「────よし、完治だ。退院おめでとう」
「ありがとう」
「これが雇用契約書だ」
「
きっちりとした、元海賊とは思えない整った様式の契約書を片手に、私は数日前を想い返す。
────黒髭が去ってからすぐのこと。
私はルートに連れられ、慣れ親しんだ"家"へと戻った。
そういえば、どうやら周辺の島民も通報をしたみたいで、そのこともあって思ったより早く海軍は駆けつけてきた。
島の住民は、日々隣人たる海王類に気をつけるために海の様子や空の様子に気を配っている。特にここは"
そう"島民"。…海軍が去った後のアヴァケア島で、私は彼らと初めて言葉を交わしたのだけれど。
『ま!こんな美人さんを連れ込んじゃって!隅におけないねぇルー君!二人目を連れ込むのはいつの予定だい!?』
『予定はないよおばさん』
『うふふ。意外と節操なしなのかしら?』
『真に受けると身がもたないぞ』
『おいばばあ!ワ────』
『うっさいね貧乏人!あたしゃ人生絶好調の医者から稼ぐのに忙しいんだよ!!』
『せめて言わせてやれ』
『死なないかしら?そのお爺さん』
『海の男は老いたとて屈強さ。辛うじて生きてる』
『そう…』
『ルート!よく来た!ところで今日の格好ならばイケると思うか!?』
『そうだな、
『あなた、黒髭の時よりずっと面倒そうね…』
『麗しき小鳥のお嬢ちゃん…!ルートはいつも俺に天啓を与えてくれるのさ!』
『お前の
『ねぇルート…大丈夫?』
『それは何に対してだ』
『全部よ』
『腕はいいんだよ、どいつもこいつも』
『そう………』
………そう、島民は十人十色百人百様ではあったが、通報の内容は正確だった。
海軍の監視船と住民の情報が一致したことから、至急派遣されたのは中将。
能力者の多い黒髭海賊団に対し、船ごと能力者を沈める前提で彼は派遣されたのだそうね。若様…ドフラミンゴの件で出し抜かれた雪辱もあるのかもしれない。
中将とはいえ、次期大将と
ドレスローザのこともあり、私が彼を見る目は複雑だ。
妹を…シュガーを連行して行ったのは彼ら。ファミリーのことはともかくとして、あの子のことをまだ諦め切れるわけじゃない。
『藤虎と申しやす。申し訳ございやせんね、こんな
『こちらは構わない』
いまだベッドの上で安静を言い渡されている私には、薄い壁越しに彼らの声が思った以上に聞こえてくる。
海兵が質問し、それに補足を入れながらルートが答えると言うことがしばらく続いていた。
珍しいトリトリの実の保持者。
有名ネイチャー雑誌など、稀に世界経済新聞にも使われる放浪写真家。
逃げ出したべガパンクのドラゴンの保護、そちらは何故か、そのまま置いておいて良いと認められた。他の島の住民からの聴衆を並行して行なっている結果、凶暴性がさっぱり消えたことが確認されたために一先ず許された形なのだそう。
彼が元海賊ということは…海軍は掴んでいないようでホッと息を吐いた。
『本音としては、どうやらあの竜を持て余してるみたいでェやしてね』
『中将!?そ、それは言っては…!』
『…そちらも大変みたいだな』
『クルルルル!』
『今は大型犬みたいなものでございやしょう』
『食費はその数倍だ』
…まぁそういう事情もあるのでしょうね。
少し間をおいて、藤虎がぼやく。
『この島は凄まじい数の鳥類がいると聞きやした。多くの
その言葉に、ルートは何か思うことがあったのかもしれない。
『…人はともかく、自然はただ残酷で美しい。ここにいると、海賊だのなんだのとは切り離された世界にいる気持ちになる…まぁ、今回のように、それはただの思い込みでしかなかったわけだが』
『そういった世界であっしも生きていけたらと思ったことはありやすよ』
妙な…不思議な同調を感じた。
それ以上はここにいる私にはよくわからないけれど、二人の"何か"が似通っているからなのかもしれないと、漠然と思った。
一通り聴取が終わってからも、その隣部屋では砕けたような言葉が交わされていた。
こちらとしては気が気ではないのだけれど、
『なるほどかなり鍛えておられる』
『"楽園"を含む各地の写真を撮って回るには、逃れるだけじゃぁダメなもんで』
『断られることがわかっていなければ、こちらにスカウトしているところでありやしたよ』
『元々"声"に耐え切れず隠居した身だ、勘弁して貰えると助かる』
…私はきっと、昔を思い出して弱くなったのでしょうね。
だからだろうか、不意にルートと話す藤虎の気配がこちらに向いた。
────読まれた。
そう、思った。
不安の感情だけならばよかった。しかし今は、彼に対する直接的な憎しみが私の中に、ある。
体に緊張が走る。壁を隔てた先だというのに、彼の目などもう見えていないはずだと言うのに、猛獣に睨まれたような錯覚をした。
『────あちらにおられる方は?』
『先ほど答えた患者だ、酷い傷でな…もう快方に向かってはいるが、あまり刺激しないでやってくれ』
『ああ!それは失礼致しやした。何分、職業柄ついつい周りに気を配ってしまいましてね』
『わかってくれたなら、いいさ』
『…ところで、あっしらも人を探していましてねェ』
雰囲気が変わったのを、ルートのような見聞色のない私ですら感じる。
パサリと、何かが机の上に置かれた音。
衣擦れ、それが持ち上げられた、音。
キリリと、内から響く緊張の糸を手繰り寄せる。
平常心を
『ドフラミンゴファミリーの残党?』
『情けない話ですが、全員をまとめて捕まえられるわけでもございやせん。ドレスローザからうまく逃げ出した者もまだいます』
『
『ええ。あなたのように飛べる能力者など、例外は幾らでも考えられやす。勘違いなさらないでいただきたいのですが、あなたが近頃はずっとこの島にいることは、既に島民から確認できてますゆえ』
その言葉は、本当なのかブラフか。
そもルートは高い頻度で街には出ない身である。島民が庇ったのか、それとも。
『ですからお聞きしたいのです。トリトリの実の能力者として…
感情を抑え切ったのは、長年の訓練が身についていたおかげだった。
ダメだ。まだ、こっちから
『俺の能力が参考になるかどうかはわからない。トリトリの実、モデル"
『では例えば、
汗が、顎先を伝って膝で握りしめた
…あの火と雪に閉ざされた島で対峙したG5の海軍は私を見ている。これは間違いなく私の話だ。考えるな、読まれる。閉ざせ、かつてのように。
ルートを信じろ。
あの白夜から連れ出してくれた、彼を。彼のことだけを考えろ。
────だというのにどうしても、クソみたいな父が死んだあの日のことを思い出す。
まだ何もできなかったあの子供の頃を。
キリリと、血が滴り広がっていくような不快な感覚。恐怖。
私の内心を置き去りに、ルートと海軍の問答は続いていた。
『"移植"とは、ただ医術的に繋げただけとは違う意味を指しているか』
『ええ。仔細はあっしにも不明でありやすが、悪魔の実の能力を用いたもので間違いないかと』
『能力による移植ならば、その生物の特性をそのまま扱えると考えるのが妥当だが、そうだとしても長時間の飛行は想像を絶するほどの体力と筋力を必要とする。ましてや人間、飛ぶための形も、重量も確保できていない以上、飛べはしても長時間は困難だと思う。少なくとも、
それは、間違いない事実だった。私は
本来トラファルガー・ローの能力だけでは扱うことが出来ない翼を、シーザー・クラウンの協力によって動きを模倣しているに過ぎないから。
一時とはいえ、人が鳥のように飛べるだけでも破格。
そして超重量のベガパンクのドラゴンであるチューイと私を連れて
その時の苦労を彼はわざわざ話そうとはしてくれない。この口ぶりから
…少しだけ、彼のことを考えられて落ち着けた。
『他に何か?』
『いえ、ありがとうございやした。その知見、参考にさせていただきます』
『ご婦人に挨拶をしていっても?元はと言えば、あっしらの力が及ばぬばかりにこのようなことになってしまいやした。どうか一言、詫びをいれさせていただきたい』
!!
…そう物事は思った通りに進ませてはくれないみたい。
『彼女が起きてるならば、中将一人なら許可しよう。変な疑いはこちらもごめんだからな。刀も他の者に預けてくれ。カルテ通り、トラウマがある』
そんなあっさり通してしまうの?という文句が
直接対峙することの方がもっと危険ということを考えなければ。
覚悟の時間などなく、コン、コンと、小さく控えめなノック音。
二人分の気配が、扉の前に並ぶ。
同時に、心が急速に静けさを取り戻していくのがわかった。それは己に深く刻まれた"仕事"に対峙した時のあの感覚。多少のブランクなど、意味を成さない程心臓の奥底まで植え付けられた所作。
『アリス、起きてるか?』
「ええ」
『悪い、海軍の方が今回の件で詫びたいそうだ。大丈夫か?』
「大丈夫…どうぞ」
────"アリス"、それは彼が決めた名前だった。
唯一私の身の保証をするカルテには、その名が記されている。
これはまだ私の意識が戻る前に、彼がつけた仮の名前。だからカルテにもそう書かれており、お互い面白がってこれを訂正しないままでいた。今はそれがぎりぎりで私の首を繋ぎ止めている。
木製のドアが開けば、ルートの背よりさらにずっと大柄な盲目の剣士が部屋へと入って来る。
キリリと緊張が走るが今はそれでいい。
するとルートが彼より先に私の元へ辿り着き、私の頬に手のひらを当てた。
少しだけ冷たい彼の手が私を落ち着かせる。
「本当に、大丈夫か?」
「大丈夫…ありがとう」
そして名残惜しそうに手を離された私は、藤虎へと向き直った。
おやと、彼は目を閉じたままに片眉を僅かに上げるも、それだけ。────…と思った瞬間のことだ。
何かが
何だ、何が変わった。藤虎の中で明らかな変化があったのだと、その表情、歩き方、或いは雰囲気から感じ取る。ルートのような見聞色がなくとも、長年の"勘"が男の変化を見逃さなかった。
けれどもかつてと違い、今は流れに身を委ねるしかない状態。警戒をすることは出来ても、それ以上こちらから手を打てないというもどかしさ。
ちらと、ルートの顔を目だけで捉える。
────本当に私は弱くなった。
か弱い町娘ではないと彼に
ああ、過去の私は私を
藤虎がさらにこちらへ近づく。
思わずほんの少しだけぎゅっと
────そしてその大柄の体が小さく見えるようにしゃがみ込み、彼は頭を下げるではないか。
「どうも、あっしらの力が及ばず、
「────いいえ。気にしないでください…見ての通り、もう済んだことですので」
お嬢さん?
ルートが茶化して使うニュアンスとは、どう聞いても違う。一瞬疑問が浮かぶも、一先ずはそれを外へ追いやるしかない。
しかし急に子供を気遣うような態度の変化に、戸惑いを隠し切ることは出来なかった。
「心の傷もさぞ深いことでありやしょう。重ねて、詫びを申し上げやす…!!」
「本当に、気になさらないで下さい。私は、私たちは…もう大丈夫ですので」
「ご安心なすって。お嬢さんの心の平穏のために、出来得る限りの力でもってかの黒髭を討ち取ってみせやしょう」
「えっと…はい、よろしくお願いします。でも海兵さんもどうか無理はなさらないように」
なんかズレてないかしら??言葉というより、向けられた感情というか、なんというか…??
一度後ろに控えるルートに視線を送るも、頷くばかり。何もわからないわよ。
そうして、あまり長くいるべきでもないと、藤虎はそそくさと去っていった。
…あまりにあっさりと終わってしまい、逆に納得がいかなくなった私は、軍艦を見送ったルートが戻ってきてや否や、どういうことか問いただす。
とはいえ、彼も確信はないようで、あくまで仮説だと前置きを置いた上で彼は言う。
「モネには言ってなかったが────」
ルートは、時たま私が惑う子供…少女のように見えていたことがあったという。
精神的に追い詰められた時に私が発する"イメージ"。
…あの故郷での自分のことだろうと、私は思い当たる。ついさっきだってあの頃の自分が確かに思い浮かんでいたから。
「成程…何よりお前の中で故郷の自分が強く心に浮かび上がった。俺が見えていたものも、それだったんだな」
藤虎にも私がそういう風に見えてしまっていたのではないか、と彼は言う。
以前ルートは私の"羽"を"手"と誤認したことがあったらしい。
翼も力も何も持っていなかった、何も出来ずに妹と抱きしめ合っていただけのあの頃。その時と同じようなイメージが藤虎に流れ込み、人ならざる形とは認識できなかったのではないか、と。
「でも、そうしたらカルテの年齢とイメージが合わないでしょう?」
「それか。カルテ通り、記憶のことも話していたのさ」
つまり、記憶の欠如が一種の幼児退行を起こしていた…と藤虎は納得してしまったのではないか。
それであの「お嬢さん」呼びである。
「…或いは、俺の見聞色の影響なのかもな」
「あなたの?」
────
「ああ…藤虎は、もしかしたら俺も同時に"読む"ことで、お前の
「それで、あなたから私の姿を読み取れるかもと」
私が彼と藤虎の共通点に気が付けたように。対峙した二人もまた気が付いていたのでしょうね。
自分の見聞色をよく知るからこそ、ルートから読み取り間違いのない真実を知る…はずだった。
「可能性の話だ。他人の"声"を聞いて明瞭に人の姿形を脳内で再現するのはそうできないことだ。だだモネ、お前の場合は大雑把な形だけでもお前だと海軍はわかってしまう。今回は運が良かったな」
人間ができていて且つ、目の見えない藤虎でなかったならば。
きっと私は、いえ私たちはここで穏やかに話し合えていなかったかもしれない。逃げることだけを考えたとしてもルートでも限界がある。ましてや私とチューイがいる以上は。
「…その場合あなたの私に対するイメージって…そんな風に見えるかしら、私…」
「さてな?実際藤虎がどうだったかは、正直わからん。あの時は"なるようになれ"だった。まぁ賭けだな」
「あなたも大概黒髭と同じよ」
「残念なことに否定は出来ない」
「あなた………いえ、無事終わったなら、もうなんでもいいわ…」
彼は肩をすくめる。それを見た私は溜息をつかざるを得なかった。
「何はともあれ、これで俺たちの身はある程度保証されたことになる」
「これからは海軍に助けられることになるなんてね」
ハッソビア諸島は、
そこは世界政府の加盟国ではあったのだが、とある理由からこの諸島は巡回船の航路から外れていた。今回の件を経て、正式に海軍の巡回がここまで行われることになったという。
とある理由…つまり今まではこの海域のあまりの危険さから、諸島周辺はこっそり避けられていたらしく、その見落としが直された結果らしい。
とはいえその危険性ゆえに海賊などですら近寄らず、天然の要塞であったわけなのだけれど。そのことも考慮して、あくまでこの巡回も頻繁なわけでもないのでしょう。今も黒髭などというイレギュラーが来るまで誰も困ってなかったみたいだから。
それでも、「黒髭が求める能力者がいる」ことで気にはしてくれるようになった。そこは大きい…のだが。
「私としても、あまり周りにいられると困るのだけれど」
「自由に外出が出来ないのはなぁ。とは言えそこまで心配は必要なさそうだ」
なんせ藤虎直々に"白"となった…のは私だけかしら?ルートはその翼と同じく"グレー"のままかもしれない。
撮影の仕事や、医者としての仕事を実際に海軍が確認出来ている以上、深く探ってくることは余程のことがなければないのだろうけれど。
そこで、ルートが私の顔をじっと見ていることに気がついた。真剣な表情に、私も気持ちを切り替える。
「モネ、お前はこの後どうしたい?」
「私は」
"私"が、どうしたいか。
ファミリーのことは、もうどうしようもない。
…ドフラミンゴは、死んだ。
思う所は当然あるけれど、もう完全に切れてしまったのだ。命も縁も。でも、シュガーについてはまだ、心の奥では諦め切れていないというのが現状である。
あの子もまた私と同じように多くの悲劇を生み出した。その罪というものを
でも自分だけがここで、まるで許されたように生きることに何も感じないわけでもない。
だけどそもそもこれをどうにか出来る手段もなく…何よりルートにこれ以上迷惑をかけられないと思った。
他人のことは二の次。
けれど一度気を許してしまったならば、そうもいかない。
ましてや命を何度も救ってくれた彼。そして私の────
「────トラファルガー・ローを探そうと思ってるの」
「…手足か。交渉できるのか?」
「さぁ?とても難しいでしょうね」
合理的ではあるけれど、お人よしでもある。
果たして彼が私のことを許すかどうか…どちらにせよ簡単にはいかないでしょうね。
「見つけるのも一苦労だろうな…今回の件で、"最悪の世代"の中でも特に注目を浴びた。まぁ無茶でも何でも目標があるならそれでいいさ。俺も力になる」
「うふふ…別にね、このままでもいいとは思ってるのよ?」
元の体は、決して自由なものではなかった。
故郷で瓦礫に潰された後遺症…いえ、本当はこの不安定な精神のせいだったのだろう。思い通りに動かない手足を、常人のように動かすだけでも苦しかった日々。その
それをローが私の手足を自由なものにしてくれた。後悔など一切ない。
…でも、ちゃんとその手に触れる感覚が欲しくなっただけなの。とは言えなくて。
私はそんな自分の生娘のような感情を、いつも通り怪しく笑って誤魔化すのだ。
「うふふ」
「…?」
「クルルルルル?」
「飯の時間はまだ先だ」
「クルルルルゥ…」
"渡り鳥の楽園"、或いは"
時折いなくなっては、日の出を背に戻ってきて珍しい物を運んでくる鳥たち。彼らをよくも知らない島の人々は、そんな三羽を「夜明けの渡鳥」と呼んでいた。
「────ねぇルート」
「ん?」
「私ね、生まれて初めて自由に飛んだの」
「…」
穏やかで温かい風の吹く昼下がり。
ラタンチェアに腰掛けサイドテーブルに肘をついた彼女は、月のような目を向け俺に言った。
サイドテーブルの上には彼女が小さい頃に妹と読んでいたというあの絵本が、最後のページが開かれたまま置かれている。
クルルと寝息を立てるチューイが俺たちの間のテーブルの下に寝転がり、遠くからは波の音、鳥の
「空は…思っていたより狭いと思ってた」
「昔は俺も思っていた」
「今は違う。何もかもが手を伸ばそうとしても遠くて、怖いくらい」
「本当に、俺と同じことを考えるんだな」
「うふふ…やっぱり私たち、"同類"なのね」
伸ばされた彼女の手を、俺も手を伸ばして掴み取った。
────いつしか空の月に伸ばしていた手は、今こうして、空にはない月に伸びている。果てなく遠いわけでもなく、けれども奇跡のようにここにある月。
…彼女の言葉に触発されたのだろうか…俺は生まれて初めて他人にこれを語る。
「俺はずっと適当に生きてきた。適当なやつについていって、適当なことに興味を持って、成り行きで技術を積み上げ、目立ちもせずただ」
「…」
「医術は、確かに死なないために役立つと思って覚えようとした。死を恐れていたのは確かで…それでもそこに熱意があったとは思ってなんかいない」
「ええ」
「
「あなたの、夜明け?」
「そうだ。俺もずっと"
「本当に、私たちは同じなのね」
モネとの、彼女が覚えていない最初の出会いを思い出す。
シーザークラウンのガスが晴れていない研究所内で見つけた真っ白な"卵"。無意識な防衛反応から薄く頼りない雪の殻に閉じこもっていたモネ。
あの瞬間から、きっと俺はお前に惹かれていた。
死んでたまるかと、心臓を失って突き刺されてそれでも抗っていたお前を見て、あの時初めて俺は目の奥に熱を持ったんだよ。
それこそお前たちを背負ったままあの風のない海を渡る程に。
「モネ、お前と出会えてようやくわかった…俺は止まり木を探していたんだ」
「ねぇ、それって」
「ようやくあてもなく飛び過ぎた空から、降りられる気がする」
《夜の中の小鳥》
『少年は鳥かごの中の小鳥をまるで子どものようにかわいがっていました』
『いい子だね、いい子だね』
『かわいいね、かわいいね』
『鳥かごの中で、それはそれは大事にそだてられていました』
『しかし小鳥はある日、どうしても鳥かごの外の大空を飛びたいといいます』
『少年はそれを許しません、こんなに可愛がってあげているのに、なんてことをいうんだ、と』
『小鳥はそれきり外に出たいとはいいませんでしたが、まいにち自分がおおぞらの中を飛ぶ"夢"を見るようになります』
『小鳥はもう一度だけ、少年におねがいします。どうか一度だけでいいから外に出してほしい、と』
『いじっぱりな少年はそれでもダメだと聞きませんでした』
『それからタイヨウが5かいのぼってしずんだ夜に、つよい光が外をてらします』
『さっきしずんだばかりのタイヨウがのぼったのかと、小鳥はおどろきました』
『そして小鳥は、いつの間にか鳥かごがなくなっていることに気がつきます』
『外はなぜか夜のままでしたが、小鳥はよろこびます』
『これで自由だ!夢にまでみた!』
『小鳥は夜空へととびたちます』
『もう二度と、もどることはありませんでした』
『小鳥は自由になったのです』
おしまい。
これにて完結となります。
改めまして、空白の4年間を生み出してしまい大変申し訳なかったです。
それでも、新規の方々も含めて完結まで見届けていただき、本当にありがとうございます。
そしてさらに改めて申しあげたい。その空白期間に期待の言葉をいただけた方に感謝を。あれがなければモチベーションが上がることはなかったので、本当に読者の"声"とは大事なのだと思い知らされました。
皆様よければ感想等いただければとても嬉しいです!
…何とも言えませんが、今のところは番外編等は予定しておりません。要望があればやるかもしれないし…やらないかもしれないし…急にやるかもしれないし…確約は出来ません。
なので遠慮なくお気に入り登録から外して大丈夫です。(!?)
以下、設定、世界情勢込みでいつも以上につらつらと記載していきますので、興味があれば見ていってください。
それでは皆様、またどこかの空で。
■ルート
本名:ウィグ・ルート
名前の元ネタは"ルートヴィヒ・レーン"
世界で初めて心臓縫合に成功したドイツの外科医で、英語圏では「Ludwig」と表記。これを「wig」と「lud」に分けて名前にした。
他人の心が分かってしまうせいで、自分の心が埋もれて見えていなかった人。
自覚はないが、白髭の元にいたことで"本当の家族"となれる人をどこか探していた。
そうして確かに"月"に手は届いたのだ。
今回の件で海軍には
ちなみに最初、モネの手術自体はパンクハザードのなんとか生きていた設備で行っており、その後すぐに海軍に見つかる前に出発している。
絶対安静が必要なモネの身体にほとんど負担がいかないように運んだのは相当苦労したようだ。
■モネ
幼少から妹を守るために生き続け、家庭や環境のせいで歪んでしまった。
それでも本当は心の奥底にずっと"昔のままの自分"が隠れていたから、また羽ばたき出すことが出来た。
半ば心神喪失状態だったとは言え、おぞましいことをやった過去があるのは変わらない。
これからいつか罪と向き合わざるを得ない時が来るかもしれない。或いはルートが、モネのためにも向き合わせようとさせるかもしれない。それは誰も知らない話。
普段は各地の撮影旅に助手として同行している。
航続力はないので、案の定ルートが運ぶ羽目にはなっていた。時には一般向けの連絡船や海列車に乗ることもある。
もしかしたらどこかで、新たな出会いもあることだろう。
■チューイ
引き続き大型犬みたいな扱いで二人の撮影旅に同行したりといい空気を吸っている。
モネとこのドラゴンが緑色だったために主人公の髪色も緑寄りになっていたり。
擬音語のキリリと対比させるためにクルルと鳴かせた。結果的に、モネも自覚がないが彼女にとっては安息の鳴き声となっている。
■ティーチ
その後待ち構えていた海軍大将もろもろの戦力からなんとか逃げ出し、やっぱり割に合わなかったと笑った。拠点に戻って間もなくして結構上等な酒がルートから送られている。
白と黒を象徴的に扱う上で丁度良い思ったので友人枠で採用。イトイトを立ち向かわせるうえでもあまりに最適だったこともある。
良くも悪くも二人の関係はドライで、むしろそうでないとこんな関係は続けていられなかっただろう。
あの戦いの後も、平然とルートを親友だと思ったままでいるし、ルートもそう思っている。そういうところだぞ。
■藤虎
世界政府が実施した「世界徴兵」で招集された人間。次期大将候補として期待されている。
パンクハザードから消えたドラゴンと女。片方がルートの元にいるならば、彼を疑うのには十分過ぎた。
なので結構疑っていたのだが、いざ対峙してみれば酷い傷を負った上に怯えた少女のような形が見えていたたまれなくなって退散した。結論、いい人は苦労をする。その上司はもっと苦労をする。
ルートの見聞色の性質は彼と非常に近く、それを通して世界を歩く藤虎にどこか言葉に出来ない共感があった。そんなもんだからルートを通してモネを見定めようとしたせいでミスることに。
モネの存在は、結局海軍は見つけられないまま忘れられていった。
しかし本当に藤虎が間違えただけなのかどうかは…当人以外知るよしもないことだ。
■トラファルガー・ロー
今後描写の予定はありませんが、この世界線では黒髭VSローのタイミングでルートとモネが何かしら関わってくる可能性が出てくる…こともあるのかもしれない。
■アリス
元ネタは、画家であるクロード・モネの二人目の妻、アリス・オシュデから。
モネとアリスの結婚前よりアリスは6人の子供がいて、再婚後は8人の子供を育てていたという強かな女性。
モネの絵を売るマネージャーとしての才能も秀でていたらしい。
■ハッソビア諸島
北から順に、ハワイ語が元ネタで以下のようになっている。
・カカヒカ島(kakahiaka <カカヒアカ>、朝)
・アバケア島(awakea <アヴァケア>、正午)
・ウイナラ島(ʻauinalā <アウイナラー>、午後)
・アヒアヒ島(ahiahi <アヒアヒ>、夕方)
ルートたちのいる島の名は最南端のクルモア島。
kulu aumoe〈クル アウモエ〉は"真夜中"を意味する。
■世界情勢まとめ
・白髭海賊団
悪魔の実をルートが手にしたことでティーチが仲間殺しをしなかった。
結果、頂上決戦が起こらずエースは生存、白髭は麦わら海賊団修行中の二年間の間に天寿を全うすることになる。
ティーチのことは白髭海賊団としても複雑な思いがある人間は多いものの、そこまで酷いものではない…黒髭による能力者狩りと、ナワバリの侵略が始まるまでは。
ルートは海賊団をやめたあとでも、白髭の死に立ち会っている。
何か恩返しする前に別れが来てしまったと彼の中で小さな後悔があるが、この世界の誰もが認識できなくとも、あまりに大きな恩返しを行っていた。
・海軍
頂上決戦は起こらなかったものの、白髭の死亡によるナワバリの争奪戦から世界情勢は悪化、結果として世界徴兵は行われたために藤虎、及び緑牛も召集されている。
センゴクはまだ現役であり、結果として緑牛も藤虎も中将止まり。
現状海軍の戦力は非常に高いレベルで維持されている。ただし、次期元帥の件で赤犬と青雉が争う可能性はまだ残っている状態。
・インペルダウン
黒髭によるインペルダウン襲撃は同じ。
イワンコフはまだ脱走するつもりはなかったが、レベル6の殺し合いによって黒髭に得も言えない危機感を感じ、この機を逃すまいと便乗した。
クロコダイルもどさくさに紛れて逃げ出しており、だいたいメンツは同じ。多分ボンちゃんと一番早く再会するのは、可哀そうなサンジである。
レベルの低い囚人は黒髭は興味がなかったので脱走者は少ない。
バギーはやっぱりなんとか出れた。
・ドンキホーテファミリー
メラメラの実を確保できていなかったりと細かい違いはあったものの、大まかには元の流れと同じ末路を辿っている。
モネが最初抱いていたドフラミンゴに対する憎しみはほぼ八つ当たりのようなものなのだが、それがなければ取り入れられることもなかった。やがてモネから生まれた歪みと、ファミリーから与えられた歪んだ愛情によって彼女は苦しむことになってしまう。
そうしてモネの代わりと言うように、ドフラミンゴが命を落とした。
・黒髭海賊団
ティーチによってインペルダウンから凶悪な囚人が解放されたものの、そのティーチはグラグラの実を確保できていない。当人は仕方ねぇと笑って流した。
そのためか強力な実を求める勢いは凄まじく、海軍もまた今回の件であらためて黒髭の持つネットワークとフットワークの軽さを最大限警戒することになった。
グラグラの代わりに他の実を食べたかどうかは未だ不明。
■『夜の中の小鳥』
夜にはきっと自由になれる。北の子供たちはそうなると信じたかった。
幼い頃、モネはシュガーとお互いを慰めるためにこの絵本を読んでいた。
故郷の瓦礫に埋もれ、それを失くしてからは彼女たちは一度も読み直すことはなかったという。
モネがその本をルートの書斎で見つけるまでは。
色んな暗喩を含んだものとして登場させた絵本。
誰のことを指してか、何を表現しているかはここで詳しく全ては書きませんが、「五回」とは、今作の最終話までにモネが
■発端
簡単に言うと本小説はモネを推したいので書いたものになります。
雪関連の能力は作者の琴線に触れるのです…あと鳥。
どうせなら同じ鳥関連だと面白そうと思い、主人公も鳥人間になりました。
キョクアジサシという渡鳥として最長距離を渡る鳥をチョイスし、その鳥の「白夜を求めて旅をする」という肩書きを採用、白と黒の代名詞である白髭やティーチなどの人物を関連させていきました。(黒髭に関してはイトイトを主人公たちに差し向ける上で必須でしたが)
モネも中々やることやってるキャラクターではあるからと、二次創作的深掘りをする上で悲惨な過去が生えてきてしまったのは申し訳ない。
また、「白夜」とはしばしば今作では「盲目的に生きてきた場所」を指しています。
モネにとってのドフラミンゴファミリー。ルートにとっての白髭海賊団。チューイもつけるならばシーザーの研究所。
「白夜の中の渡り鳥」とは、迷いながら飛んでいる最中のルートたちのことでもありました。