愛死て   作:そばです!

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 ヤバいです!


第四話 この世に悪はない

 

 五通結は、忘れて、覚えて、忘れる。

 哀れなそのルーチンをバカにするのは簡単で、しかしどう調べたところで病ではなかった。

 ならば、そのバカの真実は?

 

 

 五通結は、料理が得意だ。

 それは、自らの手によって上手に食料の加工を出来なければ、生きることすら難しかった家庭環境に依っている。彼は親の味より上等な、自分の料理で育った。

 しかし、最終的にながらで食べられるからとおにぎりやサンドイッチだけを食べればいいと結論づいてしまってからは、その得意も一人暮らしでは最早無意味。

 最近居着いたペット二号にもねこまんましかねだられなければ、育てた調理に対する真剣も煌めかない。

 

 だが、実のところその得意が一時燦然と輝いていた時期もあった。

 それは、喫茶の厨房であり、バイトで入ったはずがキッチン調理の全てを任されることになり放課後から夜中までを使い続けたそんな日々。

 目標の金額が溜まったからと、結が疾く辞めてからその店は驚くほど早く店を畳むことになったが、まあ中学生に珈琲提供以外全てを任せてサボる店主の持ち物であれば、それも妥当だろうか。

 

 今はその店の名前すら忘れた結のそんな忙しない数ヶ月。

 愛猫に帰るの遅いと引っかかれ続けたそんな日々を結はもう忘却スレスレに淡くしか記憶していない。

 

 けれども、彼が提供してくれたオムライスの味に惚れ、そのあとを追いかけて幼いウエイトレスになって、泣く泣く辞めた少年を見送ったとある少女は。

 

「あは」

 

 今もその時からずっと、結を見つめ続けていたのだった。

 

 

 都会の黒天の元、騒々しい明り達が行き交う中で、足元ばかりを探す。その整いを多くの女子に振り返って見られることすら知らず、彼はふらふらと歩む。

 そうその日、結は珍しく夜を歩いていた。

 本来、風呂に入ろうが食事中だろうが、無理に余裕を見つけて勉強しようとしているのが彼である。

 しかし、そんなガリ勉青年は、珍しくも上等な目鼻立ちをした顔を本で隠すことなく何かを見つけようとしているようだ。

 時々、どこ行ったんだ、と暗闇に尋ねているところから相手は返答をくれるもののようであるが、こんなちんたらした失せ物探しに人手が足りていないのは明白で。

 

 なら私の出番ではないかと思い、桃谷鎖(ももだにくさり)は無意味に弾む胸肉をも気にせず、彼のもとへばるんと現れるのだった。

 

「あ、結センパイ、お久しぶりっす」

「んー? ってなんだ、モモか。俺はもうとっくにキッチンバイトなんて辞めてるんだから先輩なんて付けなくても良いぞ」

 

 下げていた顔を上げ、結は何時ものように唐突に現れた鎖を細く見つめる。

 果たして少女がこうなったのは、何時からだろう。せり出した胸は迫力に富んでいて、また持ち前の丸い眉に太い足は他に類を見ない。

 それでいて、引っ込んだウェストに柔らかそうな頬を筆頭に全体を見ると愛らしいという奇跡。

 これは性徴が過ぎる変わった生き物だと思いつつ、結は最早自分は先達ではない事実ばかりをただ淡々と伝えるのだった。

 年上の素っ気ない応答に苦笑いしながら、鎖はこう返す。

 

「いや、バイトどころじゃなく頑張ってらしたっすけど……そっすか。なら結さんで。にしても奇遇っすね。こんな夜に繁華街で会うなんて。しかも本読んでない状態の結さんってのはレアっす」

「いや、流石に捜し物の最中で本を読んでたら見つかるもんも見つからんだろ」

「それもそうっすね。で、何を探してるんです?」

 

 少女はわざとらしく首を傾げる。

 

 さて、この青年は何を探しているのだろう。それが愛だったら直ぐに渡すことが出来るが、それ以外だったらちょっと面倒だ。一緒にこの夜をずっと探し歩くのか。

 無論、彼が探しているのが自分以外の女だったらその相手を殺さざるを得ないが、そんなことはきっとないだろうし。

 

 と、そう考える内心を隠し婀娜っぽい笑みを見せる鎖を知らず、再び視線を地に這わせた結は、言った。

 

「あー、黒猫だ」

「ん? 黒、猫……ひょっとしてその子、尻尾が二つに分かれてたりします?」

「ああ、そうだな、なんかそんな感じのレアな奴だ」

「うっわあ。あの子、結さんの関係者なんすか? ひょっとして、ご家族で?」

「ああ、あいつは五通紫。俺のペットだ」

「うへぇ」

 

 暗く、騒がしい夜に青年の目的を知った鎖は正しくげっそり。

 あれはメスだし女だけれど、殺せない。そして、それは自分の目的にとても役に立つ生き物でもあって。

 また、あの身勝手な猫のことを鎖は嫌いじゃなかった。そして、居場所もだいたい知っている。

 だから案内する以外の選択は浮かばず二人きりはあと少しで終わりかと理解し、少女はより残念に思うのだった。

 

「なんだ、モモ。紫のこと、知ってんのか?」

「あー、知っているというか、何といいますか……」

 

 相変わらずの彼の愚問に、今更ながら説明に悩む鎖。

 知っている、というのは是であり、しかし隠したかったという気持ちもある。

 だが、まああの駄猫のことだから、ひょっとしたら説明したところで何時ものように青年の記憶を奪っておしまい、という可能性もあった。

 だから、正直に全てを語ろうとして。

 

「ピンク、こんなところでサボって……またお仕置きされたいの……って結!」

 

 待ったがかかる。わざとらしい演技に、猫から向けられる黙っていなさいとでも言わんばかりの強い視線。

 はぁ、というため息を飲み込む鎖の横で、バカにされている結は呑気にこの世界でもありえないしゃべる猫を受け入れ安堵の言葉を紡ぐ。

 

「お、こんなところに居たか、紫」

「……先輩って、パープル、猫ちゃんが喋ることに驚かないんですね……」

「いや、俺が知らないだけで、猫が喋るってのもありなのかと思ったんだが……違うのか?」

「にゃあ。当然ありよりのありよ」

「この化け猫、さらっと嘘吐くなっす! 猫が喋るとかファンタジーかメルヘンで、お前さんはファンタジー産の存在じゃないっすか!」

「なんだ、やっぱり紫はレアだったのか」

「にゃ、まあ、その通りね。ワタクシをペットに出来るなんて運が良かったのよ、結は」

「へー」

 

 そして、猫は当たり前のように彼を丸め込む。バカが愚かにも異常を受け容れることは、はっきりと危険である。

 だが、眼の前で起きたそれを指摘することもなく、鎖はただ揶揄するばかりに留めるのだった。

 

「いや、どう考えてもパープルみたいな性悪猫に居座られるとか最悪にも程があると思うんすけど……」

「おつむまでピンクな子は黙ってなさい。じゃないと、誰彼にあることないこと広めちゃうわよ」

「くっ、どうやって化け猫が人に噂を広めるのか気にはなるっすけど、ここは黙っておくっす……」

 

 パープルこと光食らう紫苑の猫に、自分のいやらしいところをばらされたくなくて、黙る鎖。

 まるで冗談じみた会話であるが、実際桃谷鎖が影に結に対している行っているいやらしい行為は通報モノで、普通に気持ち悪い。少女の沈黙も当然と言えた。

 だが、そんなことをすら知らない彼は、どうして愛猫と後輩が仲良くしているのかをただ不思議がる。

 それだけで折れそうに見えるくらいに細い首を傾げて、結は問った。

 

「で、紫。お前はどうして夜な夜なモモと連んでんだ? あれか。非行って奴か?」

「んー。むしろ猫が夜に遊ぶのは健全だにゃん。そういうことじゃなくて、やってるのはむしろ良いことね」

「あー……パープル、ばらしちゃうんすか?」

 

 桃色少女は、猫の暴露に目をみはる。

 この生き物は、まさか自分のやっている行為を善と言い張って青年をごまかすつもりなのか。

 驚く少女をよそに、いけしゃあしゃあと二又の黒猫は続けるのだった。

 

「にゃ。家族に黙っているのは元々心苦しかったからね。それに、結はきっとワタクシ達の大きな力になってくれると思うわ。にゃん」

「え、結さん、そんなに強いんすか? どう見ても筋肉とかなさそうっすよ」

「あー? 何か変な期待されてんのか。俺、あんま喧嘩とかしたことないぞ?」

「したことないだけで、結が強いってのは知ってるけど、今回はそういう期待じゃないわ。にゃん」

「どういうことだ?」

 

 知らないのだから、分からないのは当然。けれども本当はそれを知っていたのを忘れさせられただけなのだから、最早喜劇である。

 くすくす笑むながら雑に語る性悪猫の隣で、仕方がないと鎖は話を合わせるのだった。

 この様子ならある程度話したほうが良いのだろうな、と思い自らが知ったマジカルな事態を嘘を交えて語る。

 

「結さんは、魔法って知ってるっすか?」

「あ? 魔法ってあれだ。魔女が使う変なの全般だろ?」

「にゃん。結にしては珍しく大体合ってるわね。にゃ。古だと確かにそんな風に大体が魔女のものだったけれどワタクシはそれを見てん盗んじゃったから、使えたりするのよね」

「パープルは、どこぞの世界で魔女の使い魔ってのをやっていたらしいっす! ただ魔女が死んじゃった後、この世界にやって来たそうで、色々と私にも教えてくれたんすよ」

「そうそう。ピンクはワタクシの愛弟子その……何号かしらね。まあ、最新の魔法少女としてやってもらってるわ。にゃん」

「魔法少女? モモがか?」

「そうっす! テレビに出るようなふりっふりで悪の手先をばったばったやっつけてるっすよ!」

 

 桃谷鎖は魔法少女。それは間違いない。そして、五通紫が魔女の力を持った猫というのも嘘ではなかった。

 しかし、それ以外は悪意に満ちた欺瞞に彼女らの語りは濡れきっている。まるで、自分達が正しいかのような情報の操作に、鎖は内心なんだかなぁと思っている。

 そして、当然そんな虚飾のハリボテで説得するのは難しく、バカですら本当か首を傾げる結果になった。結は、彼女らに尋ねる。

 

「本当か? 出来れば魔法とやらをやって見せてくれると助かるんだがな」

「はいっす」

「うぉ、モモが……ピンクに光った……ってそれだけか?」

「いや、光ると私パワーとか凄い上がってるんすけど……まあ、見た目的にはそれだけっすね」

「そんだけか」

 

 言われ、少女が見せたのは魔法の端の端。魔力を体に纏う、それだけの作業。しかし、それしか彼女は大好きな彼に見せることは出来ないのだ。

 ああ、なにせ魔法というものは本当に魔的に過ぎている。グロテスクでない、魅せられるマジカルはここまで。

 そんな少女の自然な判断に頷き、更に口を開いた猫は嘘を重ねるのだった。

 

「そうね。才能はあるんだけれどこの子魔法の出力がちょっといまいちなのよ。にゃ。だから、光った身体を使ってパンチキックでやっつけてるから、効率悪くって」

「うう……だから、何時もパープルには助けて貰ってるんすよ。ここのところ結さんがパープルとの時間が取れていなかったとしたら、私のせいっす」

 

 紫が騙る肉弾戦魔法少女という設定に乗っかり、申し訳無さそうにする鎖。

 普通に悪女な魔女等の寸劇に、それと知らない分からない結はそれなら仕方ないかと納得。本音をぽろりと零すのだった。

 

「まあ、無事ならそれは良いんだけれどな。こいつ居なけりゃ居ないでちゅー〇代が減るし」

「にゃ! 良くないわ! ち〇ーる、〇ゅーる! ワタクシはちゅ〇るが一番美味しいからこの世界にいるんですからね! にゃん」

「ああ、あの謎めいて勿体ぶっていたパープルの本音はこれっすか……残念にゃんこだったっす」

 

 そして、その本音は駄猫の心にクリティカル。食べ比べて、理解したこの世界の猫餌の美味しさといったら、そしてそれをこの青年の手から得られる喜びと言ったらない。

 それを我慢しながらこんな風に暗躍しているというのにワタクシ達の時間を蔑ろにするなんて、と紫は二つ尻尾を怒りに持ち上げるのだった。

 これはマジだと察した鎖は本心から紫を残念と思い、大げさに嘆く。

 そんな風に、愉快が場を支配した、そんな時。

 

「で……お前等の敵って何だ? 実は、そんなのいないだろ?」

「あー……」

「にゃん」

 

 鋭く、結は問った。

 ごまかすな。青年の本気に、辺りの曖昧だったものは切り裂かれる。虚飾の笑顔も消え、そこには真面目になった魔女が二人。

 

 おぞましい彼女らの前で、バカはバカなりに察するものがあったようだ。

 彼なりの信に頼り切った子供のような推理を持って、結はこう結論づける。

 

「この世に悪はない。なら、お前らが何かを悪としているならそれは間違っているし。俺はお前らがそんなバカでないと信じているから、きっとお前らは俺に嘘を吐いている」

 

 青年は、この世の悪を知らない。忘れて、それを続けている。

 そんな哀れは、だからこそこの世を理解したくて、本という迫真の偽物に頼り続けて。しかし、そのために出せた結論は、どこまでも正しかった。

 故に。

 

「にゃは」

「ぐっ……」

「ごめんなさい、っす」

 

 彼は、あっという間に展開した、身じろぎも出来ない程に多量の触手をその身に纏わりつかせる羽目になる。

 そして、滑りと襞ばかりで完結しているその不潔を行使しているのは鎖で。そこに力を貸しているのは明らかに愛猫であり。

 これはどういうことだと、首を上げる結の唇に、柔らかなものが触れた。

 

「ん。また、全てを忘れてほしいっす」

 

 とても気持ちのよい、情欲すら誘うそれは、悪魔口づけ。一気に青年の視界は暗転。

 ずるりと耳元から侵入してくる触手の気持ちの悪さを覚えながら、彼は。

 

「ああ、やっぱりセンパイは、美味しいっす……!」

 

 そんな、後輩の恍惚の声の悍ましさすら、忘れていくのだった。

 

 

 

「ふぁ」

「にゃ」

「ん、どうした紫。今日は甘えん坊だな。俺の隣で一緒に寝るなんて」

「にゃん」

「あ、どこに行くんだ? 窓?」

「にゃ!」

「なんだ、そっちに誰か……って」

 

「あ、結センパイ、お久しぶりっす」

「ってなんだ、モモか。俺はもうとっくにキッチンバイトなんて辞めてるんだから先輩なんて付けなくても良いぞ」

「そっすか。なら結さんで。それにしても、奇遇っすね」

「ああ。窓開けたら偶にモモが居るなんて、驚きだ」

 

 

「なんか、変です……」

「にゃん、にゃん」

 

 

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