紅蓮の騎士〜Crimson Knight〜   作:犬社長

1 / 7





紅蓮の騎士〜Crimson Knight〜 記録① 放浪者ロレンソの記録

 

 

 

 

 

 

………なぁ、アンタは騎(・)士(・)を見たことあるかい?

 

 

 

ーーーーーー中世から飛び出して来たみたいな銀の鎧に、擦り切れた赤いマント。

 

 

 

ーーーーーー背に背負ったクレイモアを引き摺る音が聞こえたら、どんな化け物だってたちまち尻尾巻いて逃げちまう。

 

 

 

ーーーソレは化けもん共にとってみりゃあ死の象徴だが、俺らみたいな『迷いもん』にとっちゃあ救いの主さ。

 

 

 

ーーーもし出逢ったなら、取り敢えずソイツに着いていけば安全だ。

 

 

 

ーーーソイツはきっと、アンタを安全な場所まで案内してくれるだろう。

 

 

 

…くれぐれも、変な事はするなよ?……騎士は気まぐれだ。俺たちを助けてくれるのは、確かに善意からだろうが、その善意を踏みにじる様な輩はどんな目に遭ってもおかしくない。

生き残りたければ、騎士には歯向かわない事だ。

 

 

 

………ん?騎(・)士(・)とは一体何者なのか…だって?

 

 

 

…知るかよ。むしろ俺が教えて欲しいぐらいだ。

 

 

 

ーーー随分と前からこの世界(バックルーム)に居るらしいが、奴がエンティティの一種なのか、それとも彷徨い続けた果てに人智を超越してしまった元人間なのか、はたまた、希望を捨てきれねぇ放浪者達が極限状態の中で見た、ただの都合の良い幻覚の類なのか…誰にも分かりゃあしねぇ。

 

 

 

………ただ一つはっきりしている事は、ヤツは強い……と言う事だ。

 

 

 

…ヤツは不死身の戦士じゃねぇ……でも限りなくそれに近いナニかだ。

 

 

 

ーーーーーーどんな化け物だろうと、ヤツの前に立ち塞がって最後まで立ってた者は居ない。

 

 

 

 

ーーー噂によれば、ヤツは幾つかの異なる姿を持つと言うが……はっきり言って、眉唾物だな。騎士についての適当なでっち上げの目撃談なんぞ、腐る程聞いてきた。

 

 

 

……ああ…そうさ、ヤツについて俺たちは何も知らない…何もわからないんだ。

 

 

 

…ヤツは迷い込んだ俺たちに手を差し伸べる。俺たちはその手に縋る。何で手を差し伸べてくれるのか…一体何の目的が有るのか、又は目的なんぞ無いのか、そもそも一体騎士とは何なのか、何処から来たのか、何十…いや、何百年もの長い時をこの世界(バックルーム)で過ごしているにも関わらず、外見に変化がない様に見えるのは何故なのか、化け物共を蹴散らせられるその強大な力は何処で手に入れたのか…………わからない事だらけだろう?

 

 

 

 

……意思疎通が可能なら直接聞けば良いのに、って思うかも知れないが、ヤツは聞いても答えてくれないのさ。…基本的にヤツはビックリするぐらい塩対応だ。例え尋ねた奴が王様とか神様でも、ヤツは態度を崩さないだろうな。

 

 

 

…だから、ヤツについて知る事は何も出来ていない。正体不明のバックルーム最強の救世主にして、最大の謎。ーーーーーーーーーーーそれが騎士だ。

 

 

 

 

…そんな謎めいた騎士に畏敬の念を込めて、放浪者達は名前を付けた。

 

 

 

 

……その名もーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

……紅蓮の騎士(Crimson Knight)。

 

 

 

 

 

 

ーーーー放浪者XXXXXの証言より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇〈放浪者 Lorenzo(ロレンソ)〉の記録 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

見慣れた空気が、肺に入る。

 

 

 ロレンソは眠りの底に沈んでいた意識をゆったりと浮上させた。

 

 

…目を開けた彼が最初に目にしたのは、見慣れない…しかし何処か懐かしさを感じる部屋だった。

 

 

…此処は何処だろう、とロレンソは考える。

 

 

 彼は昨日、自分のベッドに横になったのを覚えている。寝る前に妻にキスした事も、歳のせいか悪くなって来た心臓を気にしながら下着姿になって眠りについた事も、全て覚えている。

 

 

…でも、この見慣れない部屋にどうやって自分が辿り着いたのか、それに関しては全く覚えていなかった。

 

彼は辺りを見渡す。

 

…部屋についている窓は板で適当に塞がれている。板と板の隙間から真昼の光が斜めに差し込み、古びた絨毯が敷いてある床を照らしていた。

 

…家具の類は一切無い。だが其処は間違いなく家だった。

 

 その部屋の中に、彼以外で動くものは無い。差し込む日の光や、部屋の空気すらも微動だにせず、彼を包み込んでいた。

 

 

 

………コレは夢なのだろうか?

 

 

 

 彼はそう考えた。しかし、それにしては妙に意識はハッキリとしているし、夢の中に有りがちな、何の脈絡も無く刹那的に場面や己の行動が移り変わったりする事も無い。

 

…そもそも、人は夢を見ている時、自分が夢を見ている事を知覚することなどできない筈なのだ。

 

……考えても答えが浮かばないので、彼はまず身の回りの事を知る為に自分の服装を見る事にした。

 

 

 

…自分は嗅ぎ慣れた金臭い香りの染み付いた作業着に身を包んでいる(ロレンソは金属加工工場に勤務しているのだ)。

 

 だが、自分は寝る時に下着姿になった筈なので、作業着を着ているのは明らかにおかしい。

 

…どうして作業着を着ているのか。この謎の部屋にどうやって辿り着いたのか。記憶が完全に欠如していた。

 

 

 

…一体何が起きているのか。軽く混乱した彼は、自分で自分を軽く抓ってみた。

 

 

 

……痛い。

 

 

 

 頬に感じる痛みは、此処が現実で有るとロレンソにこれ以上ないほど分かりやすく教えてくれた。

 

 

ならばやる事は2つだ。

 

この家の中を探索するか、外に出るか…である。

 

 あまり悩む事なく、ロレンソは外に出る事を選択した。周りには誰も居ないが、携帯などの連絡手段も無く見知らぬ土地に1人でいるのは、拘束されている事と同じだと、彼は考えたのだ。

 

 外が何処であれ、公衆電話や、地名がわかるナニかが有れば、自分が何処にいるか分かるだろう。連絡だって取れる筈だ。

 

 

……部屋の片隅にある、木のドアを開けてロレンソは外に出た。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 ドアの先には、来た覚えのない…しかし何処か見慣れた様な懐かしさすら感じる町並みが広がっていた。

 

 

 彼が出てきた家の前には、小さなドラッグストア、肉屋、新聞のスタンド、金物屋、パン屋などのお店や、黄色い一戸建ての住宅が舗装された道路を挟んでずらりと並んでいる。

 

 

 それらは古いアルバムの中に仕舞い込まれた、取り留めのない昔の写真達が、あたかも飛び出して来たかの様に、ロレンソの心の中に確かな郷愁の念を抱かせた。

 

 

 覚えていないのに、覚えている。……一体、自分はこの光景を何処でみたのだろうか?半世紀前、子供だった頃に来た事があったのだろうか?もしくは、一年にも満たない僅かな間、此処に住んでいた事があったのだろうか?

 

 とにかく、ロレンソは道を歩き始める事にした。人の居ない死んだ様に静かな道を、街路樹の木漏れ日に包まれて歩き続ける彼の心は、不思議と温かな気持ちに包まれ始めていた。

 

 

……だから、右手から突然人が話しかけて来た時、彼は死ぬ程驚いて飛び上がった。

 

 

「ーーーーーーおかえり。ロレンソさん。」

 

「……!?」

 

 

飛び上がって声のした方向に振り向く、ロレンソ。

 

 

…そこには、三十代ぐらいの若い白人の男が微笑みを浮かべて佇んでいた。

 

……この街と同じで、やはり何処かで見た様な気がする顔立ちだ。

 

…どこで会ったか?昔よく家に来ていたのか?それとも、仕事で一緒になった事があったのか?……ただ、思い当たる記憶は全て古い記憶で、その記憶と符合させるには、目の前にいる男は少し若すぎた。

 

…会った様な気がするのは、きっと気のせいだろう。

 

 とはいえ、目の前の男は明らかに自分を知っている様な口ぶりだ。流石にそんな相手に、私は貴方の事を知らない…なんて言えるはずもなく、ロレンソは取り敢えず会釈して挨拶を返した、

 

 

「ーーーーーーああ、どうも。こんちにわ……えっと、ミスター……。」

 

「Mr.▓▓▓▓▓. です▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓。本当に久しぶりなので、覚えていないのは仕方ないですね。でも、ある意味昨日の事の様に感じるんだろうな。」

 

 

 

 

ーーーーーーああ、そうだった、確かそんな名前だった。そうロレンソは納得した……納得してしまった。

 

 

 ▓▓▓▓▓は彼に近づいて、握手を求めて来た。差し出された手をロレンソは、疑いなど抱かずに握り返す。…まるで棺桶の様に硬い掌だった。

 

「ーーーーーーどうですか?少しは思い出しましたかな?正直言って、まだあまりよく理解していないのでしょう?この街の記憶がすっぽり抜けているみたいで、中々思い出せない……そうでしょう?」

 

 ロレンソは頷いた。正直なところ、まだ地に足がついた感じはしない。自分が覚えていないだけで、周りは全てを覚えている…そのギャップのせいか、なんだか1人だけ置いてかれた様な気がした。

 

 

「…心配する事はないですよロレンソ。貴方は必ず思い出しますから。…例えば、あの時のことーーーー幼い頃の貴方が、Ms.▓▓▓の家の窓にボールを投げ込んで割ってしまった時の事でも話しましょうか?…あの時彼女は、貴方と貴方の友達を酷く叱った事がありました。それで貴方の父親は、貴方を連れて謝りに行ったのでしたね。」

 

 

……彼が語り出したのは、全く知らない話だ。ーーーでも、とても懐かしい話でもあった。…言われてみれば、そんな事もあったかも知れない……と、ロレンソが思ってしまうほどには。

 

 

「ーーーーー彼女は貴方達にキツく当たった事を申し訳なく思って、後悔していた。それでお詫びに大きなアップルパイを一切れ、貴方にあげたのですよ。」

 

 

 それを聞いたロレンソの頭の中に、大きなアップルパイが浮かび上がった。ふわりと漂うバニラビーンズの香りと、パイを頬張った時の甘いリンゴの食感まで、彼はしっかりと思い出した。

 

 

「ーーーーーーええ、そんな事も……あったかもしれません。」

 

 

若い男は満足そうに頷いた。

 

 

「…少しずつ、思い出して来た様ですね。良かった。ーーーーーーーーーーーーそして彼等はまだ、此処にいます。いつか貴方は此処に帰ってくると…みんなそう思って待っていたのですよ。」

 

そう言った若い男は、パチンと指を鳴らした。

 

 

 

……次の瞬間、ロレンソの前に沢山の知らない(知ってる)人達が現れた。

 

 

… コーンフラワーのドレスを着た老婦人▓▓▓、彼の友人、小さな▓▓。パン屋の店主、金物屋の気難しい顔をした職人。

 

 

……知らない筈の一人一人に、見覚えがあった。

 

 

 

「ああ…みんな待っていてくれたのか…!」

 

 

 

ロレンソは懐かしさの中で、手を広げて笑った。

 

…さっきまで誰もいなかった筈の道路に、どうして急に人が現れたのだ…とか、自分は此処で過ごした覚えなど全く無いのに…とか、そんな事はロレンソにとって、どうでも良くなっていた。

 

 

 

 

……彼(・)は(・)故(・)郷(・)に(・)帰(・)っ(・)て(・)来(・)た(・)の(・)だ(・)。

 

 

 

 

 懐かしい人々が、一斉にロレンソに近づいてくる。ロレンソも、なんの疑いも抱かず大きく手を広げて、彼等に近づく。

 

 

…伸ばした手が掴まれる。

 

 

ロレンソは今、喜びの中にいた。

 

 

「ああ!!ーーーどうして忘れていたのだろう!?▓▓▓や▓▓▓に▓▓▓ ▓▓▓さんも!!みんなみんな此処にいたというのに!!私は何故か忘れ去ってしまっていた!!…嗚呼、どうかこの老いぼれを赦してくれ!!」

 

 

…彼は沢山の友人に取り囲まれて、幸せそうに笑っている。

 

 

……帰って来て良かった!!

 

 

ーーー彼は、そう思った。…心の底からそう思った。

 

 

 

 

▓▓▓がロレンソの頭に手をやる。

 

 

 ロレンソは不思議に思わない。…いつの間にか、周りを取り囲まれている事も、彼が友人だと…友人だったと信じて疑わない者達の瞳から、光が消え失せている事も、みんなの手が、異常な程硬くて冷たい事も、自分がその冷たい手で取り押さえられている事にも、何も不思議に思わなかった……思えなかった。

 

 

 

………その冷たい手が、何も知らない哀れなロレンソの息の根を止めようと、彼の喉に伸びた時、▓▓▓の動きが不自然に固まった。首を傾げ、ある方向を見つめる。

 

 

…周りの人々も、同じ様に一点を見つめて固まる。

 

 

「………???」

 

 

 不思議に思ったロレンソは、彼等が見つめる方向に首を動かした。

 

 

……視線の先、交差点の向こうの郵便局らしき建物の傍から、誰かがこちらに向かって歩いて来ている。

 

 

 

……ソレは騎(・)士(・)だった。

 

 

 

……中世の時代から飛び出て来たかの様な、くすんだ銀色の鎧に身を包み、ボロボロの赤いマントをはためかせながら、騎士はゆっくりと近づいてくる。

 

 

…一歩、前に踏み出すたびに、騎士の鎧がガシャリと音を立てる。

 

 

………ロレンソは、目の前に現れた騎士が何なのか分からなかった。しかし周りにいる人達や▓▓▓は、騎士のことを知っているのか、目に見えて顔色が変わった。

 

 

……騎士はロレンソ達から少し離れた所で立ち止まる。…兜のバイザーの奥の闇から、鋭い視線が投げかけられた。

 

 

「……………。」

 

「……………。」

 

 

 

ーーー暫くの間、両者の間には静かな緊張した空気が漂っていた。

 

 

……先に口を開いたのは、▓▓▓だった。

 

 

「お前を呼んだつもりは無い。……歓迎はしないぞ?」

 

 

………さっきまでの口調とは打って変わって、驚く程冷たい感情の欠如した声だった。

 

 

 しかし騎士は、その冷たい声に動じる事なく、▓▓▓に向かって口を開く。

 

 

「ーーーーーー歓迎してくれなくて結構だ。……もとより、歓迎されに来たわけでは無いからな。」

 

 そう言ってから、騎士はロレンソを指差して話を続けた。

 

「ーーーーーー彼を離しなさい。」

 

 

▓▓▓は首を振った。

 

「…何故だ?彼はもう堕(・)ち(・)た(・)……彼は我々のモノだ。それに、彼はこの世界で生きて行くには、もう歳を取り過ぎている………開放した所で、それは彼に必ず迫り来る死の運命を、少し先延ばしにするだけだ。……お前は、我々の獲物を取り上げるのか?放って置いてもいずれ死ぬ老いぼれを1人殺すだけだ……それぐらい許してはくれないのか?ーーーーーー諦めて帰れ、赤の騎士。……お前が諦めるまで、私は此処を動かないし、この男を解放などするものか。」

 

騎士はため息をついた。

 

「……これは討論では無い。……私は何度でも言うぞ?市(・)長(・)。ーーーーーーーーーーーー彼を離すんだ。私は一度に何処にでも行けるわけじゃ無い…獲物ならまた現れるだろう。私がいない時に、別の獲物をゆっくり喰らうがいい……だが、今は私が此処にいる。ーーーーーーそれとも、本当にそうやって私が彼を救う事を諦めるまで、立ち続けているつもりか?…別にそれでも良いぞ?時間なら、私にはたっぷりとあるのだから。」

 

 

…そう言うと、騎士は背に背負ったクレイモアを引き抜いて、アスファルトの地面に突き刺した。

…まるでケーキにナイフを突き立てたかの様に、何の抵抗もなくクレイモアの刃先が地面に沈み込む。

 

▓▓▓が少し困惑したかの様に、鼻を鳴らして口を開く。

 

「ーーーーーーふん!……そんなもの、ハッタリだろうが。…ロレンソを解放するまで、此処で何もせずに待ち続ける?ーーーそんな事している間にも、この広いバックルームで、貴様の助けを求める哀れな放浪者共が居るに違いないと言うのに?…そいつらを見殺しにして、こんな老いぼれの為に時間を割くのか?……出来ないだろう赤の騎士。きっと罪悪感でいっぱいになる筈だ…自分のかいた汗で、鎧まで錆びついちまうぞ?…分かったら、さっさと去るが良い!」

 

 騎士は小さく肩を竦めて、地面に座り込んだ。……丁度、突き立てられた剣の腹が、椅子の背もたれの様になって彼の体を支える。

 

「……無駄な問答だ市長。…自分の手が届く範囲など弁えている。それに、貴方なら私と我慢勝負をする事が出来るかも知れないが、果たして貴方の配下達は大人しく待っていられるのかな?……獲物を前にして、ずっと待たされていては、不満も溜まってくるだろうな。……ん?どうだ?そうなった時、溜まった不満が誰に向くか……お分かりかな?市長。」

 

… ▓▓▓は、騎士を見て、次にロレンソを見て、最後に周りに居る沢山の人々(自分の配下)を見た。……彼の首筋に汗が伝うのをロレンソは目にする。

 

……しかし、さっきから騎士と▓▓▓は何の話をしているのか、ロレンソにはさっぱり分からなかった……少なくとも、彼は今、まともな思考能力を有して居なかったのだ。

 

(…騎士は何を言っているのだろう?▓▓▓は私の知り合いだ。▓▓▓は誰も傷付けやしないのに…。)

 

…そうロレンソが思った時、周りの人々の中から、不満げな唸り声が聞こえて来た。その声は▓▓▓に向かって放たれた様だ。

 

 すると▓▓▓が苛立った様に頭を掻き毟って、ロレンソの二の腕を乱暴に掴み、騎士の方に向かって突き飛ばした。

 

 

「ーーーーーー良いだろう!!コイツを待っていけ!!ーーーそして、とっとと失せろ!!忌々しい騎士め!!」

 

 

 急に突き飛ばされたロレンソは、数歩よろめいて、騎士に受け止められる。

 

 ▓▓▓の手が、ロレンソから離れた瞬間、彼は自分が最早故郷に居ない事に気付いた。……自分が故郷だと思い込んでいた懐かしい明るい町は、今や夜の闇に包まれた、おどろおどろしい苔むした廃墟の集まりに姿を変えていた。

 

 そして、自分がさっきまで昔からの知り合いだと思っていた人達は、皆んな形の無い、影から湧き出して来たかの様な化け物達だったのだ!

 

 

「ーーーーーーッッッ!?貴方達は誰だ!?それに此処は故郷なんかじゃ無い!!私はこんな所……知らないッ!!」

 

 

…長い夢から、目が覚めた様な気分だった。ロレンソは驚き慌てながら、目の前の悪(・)夢(・)達(・)から距離を取る。

 

 

…どうして、自分は此処を故郷なんだと一時でも思ったりしたんだろう!?

 

 

 正気に戻ったロレンソは、恐ろしくなって震え上がった。騎士はそんな彼の肩を、落ち着かせる様に軽く叩く。

 

「…落ち着きなさい。もう大丈夫だ。彼等は君に危害を加えることは無い…。私について来なさい。」

 

 ロレンソの手を引いて、騎士は歩き出した。……後ろから、揺らめく影達の恨めしそうな視線がロレンソを突き刺すが、騎士の言った通り、影達は、ロレンソを追いかけては来なかった………。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 騎士とロレンソは、廃墟からもう十分遠く離れたであろう場所で、一息付いた。

 

…そこは、背の高い滑らかな石が点在する湖の様な場所だった。

 

 空は夜の様に暗く、月とも星明かりとも違う、空の遥か彼方から差し込む不思議な光が、2人を微かに照らしている。

 

 やっと気分が落ち着いて来たロレンソは、前を行く騎士に話しかけた。

 

 

「……あの………ところで、貴方は一体…誰なんですか…?」

 

 

騎士は振り向きもせずに、歩いたまま話し始める。

 

 

「私は騎士だ。ーーーそう呼んでくれれば良い。」

 

…そこで騎士の話は終わりの様だった。……しかし、まだ聞きたいことが多いロレンソは、話を続ける。

 

「…あの影の様な化け物達は何だったんですか?…それに此処は何処なんです?」

 

………暫く、無言の時間が続いたが、ロレンソが同じ質問を繰り返そうとした時に、騎士が徐ろに口を開いた。

 

 

「ーーーーーーアレは〈捕食者〉と言う。奴等は幻覚や魅力的な雰囲気で放浪者の警戒を解き、ノスタルジックな気持ちと安心感で精神を麻痺させ、偽りの安らぎの中で、脳髄と魂を喰らう怪物達だ。…私が来なければ、貴方はとっくに喰われていた。」

 

 ロレンソは廃墟で感じていた強烈なまでの郷愁の念を思い出して、顔を顰めた。

……騎士の話を聞いた感じだと、自分は強い催眠術にでもかかってしまっていた様だ。

 

「…私は…彼処が自分の故郷だと…信じ込んでしまっていた…。良く考えれば、そんな訳無いってことは一目瞭然だったのに…。」

 

 

…ロレンソはそう呟いた。騎士は何も言わない。ただ、ロレンソに先立って歩き続けている。

 

…やがて彼は、立ち止まった。

 

「ーーーーー此処なら…良いか。」

 

…そう小さく呟いた騎士は、背中に背負った大剣を引き抜く。

 

 一体何をするのだろうと、ロレンソが見守る先で、騎士は大剣を突然空中に向かって振り下ろした。

 

……目の前の空間に、特に斬るべきものは何も無い…ロレンソには、騎士が急に素振りを始めた様に見えた。

 

 

 

 

 

ズッ……

 

 

 

 

 しかし、それはただの素振りでは無かったのだ。彼の剣が通った空間に、白い光を放つ裂け目の様な物が生み出されるのを、ロレンソは見た。

 

 

「……!!空気が切れた??…一体これは……。」

 

 

 驚いて、思わず半歩後ろに下がるロレンソ。……空中に生まれた白い傷痕は、周りの闇を吸い込んで不気味に光り輝いている。

 

 

「ーーーーーー近(・)道(・)だ。ロレンソ…この中を通って先に行くが良い。何処かへ…少なくとも、此処よりかはマシな場所へ君を連れて行ってくれるだろう。」

 

彼の横で、騎士がそう呟いた。

 

「…こ、この裂け目の中へ…ですか?」

 

騎士はロレンソの顔を見て、頷いた。

 

「…そうだ。中に入ったら、光を目指しなさい。途中の暗闇の中で、立ち止まらない事。声が聞こえても、無視する事。これらを守れば、貴方は此処では無い、何処かに行ける……そこには貴方と同じ、人間達が居るだろう。分かったか?ロレンソ。」

 

…騎士は、ロレンソの肩に手を置いた。彼の手は重かったが、金属の鎧越しに、確かな暖かさが伝わってくるのを、ロレンソは感じた。

 

「…はい。分かりました………でも…。」

 

ロレンソは、少し言葉を詰まらせる。

 

「ーーーーーー何だ?」

 

…ロレンソは騎士の顔を見た。兜のバイザーの奥は全くの闇だったが、彼は騎士と自分の視線が合った気がした。

 

 

「ーーーーーーわ、私は何処に行くのですか?…私は帰りたいのです。……私の家に…きっと妻が待っている筈なんです。」

 

 

…騎士の手が、ロレンソの肩を慰める様に揉むのが分かった。

 

 

「……残念だが、この世界(バックルーム)に貴方は囚われた……そう簡単には、元の家には帰れないだろう。………だが、希望を捨てる必要はない。……間違いなく、何処かに出口がある筈なのだ。」

 

 

…それは、ロレンソに向かって放った言葉であると共に、騎士が自分自身に向けて、放った言葉でもある様に聞こえた。

 

 

「ーーーーーー歩き続ける事だ。ロレンソ。…どんな困難が前に立ち塞がろうとも、歩き続ける事だ。己の精神を信じろ、道を求め続けろ、最後の瞬間まで足掻き続けろ……この世界(バックルーム)に屈するな。分かったな?ーーーーーーならば行け。そして歩け……いつか歩みが止まるその日まで。」

 

 

…それは彼なりの激励だった。……ロレンソは、この時にどんな困難にも、立ち向かっていける勇気を、確かにこの騎士から貰ったのだ。…彼はその勇気を忘れる事はなかった。

 

 

……ロレンソは、白い光の中へ足を踏み入れる。ーーー振り返ってみると、騎士がこちらを見つめていた。

 

「ーーーーーーありがとうございました!!騎士どの!!」

 

 ロレンソは騎士に向かって手を振った。騎士は何も言わずに小さく頷くと、彼に背を向けて歩き出した。……裂け目が小さくなっていく…騎士の背中が最後に小さく見え、やがて裂け目が閉じた時、世界は闇に包まれた。

 

 

 

……そしてロレンソは、騎士の言いつけ通り、闇の彼方に見える光を目指し歩き始めたーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 放浪者ロレンソは、この先で仲間に出会い、幾つものレベルを旅するが、結局元の世界(フロントルーム)には戻れなかった。

 

 

…しかし、彼は最後の瞬間まで、希望と勇気を捨てずに生き抜くことが出来た。

 

 

…あの時、騎士にもらった勇気をロレンソは忘れなかったのだ。

 

 

 

…儚き命燃え尽きるその時に、彼は騎士にまた出逢うだろう。

 

 

 

…そして、彼は騎士に感謝するだろう……この世界で生きていく為の希望…そして、勇気をくれた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅蓮の騎士〜Crimson Knight〜

 

 

 

 

 





こんな感じで、騎士と出会った放浪者の目線で、物語を展開して行こうかと、朧げながら思ってます。

…基本1話完結にしようかなぁ…どうしよっか…って感じっす。ハイ

あと、今回のロレンソさんの話は、Wikidot版の〈赤の騎士〉の記事にある[ロレンソの記録(?)]を翻訳し、それを元に書いております。

完全なコピペでは無いので、投稿ガイドラインとか大丈夫な筈…多分。

後、投稿頻度ですが、3日か4日に1回ぐらいになるかも?…分からないですけど。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。