『少年は鳥かごの中の小鳥をまるで子どものようにかわいがっていました』
『いい子だね、いい子だね』
『かわいいね、かわいいね』
『鳥かごの中で、それはそれは大事にそだてられていました』
『しかし小鳥はある日、どうしても鳥かごの外の大空を飛びたいといいます』
『少年はそれを許しません、こんなに可愛がってあげているのに、なんてことをいうんだ、と』
『小鳥はそれきり外に出たいとはいいませんでしたが、まいにち自分がおおぞらの中を飛ぶ"夢"を見るようになります』
『小鳥はもう一度だけ、少年におねがいします。どうか一度だけでいいから外に出してほしい、と』
『いじっぱりな少年はそれでもダメだと聞きませんでした』
『それからタイヨウが五かいのぼってしずんだ夜に、つよい光が外をてらします』
『さっきしずんだばかりのタイヨウがのぼったのかと、小鳥はおどろきました』
『そして小鳥は、いつの間にか鳥かごがなくなっていることに気がつきます』
『外はなぜか夜のままでしたが、小鳥はよろこびます』
『これで自由だ!夢にまでみた!』
『小鳥は星空へととびたちます』
『もう二度と、もどることはありませんでした』
『小鳥は自由になったのです』
『――――――だからきっと、大丈夫よ、シュガー』
きっと、誰かが………
キリリリリリリリリリリリ…
車椅子に座らされ、控えめな光沢を輝かせる木張り床の廊下を押されながら進む。
両腕の翼はともかく、鳥脚となった長い足は、一般的な人間を治める程度のサイズの車椅子ではやや手狭。
「痛むところはあるか?」
「大丈夫よ」
「ならいい」
「クルルルルルル」
ベガパンクのドラゴン…"チューイ"は研究所で鎮静剤が打たれた時と同じように大人しく彼に付き
「凶暴だったのは空腹と薬物によるストレス」と聞かされれば、素人からすればそう言うものかと反応するしかない。しかし兵器としての竜、そういう認識ではあったけれど、シーザーの手のものであるならばともかく、ベガパンクの造り出した生命体なのだからなんとなく
二人と一匹分の体重で僅かにキリリと軋む床は比較的最近ワックスを塗ったかのような真新しい光沢があり、壁は左官による自然素材による塗り壁。
所々に立て掛けてある写真の撮影場所は一見統一性がなく、それは色々な島で撮影されたものと
しかし最も多いのは風景ではなく鳥の写真で、まさにこれらが世界のあらゆるところで撮影したのだと証明していた。東西南北の海でしか見れない固有種から
もしこれが彼一人によって撮影されたと言うのならば感動すら覚える。
写真以外にも、鳥の油絵も飾られている。荒削りだけれど、特徴をよく捉えている絵だ。これも、彼のだろうか。
興奮を隠し切れていないのは理解していた。
まだ何も知らない幼い頃、幼い妹の"シュガー"と共に広げた野鳥図鑑。あれは故郷と一緒に瓦礫に押し潰されて消えてしまったけれど、忘れてなどいない。
けれどそれはそれ。
隠し切れないのならば、それでいい。むしろ、互いの垣根を崩すきっかけとなる。少しでも取り入ることができるのならばそれに越したことはない。こちらの要求が通りやすくなれば、現状私が動けないにしろ、ドレスローザと連絡を取りやすくなる。
―――心配、してるかしら。
歳を取ることもできなくなった妹、私の可愛いシュガー。
…けれど私が戻った時に、
"患者の精神への気遣い"が今は邪魔。結論私が思い出すことができれば解決するのだけれど、どうにも兆しは見えない以上、やはり彼から聞き出すしかない。
もし、「シーザーとその実験を守る」という任務が失敗していたのだとしたら…
今、厚かましく妹に会おうとする私を、私は許せないだろう。
長い廊下を渡り、スロープのついた玄関の先。
かつて憧れたこの島に来れたことへの感情を抑えることはせず、今は"愛らしい女"を演じるために仮面を取り落とした。
大きな不安と、決意を内に宿しながら。
「素敵…!」
思わず、と言った風にモネが感嘆の声を上げる。
表情に大きな動きはないものの、心なしかミステリアスではない、自然な笑みを浮かべている気もする。彼女の両翼は胸の前で器用に組んではそわそわと小さく上下して期待を表しているようだ。
そうもなるだろう。
ドライなどと言われる俺もまた感動を覚えたほどなのだ、鳥類が好きならばそれは特に。
「いい場所だろう?」
「ええ、とても」
拠点とする住居から数分。
申し訳程度の背の高い植物群を抜け、最も高い崖上へと彼女の車椅子を押して行けば、そこには誰も使うことのない廃教会がある。傍を通り過ぎ、申し訳程度の花壇を横切った先、見えるのは鳥の群れ。
崖から見える先には近くに背の高い、高さが100メートルもある岩場が多く点在しており、ここからだと特によく見下ろすことができるスポット。水平線を見通すには少し近くて邪魔だが、岩場が近いということはつまりそこを営巣地にする鳥たちもかなり近い。
何より、驚くべきはその種類だ。
"55種"
これはここに渡ってくる海鳥の数だ。渡り鳥だけでこれなのだ、さらには諸島の各島々に住み着く鳥たちと合わせれば100は超えると言うではないか。"渡り鳥の楽園"であり、鳥類の宝庫!またこれだけ種が多いと言うのにそれぞれの岩場で鳥たちは種ごとに
笑みを浮かべならモネは、俺の渡した双眼鏡を熱心に覗いている。
ちょうどその視線の先では、"キョクアジサシ"を狙おうとした大型の鳥がその鋭い爪で仕留め―――ることが出来ずに、逆に小さなアジサシの鋭い羽の一叩きにより海へとはたき落とされた所だった。
「いいものが見れたな。普通はキョクアジサシの危険性を知って手を出す奴はいないもんだ」
「…あなたの食べた実と同じ"
「ん?いや、"
「あれがそうなの…!初めて見たわ…本当に倍以上の体の大きさの鳥に勝てるものなのね…」
「ああ、甘く見た若い鳥や新参の鳥は軒並み海の藻屑になってる、翼の先が赤いから"ハリセンアジサシ"なんて言われてるな」
「すごいわ…あれもそうだけれど、ここには
興奮した様子で彼女が指差したのは、体調が2メートルは超える大きなスズメだ。
「ああ、よくわかったな?"超スズメ"とよく間違えられるが、あれと違って遥かに戦い慣れているから危険だ」
「
「ここにくる渡り鳥…正確にはこいつは"旅鳥"だが、その中では随一で危険な鳥さ」
「海王類を餌にしているっていう
「流石にまだ見たことないな…まぁ、ここにいるやつらはこの時期は大人しい。"棘アジサシ"と違って、逆に
「まぁ素敵、一度見てみたかったの」
クールな面影は鳴りを潜め、無邪気そうに笑うモネ。
その中に、警戒心とは違う"不安"を感じ取る。
「ちゃんと快復できるのか」、そういった類の、患者特有の不安感のようにも見えるが、どうだろうか?まだ判断はつかない。…懐かしいな、かつて"兄貴分"は俺に"医者と患者"の関係について口説いてくれたことがある。
船上での医療行為とは、施設や器具の問題から満足にいかない治療となってしまうことが多い…俺たちがいた船ではそんなことはあり得なかったが、加えて皆が皆、優秀な船医を乗せられるとは限らない。だから"患者"は医療行為自体に"不安"を感じるものだ。
「この怪我は、病気は治るのか」
「この医者を信頼していいのか」
「医者の言っていることは本当なのか」
「本当は治らないのに嘘をついているのではないか」
「適切な治療が行われているのか」
「間違った治療だったりはしないのか」
例を挙げれば切りがない。
例えば患者が医者を信頼していると言うのならば話は別かもしれないが、
もう一度、モネの顔を見やる。
少なくとも、楽しめているのは間違いない。
そう言う意味ではモネも運が良い。彼女の好みに合った理想的な療養空間と言えるだろう…肝心の
まぁそれらは些細な問題だ、それよか最も危惧する問題がある。
"記憶"だ。
心臓に傷を負うと言う、大事な記憶が抜け落ちていることだ。
それに加えて背中の刀傷についても覚えていないときた。その経緯を俺に言えないだけの可能性もあるが、あの困惑が嘘とも思いづらい。当人には説明したが、これが心的外傷やストレスによって引き起こされる記憶障害…"
もちろん推測の域は出ない。悪魔の実の能力で心臓が取り出されていたのだ、同じように記憶を抜かれていたとしても驚きはしない。分からないからこそ、慎重にならなければならない。
記憶が突発的に戻った時それが悲惨であるならば、自傷や自殺の行動に走るリスクが高いのだから。
モネに隠し事があるのは明白だが、最初に忠告した通り暴れでもしないのであれば、それでいい。
雨粒ほどしかない医者としての矜持だろうが、患者に快復して欲しいという感情は本当なのだ。彼女の美しい笑顔が、そのまま続くことを願っている。そのリスクを俺は与えてはいけない。だから
「…今日はもう戻るぞ、風は比較的暖かいが、それでもその衰弱した体には冷える」
「あら、残念。…でも毎日見れるのだから焦っちゃダメね?」
そう言うことだ。
しかしモネはあいつらと違って聞き分けがいい………聞き分けが、いい…?
思い出すのはかつてのあの船上での記憶。
『ルート!俺は大丈夫だぜ!?なぁ!!…いやイテェ!!??』
『バカが…!縫い合わせたばかりだぞ?アホなのか?』
『ルートぉ!やられちまった!!』
『戦闘開始からまだ1分も経ってないぞ…?…おい!なんだその傷!早く来い!』
『――――――!!』
『笑ってんじゃぁねぇ!!』
『おいルート!見ろよこれ!!綺麗に折れちまってる!!死ぬほどイテェ!!』
『動くなはしゃぐな息するな。鎮静剤を打つから大人しくしてろ…お前は図体デカいから10倍でいいか』
『致死量じゃねぇか!?いくら俺でも限度があるぜ!?』
『お前を寝かせるために昔も打ち込んでやったもんだ…』
『針を近づけんな!?』
『――――!!』
『――――!?』
「――――――聞き分けのいい患者には涙が出るよ、あぁ、本当に…」
「あなたその恨めしそうな顔で言っても説得力がないわ」
「昔の話ってやつだ、気にすんな」
「そう…」
「クルルル」
モネの座る車椅子を押して来た道を引き返し、石造りの廃教会を再度横切る。途中チューイが飽きたのか俺の背中にしがみ付き…実に300kgの健康体を背負う羽目になった…!
「クルルル!」
「あら…うふふふ、そう言えば私たち、みんな緑でお揃いね」
「どちらも俺の気分次第で地面に投げ出せることを忘れないで欲しいもんだ」
重さから地面に足跡を残しながら進めばようやく拠点が見えてきた。
石積みの壁、テラコッタ色に
世間話を続けながらの帰り道だ、モネは車椅子で押されていたので"行き"では見れなかった我が家についても聞いてくれた。
「内観もそうだけど、外観もおしゃれね…
「本当に博識だな。この家はかつて
「…もしかして飾ってあった写真は学者の?」
「いや、あれは俺がこの二年で撮って回った写真だ」
「…!羨ましいわ。撮影、趣味なの?」
「趣味であり、仕事だな…ここだけの話、一部の雑誌掲載用の写真も撮ったりしてるんだ。渡り鳥の楽園とはいえ、
「クルルzzz」
玄関を潜り、廊下を進む。モネ用の部屋で彼女を降ろし、薬を飲ませて横にならせる。後はもう夕飯までは安静にしてもらわねばならない。
「もう少し話しましょ?寂しいの…」「医療費をまけるような男に見えるか?」「見えないわね。でも暇なのはわかるでしょう?」「最初からそう言え」なんて色気のない会話をして、ようやく満足したモネを残して俺は部屋を退出した。
――――――そういう生活が、一週間続いた。
完治はまだまだ先だが、傷は悪化することはなく順調。
彼女もつい昨日から車椅子を卒業し、運動能力の改善のための有酸素運動を含めたリハビリを始めた。体の構造が一般的な人間でないためにやり方は互いに探り探りではあったものの、これも順調。当然、翼を使っての飛行は負担が大きすぎるので絶対に控えるように釘を刺してある。
―――まぁ言われなくても無理するような人間には見えないから大丈夫か。
広いリビングのチーク材の丸椅子に座りながら、ノートに羽ペンを走らせる。紅茶から立ち上る香りに気分を良くしながら、空いたスペースで戯れ合う一人と一匹を見た。
いつの間にか仲良くなっているモネとチューイの関係はまるで犬と飼い主だ。そもそも関わりがなくとも元から顔見知りだったらしく、打ち解けるのは早かった。
フリスビーでも投げれば取ってきそうな勢いだ。…モネが望むのなら、共にここを退院すればいい…少し寂しくなるがな。
「ま、しばらくはこのままか」
陽の光を招き入れる小さな窓から空を見上げる。
相変わらずにここは快晴、しかしそろそろ雨が降る時期だ。そこら中にある鳥の糞を流してくるから大事な雨だ。意外かもしれないが、
ここ程度の風雨は俺に取って飛ぶ上では何の問題もないが、流石に雨の中でチューイの餌である海獣を釣りたいとは思わない。そろそろまた町の方に行くべきだな。
それからさらに数日。
モネには時間制限つきに加えて俺が必ず同行するという条件で島内の散策も許可しておいた。
雨が近い。晴れている間に色々見れるならその方がいい。
…だが、彼女は最も人口の多い島、北にある"アヴァケア島"に興味が引かれているようだった。
まずはお気に入り登録ありがとうございます!
長くなってしまったので二話に分けました。というわけでまた夜にもう一話を投稿します。
※誤字を修正しました。2023/03/04
■ルート
撮影や絵描きが最近の趣味。模索してる最中である。
いつの間にかルートが飛べることに目をつけられ、ネイチャー系の雑誌の写真撮家を引き受けていたりする。撮影可能範囲がほぼ全海域のために結構稼いでいる。
■モネ
早く戻らなくちゃいけない。そして知りたい。どんな結果だったとしても。
けれど療養を言い訳に今を楽しんでいるのも事実。
チューイとはこっそり肉あげたら仲良くなれた。手懐けるまではまだいっていない。
■チューイ
筋肉が凝縮しているのもあってか結構重い。
この体重で飛べるのだから凄まじい。
食事時間以外に肉もらったやったね。でも一番肉をくれるのはルートということは分かってる。
■棘(キョク)アジサシ
極アジサシによく似ており、翼の先端が赤いのが違い。ややこしいことに読み方も同じ。
一言で言い表すならば、小さなネルギガンテ。
■ニュウナイスズメ
真面目な話、ニュウナイスズメというスズメは実際にいます。
「斑無雀」、「新嘗雀」、「入内雀」と和名の由来には諸説あり、しかし今作ではでかい上に「凪」に「入る」で「入凪雀」。
海王類を仕留めるらしいが、誰もその瞬間を見たことはない。この島の最強生物。しかも群でいる。大人しい時期なので救い。
■『夜の中の小鳥』
夜にはきっと自由になれる。北の子供たちはそうなると信じたかった。