愛死て   作:そばです!

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第一話 この好きって、何

 別に、愛という文字の隣に死という言葉を置いたって構わない。

 そう考えられるくらいの自由が五通結(ごとおりむすぶ)という青年にはあった。

 

 

 結は白く、そして生来の整いを損ないかねないくらいには細い男子だ。食べ物は、その身体にそう沢山は入らない。

 ならば、身体に良いものばかりを食べるのが妥当だろう。また普通ならば、好きなもののみを口に入れるのかもれなかった。

 

「まじぃ」

 

 しかし、結はそこから外れて、一人苦手を食む。

 レタスはその青臭さが嫌いで、食パンのパサツキなんて反吐が出そうで、ハムなんて好んで目に入れたくもなかった。

 だが、それを調理し挟んだものを、結はあえていただく。その複雑な滋味が、しかし彼には無味なだけ砂のほうがましなほどに嫌だ。

 ああ、まずいまずい。しかしそれでも。

 

「まあ、これなら、片手で食えっからなあ」

 

 サンドイッチは、片手間の食事。そんな古の作法を守って、彼は食に道楽を持ち込む。

 手のひらに載せ、親指一つで頁をぺらり。そうして結は食みながら本を読む。もぐもぐと、己の顎が奏でる咀嚼の音をバックグラウンドに、彼の瞳は文字ばかりを追っていた。

 これっぽっちも楽しくなくとも、楽しくなりたくって、青年は食よりも文字こそを美味しくいただくのだ。

 

 さて、まるでこれでは食卓の隅に置かれた本の虫。そんなの、自由時間であっても見咎められたって仕方ないものだ。

 普通ではない、ならば正す。そんな余計が幼稚の中にて湧いたことは、幾度となくあった。

 だがしかし、幾らそのために虐められようとも平気な彼は、未だお昼休憩に糧を楽しむことにすら背を向けている。

 

「……ふぅ」

 

 そして、それだけでなく結は花にだって知らんぷり。

 だが好き好んでへんてこ青年の前に毎度陣取ってご飯をいただく唯一の異性は、何時も通りなこんな有様にも決して挫けない。

 異性の幼なじみこそ至高と考え終えて、結論づいてしまっている彼女は小さな弁当箱から顔を外し、長いまつ毛を持ち上げて結を見つめる。

 別段、慣れきってしまっている少女は結の評判のいい面を良いものとも思えない。だが、見やすい顔であるとは考える。

 それこそ、毎日毎夜何時だって、その目に入れておきたくなってしまうくらいには。

 あえてぷんと表情を変えて、彼女、青山スズカは遠くの賑わいを聞きながら話しかけた。

 

「ねえ、ごとー。その本、面白い?」

「どーだかな。多分、面白いんだろうが……よく分からん」

「それじゃ、また忘れちゃうね」

「だな。後で全部忘れて再読することだろうな、こりゃ」

「それでも最後まで読もうとするなんて、ごとーはバカだねー」

「ああ、バカだ。だが、それじゃ足りん」

「だから足すために、取り敢えず読むってのも短絡的」

「かもしれんが、一度やると決めたからにはなぁ」

 

 青年と少女、馴染んだ二人の会話は互いへの理解から滞りなく進む。

 瞳一つ交わされず、熱量も愛も見当たらない、そんな現況に対する確認。

 この会話で分かるとしたら、それは結が真面目なバカであるというそんな情報くらいだろう。

 だが、そんな大切な不変を確かめながら、スズカは薄く微笑んで胸元の熱を上から触る。艶やかに、指先は薄い胸をなぞった。

 恋する少女は、言う。

 

「ごとーは、変わんないね」

「スズカのたっぱも前から変わんねぇだろ。それと一緒だ」

「むっ、ひょっとして、ごとーってちっちゃい女の子、嫌い?」

「そうだなぁ……」

 

 文庫本を睨みつけているその瞳を持ち上げることすらないまま、スズカの言葉の表のみを取って結は考える。

 無視された深意と不安を抱く少女は、青年の愚慮の合間に緊張からそれこそ身を縮める思いがした。

 ああ、嫌いと言われるのは嫌だ。好きだとそればかりを告げられたいのが乙女心であり、独占欲。

 だが、特に難しいことなんて分からない結は、深く考えずにこう続けるのだった。

 

「ま、好きじゃねえな。デカけりゃその方が好きだ。それが異性だろうが大体一緒だな」

「そう……なんだ」

 

 単純、純粋。そんな彼は大きいものにロマンを感じる性質である。結にとっては、見たこともない首長竜へのワクワク感と、見たこともない程の巨乳へのドキドキ感も一緒だ。

 つまり、デカければそれで良し。そこに、深い意味など何もなく、勿論少女を傷つけるつもりなんて更々なかった。

 当然、青年を良いものであると信じているスズカは悪気がないこと、そしてだからこそ本音であることも察して悲しく思う。

 ああ、自分は彼の中の好きの範囲外。体型一つであろうと、それは辛いなと思いながら、目を下ろし。

 

「ま、俺はただのでけぇ女よりはスズカの方が楽で良いと思うがな」

「え?」

 

 考えなしのながら仕事な慰めに、再び大粒の瞳を持ち上げる。そこでぱちりと開いたその鳶色の瞳に、痩身の青年の薄灰色の瞳が初めて交わった。

 ぼっと、身体の中で火が灯ったような想いを覚えながら、スズカは続く彼の声を聴く。

 

「これと一緒さ。何事も、手間のない方が一番だ」

 

 そして、左手で机の上から示すように結が取り上げたのは、最後の一つのサンドイッチ。

 大嫌いなそれをあえて美味そうに彼は食んでみせてから、彼は言う。

 

「最終的に手に取りたくなんのは、そういうもんだと俺は思うね」

 

 おお、まじぃ。甘いものしか好むことの出来ない結はそんな感想を零しながらも、しかし綺麗に体に必要な栄養を彼は平らげる。

 

「あは」

 

 ごくりとそれが喉元を通ったことを確認してから、スズカは笑った。

 眼の前でバカが無意味に披露したそんな、慰めというか選択。そんな程度の低いもので、変わる心なんてそうはない。

 そして、当然のように至極闇色で恋そっくりな感情に胸元占められているスズカの気持ちは嬉しさにゆらぎながらも何一つ変貌してくれやしなかった。

 

 ああ、これはこれは大好きで、愛おしくて、死なせたい。食事終わりにぺろり、と少女の口元は動く。

 

 そんな想いばかりの幼馴染を知らず、ただ彼は食事と読書の途中にて。

 

「んー……この好きって、何だ?」

 

 文字の海の中の少女の想いについて、考えるのだった。

 

 

 

 青山スズカには、希望がない。それは、何故なら希望が全て死んでしまったから。

 故に、スズカは絶望である。

 

 お父さんが、好きだった。お母さんは、もっと好きだったと思う。でも、彼らは全て炎に巻かれて煙となってしまった。

 とある青年に恋をした。彼は傷心の自分に優しかったから。しかし、結局男は少女に乱暴がしたかったばかりで、事前に終わろうが淡いものは全て無惨に汚されてしまった。

 

「……怖い」

 

 そんな、痛い痛い少女時代。何もかもが煤けて穢れてどうでも良くなってしまったそんな可哀想なばかりのスズカを、多くが哀れんだ。

 大丈夫か、もう怖くないからね。だが、少女はそんな思いやりの後ろに悪意の幽霊を見てしまう。なにせ希望は裏切り、痛みを呼ぶのが少女にとっての普通だったから。

 

「私なんて」

 

 だからこそ、父方祖父母の無関心こそが、何より優しい。下らないものを見る目が、何より少女を安堵させた。

 ああ、この零度はきっと反転しないのだと理解できるから。

 そんな風に少女は熱を避けて、それでも震えながら何故か生きていく。夢も希望も恐ろしいのに、それでも少女が生き続けるのはどうしてか。

 それは、一言で語り尽くせた。

 

「死にたくない」

 

 絶望の中、信じられるものは唯一自分の鼓動に熱量ばかり。であるならば、生き続けなければ。自分すら自分を裏切ってしまえばそれこそ何もなく。

 

「ああ」

 

 しかし、不運続きの少女にはその命脈すら細すぎたのかもしれない。

 スズカは身体を診られるのすら怖いからと不調を隠し、そうして風邪を拗らせ独り寝床で死にかける。

 

「ゲホ、ゲホ」

 

 今までになく熱は高く、身体は燃えている様子で、喉は灼熱に焼かれたかのようだった。

 口から不潔に垂れるものすら自分ではどうしようもない、そんな地獄の最中。

 

「どうした、お前」

 

 スズカは自分を覗き込む平温を見つけたのだった。

 

 

 確かに、青山スズカの不調を発見したのは、不在だからと回覧板を持ち家の中まで上がってきた五通結である。

 だが、そんなものより彼の通報によって彼女を助けた救急隊員の方が目覚ましい働きをしたといえばその通り。

 間違いなく、命を助けたのはその他の人で。

 

「ねえ、どうしてあなたはそんなに冷たいの?」

「んなの、他の奴らががアチいだけだろ。俺は普通にしてるだけだ」

「そう、なんだ……」

 

 つまり、彼が救えたのは少女の心に他ならなかった。

 大事にしてた自分すら裏切り病に負けて、自分を殺そうとしたとき。その時に目の前にあったものは変わらない平熱。それに縋ることはインプリンティングに近いものだとは思うけれども。

 

「君は変わらない?」

「変わりてぇよ」

「なら、変われないんだね」

「……喧嘩売ってのか?」

「あは」

 

 あの日の高熱に一目惚れによるものが欠片もなかったとは、少女は口が裂けても言えなかったのだった。

 破顔。それが笑みと人には見えるかもしれないけれども。それは彼女にとって、達してしまいそうになるくらいの恍惚による壊れで。

 

 だから。

 

「約束」

「なんだ?」

「君は私を裏切らないでね」

「そんぐらい楽勝だ」

「なら」

 

 指切りげんまん嘘ついたらはりせんぼんのーます。

 指切った。

 

 

 

「あーあ、まだ、ごとーに針千本を飲ませられないなぁ」

 

 そんなことを独り口にする少女は、だからこそ、今日も絶望の中にて笑顔だった。

 

「ん」

 

 用意してあるまち針を一つ。約束事を抱きしめながら、少女は彼に突き刺すであろう尖った先端に桃色の唇にてキスをした。

 

 

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