殲滅の主はまた鐘を鳴らす   作:ぶびっぐ

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第8話

 

 

 

「闘争とは、激情を御し制する者が掌上に運らすおままごと。

 そして強者とは、それを苦にも思わず、しかし注意深く行う者のこと。

 強者足り得る龍ならば、苦心省いて然るべし」

 

 眼前の大顎が走馬灯でも見せたのか。

 滅理は、師の言葉を思い出していた。

 

『グバァァアァァァ!!!!!!』

『ヴァアァァアァッ…!!』

 

 招かれざる客は大柄な滅理の身体を咥えて、棍棒のように振り回す。

 まるで玩具を弄ぶ幼児。遠慮の概念はまだ早い。

 刺客は器用に首でスナップを効かせておもちゃを投げ飛ばす。

 否、刺客(暗殺者)と言うに及ばない粗暴っぷりだが。

 

 脆く設計された人造の山岳が藁の家もかくやという崩れ様を見せる。

 岩壁にはクレーターが出来上がり、ガラガラと転がる岩の音を余韻に残す。

 重力によって円心から下にずるずると引きずられる滅理。

 その走馬灯は未だ続いていた。

 

「“束縛”という支えを自ら抛り捨てるな。

 “自由”という甘言に傾く耳は切り落とす。

 大人の過保護を嫌うなら、犯罪の一つでもしてみせろ」

 

 師よ、貴方の非常識は極論が過ぎる。

「言うは易く行うは難し」が自分に当てはまらないからといって、それを世の理として振りかざすのは途轍もなく不愉快だったぞ。

 

「これからお前に教えるのは身の程だ。

 驕り高ぶったその両角ごと、お前の矜持を叩き伏せる」

 

 師よ、私は一度たりとも貴方の横暴を稽古(・・)だと認めたことはなかった。

 結果論が是としようともだ。

 まるで貴方の毒色の棘のように染み付く劇毒を、私はいつまでも解けないでいる。

 

「同じ巣の藁で暖を取った兄妹だとしても俺は、一切の容赦を持ち出さない」

 

 師よ………却ってそれが、私の吉と成ったのだ。

 貴方が私に齎した数々の理不尽は今、流行病の予防接種と同じく免疫を発揮した。

 貴方の掌に転がされ続け、角という角を削られ丸め込まれた今の私に、果たして突破不能な困難があろうか。

 いや、無い。

 

 そう思うだけで、滅理の胸には勇気が湧いた。

 蛮勇は百も千も承知。

 弁え知らずもいいところ。

 だが、その思い上がりを実現するため、滅理は角を大きく実らせたのだ。

 蛮勇すら糧とし、悉く(・・)敵を(ほろ)ぼし去る。

 それが滅理の夢。

 “それ”こそが、『最強のヒーロー』だ。

 

 

 


 

 

 

 時刻を数分巻き戻す。

 (ヴィラン)と遭遇し、滅理が玩具(おもちゃ)にされる前のことだ。

 

「男子たちが使い物にならない…どうしよ」

「お二人とも可笑しな…いえおかしなことに…」

 

 片や両手サムズアップで間抜け面。片や奇妙なポージングで譫言を垂れ流す。

 誰がいつどこから何をどう見ても辿り着く先は同じ感想だろう。

 ずばり「何コレ、どうしよう」だ。

 なまじ2人の置き物化は活躍の代償であるため、耳郎と八百万は頭ごなしに責めることも憚られた。

 

 取り敢えず、動けそうな上鳴は逐一誘導しながら歩かせるとして、問題は滅理だ。

 明らかに電撃が効きすぎている珍妙なこれを早く元に戻さなくては、耳郎の身が持たない。

 腹筋的な意味で。

 

「ンッ…黒っ創、立てる?」

「まま」

「ブファッ…ッ…!!」

 

 本人は「無理だ」と言ったつもりが、感電による弛緩のせいで耳郎の腹筋を挑発してしまう。

 滅理のキャラとのギャップも、鍛え抜かれた剛健な肉体も、ルネサンス美術にありがちな意味深瀟洒ポーズを地べたで取っていることも、相乗効果となって合流し耳郎の腹筋を責め苛んだ。

 シンプルな上鳴の笑いと複雑な滅理の笑い。

 ボケてと落語を同時に取り込んだようなごちゃまぜの笑いを必死に押し殺し、耳郎は話を続ける。

 

「とり、あえず正門に行こう。八百万、上鳴来れそう?」

「ええ、簡単な指示なら聞いて下さるみたいです。徒歩であればなんとか付いてきて頂けますわ」

「うェ~~い」

 

 親指を大きく強調して振り上げた上鳴。

 耳郎は控えめな頬袋を作りつつ、飛び跳ねるアホから視線を目の毒そうに逸らした。

 

「…じゃあ黒創の方を何とかしないとね」

「やはり動けないのでしょうか?」

「たぶん。触ったらこっちも感電しそうだけど、どうする?」

 

 二人の思案をよそに今度はのたうち回る滅理。

 陸揚げされた魚のようなその姿に、耳郎は笑いの堪忍袋にヒビを入れた。

 なお、感性にそぐわないため八百万はノーダメージである。

 

「人一倍感電に弱いとすれば、黒創さんの痺れは後遺症によるものですわ」

「へぇ後遺症。…後遺症!?」

 

 物騒な、只事では済まされない単語が八百万の口から飛び出す。

 耳郎には罪悪感が溢れた。

 後遺症を負った級友に、自分はなんて不謹慎な態度を、と。

 顔を俯き、イヤホンジャックが力なく垂れる。

 

「ただ、見たところ火傷などの表面的なダメージは既に治っているようですし、時間が経てば痺れも取れると思いますわ」

「! 良かった、治るんだ…てっきり…」

 

 八百万の見立てに耳郎は安堵する。

 よく考えたら電撃は戦闘訓練でも浴びていたのだ。後日ケロッとした顔で現れたのだから、最初から心配には及ばなかっただろう。

 損をしたような、杞憂に終わって安心したような。

 

「ですが、黒創さんがまだ電気を帯びている可能性もあります」

「確かにあの時も…なんていうか、ロックな髪型してた」

 

 すぐさま霧散した罪の意識にやるかたない耳郎だったが、切り替えは早かった。

 でなければ先程の窮地に挑む道理が無い。

 

「訓練後も痺れが見えましたし…苦し紛れの電気罠にかかったことといい、多角的に電気を弱点とする個性なのかしら…」

「その弱点無視してたけどね。やっぱ脳筋すぎない…? さっきのも、普通頭割れてるよ」

「…」

 

 (ヴィラン)の頭と盛大にゴッチンコしたのに、神がかり的な衝撃吸収によって天佑神助の生還を見せた滅理。いちゃもんじみた小言を耳郎は隠せない。

 文句の付けようはいくらでもあるが、付けたところで滅理本人も与り知らぬ幸運であるため空を切るだけだ。

 

「…つくづく、強力無比な個性ですわね」

 

 消え入るような声量で呟く八百万。

 戦闘訓練において滅理に敗北し、彼女の自信は揺らいでいた。

 他人の個性にあやかることしか能のない自分では、きっと滅理と同じ土俵には上がれないと。過剰な謙遜と自己嫌悪を覚えたのだ。

 

「八百万?」

「今は兎に角黒創さんを運び出さないといけませんわ。絶縁シート越しに触る分には問題ありませんので、担架に乗せましょう。担架は私が創っておきますから、耳郎さんはシートを拾って来て下さいまし」

「わ、わかった」

 

 半ば畳み掛けるように飛ばされた八百万の指示に、耳郎はおっかなびっくり従う。

 一方上鳴は親指の角度に磨きをかけていた。

 耳郎は気にせず壁際に向かった。

 

「…初めての敵、案外あっさり倒せちゃったな」

 

 道すがらに本音をこぼす耳郎。

 それは驕りにも聞こえる発言だった。

 とはいえ無理もない。あれだけ多勢に無勢という言葉が似合う状況を、ほぼ無傷で乗り越えてしまったのだ。

 

 持ち運びを考え、シートの端をつまんで軽く折り畳む。

 

 目立った損失は上鳴の電力残量、八百万の脂肪、滅理の筋肉疲労くらいか。どれも替えが効く上に、滅理の分は現在進行形で補填している。

 要するに、油断していたのだ。

 だからだろう。

 

 打たれるための杭を、挫かれるための出鼻を整えていたのだと。

 

「ん?」

 

 気付くのが遅かっ──

 

──ボゴッ!!

 

 岩壁が隆起した直後。

 門をこじ開けるかのように。

 有無を言わさず。

 

 

 

 乱入者は現れた。

 

 

 

 土塊に身を潜め、機が熟すまでの間。

 存在を悟らせず、狩りに動く獣を模して。

 知恵を得た獣は、力を得た人間は。

 

 牙を剥く。

 

ガチコンッッ!!!!

 

──が、空振る。

 

 捉えた筈の獲物は影も形もなく、かといって胃に充足感は訪れていない。

 何者かが妨げたのだ。卓上の前菜を取り下げたのだ。

 では、誰あろう“それ”は何者か。

 もはや言うまでもないだろう。

 

「黒、創…?」

 

 獣は一頭のみならず。

 同等の、或いはそれ以上の力。

 

 有するは、滅尽の担い手。

 

 

 

雄英高校ヒーロー科1年A組

 

個性『滅尽龍』 “黒創滅理”

 

 対

 

(ヴィラン)連合 構成員

 

個性『???』 “???”

 

 

 

 かくして、獣牙と獣竜は相まみえる。

 嵐の前の静けさを表しているのか、双方は牙を剥きだしにしたまま動かない。

 

()郎。私ガコノ敵ヲ相手スルカラ、皆ヲ連レテ逃ゲロ」

 

 耳打ち程度の細やかな声が耳郎に聞き届く。

 間違いを訂正する暇もくれず、両者を隔てる壁が今。

 

 瓦解した。

 

「行クゾォッ!!」

 

 滅理が吠える。

 人の輪郭を保ちながら龍を色濃く覚醒させた姿で、来たる脅威に立ち向かう。

 人間大に圧縮した膂力が四足獣の俊敏性をより強く、更に速く。

 体格差は絶望的。

 滅理からすれば、その差は無に等しかった。

 伊達に師の虐げ(寵愛)を受けてはいない。

 強者に牙を剥く挑戦者の襷は既に、滅理の血と垢で染め上げられていた。

 

 掌底を天に翻して突き上げる。

 劣る上背すら裏手に取り、(ヴィラン)の顎下へ潜り込み頭部をカチ上げたのだ。

 たまらず巨躯が仰け反る。

 確かな手応え。

 滅理の突撃は勢いを増そうと足裏に力を込めた。

 

 

 

──────────────────────否。

 

 

 

 場面は変わらない。

 時間に開きもない。

 しかし戦況で見れば、明らかな劣勢だった。

 

 (ヴィラン)が、滅理の報いた一矢を弾き返したためだ。

 事もなげにだ。痛痒すら見せずにだ。

 仰け反って見えたのは、単なる反撃の予備動作に過ぎなかった。

 虚を衝いた筈が逆に衝かれていた、という意趣返しを滅理は味わった。

 そしてこれは至上の屈辱であった。

 

「アァァ、アァ゛アア゛アア゛…!!!

 

 血気盛んな年頃なのだ。

 三下如きに甞められたままで、安眠できるわけがない。

 

 理性を司る脳の大部分に麻痺を残したまま、滅理の心拍数は上昇し続ける。

 勇気(怒り)が痛みと恐怖を掻き消してくれる。

 滅理は再び、突撃の合図に鼻息を鳴らした。

 

 

 

『グヴゥア゛ァァァァァァァア!!!!!!』

 

 

 

 大地と共にはらわたが揺れる。

 今更慄いたのか、はたまた怒りが伝播したのか。

 (ヴィラン)は背の組織を怒張させて自身を大きく見せつける。

 贈り物への謝辞を述べるように、礼儀正しく咆哮を返した。

 

 

 

『ガヴォオ゛オ゛オ゛オオオォォォ!!!!!!』

 

 

 

 またもや滅理が先手を打つ。

 跳躍と飛翔を合わせて(ヴィラン)に飛び掛かり、思い切り掌を叩きつける。

 夥しい数の棘を纏って穿たれた一撃に、さしもの(ヴィラン)も寸分怯む。

 さりとてただでは終わらせないとあのカウンターを試みる。

 それを野放しにする滅理ではない。

 溜め動作の最高到達点まで上がった大顎。

 その大口にラリアットをかまして棘だらけの左手前腕を押し付け、猿轡の要領で噛みつかせる。

 (ヴィラン)は吐き出そうとするが、これ以上頭は退けない。

 ならば横に。

 同じく、滅理が許さない。

 背に回り込んで膨れ上がった肩の筋肉風船を踏みつけ、一芸しか能のない貧層な頭を鷲掴む。

 えずく(ヴィラン)を押さえつけ、滅理は左腕を犠牲に反撃を止めた。

 

 だがやはり、最善手とは言えなかった。

 徐々に増していく咬合力。底知らずの怪力に滅理が眉間を潰す。

 パキパキと音を立てて棘が折れ、ミシミシと軋みを挙げて骨が歪む。

 

 が、もう構うことはない。

 死なば諸共。

 喰らうより速く再生を施し、お前の大顎ごと串刺しにしてやる。

 

 動と静の攻防を繰り広げ、両者は取り返しようのない事態に陥っていた。

 誰も終わりのゴングを鳴らせはしない中──

 

──ドックン!!!

 

 大きな鼓動に、振り上げた滅理の右腕が停止する。

 

 これは私のものか?

 いや違う。私の心臓は絶えず、均等に脈動していた。

 脈のリズムに噛み合わない。

 不整脈なら治すまでだが…

 

ドゴンッ!!!

 

『!!』

『ヴゴァッ!?!?!?』

 

 (ヴィラン)が声に驚きを滲ませる。

 地面が両者の重量を耐えかねたのか、まるで落とし穴のように陥没したのだ。

 山岳ゾーンは救助訓練に難易度を持たせるため所々脆い箇所が点在する。

 そのハズレを偶然引いたというには、少しばかり作為的と言わざるを得ない。

 何故なら。

 

「逃げろと言われて、おいそれと巻く尻尾はございませんわ! 黒創さんっ!」

 

 八百万百。

 彼女の思慮深さは、一度滅理を追い込んでいるから。

 

「そーゆーこと! ちょっと細工して遠くから落とし穴、作った!」

うェい(よし)うェ~~~~~い(今助けるぜ黒創)!」

 

 続く2人は戦闘訓練を共にした戦友たちだ。

 未だ暴れる(ヴィラン)の注意を耳郎が音で惹き、上鳴が死角から忍び寄る。

 無論、それだけが作戦ではない。

 上鳴の両手にはソフトボール大の球体が握られていた。

 

「うェい!!」

 

 陥没によって下りた敵の口元を的に、謎の球体を投げつける上鳴。

 滅理はそれが外れないよう敵の頭を固定し、右手で顎を押し広げて八百長を働かせた。

 

ボフゥっ……

 

 煙が吹き出す。

 次いで来る眠気。

 

 なるほど、これは麻酔か。

 滅理は合点がいった。

 (ヴィラン)の無力化には持って来いだ。過度にダメージを与えず、至極平和に争いを中断できる。

 扱いには細心の注意を払う必要があるものの、個性抜きに(ヴィラン)を倒す普遍的な対抗手段だ。

 

 薄れゆく意識を無駄に浪費し、滅理はそんなことを考えた。

 

 

 

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