続きです。ごめんなさい。
彼の去った後の防波堤
そこにはサラと妖精さんだけが残っていました。
「けっきょく、さらさんはどうしたいです?」
「そうね……サラにも正直……分からないわ」
ぼんやりと水平線を見つめて見るものの、映るのはただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
「しかたないですね」
「そうですね……さらさんにみみよりなじょうほうがあります」
「何かしら?」
あまり本気にせずに耳を傾けます。妖精さんは気分屋なところがありますから……時々振り回されている子を見かける事もありますし。
「むふふ、こんかいのじょうほうはれあですよ」
「なんと、ばーのいちをわれわれはつきとめたのです」
「それは本当?」
風で乱れる髪を手で抑える。
こういう時、長い髪は少し不便ね。
「ちゃんとしたじょうほうですよ」
「きょうもじゅんびのために、ほささんはおそくまでそこにいるですよ」
そう……それは、とてもluckyね。
バーでなら、あの甘い煙のカーテン無しに会話ができる。そんな気がした。
鎮守府の使われていない角の方、足を運ぶ人すら稀なその部屋の前にサラは居た。
本当にここであっているの?
なんて視線を案内役の妖精さんに向けてみる。
気がついた子が目の前の扉を指さしてサムズアップで返してくれた。
「お邪魔するわ」
この、サラだけが知ってる秘密のバー……みたいな感じ。何だか少しわくわくするわね。
「あ〜、誰かと思った……。ごめんサラさん、オープンはもう少し先の予定なんだ」
机を拭いていたホサは顔を上げ、困ったような表情でこちらを見つめて来た。
「そうなの?妖精さんはもうオープンしたって言ってたわよ?」
少し白々しすぎたかしら?
なんて思いつつも、微笑んだままカウンター席へ腰を下ろす。
「……」
じとっとした湿度高めの視線がサラの肩に刺さる。いえ、正確には肩の上の妖精さんかしら。
見つめられている事に気がついているのかいないのか、肩から飛び降りた妖精さんはそのままカウンターを走って奥に引っ込んでしまった。
「……で、結局サラさんは何をしに来たんだい。もしかしてまた呼び出し?嫌だよ、こんな高頻度で叱られるの」
「あら、サラは伝令役じゃないわよ?あと質問の答えはNo……バーに来る理由なんて1つしかないでしょう?」
「そっか、出来れば開店後に来て欲しかったなぁ。それなら大歓迎だったんだけど」
少しおちゃらけた様子で答える彼。
迷惑そうな受け答えとは裏腹に、その手は止まることなく道具を準備している。
「さて、お嬢様は何をお望みで?」
とんっ
そんな微かな音を立て、彼の手が机に置かれる。今までのおちゃらけた雰囲気が霧散した。
仕方ないなぁ
なんて声が聞こえてきそうな表情ととは裏腹に、その雰囲気は真剣そのものだ。
ーー注文じゃなくて、望みを聞くのね。
「そうね……コロネーション、お願いしようかしら?」
「……承りました」
後ろの棚やカウンターの下から大小様々な瓶が机に並ぶ。
氷がサクサクと心地のいい音と共に削られ、ミキシンググラスにそっと入れられる。
水が入れられ、切られ……そしてやっと、ボトルが傾けられる。
「……」
「……」
お互いに言葉は無い。
彼は淡々とカクテルを作り、サラはそれをぼんやりと眺める。
ほんのりと暗い部屋の中、水音のみが響く。
夢から現実か分からなくなってしまう様な空間。
「……どうぞ」
「beautiful……」
静かに差し出された黄金色の逆三角形は照明を受けてキラキラと輝いていた。
あまりにもcheapな感想なのはサラにもわかってる。けれどぼんやりとした頭じゃ、そんな感想しか出てこなかった。
そっと口をつける。
想像通りの、とてもキリッとした爽やかな味わいが広がった。
「ホサ、貴方バーテンダーになったらどうかしら?」
「いやあ、無理でしょ。それに本職の方に失礼だよ」
「残念ね。毎日でも通うのに」
「このBARで勘弁して貰えると助かるんだが」
本当に残念……この雰囲気、結構好きなのに。
ゆっくりとカクテルを味わいつつ、ボトルを拭く彼と言葉を交わす。
「せっかくだし、少しアドバイスでも貰えると有難いんだけど……何かありそう?」
その言葉に、ゆっくりと部屋を見回す。
元々倉庫として設計されたこの部屋は、窓が無く閑散としていた。灯りは天井の蛍光灯をアレンジしたものと、机上で揺れる電気式のランタンだけだ。
「サラは好きよ?この部屋。秘密基地って感じ」
「そっか、それはよかった。最初は何か音楽でもかけようかと思ってたんだけど……なんせさっぱりでねぇ」
「ならオススメの曲があるわ。ええっと……」
確かあの曲は……あった。
支給品のスマートフォンから曲を探し、彼に差し出す。
表示されているのはbitterなLovesong。
少し古い曲だけどサラのお気に入りの曲の1つなの。
「へぇ〜……試しに流してみようか」
「Is it true?」
今?準備も無しに?
そんな疑問をよそに、彼の少し傷のついたスマホの上を指が走る。
後ろの棚の木箱から、どこか懐かしさを覚える旋律が流れ始めた。
「…………」
……今は何を言ってもダメそうね。
目を閉じて聴き入る彼のそんな雰囲気を感じ、今度は深くグラスを傾ける。
guestをおいてけぼりにしているのはマイナスポイントだけれど、真剣に聴いてくれてるから減点はしないであげるわ。
「…………いい曲だね」
まるで人形の様に固まっていた彼が動き出す。
「待たせて申し訳ない。聞き入ってしまって」
2週目に入る曲を止める事無く、空のグラスが下げられる。
「気にしてないわ……そうね、次はホサのchoiceでお願い」
「OK……ハードル上げて来るなぁ」
なんて言っているけれど、彼も予想していたのね。
迷いなく瓶が机の上に並ぶ。
腰からオープナーが抜かれ、ライムジュースの瓶の蓋が音を立てて宙を舞う。
瓶の中身がシェイカーに注がれ、シェイクされる。
心地の良い音と共に行われる流れるような動作に、サラはまた見とれていた。
「……モッキンバードです」
水面すら揺れない程丁寧に差し出されたグラスには、エメラルド色のカクテルが満たされていた。
To be continued
次話で終わりたい所
カクテル言葉って素敵ですよね