『影をも恐れぬ怪物』と言われた。それを別に気を留めることなかった。自分はただ強者と戦ってしのぎを削り合いたかった。だから誰から何と呼ばれたとしても気にしない。自分はただ走るだけなのだから。その結果として『怪物』と言われたとしても何も問題はない。
自分には『恋』だ『愛』だなんて言葉は無縁で一生知る事のないような感情だと思った。でも、いざ自分がそれに近い感情を抱いてみると分かるが本当にそいつのことしか視野に入らない。周りの全てがどうでもいいように思えてしまう。今までレースのことしか頭になかったのに……逆にそいつしか頭にない。視野が狭くなって、そいつの私に対する行動の一つ一つに一喜一憂をする。
私とトレーナーはレースの控室で会話をする。これはいつものルーティン。トレーナーと話すことで気合を入れなおすことが出来る。
「お前を愛してる」
「……う、うん。わかってるよ」
「だからお前は絶対に私から離れるなよ。私から離れたらお前はひ弱で危険だからな」
「ぼ、ぼくってブライアンにそんな風に思われてるの!?僕だって男だよ」
「お前は私よりも弱い」
「まあ…たしかに。でも…」
「でもじゃない。前に腕相撲をした時に圧倒的な完敗をしたのを忘れたのか」
「………はい、忘れていません」
「分かっていればいい。私から離れるような真似を絶対にするな」
「…でも、それだとブライアンに迷惑を掛けちゃわない」
「そんなことはない。だって私がお前のことを愛しているからな。お前を迷惑だとは絶対に思わない。私はお前が見てくれているというだけで普段以上の力を出すことが出来る」
「ある記者が『今のトレーナーになってから迫力がなくなった』と勝手なことを書いていた。その記事を見て、何よりもお前が過小評価されているようで私は苛立った。だから全ての観客に私が進化したところを見せてやる。私のトレーナーが最高のトレーナーであることを証明するためにな」
こんな風に他人のために怒れるようになるとは思わなかった。身内をバカにされればそれは怒るが、血縁者でもないような人を馬鹿にされたとしても何も感じなかったのに…お前のことだけはどうしても許せない。一番近くで私のために頑張ってくれているのを私は知っている。お前がどれだけの時間を割いて、私のトレーニングメニューを考えていくれているのも知ってる。
だから私は証明しなくてはならない。お前の努力を無碍にしないためにも。私は強いのだと。私とトレーナーは最高のコンビなのだと。
「お前は観客で私のことを応援してくれれば私は確実に勝つことが出来る。だから頼むぞ」
「うん!しっかりと応援するよ!」
「それじゃあ、行くか」