無い。

 滅理はむしろ、図らずも天職を見出せたことに感謝すらしている。

 道を踏み外さずに済んだのは、育ちに恵まれたおかげだと。

 

 個性とは力である。

 力とは、それが向かう先によって善悪が決まる表裏一体のエネルギーだ。

 善良な多数派に傾けば称賛され、悪質な少数派に傾けば批判を被る。

 世論は抜けかけの前歯くらいグラグラで安定とは無縁だし、結果論だけでは片付いてくれないしつこさを伏せ持つ。

 人は単純で、ややこしくて、面倒くさい。

 それなら。

 絶対に落としてはいけない力を抱えてあっぷあっぷするより、力の落とし所を見つけておく方がいい。

 

 勝つのは好きだ。

 そのための力は惜しまない。

 

「──以上! ご清聴ありがとうございました!」

 

 存外に短く感じた13号のスピーチへ拍手を送り、思考を締め括る。

 

「んじゃ早速───」

 

 知らず知らずのうちに、打たれるための杭を用意していたのかもしれない。

 得てして少数派の声というのは大きいものだ。

 

 

 

───決してこの場に在ってはならない敵意(・・)を、滅理は誰よりも早く感じ取った。

 

「一塊のまま動くなッ!! 13号、生徒を守れ!」

 

 毛の粟立ちが、棘を体現するかのように。

 

「あれは、ヴィランだ!!」

 

 堅い外殻を、突き破って入れ替わるように。

 

 

 

「あの敵意は……“あれ”は……!!」

 

 

 

 夢にまで見た。

 

 殺意に満ちた。

 

 

 

 狩人の目だった。

 

『グヴルァァア……!!』

 

 動き辛いだけの鎧など不要。

 今生の執着など一切振りほどいて、ただ。

 

 ()りたい。

 

 駆け巡る情動を、滅理は抑えられなかった。

 つくづく、滅理は1-Aで良かったと心から思う。

 

 本人がそう思っているのではなく。

 ストッパーの存在ゆえに。

 

「黒創お前、これ済んだら反省文な」

『グヴぁ…ッ!?』

 

 相澤が一瞥すると、肥大化しかけていた滅理の全身は鳴りを潜めていく。

 抹消の個性はこういった問題児を制することに長ける。

 身の安全や状況確認そっちのけで戦闘を欲する馬鹿に灸をすえると、相澤は階下の広場に飛び降りて行った。

 

「…いや、何してんだよ黒創……」

「考え無しが過ぎる」

「アホじゃん!」

 

「………………すまない」

「思ってないだろ、お前」

 

 辛辣な腐れ縁にバツの悪い顔を見せる滅理。

 皆の言う通り愚行甚だしい痴態だ。

 弁明の余地も無い。

 

 大人しく避難して、このことはきれいさっぱり忘れた方が身のためだ。

 そう言い聞かせて滅理は踵を返す。

 

 その自己暗示は無駄にされてしまうのだが。

 

───「初めまして。我々は(ヴィラン)連合」

 

 突如として行く手を阻んだ黒靄が、くぐもった人の声を発する。

 つらつらと並べられる口上。

 「我々の目的は平和の象徴(オールマイト)の殺害である」と。

 得意げに語られたその世迷言はあまりにも荒唐無稽で、一笑に付すのも憚られるような戯言未満。

 

 ただ、掃いて捨てるには説得力が邪魔だった。

 紛れもなく、あの敵意は本物であると。

 他ならぬ滅理の直感が、殷々と警鐘を鳴らしていた。

 

 靄が体積を増す。

 

「その前に俺たちにやられることは考えなかったか!?」

「ッダメだ!! どきなさい二人とも!!」

 

 咄嗟に飛び出した勝己と切島の抵抗も虚しく、1-Aは散り散りになってしまった。

 

 

 

────────────

─────────

──────

───

 

 

 

「まずい、雨具を持って来忘れたかもしれない。帰る頃には止むといいが」

「黒創、まだ施設の中だ」

「なんと」

「…」

 

 大雨の轟音が居座る市街。

 を、模したUSJの一角。

 そこに飛ばされたのは滅理を含めた3人だ。

 緊張感のない滅理の台詞は雨音に掻き消される。

 

 敵の黒靄が宣っていたことを鑑みるに、戦力を分散し銘々に叩くつもりなのだろう。

 ということは、この施設内に複数あるエリア全てを網羅できるほど、敵が犇めき合っていることになる。

 ならば、一刻も早く掃討しなければ。

 それが滅理の、力を持って産まれた者の役目。

 

「私が傘になる。二人とも入ってくれ」

「傘に…?」

 

 間を置かず滅理は胴体の鎧を外し、肩甲骨に個性を発動した。

 

ゴモゴモモッ…

 

 何事にも土台は必要だ。

 竜頭蛇尾という言葉があるように、蛇が竜の頭を持ったところで様になるわけがない。そういう意味の四字熟語ではないことを留意すべきだが。

 

 ただでさえ広い肩幅が一回り大きく底上げされると。

 

ブァッ

 

 満を持して築かれた土台に、双子葉類のごとく二対の翼が芽生えた。

 

「これで雨は凌げる。何かと雨粒は枷になるからな」

「…! …!」

 

 首をコクコクと縦に振り感謝を表す口田。

 

「どういたしまして。ところで貴方の名前は何だ」

 

 しかし積極性をはき違えた滅理は、口下手な彼に無理を強いる。

 

「………えと…口田甲司、です」

「甲羅、牛? というのか。よろしく頼む」

「こうだこうじ、と言ったんだと思うぞ」

「失敬した。仔牛」

「…雨音の所為ということにしておこう」

 

 間延びした会話は傘を差した張本人の空気感から来る安心の表れか。

 常闇のフォローがなければ絶交もあり得た。無論口田の性格ではあり得ないが。

 

「危機感の無ェガキ共だ…」

「やっちまえ!! 数の暴力でぶっ殺せ!!」

 

 3人から距離を置き、一斉に吠え出すヴィランたち。そこには苛立ちが見て取れる。

 見るからに下賤なチンピラ崩れの輩どもだが、人数有利を取られているのは確かである。

 但し、その有利を巧く使う頭脳が無ければ話は別だ。

 

「…!」

「さて、会話に咲かす華は無いぞ。今は目前だけを見据えよう」

「語彙が入試のロボと大差ないな」

「……奴らのことだよな?」

「? それ以外ないだろう」

「いや、そうだな…」

 

 何はともあれ。

 奴らに土台は無い。

 それらの有象無象は塵芥と同列に捉えて良い。

 

──「警告する」

 

パキパキパキッ…ズジュジュグジュ…

 

 肉体は原型を保ち、しかし明らかに質量を怒張する。

 

「私は今より………容赦ヲ忘レル」

 

ザムザムザム……

 

 皮膚は色素を強め、粒立った無数の鱗へと変質する。

 

 

 

──我が身惜しくば、挙手を以て降参を示せ(手を挙げろ、さもないと殺す)

 その場合、命だけは確約しよう。

 

 怪物の皮を被り、滅理は戦いの口火を切った。

 

 

 

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