愛死て   作:そばです!

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第三話 飼うには面倒だ

 五通結に、兄妹はいない。それは、親がこんなに面倒なのはもういいや、ということで二人目を諦めたからである。

 しかし、両親は自分の子がバカな結だけであることに将来の心配を抱いて、金だけは裏切らないと絶賛仕事に邁進中。

 そのため、大きな家には結が一人と猫一匹。

 寂しさすら忘れがちな彼には哀れな現況なんて至極どうでもいいのだが、一人暮らしは何かと面倒。特に、一人じゃ中々力が足りないことが多々。

 

 だから、バカな彼は途方もない彼女を拾ってみたのかもしれなかった。

 

 

「しくしく」

 

 それは、拾ってくださいとでかでか書かれた段ボール箱の中にて律儀に膝を抱える。

 長い髪を二房に縛り、身を包むは装飾過多なワンピース。そんな全体が、しかし業務用ダンボールにすっぽり収まるくらいには小さかった。

 そう。泣いているこの生き物の見目は、可愛い少女である。だが、近くで見れば、彼女の鬼形が分かるだろう。

 この世界でも、このような捨て子なんて珍しいもの。思わず何だと思い近寄った男性は、しかし垂れ下がった彼女の頭の天辺を見て、吐き捨てるように零した。

 

「なんだこりゃ……って、この子冠なしかよ」

「しくしく」

「えんがちょ。胸糞悪いもん見ちゃったぜ」

 

 少女の泣き声をすらただの気持ち悪いものと思い、見なかったことにして踵を返すスーツの男性。

 この後彼は、我が息子にこのことを語ることすらなく、自ら行った本日の仕事の優れたところを自慢するのだろう。

 きっと、そんな団らんが男には待っていて、うつむく少女にはあり得ない。

 

「しくしく」

 

 だがそんなような人間達にこの少女が慣れきってしまっているのも、この世の問題なのだろうか。

 そう、少女が泣いているのは、誰もが彼女を拾わないという、そのためではない。

 思わず彼女、黄緑はこの世で言う冠こと、姓を被せることが出来なかった、姓を与えられることなく棄てられて当然な尖りを弄る。

 それは、頭の天辺にあって鉱物のように尖っており、物語の鬼のよう。そして、少女は悪というやっつけられて棄てられる、そんな物語の余剰として、存在する。

 

 つまり、彼女が何を悲しんでいるかというと。

 

「ボクも、誰かに認めてほしいよぉ……」

 

 黄緑は、この世において誰にも存在を認めてもらいないという絶望に、嘆き続けていたのだった。

 

 頭に黄緑色に輝く角を持ち冠をすら被せない、黄緑とされた少女は番外個体。彼女はこの世の余剰火力として存在していた。

 勿論、産道のすぐ後に親の手にて焼却炉に直行して焼かれても焼失しない頑丈さを誇る黄緑とはいえ、人の間に生まれたものであるからには、育まれる必要がある。

 ましてや、精査してみればその破壊力は兵器として優れている可能性もあった。

 

 ならば、と。この国の力を担う一部が心より気持ち悪いと思いながらも、少女を一つの抑止力として育てようとしたのもまあ、おかしいことではない。

 だから、おかしかったのは黄緑の方。そう、どうしようもなく強力を持つ少女の方が狂っていたのだった。

 

「しくしく。ボクが、全部を壊さなければ、良かったのかな?」

 

 黄緑は、今更ながら反省しつつ、頭頂の角をビカビカ感傷に光らす。

 そう、少女は皆から向けられた期待を愛と誤解して、頑張りすぎたのだ。

 

 その小さな柔らかい手のひらで、鉄を破壊した。ここまでは良い。そうされて、はじめて黄緑は撫でられる。

 しかし、やがて得意になった彼女はゴム毀損し、絆を砕き、ルールを捻じ曲げて、最後に神をすらバラバラにしてしまったのだ。

 

 ああ、やはりこれはどうしようもない冠なし。人の手に負えない鬼の子。こんなものに手を出すのではなかった。

 

 最後に心を壊された、偉大だったらしい黄緑の親代わりだったハカセは、そう感想を零して亡くなる。

 やがて、自らの感情をすら壊して泣き崩れて戻らなくなった黄緑は、黒服の人間たちに連れられ、どうでもいいこの場所に、雑に棄てられたのだった。

 

「しくしく」

 

 ひたすら、泣く、黄緑。

 確かに、この世で悪しとされているのを知りながら、しかし調子に乗って暴れた少女は悪い。

 だが、果たしてこの世の道理が悪くないとは決して、言えないだろう。少女に力と悪を押し付け、烙印代わりに角を付ける。そんな世なんて滅びてしまえとは思えずとも。

 

「下らねえな」

「……え? 君は……」

 

 心底この世界の当たり前を嫌い、通りがかりの五通結は柳眉を逆立てて言う。

 その嫌気を近くで聞いた黄緑は、驚きと怖じに怯える。

 少女は愛らしい見目と違い内部スケールの違う生き物であるからには暴力は、痛くない。しかし、理解と知能が人と変わらなければ、言葉の痛みこそが辛かった。

 この人も、ボクに何か悪口を投げ捨てて去っていくのだろうか。しくしく泣き濡れる少女は、先に不幸しか望めずに。だから。

 

「棄てられるなんて、お前可哀想になあ。家に来るか?」

「え?」

 

 しゃがみ込んで、灰色の視線をまっすぐ合わせて呟いた結の言葉の意味を、心より不思議に思うのだった。

 ああ、私が潰した神を愛するヒトが居ても、鬼を愛するヒトなんて居てはいけないというのに、この人の目には、どうして。

 

「お兄さん、泣いてるの?」

「ああ、そうだな……」

 

 その湿潤には愛が映っていた。青年の瞳に、嫌悪なんて欠片もなく、むしろそこには輝きばかりがキラキラと、目の前の少女をも反射して。

 

「くっそ感動したんだよ、この本。面白いぞ」

「え?」

 

 結はさっきまで道々読んでいた分厚い本を黄緑に押し付けて、微笑むのだった。

 その本の表紙には、今の彼女のように捨てられたようである子犬を拾う少年の姿が印刷されており、つまり、それってひょっとして。

 

「この本見たら、俺もこういうのやってみたくなったんだ」

「あはは……ぐす」

 

 なるほど、どうやらこの救いは、バカな男の気まぐれで。でもそれだってこの世には希少なもので嬉しくって。

 だから黄緑は乾いた笑顔の後に、再び泣くほど感動して。

 

「ありがとうございます!」

「うおっ、俺の本が一瞬でバラバラに……」

「あ、ごめんなさいー!」

 

 少年の本を台無しにしてしまうくらいに、喜びを表したのだった。

 

 

 

「あーれー」

「あー、お前ドライヤーって、はじめてか?」

「そうです! だからそんなに熱い風を……あーれー」

「意味分からん悲鳴をあげるな。ったく……まあ、いいか」

「うう、凄かったです……」

 

 冠なしとは輝く無比であるからに、そんなに汚れない生き物である。だから、あまり洗われることはない。

 だが、そんな当たり前のことを知らないバカな結は当然のように少女を洗った。

 本来ならば自分でやらせたいところだったが、渡したスポンジどころか頭に乗っけた泡すら粉々に破壊してしまう有様であれば、仕方なく。

 人間の少女に似た形のものを手づから洗浄するのは普通の男子であるならば、照れるところかもしれないが、何しろ行っていたのはバカな青年。

 明日に忘れる女体美なんて気にもせず、あんよから頭の角の先端――このとき黄緑は嬌声を上げた――までしっかりぴかぴかにしたのだった。

 

「あー、お前服着るのってどうしてる?」

「着せてもらってました!」

「なんて面倒な奴だ……ほら、両手上げな」

「ばんざーい」

「俺のお古のパジャマしかねえが、ま、ぶかぶかだが着れるか」

「わーい! はじめて人が着古したものを着ました! 嬉しいですー」

「そりゃ、良かったな」

「あわわ……」

 

 そして、現在ホカホカに整った黄緑は、裸に一枚のクソださパジャマを着せられて、挙げ句に青年の手により頭を撫でられる。

 黄緑が冠なしでなければ通報もののやり取りに、しかし彼女は久方ぶりの人との接触に喜びしか覚えない。

 人間の微かな温かみに、少女は照れに顔真っ赤。優しき接触にこれはまるで愛のようだと喜ぶのだった。

 

「あー……こんなんで良いのかなあ。紫にやっているみたいに撫でてみたんだが、よく分からん」

「えっと? ボク的にはとても撫でてくれて嬉しかったですけど、紫さんって?」

「そこに寝転んでる猫だ。ほら、紫(むらさき)、挨拶しろよ」

「にゃあん」

「わ、可愛いです! ボク、後輩(予定)の黄緑です! よろしくお願いしますー!」

「にゃ」

 

 猫への愛し方をそのまま女の子にやるのは普通はおかしい。けれども、その場にはバカと猫と冠なししか存在しなかったので、流されてしまう。

 ただ、黒猫のぱっちりブルーお目々が確かに自分を容れていくれていることを感じた黄緑は大喜びするのだった。

 しかし、その喜びを隣に平熱の青年はぼうっと何か考えている。その内容はは愚かな何時もと同じではなく、珍しく将来。こいつどうしたら良いだろうと、黄緑について考えていた。

 

「俺もよろしく……と言いたいが……お前って結構何でもダメにしちまうし、飼うには面倒だな」

「うっ! でもでも、ボクにもお役に立てることがきっと!」

「何だ、遠慮なく言ってみろ」

「えーっと、ううっと、ああー……」

 

 考えて、己が人の役に立つものを見つけられずに、黄緑は身じろぎバタバタ。

 途端に破損した空気が暴れ、肌色が大きく披露され、そういやこいつにパンツ履かせるの忘れたと結は思う。

 

 やがて、考えに考え抜いた意外にもそんなにバカではない黄緑は、一つ自分の何より長じたものを発見していた。

 しかし己の特徴を恐れられることこそ、当たり前だったこれまで。それを言うのは心を傷つけられるために差し出すことに似ていて、ためらわれた。

 でも、言わなければそれは失礼で、また無理でもありのままを認めて欲しくって。だから破れかぶれで少女は得意を主張する。

 

「何でも壊すことが出来ます!」

 

 ツインテールが怒ったように乱舞して、頭の角が再びびかびか緊張に輝く。

 まるで、叩かれるのを覚悟する少女のように、目を瞑った黄緑を前に、結は。

 

「そっか」

「え?」

 

 短く、そう呟くだけだった。

 何でも壊せる、人外。そんなものを身近に置くものなんて、本来あり得ないし、あり得てはいけない。

 だが、自分の危険なんて真っ先に忘れがちなバカな青年は、むしろこれだけ思うのだった。

 

「何か得意が一つでもありゃ、そりゃ俺よりも上出来だ」

「あ」

 

 笑顔で、まるで少女を称賛するように、彼は彼女を今度は本気で撫で擦る。

 愛されない子供が、愛すべきではない生き物を、愛のように優しくする意味はその価値は果たして。

 

「あは」

 

 ただ、それが無意味でなかったのは、少女モドキの落涙で誰でも理解できるだろう。

 ぐちゃぐちゃに壊されてしまった黄緑の情緒はぐちゃぐちゃの笑顔のような表情になる。

 そして、黄緑には生まれてはじめて壊したくないものが出来るのだった。

 

 青年は、言う。

 

「なんか、俺が壊してほしいものが出来たら、頼むわ」

「……はいっ!」

 

 はい。そんなの是に決まっていた。

 ボクの得意で貴方が喜ぶのであれば、それこそ全てを破壊したっていい。ただ、一つだけ残れば。

 それは、ボクの中に一つ芽生えた恋心。それだけ壊れなければ。

 

「これからよろしくな、えーと……」

「黄緑といいます、お兄ちゃん!」

「ああよろしくな、黄緑」

 

 命ざれれば、たとえ貴方の命だって、ボクはたやすく壊してみせるだろう。

 

 

 

 

「にゃあ」

 

 おかしな二つのふれあいから離れ、響くのは呆れたような、猫の声。

 彼女は手の甲をぺろりとひと舐めして、そうして。

 

「――全く、結の周りには、変な女ばかり集まるにゃ」

 

 そんな言葉を零して、片目を瞑るのだった。

 

 

 

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