白夜の中の渡り鳥   作:凍り灯

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前日に5話を投稿していますのでご注意ください。
ではどうぞ。







黒の中の白

 

 

 

 

 

真っ黒な空。

どこかの建物から漏れ出た少しばかりの光だけが路地裏を照らし、俺に行くべき道を教えてくれる。

 

割れた瓶、散らばった木片、泥や汚物で汚れきった通路、今や慣れた鼻につく腐臭の間をふらりと酔っぱらいのように歩く。ゆったりとした体の動きに反し、頭の中には人間たちの"声"が満ち満ちている。

 

嫌悪、(あざけ)り、まぁそれはマシな方で、ひどいのは命が消えかけようとしている誰かの心の叫び。こんな真夜中に元気なものだ、そのせいでまともに寝れもしない。鏡を見ればひどい(クマ)なのだろうが、それ以前にボロボロの格好が目立つから大して気にするもんでもないだろうけど。

 

どうでもいいことを考え、でもそれが頭に響く"声"を紛らわしてくれるわけもない。

いっそ、死ねば楽になれるかな…?

 

そういった考えは、すぐに否定する。

 

()()()()()()()()()になるのならばなんとしてでも生きたい。俺は、ごめんだ。

 

腐った空気をいっぱいに吸い込み、吐き出す。最悪の気分だが、今さっき()ぎった最悪の考えよかいいもんだろう…いや、そんなことはなかった、思わず顔をしかめてしまうほどに、ひどい匂い。

思わず嘔吐(えず)きそうになるのを堪え、喉元まで上がりかかった胃液を気力で押し返した。…おかげで、目が覚めてしまった。しかし残ったのは無駄な疲労感のみ。

 

「気持ちわりぃ …」

 

一言こぼし、歩き出す。

やがて路地裏の奥、ゴミが山積みになった特に匂いのひどい場所へと辿り着いた。

 

ゴミを漁り、生き残る。それがルーチンワークになりつつあったあの幼少の日。

 

「…なんだお前」

「お前こそ、なんだよ」

 

三日月が照らす下で、あいつに出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界には鉛色の空、今にも雨粒の落ちてきそうな重い雲。

 

「…っ!」

 

空中に高く放り出されたと気が付き、すぐさま獣型の形態、大型の"キョクアジサシ"へと姿を変える。

少し下に同じように吹き飛ばされたチューイを見つけ、落ちる前に素早く回り込み灰色の翼でキャッチ、同時に人型へと姿を戻し、その両腕でしっかりと抱え込んだ。

 

割れて壊れたゴーグルを投げ捨て、チューイの体を抱えたまま地面へと降り立つ。コイツは俺が庇ったおかげで怪我はない、ただ、突然の暴力に気が動転していた。

 

「チューイ!!」

「グリャァッ!!!」

 

力強い羽ばたきが辺りの雪を吹き飛ばし、雪煙を立てる。飛び立たないように体を押さえ込み、興奮した感情が収まるまで辛抱強く待つ。幸いなことにこいつは賢い。しばらくすれば翼の暴れ具合も落ち着き、荒い息も段々と普段通りへと戻って来る。

 

「チューイ…、チューイ…!落ち着いたか?」

「クルルゥ………」

 

どこかショックを受けている様子のチューイを地べたで抱えたままさっきまで俺たちがいた私室を見る。雪煙が晴れた部屋はまるでかまくらのように白く覆われ、遮断されていた。俺たちを、或いは彼女の心に傷を残した"何か"拒んでいる。

顔面にぶつかった雪の壁によって噴き出た鼻血を袖で拭い、立ち上がる。チューイはそのまま地べたに力なく縮こまったまま。やはり、モネにやられたことが余程ショックなのだろうか…この一週間でかなり懐柔(かいじゅう)されていたからそれも当然か。

 

「………」

 

俺がズカズカと踏み込めることではない。だが、()()()()()()そのまま死ぬだろう。それは…彼女の弱い部分を直視してしまった今、放っておくことも出来ない。

 

 

再度白くなってしまった部屋へと歩み出した俺は、はたと立ち止まる。

 

 

"生きたい奴は生かす"

 

信念ある他の奴らと違い、ただ年月を重ねただけの俺が、それでも医者としての"矜持(きょうじ)"とか言うのを言葉で言い表すならばこれだろうと思っていた。

死にたがってる奴は死なせておけばいい。あの"死"の恐ろしさを理解できないやつらなんぞ。何故、生きたいと思わない奴らを、ただ生きているだけの()()()()()()()ようなバカどもの命をわざわざ救わねばならないのかと。そんな面倒なことはごめんだと、思っていた。

 

 

じゃぁこれはどうだ?

 

 

モネは()()()()()()()()。終わりを望んでいる。"声"が、そう俺に伝えて来る。なら、そうさせてやればいい。そうなんじゃないのか?

 

右手に持った剣、おもむろにその磨かれた刃を見た。

冷たい刃に映る俺の目と、目が合う。迷っている目だ、情けない。だがそうだ、迷っている。あの時、パンクハザードでモネから感じた"声"は、確かに死を強く拒む"声"だった。強い強い叫びだった。

 

 

けれども…今はどうだ?

 

 

我を失った彼女の発する"声"はあらゆる感情が混じっている。

 

楽になりたい

生きていたくない

白くなれ、白くなれ

暗闇は嫌だ

糸が、張り詰める音が

もう聞きたくない

助けて

このまま白く包まれて

誰かが助けてくれる

ここで死ぬの

光が 光が

暗闇が

 

支離滅裂で、渦巻き、入り混じり、押しつぶされ、飛び散っている。

最早正確にその感情を俺は読み取ることはできない。あの時のような、はっきりとした感情を認識できない。俺の生まれついての見聞色は、強烈な感情を無作為に拾い上げてしまう。

 

何が正しい。

こんな姉でごめんね

どうするのが彼女のためなのか。

わすれていてごめんね

所詮部外者の俺には。

けっきょくなにひとつ

どうにもできないことか。

あなたのためにならなかった

ならばその終わりを見届けるのがせめてもの…。

 

たすけて

 

 

 

「――――――あ〜…いや、迷うなよ」

 

暗闇の中、手を伸ばす幼子のイメージ。

 

それが浮かんだ。彼女の"声"だ。俺が感じ取れるのは強い感情…その中でもさらに強いものがあったのならば、それは明確なイメージをともなって俺の中で形を成す。()()()()()()()()。これは、どうやっても避けられない。

 

…全部、助けた後に考えりゃぁいい。

錯乱している人間の感情を基準に考えるなど、俺は何様のつもりだ?医者のプライドとか言うやつはどうした?

 

「………あー馬鹿馬鹿しい」

 

服に張り付いた雪を払い、足だけを鋭い爪を持つ鳥脚へと変化させて白い壁を蹴り崩す。

 

能力の制御がままならないのか、硬度も知れている。俺はズカズカと白く塗れた地面を踏み荒らして地下室の入り口前まで歩み寄った。ジャケットを雑に脱ぎ、背後へと放り投げる。七分袖のシャツ一枚でもこの程度の寒さなどなんのその。さらに短く(まく)り上げ気合いを入れる。

 

再び入口を塞ぐ白い壁を蹴り破る。しかしまたすぐに白い壁が現れた。

 

「何重にもなってんのか」

 

 

めんどくせぇ。

 

 

刀身をレザーシース()に納め、武装色による硬化、鈍器となった"羽刀(かねがたな)"を両手で握り込み、()()()()

体は半身となり、足は大きく開かれ、右足を引いたことで真っ直ぐに地面の白が削り取られた。両手で握りしめた柄は顔の前、切っ先は白い壁へ、視線は地下室まで降りた先、そのもう一枚の入口の扉の表面までの距離をイメージ。

 

さっき蹴り砕いた雪の壁の感覚を思い出し、強過ぎず、弱過ぎず、適度な力を溜め込み、真っ直ぐに。

 

 

突き―――

 

 

「おら、出てこいモネ。お前まだ俺の"患者"なんだから―――」

 

 

―――抜けるッ!!!!

 

 

「―――言うこと聞いてベッドに戻りやがれッ!!!!」

 

 

岩を、鉄塊で殴ったような快音が島に響き―――ワンテンポ遅れて木々や岩の上で休んでいた無数の鳥が驚き飛び立つ。

 

 

放たれた衝撃は突き抜け、圧縮されていた硬質の雪の塊が砕け散る。雪煙が辺りを覆い尽くしていたが、すぐさま人獣形態となり鬱陶(うっとう)しい雪を片翼で吹き飛ばしてから部屋に置いてあるカンテラを手に取って階段に足をかけた。

 

これでいいんだこれで。

 

あぁたった二年の陸での生活で随分と無駄に考えるようになったもんだ。

 

昔からずっと、目標もなくただ強い風の流れに乗ってなんとなく生きてきた。二十数年ぐらい経ってようやく、()()()()()の中に見えた夜のような真っ黒な炎を見てから、俺も真っ暗闇へと何かを見つけようと羽ばたき出したわけだが、だと言うのに未だ何も見つからず宙ぶらりん。しかも()()()()()になってることに気がつけなかったとはお笑いぐさだ。

 

だからそうだな、まずはベッドにぶち寝かす。それからだ。

 

「そう言う意味では、感謝すべきかもな」

「クルルルル…?」

「お前はここにいな」

 

気づかせてくれたことに礼を言わねば。

以前よりも腕が鈍ったのか、レザーシースは千切れて刃が剥き出しになってしまい、また作り直さなくてはいけなくなったがまぁそれもあとあと。壁とか色々壊れてるんだから今更だ。ギラリと光った刃はそのままに、意気消沈したチューイを一撫でしてから地下室の小さな部屋の床へと足をつけた。

 

照らされた部屋は改めて見ればひどいもんだ。

 

床壁天井全てが真っ白。部屋の(すみ)は雪が吹き溜まり、積もった雪によって角を失った地下室はこの冷たさと裏腹に柔らかそうな卵の中のように丸い。

その中央、もう一つの卵…のようにも見える雪の塊が無造作に転がっている。

まさに心身ともに"殻"に閉じこもっている。光を拒むように、暗闇の中に。

 

「そこはお前がいたくない場所なんじゃないのか?」

 

暗闇を恐れる"声"、光を恐れる"声"。

 

それ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

矛盾している心の叫びを理解しようとするのもどうにかするのも、まずはこいつに部屋に戻ってもらった後だ。

 

白い雪の塊に近づき、しゃがみ込む。

こんな時こそ余計に言葉に意味はないだろう。たかが少しの間道が交わっただけの間柄、鼓膜は震えさせられても心は動くまい。まずは落ち着く場所と、時間を強引に与える必要があった。手にしているのはチオペンタール…麻酔薬の入った注射器、なんとか打ち込んで意識を奪わなければならない。

 

「何をしにきたの」

「!」

 

卵のような白い塊が僅かに割れ開く。雪のような羽の隙間から、金色の瞳が(あや)しく覗いていた。

声は、明らかに先ほどより落ち着いていた。要するに子供のような衝動的な感情の発露(はつろ)は終わり、()()()()()のだ。やはり強い女だ…尚さらに、モネがこうなってしまった"要因"が相当なのだと理解する。

 

「ねぇ、ルート?」

 

 

「どうして私を助けたの?」

「放っておけば私は死んでいた」

「そうでなくてもあの傷で助かるはずなんてなかった」

「簡単じゃなかったはずよ」

「ただでさえ危険なあの場所で」

「どうして私の命()()()に必死になってしまったの?」

「どうして見ず知らずの人間を助けようなんて思ったの?」

「ねぇどうして?」

 

 

「どうして」

 

 

二つの月が俺を暗闇からただ見ている。

読み取れる感情は一切なく、内側へ押し込まれていた。何もかもが()いでいるように見え、静か。しかしそれは違う。薄い薄い、あまりに薄い殻に(へだ)たれいるだけに過ぎない。

それが崩れればどうなるかは、俺にも、そして彼女にも分からないだろう。

 

…きっとどの答えも、俺の口から出る以上、ダメだ。

だが。

 

「…死より恐ろしいものはない」

 

俺はそう信じていた。

 

いつか誰かが俺のことを指して「人の死に関心を抱いていない」なんて言ったが、それは間違いだ。ずっと聞こえ続けてしまう"声"はいつだってそれ()の恐ろしさを俺に教え続けていた。ただ死を恐れるのに疲れただけだ、"恐れる"と言う感情そのものを出すことに疲れたんだ。

ある意味、他人より"死"が身近になったせいで関心が薄くなったのは間違いない。

 

けれどもいつだって心の奥で怯えていた。

だからこそ俺は"あいつ"と()()()()()()、そう思っている。

 

「死は明けない"夜"だ。日が昇ることはなく、その先はない」

「昇ることのない暗闇の、その真ん中でもがき苦しみ(あらが)えずに夜に溶かされる…人はそうやって死んでいく」

「あの感覚を、俺は忘れたことはない」

「俺はこう見えて臆病だ、明けのない暗闇を恐れている。夜に取り残されないように、()()()()ために俺は医術を学んだ。だから死を恐れ、助けを求めるような"声"を無視はできない…!結局、それだけだった」

 

例えエゴでしかなかったとしても。まさに、その通りだったわけだが。

 

()()()()()()()………!?」

 

俺の言葉はきっと何かの琴線(きんせん)に触れてしまう、分かった上で俺はもう嘘はつけなかった。

 

―――だから俺の責任だ。

 

今、モネが感情のない表情のまま、けれども心の"声"は既に抑えることもできずに暴れ始めたのも。

まさに今、俺を殺そうと、能力によって刃のように硬く鋭くなった羽を振り下ろそうとしていることも。

…ここに連れてきてしまったことも。

ここに辿り着いてしまったことも。

 

そして生かしてしまったことも。

 

 

全て俺の責任だ。

 

 

「私が…っ、"若様"のために死ねないとでも、言うの!?…っ……私がッ…!!!恐れたとでも………ッ!!!」

「責任は取る。…もう、迷うのはやめたんだ。言っとくがなモネ…俺はお前を生かしたことを微塵(みじん)も後悔してない。死なせないぞ、こんな暗闇の中で…あと俺も死なん」

「…っ !!"たびら雪"…"肌刀(はだがたな)"ッ!!!!」

「ベッドの上まで優しくエスコートしてやるよお嬢さん…!」

 

敷き詰められた雪の上へ落としたカンテラと、背後から差す僅かな陽の光だけが照らす中で、羽と()がぶつかり合う。

 

 

(すく)い上げるように羽刀ごと振り上げた腕、(まく)られたシャツの袖に普段は隠れた、肩の刺青(いれずみ)が俺の視界へと入った。

 

笑う髑髏(ドクロ)

 

"三日月のような白髭を(たくわ)えた髑髏"が、二年前のあの時の自分が、久しぶりに顔を出した気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









1話を6000文字前後をめどにすると、明らかに6話で終わらないと確信してしまっていたどうも作者ですお気に入り登録や評価ありがとうございます嬉しいです。
あんまり長引かせるのは趣味じゃないので10話以内にはオワラセタイデス。
割とクッソ雑な感想でも作者は喜ぶので気分が乗ったらどうぞ。

※内容に変化はありませんが抜けている文字を見つけましたので修正しました。11/16
※今話だけダッシュと伸ばし棒(―ー←この二つ違うんです)を間違えてたので修正しました。11/24


■ルート
迷うだけ馬鹿らしくなった。
二年前、船の上にいた時はそんな細かいことを気にしてはいなかった。でもそれは、(なま)ったとかそういう話ではなく、対峙する相手の問題だったりするが今は気づかないふりをしてる。
とりあえず確保、それからだ。


■モネ
私はあの人のためならば死など些細なことだったはず。そうでしょう?
けれど、ああ、思い出してしまった。全部。


■チューイ
優しいお姉さんにぶっ飛ばされて落ち込んだ。
怒らないだけ、成長している。というか研究所で常に飢えていた時と違う、心の余裕がそうさせた。

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