殲滅の主はまた鐘を鳴らす   作:ぶびっぐ

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第7話

 

 

 

 スプリンクラーの水滴が降りしきる。

 暴風・大雨ゾーンと銘打たれたドームの中。

 莫大な費用によって造られた人工の雨を、滅理は最も近い所から浴びていた。

 

「大方片付いたようだ」

 

 ゾーンの全景を見渡せるビルの屋上から、吹きすさぶ暴風を耐え凌ぐべく滅理の翼に収まる常闇と口田。

 迎撃に向かわせた自身の個性が影の付け根を輪に丸めて合図したことで、常闇は敵方の状況を知る。

 

 先刻の啖呵と威圧が嘘のような籠城戦。

 だがこの作戦は、滅理の消耗を避けられる最善手だった。

 ビルへの入り口を塞ぎ、接敵手段を外からに限定。

 地道に壁や別の建物を伝ってくる雑兵をダークシャドウが迎え撃つ。

 敵が遣わせた野犬を口田の個性で手懐け、仮に屋内へ入られたとしても撃退が可能。

 万が一の場合は別の場所に飛び移る。

 引き運に恵まれたがゆえの完璧に近い作戦は、無事に終わりつつあった。

 

「流石だ。早いな」

「あぁ、黒影(ダークシャドウ)が驚くほど従順だ。この暗雲の中、日向と同等の制御ができている」

「…?」

 

 傍らの口田が首を傾げる。滅理も同様だ。

 2人に促され、常闇は話し出す。

 

黒影(ダークシャドウ)は暗闇が強まるほど強くなるが、反比例して制御が効かなくなる」

「作戦前に言っていたな」

「それは逆も然り、ということだ。黒影(ダークシャドウ)は弱くなるほど御しやすくなり、こういった細かい芸当もさせられる」

 

 くるんと巻かれた臍の緒の、くり抜かれたような円の中身を常闇は見つめる。

 

「しかし今、ヤツは暗闇の中に在って尚、日向と遜色のない制御が効いている。ということは…」

「…どういうことだ?」

 

 含みのある言葉尻に滅理は不穏なものを感じた。

 

「俺にも解らん。僥倖ではあるが…如何せん不可解だ」

 

 普段と様子の違うパートナーに常闇の心配が募る。

 無口な口田と無表情な滅理は彼の不安を取り除く術を持ち合わせていなかった。

 

『テンション低イゼ』

「! 戻ったか。よくやった」

『トーゼンヨォ!』

 

 戦地帰りであるからか、嫌に興奮したダークシャドウを常闇が出迎える。

 

「ご苦労だ、ブラックシャドウ」

「またか黒創。コイツの名前は──」

『──イエ、滅相モアリマセン! オレハブラックシャドウデス!』

「どうした急に」

 

 なんの脈絡もなく敬語を使った相棒に、困惑を顔で示す常闇。

 使われた滅理の顔は変わらなかった。

 

「そうだったか? 名前を間違えなかったのは初めてだ」

「それはそれでどうなんだ黒創…」

 

──ワン!

 

 屋上階段から飛び出した犬が口田の下に駆け寄って来る。

 生き物ボイスの個性を持つ彼は、あらゆる生物と意思疎通できる。

 その犬は「敵に飼い殺しされるくらいなら」と寝返った野犬たちの一匹だ。

 

「…!」

 

 口田が控えめに親指を立てる。

 それは、作戦の完遂を意味していた。

 

「そうか…! 見事だ黒創、我々の勝利だ」

『マジリスペクト!!』

「付け焼刃とは言え、上手くいったのは嬉しい」

「…! …!」

 

 三者()様に成功を喜ぶ。

 

 けれども事態の終息にはまだ程遠い。

 元凶を叩かねば、災禍が鎮まることはない。

 数少ない前世の教訓に基づき、滅理が取るべき次の行動は一つ。

 

「さて、私はここを出てクラスの皆を回収して回る。2人は先に出入口の皆と合流してくれ」

 

 機動力に富み、有事の際には盾として他を守れる己こそ、身を粉にして然るべき人材であろう。

 ヒーローを志す者の素地、大前提たる自己犠牲の精神。

 この気質が思惑を裏打ちした。

 滅理が為すべき責務とは、その信条を裏切らないことだった。

 

「待て黒創、それではお前に負担を強いることになる。俺も計上に入れてくれ」

「ぼ、ぼくも…!!」

 

 当然、抜け駆けは許されない。

 自分を差し置いてヒーローらしいことをするなと、言外に2人は反抗を見せる。

 本人にそういった他意の自覚が無かろうと、戦闘服(コスチューム)を着れば須らくヒーローなのだ。

 彼らにも宿る自己犠牲の精神が黙ってはいない。

 

「必要が無い。駄目だ」

 

 しかし、滅理のそれは筋金入りのモノだった。

 

「先の戦いでもそうが、私に交戦の意思は無い。いざとなれば空に逃げる私にとって、すまないが二人は枷でしかない」

 

 前世が前世だ。

 自傷前提の戦法が象徴する“破壊と再生”。

 鎧であり武装でもある棘を研ぎ澄ますには、一にも二にも破壊行動が欠かせない。

 自己を顧みず捨て身上等、そんな身を滅ぼしかねない滅尽龍の戦い方。

 滅理の奥底にこびりつく行き過ぎた自己犠牲の核心は、それだった。

 

「ヴィランに単身で挑みかけたお前だ。信用ならん」

「この短期間では信用もクソも無いだろう。蛙の子の言だ」

 

 常闇が語気を強めて説得を試みるも、どこ吹く風だと滅理は屁理屈をこねる。ついには他人の褌を我が物顔で締める始末。

 蛙の子は蛙と言うが、来世に渡って蛙の場合は何と形容すべきか。

 頑固もここまでくればいっそ美徳か、と遠い目になりたい気持ちをグッと押し込めて、2人は説得を止めない。

 

「消耗を避けるんじゃなかったのか」

「その為の作戦、この為の布石だ。最初から何もブレてはいない」

「…!!」

「口田。そんな目で見るな。私に心配は不要だ」

「っ……」

 

 互いが主張を通そうと躍起だった。

 その甲斐あって健闘実らず、折衷案すら浮かばない。

 停滞した現状。降り注ぐ大雨は、頼りない弱音を繰り返すばかり。

 

「…平行線だ。私は別れる」

 

 広がった翼は風圧を伴い、2人を雨水ごと振り落とすように引き剥がした。

 

「待て!──」

 

 制止の声も虚しく、滅理は屋上より飛び発つ。

 棘だらけの翼が湿る空気を掴み上げる。

 風を切り、一目散にドームの出口へ滑空していく。

 影はゾーンの全景から姿を隠す。

 

「傘くらい、残していけ……」

『フミカゲ…』

「…」

 

 後には、その後ろ姿を見送るしかない2人と1体だけが居た。

 

 

 


 

 

 

 どこか面目が立たない様子で、普段は動かない眉尻をこれ以上なく落とす滅理。

 

 反時計回りに水難、火災と巡ったが、見つけられたのは峰田のもぎもぎに囚われた(ヴィラン)数名と焦げて気絶する(ヴィラン)十数名のみ。

 どれも脅威とは思えなかったためスルーしたが、ここまで成果が得られないと2人に合わせる顔が無い。

 何より、クラスメイトを発見できなかったことが致命的だった。

 

 本来の目的が一向に進んでいない中、雨水のダメージが抜けきらない両目を擦る。

 目の保護は飛行において欠かさず行うべきだ。疎かにした結果の滅理がそう物語る。

 雨で保湿を乱し、風と熱で雨水と眼球の水分を一緒くたに乾かしてしまっては、鋭敏な視力も活きてはくれない。

 自業自得の結果に後悔しながら次の山岳ゾーン上空を飛ぶ。

 

 今日の幸運の前には不運があった。

 朝早くに起きたはいいものの、二度寝に興じて遅刻しかけた。

 食べ物運が良かったのに対し、小銭をばら撒くなど金運は尽く無かった。

 バス内のアレは幸運と呼べるかどうか、微妙と言わざるを得ないラッキーだ。幸運と不運が綯い交ぜになったようなグレーゾーン。

 では、三度目の不運と幸運とはどんなものなのか。

 

 僅かな期待と多大な不安を抱きかかえ、山岳に人影を探す。

 三度目の正直とは言うが、果たして。

 

「見つけた」

 

 若干の喜色を浮かべて滅理は発見する。

 

「太郎とビリビリ、八百屋だ。恐らく」

 

 半開きにした右掌のような地形。

 滅理の眼下には、五指の崖を背に耳郎と上鳴、八百万が大勢の(ヴィラン)に囲まれている窮地があった。

 この際名前の誤りには目を瞑る他ない。

 そんなものは命あっての物種だ。間違えた側の禁句だが。

 

 直後、何故だか耳郎と八百万が白い布で隠れる。

 滅理にその意図は汲み取れなかったが、一刻も早く助勢しなければならないのは明確だ。

 翼を畳み自重に任せて急降──

 

 

 

バリッ

 

 

 

「あ」

 

 辞世の句にもならない間抜けな一言。

 

 

 

──ビリバリビリィィッ!!!

 

 

 

「ガヴググボグブゴゴゴッッ、ッ。……」

 

 突然の大規模電撃に巻き込まれ、滅理の体は墜落の一途を辿る。

 翼の面積を拡げて落下に抵抗するが、そも姿勢制御を損ねていては時間稼ぎの悪足掻きにしかならない。

 むしろ頭から落ちる悪手を取ってしまった。

 このままでは滅理と言えど重傷は免れない。

 脳の走馬灯を見せる部分が麻痺でも起こしたのか、滅理の意識はまざまざと墜下の現実を突き付けられるばかりだった。

 

ゴツン!!!

 

 衝突の音にしては些かチープな、安っぽい響きが頭蓋を震わせる。

 

「なんッ…」

 

 またしても腑抜けた声が出る。

 ただ、それは滅理のものではなかった。

 

「ガキ…この…!」

 

 運良く、あるいは運悪く。

 落下先には1人の(ヴィラン)が居た。

 その(ヴィラン)をクッションに滅理は生還を果たしていた。

 今日三度目の幸運と不運はそんなピタゴラスイッチであった。

 

「た…かっ゛…た」

 

 綺麗なワンバウンドで尻もちをついた滅理。

 他人事のような滅理の声色に、(ヴィラン)の男は恨み言も残せず息絶えた(気絶した)

 装備していたヘルメットが砕けるほどの衝撃。流石に耐えかねたのだ。

 

「え、黒創!? つかソイツ誰!?」

 

 いの一番に音を拾った耳郎がまず驚く。

 耳聡い彼女の個性は索敵を得意とするが、この珍現象を聞き分ける処理能力は有していない。

 

「残党が…!? トドメを刺しますわ…!」

 

 耳郎の反応を呼び水に、八百万も布から顔を出す。

 破れた衣服はそのままで。

 

「あーっちょちょちょと待っった!!! 上鳴と黒創ちょっとだけこっち向かないで!! あと八百万敵もういないダイジョブ!!」

「は、はあ…?」

 

 その事実に一早く気付いた耳郎が声を荒げる。

 八百万の暴力的発育を白日の下(健全な男児)に曝してはならないと、使命感に駆られたためである。

 正直、第三者としてそれを見届けるのは敵の襲来よりも耐え難い。主に居たたまれなさと疎外感ゆえに。

 同級生(とは思えない段違い)の豊満な肢体に抱き着いて隠し通しながら、耳郎は外を見やった。

 

「び、いびぐぬぱ」

「うェ~~い」

 

「それ以前の問題ッ!!!」

 

 人工の山岳に、やまびこが木霊した。

 

 

 

───ガヴォオ゛オ゛オ゛オオオォォォ!!!!!!

 

 健啖の悪魔が、息を潜めていることも知らず。

 

 

 

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