ハリー・ポッターと面霊気の少女 作:あたし、綺麗?
こころがスネイプによって引き取られてから、およそ半年が経った。
こころは、専ら書斎に引きこもっていた。
時たま外で踊る事もあるが、スネイプから「あまりにも目立つので止めるように」と釘を刺されてからは、外で踊るのを控えている。
「……ふぅ、これで3冊目か」
セブルスに買ってもらった雑誌にある、表情筋の鍛え方が書いてあるコラムを数分で読み終えた私は、本棚にそれを戻す。
それとほぼ同じタイミングでドアが開かれ、私の仮の親であるセブルスが顔を出してきた。
「……買い物だ。準備が出来たらダイアゴン横丁に向かうぞ」
「大丈夫、丁度読み終えた所だ。……買い物となると、入学の準備か?」
「左様。姿くらましで行くぞ」
そう言ったセブルスは、マントを翻してリビングに戻った。
私とセブルスの関係はとてもシンプルだ。
例えるなら居候と家主……セブルスが私が住み着くのを許し、私は対価を払うために家事をする。
……少なくとも、今はそれだけの関係だ。
(……ふむ、服装はこのままでいいか)
私は目が覚めた時に着ていたあの服がお気に入りで、よく着ている。
この服は不思議なほど綺麗なままであり、大切に扱えば10年は着続けられるかもしれない。
「セブルス、準備ができたぞ」
「そうか。……行くぞ」
自室を出た私はセブルスの腕に両手で掴まり、セブルスが杖を振る。
直後、自分の足が浮いたような間隔に包みこまれ、周りの風景も時間を早送りしているかのようにコロコロと移り変わっていった。
数秒ほどで風景が裏路地に定まり、杖をしまったセブルスは私の手を掴んで路地を抜け、人を避けながら進んでいく。
「……」
「……」
4、5分ほど歩き、セブルスは漏れ鍋という名前のパブの前で立ち止まった。
「お前が漏れ鍋に来るのは初めてだったな。ここが最も有名なダイアゴン横丁の入口だ」
セブルスの話を聞いた私は漏れ鍋を見る。
随分と年季が入っており、建物の隙間に入るように立っているせいもあってか、道を歩く人々はパブには目もくれずに左右の本屋やレコード屋に気を取られている。
……そう、不自然な程に。
「……買い物は直ぐに済ませるぞ」
セブルスの声で現実に引き戻された私は慌てて彼について行き、漏れ鍋に入る。
パブの中は多くの人で満たされていた。
パッと見れば年寄りばかりだが、よく見れば若い人もちらほらといる。
客が吸っているパイプから出る煙やアルコール、かび臭い臭いが混ざり、酒場特有の異臭を漂わせている。
「やぁスネイプ先生。先生がこの時期にここへ来るなんて珍しいじゃないか。大抵ダイアゴン横丁に直接飛ぶからびっくりしたよ」
セブルスに話しかけてきたのは、長テーブルの奥から出てきたバーテンダーの老人だった。
バーテンダーはかなり使い古された布でグラスを磨きながらセブルスと話している。
「我輩とて好きでこのようなところには来たくなかったがな……今年入学する生徒の手伝いをしているだけだ」
セブルスはそう言ってこちらに何かを込めた視線を向ける。
どうやら、セブルスは私との関係がおおっぴらになるのを嫌っているようだ。
こっちに合わせろという目線を飛ばされた気がするので、私も家族である事は言わないでおいた。
「ほぉ…これはまた可愛らしいお嬢さんだ。ホグワーツ入学おめでとう。私はここでパブを営んでいるトムと言います」
「ありがとう、トムさん。私の名前は、秦 こころ だ」
私がお礼と挨拶を返すと、顔の皺を深くしながらも微笑んできた。
「いやはや、まだお若いのにお行儀の良いお方だ。おまけに……良い目をしている。ホグワーツでしっかりと学べば、将来はきっと素晴らしい魔女になれますよ」
「そうか。……っと、先生を待たせる訳にはいかん。帰る時にまた会おう」
ついつい話が弾みそうになったが、セブルスが早くしろと目線で訴えてきたので、私は話を切り上げて、パブの奥にある扉へ進むセブルスについて行く。
「ここは……中庭?」
「それに擬態させた入口だ。開け方は見て覚えろ」
扉を出た先はレンガに囲まれた小さな空間だった。
見たところはバケツにちりとり、箒ぐらいしかない、何の変哲もない中庭で何をするのかと疑問に思っていると、セブルスは袖口から杖を取り出し、杖先でレンガの壁のブロックを数回ほど軽く叩いた。
すると、レンガがどんどん回転しながら動き、瞬く間にレンガのアーチに姿を変貌させた。
「ここがダイアゴン横丁だ。大抵の物はここで揃う」
セブルスについて行きながら辺りを見ると、鍋を売っている店や色んな植物、茸を置いている店、梟や猫を売っている店もあれば箒を売っている店もある。
どうやらなんでも揃うというのは本当のようだ。
ただ、あまりにも見かけないものが多く、周りを見ているだけで疲れてしまいそうだった。
「……本当に色々あるな。ただ新鮮すぎて少々…疲れる」
「じきに慣れる。それまでは我慢しろ」
私達は2、3分ほど歩き、セブルスが白い大理石で出来た巨大な建物の前で足を止める。
「ここがグリンゴッツ、魔法界で唯一の銀行だ。まずはお前の屋敷にあったマグルの通貨を魔法界の通貨に換金する」
正面の階段を上がっていくと、扉の前に真紅と金色の制服を着た小柄な生き物が扉の左右に立っていた。
扉を通ると中にもう一つ扉があり、そこには何か文字が書かれていた。
通るのが一瞬だったのと、文字からはそれなりに離れていたのでうまく読めなかったが、入口の前にあるということは何かしらのルールを伝える為のものだろう。
「ここで働いているのは小鬼だ。お前ならしないと思うが礼儀正しく接するように。…… だが無闇に関わると面倒な連中だ」
中に入った私は、横目に小鬼を見る。
金貨を秤で計ったり、宝石を片眼鏡で吟味したり、帳簿を書き込んでいたりしている。
どの小鬼も賢そうな顔をしていて、指先は長く、肌は浅黒く顎鬚は尖っていて、何よりも勤勉な雰囲気を漂わせている。
「トロッコで酔われると面倒だ。吾輩が金を引き出すからここで待っていなさい」
換金を終えたセブルスはそう言って、1人の小鬼と奥にある金庫の入口らしき所へ向かった。
私は棚に置いてある雑誌を適当に選び、セブルスが戻るのを待った。
本を読んでいると、周囲が時たまこちらを見てきたが、特に気にせず待ち続けた。
「……さぁ、次はローブと道具を買いに行くぞ」
僅かに土気色の顔を青くしていたセブルスが出てきて、私はそれについて行く。
彼の乗ったトロッコはどれほどの暴れ馬だったのか少し気になったが、今話しかけたらセブルスが吐きかねないので聞かないでおいた。
「ここがマダム・マルキンの店だ。吾輩は教科書を買ってくる。ここは1人で買うように。他の生徒がいるかもしれんが……お前が普通に接すれば問題ない」
セブルスはそう言うと、フローリッシュ&フロッツ書店と書かれた看板の所へ向かった。
なんだかんだ言ってセブルスは私の事を心配してくれている。
「あら、お客さんね。お嬢ちゃんも今年からホグワーツ?」
店の扉を開けると、ずんぐりとした女性と目が合う。
店員の女性、多分彼女がマダム・マルキンだろう。
マルキンは私を店の中に引きずり込むと、踏み台の上に立たせる。
店の中には既に採寸を行っている少年が一人いて、その横に私が並ぶ。
マルキンは私の頭から長いローブを被せると、丈に合わせてピンを挿し始める。
「やあ、君も今年からホグワーツかい?」
突然、私の横に立っていた少年に声を掛けられた。
その少年は私とは違いとても白い肌をしており、まるで蛇のような容姿をしていた。
……将来髪の毛が薄くなりそうな気がするのは、きっと私の気の所為だろう。
「そうだ。買い出しに来ている。……ホグワーツがどんな所かはあまり教えられていないから知らないが」
私がそう答えると、少年は気取った声色で続ける。
「父上は隣で教科書を買ってるし、母上はどこかで杖を見てる。……まあでも、僕が一番欲しいのは箒だね。新しい競技用の箒を買わせてこっそり持ち込んでやる」
「……そうか。こっそりという事は、持ち出す事で何かまずい事でもあるのか?(セブルスに手紙には、1年生の箒の持ち込みは禁じられていたと書いてあったはずだが……彼が特例なのか?)」
「あぁ。1年生は個人で箒を持ち出すのは禁止されているんだ。何故そんな規則が必要なのか理解に苦しむね」
どうやら彼が特例とかでもなく、本当に無断で持ち出すつもりのようだ。
「持ち出すのは君の勝手だが、没収された後は自己責任だぞ。どうしても持っていきたいのならそれを覚悟で持っていくんだな」
「なに、いざという時は父上を頼れば……おや?」
私達が話をしていると、くしゃくしゃの髪の毛に眼鏡をかけた冴えない少年が店に入ってきた。
「む、君も今年からホグワーツか?」
「う、うん……」
私の問いかけに、少年は随分と弱々しく答えてきた。
なんとなくではあるが、常にネガティブな感じで彼には自信が欠けている気がする。
「私達も今年からホグワーツだ。……おっと、自己紹介がまだだったな。私の名は秦 こころ。秦と呼ばれるのはあまり慣れていないからこころと呼んでくれ」
「うん、よろしく、こころ」
「僕はドラコ。ドラコ・マルフォイだ。よろしく」
私達が自己紹介をしていると、ドラコが新たな話題を持ちかける。
服の採寸は、見たところ半分ほど終わっただろうか。
「そういえば、ホグワーツには4つの寮があるのは知ってるかい?」
「いや、僕は知らない……」
「いいかい?ホグワーツの寮は、グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、そしてスリザリンがある。素質がどうこうと父上は言っていたが、僕はきっとスリザリンだね。なんてったって僕は純血だからね。それも血統書の保証付きだ」
「僕は純血以外はホグワーツに入れなくても別にいいと思ってる。その方が優秀な魔法使いができると父上が言っていたからね」
そんな考えが存在したのかと、私は内心驚いた。
少なくとも、セブルスからそんな話は聞いていない。
「純血?」
一通り説明を終えたドラコの最後の言葉に少年は疑問符を浮かべる。
「あぁ、純血とは魔法使い同士の間に生まれた子供の事さ。それ以外には、親のどちらかが純血の場合半純血、どちらも純血でない場合、マグル生まれに分類される」
「ドラコ、あー、その魔法族以外は許さないという考えを教えてくれ」
「純血主義のことかい?魔法使いは皆純血であるべきで、マグルは不要だという考えだと思えばいい」
ドラコが楽しそうにしながら私の問いに答えていると、少年が顔を暗くする。
「僕の親はどっちも魔法使いってハグリッドが言っていたよ。でも僕はきっとダメだ……ホグワーツに入ることすらできない……」
「ハグリッド……?……まぁいい。君は純血か半純血の可能性だという事だ。きっと入れるさ」
ドラコが少年を慰めている中、私はふと思った事を零す。
「純血主義か……どことなくだが違和感があるような……?」
「違和感?」
「僕は純血主義に違和感を感じた事は無かったが……」
2人は私の言葉に反応するが、すぐさま私は首を横に振る。
「いや、気にするほどのことではない。今のは忘れてくれ」
2人は私の返しに少し納得がいっていなかったようだが、一足先に私とドラコの採寸が終わり、別れることになった。
「じゃあ、ホグワーツでまた会おう」
「またな、少年よ」
ドラコと私は踏み台から飛び降りると、魔法によって一瞬で縫い終わったローブの入った袋を片手に店を出ていく。
「ほう? ルシウスの息子と会ったのか。……次はオリバンダーの店に行くぞ」
着いた先は、今まで入った店に比べると一番店の外見が古かった。
扉には剥がれかかった金色の文字で『オリバンダーの店』と書かれている。
扉の横にはショーウィンドウがあるが、そこには色褪せた紫のクッションの上に杖が一本ぽつりと置かれているだけだった。
杖を売っているというのは分かるが、あまりにも店を魅せる為の物が少なすぎる気がする。
老朽化して今にも壊れそうな扉をセブルスが開けると、カウンターの向こうには杖が収められているのであろう細長い箱が天井まで所狭しと積み上げられている。
セブルスがショーウィンドウに置いてあるベルを鳴らすと、お店の奥から一人の老人が出てきた。
「いらっしゃいませ」
まるで空間から滲み出したかのように老人の柔らかな声が店内に響く。
声がした方を向いてみると、大きく綺麗な目をした老人が、優しげな笑みを浮かべて立っていた。
「この者の杖を一つ選んでくれ。ホグワーツの新入生だ」
「これは……かなり難しいお客さんだ。始めまして、オリバンダーと申します。それでは早速杖を選びましょう。杖腕はどちらですかな?」
私を何故か“難しい客”と評したオリバンダー老は杖腕とやらを聞いてくる。
恐らく、聞いているのは利き腕のようなものなのだろう。
「利き腕なら両方だ。だが右をよく使うかな」
「なら右にしましょう。さぁ、腕を伸ばして。そうそう……」
オリバンダー老は肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から腋の下、頭周りと身体中の寸法を取り始めた。
マダム・マルキンの所にあったのと同じ自動で測る巻尺が使われており、なんと鼻の穴のサイズまで測ってきたので、軽く指で弾いてやった。
鼻の穴を測っていた巻尺はセブルスの方に飛んでいってしまったが、セブルスは眉一つ動かさずに手で弾き返した。
寸法が終わって巻尺が引っ込んでいくと、入れ替わるようにオリバンダー老が奥から出てきた。
「ここの杖は、杖の一本一本に強力な魔力を持った物を芯に使っております。ユニコーンの鬣や不死鳥の羽根などですね。名前が同じでも、ユニコーンも不死鳥も、皆それぞれが僅かに違います。故に、たとえ芯材や木材を同じ個体のものから作っても同じ杖は一つとしてありえません。さらに、杖は持ち主を選びます。なので、忠誠心の差こそあれど、他の者が他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないのです」
「杖は魔法使いにとって己の魂と同義だ。お前はそんなことをしないだろうが、決して無くしたり落としたりしないように」
オリバンダー老の話にセブルスが補足を入れる。
私はこれから杖という名の生涯の相棒が決まるということに、ただならぬ興奮を隠せずにいた。
「イチイにドラゴンの心臓の琴線、ニ十センチ、固め」
私は渡された杖を手に取るが、オリバンダーはすぐに取り上げてしまった。これは私には合わないと直感できる。
「柊にドラゴンの心臓の琴線、二十二センチ、柔らかく柔軟」
「駄目だ、恐らく合わない」
何故だろうか、これは見るだけで自分には合わないと直感できた。
オリバンダー老も「やはりか。まぁ杖側の好みが分かってきた」と呟き、次の杖を出してくる。
「黒檀にユニコーンのたてがみ。二十七センチ、頑固」
駄目。
「イチイにドラゴンの心臓の琴線、ニ十センチ、非常によくしなる」
これも駄目。
駄目、駄目、駄目、駄目、駄目、駄目…………………………
「おかしい……イチイに不死鳥の羽根、27cm、少々頑固」
どれほど時間が経っただろうか。
私に合わなかった杖の山が9つほどできた頃、オリバンダーが完全に頭を抱え、どうしたものかとブツブツ呟き始める。
「困りました……合う杖がひとつたりともない」
「ひとつもない……!?」
オリバンダー老の呟きにセブルスが食い気味に反応する。
私も薄々ではあるが、原因が分かった。
「何となくだが……私の感情に彼らが追いつけていないというか……そんな感じがする」
「…感情……? そうか!! すみません、もう少し時間を頂きます」
そう言ってオリバンダー老は奥へ向かい、ドタバタと音を立てて何かをひっくり返していく。
「あった……ありましたぞ! 檜に11つの全て異なる鳳凰の羽根、二十二センチ、変幻自在な しなり方。これは面霊気という、東洋の付喪神と呼ばれる種族の方から譲り受けた扇……厳密には杖ではありませんが、持ってみてください」
厳密には杖では無いらしいがこの扇、私と気が合いそうだ。
私が渡された扇を手に取った瞬間、扇に変化が起こる。
「……美しいな、お前達は」
ありふれた見た目の扇が変色し、青い狐火と同じオーラが纏われ、私を中心に様々なお面が廻る。
非常に幻想的で奇妙な光景を見た私は、口をぽっかりと開けてそう呟いていた。
「なんと……」
「……」
オリバンダー老とセブルスも同じような表情をしており、やがてオリバンダー老はこの扇の辿った過去を伝えてくる。
「この扇は、他の杖とは比較にならないほど非常に気難しい。今まで何百もの魔法使いがこの扇に触れた瞬間……扇が持った者を完全に拒絶していました。ある者は大怪我を負い、またある者は腕を消し飛ばされかけました。かく言う私も最初の頃は触れただけで弾かれていたものです……。くれぐれも、彼らの機嫌を損ねないように。その時は貴女に語るも恐ろしい災禍が降り注ぐでしょう」
私達がオリバンダーの店を出ると、セブルスがこちらへ向いて話しかけてくる。
「……ホグワーツ特急だが、吾輩は付き添わないからな。それと、連絡手段に梟を買うぞ。こっちだ」
そう言ってセブルスは、イーロップのふくろう百貨店という看板のかけられた店に向かう。
セブルスに遅れて店に入った私は、所狭しと並んでいるふくろう入りの籠に目を奪われた。
「……まだ金に余裕はあるから、この10ガリオンまでで好きに決めろ」
セブルスはそれだけ言い、あっという間に店の外へ出てしまった。
(本当に多いな……梟はそれほど人気があるのか?)
私が次々と大小様々、色とりどりな梟に目移りさせていると、籠にぶつかって少し暴れているミミズクの所で視線が止まった。
(……こいつだ!)
私の直感が、このミミズクがただならぬ存在である事を感じる。
直ぐに店のカウンターへ向かい、10ガリオンを支払ってミミズクを購入した。
「……それにしたか」
「あぁ、名前は…まだ決めていないがな。これで買い物は終わりか?」
「左様、掴まれ。帰るぞ」
杖を取りだしたセブルスの腕に掴まった私は、再び浮遊感を感じながら家へ戻った。
補足:予め言っておきます。今回登場したミミズクと神子の関係性は一切ありません。