マヤさんの性格ほんへと違いすぎね?というのは本当にそう思います。イメージとしてはステキで理解あるトレーナーちゃんに出会えないままトレセン学園の嫌なところを見せられてスレた挙句、出会ったのがアレという感じです。
夏への扉
「──それで、無事に合宿へゆけることになったんだね」
静かな部屋の中に僅か転がる筆記具の走音を心地よく感じながら、ハンマーソングは大きく頷いた。
「はい。岡澤さんと、シリウスさんと、あと、すごいのですよ! 奈瀬さんにも推薦をもらったのです。担任の先生も……えーっと、太鼓判を押してくれました」
夕陽の迫る空き教室。ふつりと筆記具の音がやみ、この部屋の主が机からわずかに顔を上げる。ハンマーソングはその表情をどうにかして窺おうとしたが、どう顔を動かしても西日がもろに目に入ってしまうのでついに諦めた。
「岡澤さんに、奈瀬先生? それは僥倖だね。岡澤さんは最近指導成績を伸ばしていると聞くし、奈瀬先生といえば我が校を代表する指導員だ。
「…………」
ふいに黙り込んだ痩せっぽちの少女。今度はこの部屋の主の方が、その金色のまなざしで少女の顔を窺う番だった。
「不安そうだね」
「……はい」
「まだ自分の立ち位置に戸惑いがある。かな?」
「……私、確かにいずれ三冠ウマ娘と戦うんですけど。それはそれとして……まだ、皆さんに認めてもらえるような力はないんです。珍しくスタートダッシュがうまく行った! と思ったら皆をびっくりさせちゃうし。再現しろーって畠山さんに言われても全然うまくいかないし。なのに、こないだからトントン拍子に話が進んじゃうので……」
どうにもしっくりこない、といった態度の少女が黄ばんだ上履き──学校指定のものではない──で床を軽く引っ掻く。それだけの動作で、軸足の膝小僧がパキパキと音を立てた。
ふむ、と軽く唸った部屋の主は、その豪奢な金色の頭髪を額から頭頂へと掻き上げた。それだけの動作で、この埃っぽい部屋の空気が鈍くきらめいたようにさえ見えた。
「方法、というよりは『処方』がある」
十数秒の重々しい沈黙の後、主は呟くように告げた。
「【アマミハジメ】という名のトレーナーを探すんだ」
「アマミ……?」
さしあたってハンマーソングの記憶庫にその名前は存在しなかった。岡澤の前に師事していたトレーナー二人の名前を既に忘れている程度の記憶能力に、あまり高い検索能力を求めるのは酷である。
「そう、【アマミハジメ】。あの劇薬なら、君の抱えている問題を最も速く、かつ根源的に解決する術を持つだろう」
「そ、そんなに凄いんですか?」
「──わからない」
「はえ?」
部屋中に溢れんばかりの夕陽の中で、金色の麗人はわずかに笑みをこぼしたように見えた。
「わからないんだよ。誰にも理解できない。引き出す結果だけが、凄まじいんだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う──────ん……」
「あの、ベンチいっぱいあるのにわざわざうちの目の前で唸るのやめてもらっていいすか」
外気温三十度、湿度についてはノーコメント。
盛夏に向かって登り坂真っ只中のこの頃といえども、海岸線をなぞる国道沿いに誂えられた休憩施設、いわゆる道の駅の野外ベンチで感じる風は心地よい──エアコンとビニルの香る車内から束の間解放される休憩時間を、そのような感想で締めくくろうとしていた秀才ガール。目と鼻の先にベンチではなく自前のドラム缶に腰掛け五分間エンドレスで唸っている奇人さえいなければ、夏季合宿のオープニングとしては上々の書き出しになるはずだった。居るもんは仕方ない。
「俳句が思いつかない」
「……ああ、国語の課題の。最低一個考えればいいってあのセンセも適当すよね」
「 ど ら む か ん 」
「バカの季語じゃん……」
「缶は良いですよ〜。まるで鯨や鮭のように、捨てるところがありません」
「埋め立てで」
この二人の会話は岡澤浩一郎の頭頂部並みの不毛さを見せることが多い。会話の本題に入る前についつい周辺で盆踊りをやりだす癖のある劣等生の奇矯な言動に即応できるだけの能力が、学年準首席に備わっているのが不幸といえば不幸であった。
一通り踊り終わったことだし本題に入ってみよう。ハンマー君は「ところで」と身を乗り出した。何が「ところで」なのかは当事者同士互いに知り得ない。
「うーんとですね……帽子さんは、【アマミハジメ】って名前知ってます?」
三秒ほど、相手の視線が宙を泳いだ。これはほんとうに知らない時の遊泳だな、と健全なコミュニケーションが不得手なハンマーソングでもなんとなく察する類の沈黙であった。
「……んー、や、聞いたことないと思う。芸能人かなんかすか」
「トレーナーさんらしいですよ。それも凄腕? っていうのかな」
「いやー。てか、職員のことだったら畠山トレに直で訊いた方が早いしょ」
「また移籍考えてるのかって思われたらイヤなんですー」
「カナヅチちゃんにもそういうのあるんすね」
「あるんですー」
額から流れ落ちた一筋の汗に目をしばたたかせながら、野球帽ガールは手元の水筒を逆さにして儀式的に覗き込んだ。とうに涸れた水源、わずかな雫が足元のアスファルトに落ちていく。
「ウチのガッコの教員指導員、非常勤も含めたら星の数ほといるんで。まあうちらが知らない人も居て当然なんすけど、その人ホントに『凄腕』なん? 全く名前聞いたことがないって大概すよ。そもそもどこ情報?」
かの、佇まいからして生徒会の重役かなんかに違いない麗人の姿をハンマーソングは思い浮かべた。しかしながらよく考えてみればこっちも素性をよく知らない。
入学前と先日の一件を含めて既に四回は例の部屋を訪問したはずだが、未だに相手の名前すら知らないままに毎度近況報告や人生相談などやらかしてしまっている。
結局いつもの浅慮を働かせた末に「とある筋から」とだけ答えたら呆れ顔で見遣られた。そんなタイミングで、誰かがこちらに小走りでやってくる気配がした。
「マヤ、ランディ〜ンっ〜お待たせ!」
「あ、先輩ありあとす」
いつになく浮かれきったテンションのマヤノトップガンがベンチへ着陸である。胸の前に抱えられているのは三本のペットボトル。それぞれ
「お出汁? これ誰が飲むんですか?」
「マヤ知らないよ。一番高いやつ買ってきてって言ったコじゃない?」
「白出汁はいいすよ〜まるでスポドリのように、適度な塩分とアミノ酸に加えて水分が摂取できやす」
「うう、私いまスクールカーストの上位にいじめられています」
また会話がハゲかけたところに遅れて畠山が着弾した。こちらも三本のペットボトルを携えている。内訳はポカリ、ポカリ、ポカリ。
「止めたんだけどなぁ。あ、これマヤさんがアタリ引いたやつね──それ、白出汁風ドリンクとかじゃなくてマジの白出汁っぽいよ。宿に着いたら冷蔵庫に預けて、メシのときにちょっとず」
「ズゾゾゾゾゾゾ」
「やめろ!!!!!」
一般成人男性に力負けしない程度の腕力を存分に発揮して出汁を死守しながら、ハンマーソングは気色悪いことに青春の訪れを感じている。自分にもこんな体験ができる日が来るとは思っていなかった。だって海を臨む空は玻璃のごとく青いし、目の前で顔を真っ赤にしている男性はよく見ると若干かっこいい気がするし、面倒見てくれる同級生も先輩も、すべてここにいるのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
バスはインターチェンジから更に二時間ほど走り続け、目的地に到着した。
マヤノトップガンらの集団がたどり着いた合宿所というのは、日本国東海岸の某所に位置する海浜公園と、その周辺に付属する宿泊施設や総合公園のことを指していた。
むろん数千人規模のトレセン学園生徒の全てがここにすし詰めになっているわけではなく、九州北部や山陰、北海道南岸などいくつかの土地に分割して放り込まれている。以後約一ヶ月強の間、彼女らは海沙や遠浅の海などを利用したトレーニングとレクリエーションに臨むことになるのである。
海が見える丘の林間に建つ素敵なコテージ群にチェックインし、荷物を預けて夏季合宿スタート。初日は日没まで自由行動と定められており、大半の生徒が待ってましたと言わんばかりにアレに着替えて砂浜へ猛ダッシュで駆け下りていく。年男年女でも決定しそうな勢いでなだれ落ちていく集団をよそに、チーム畠山プラスアルファご一行は畠山の運転するカートに揺られてゆるゆると丘を下っていった。
木立のトンネルを抜け、眼下に砂浜が広がったタイミングで、マヤノはカートのフレームから身を乗り出してスマホをパシャパシャやりだした。なるほどこういうタイミングで映える写真を撮ればいいんだなと、ハンマー君としてもまた一つセイシュンを学んだ思いである。当然スマホやカメラの類など持っていないので、ナップサックからノートを取り出して写生を開始した。とりあえず運転席の背もたれと畠山の後頭部から描いていく。
「マヤさん危ないからほどほどにしてね」
「……ねー急いでよ。もっとビューンって行けないの」
撮影を終えて着席したマヤノが、カートの側面に結わえ付けられた派手な色のサーフボードを恨めしげに睨みつけながらぶうたれる。
「これ原付みたいなもんだから出ても三十キロくらいだよ」
「こんなの他のコに見られたら恥ずかしいよー」
もう降りて走りましょうとか言いながら車外に飛び降りかけたハンマー君は無事に帽子の子によって制止された。畠山としては非常にありがたい助っ人ではあるが、他チームのジュニアエースがいつまでもたむろしている状況自体には気が気でない。「いつまで僕らと一緒にいるの?」と遠慮がちに訊いてみたところ「練習始まったらフツーに戻るんで」とのお言葉をいただいた。
「言い方悪いけど、うちのチームの子たちって遊ぶぶんにはあんまり面白くないんで。有名ドコのレーシングスクールから上がってきた優等生ばっかなんす。ちょっとでも調和の輪から外れるような言動があるとビミョーに空気悪くなるんすよね──トレはそのへんもうちょいフランクに行きたいっぽいすけど」
畠山は額に引っ掛けていたサングラスを正常な位置にずり下げた。
「『自由に』『仲良く』『尊重し合う』」
「よく知ってますね」
「標語自体は素敵なもんだけど、それがあの男の
「あー、まあ、なんか、しっくり来ました」
「でも、それって悪いことなんですか?」とハンマーソングが口を挟む。
「岡澤さんは私みたいなのにも優しい方でした。ミーティング中にスナックを食べても全然怒りませんでした。寛容な人が先頭に立って、対立が起きないように働きかけるのって、そんなにおかしなことですか?」
「いーや。悪くておかしなのは僕だけだよ。岡澤のおっさんは、正しい」
下り坂は終わり、カートは沿岸道路沿いの駐車場に進入した。ギラつく陽射しと強まる海風の中、マヤノトップガンはポツリと「トレーナーちゃんってダサいね」と呟く。
「ROCK'N'ROLLはダサくなくちゃいけないんだ」
そう嘯いてアスファルトの上に降り立った畠山の出で立ち──ウェットスーツのトップスにカーキ色のハーフパンツ、その上から羽織るアロハシャツ──は、確かにダサかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「海の家の外壁沿いに設置された景観強化用とおぼしいドラム缶を巡り、バイトの水着エプロン地元ウマ娘と一進一退の攻防を繰り広げているハンマーソング」という暇つぶしにはもってこいのおもちゃを遠目に眺めながら、マヤノトップガンは波打ち際からほど近いビーチパラソル下のチェアに片膝を立てて座っていた。時刻は午後五時をやや回ったところ。夏至を迎えて間もない水平線が日没を受け入れるまで、あと二時間はある。
夏合宿のために買ったばかりのパレオ&ビキニがなんだか気恥ずかしくて、パレオを外して没個性な学園指定パーカーを羽織ろうかどうしようか、などと考えているうちにスタイルのいい上級生の集団が目の前を通り過ぎて自信を削り取られたりと、マヤノにとっては煮えきらないスタートとなってしまった感のある初日の午後。豊富に生まれ持った社交向けスキルに反し、今のマヤノトップガンにはこういった場で一緒に楽しいことを探せるような関係の友人が皆無といってもよかった。
同学年の生徒たちと会話をすること自体は容易い。友人を作る機会自体はここまでの一年半でいくらでもあった。ただ、彼女たちが「つまらないオトナ」の言うことにハイハイと従って走ったり勉強したりしている姿を見ると、なぜか脚の付け根や喉の奥がムズムズするだけで。
【マヤさん、そりゃ結果論だよ】
数チームを渡り歩いたのちに畠山の元に流れ着き、ひと月ほど経過した頃だったろうか。「マヤノトップガンの競走生活を面白いものにしてやる」とまで豪語したのだから、当然この疾病への処方箋も持っているだろう、と半ば試すつもりで彼に言葉をぶつけてみたところ、こんな回答が返ってきた。
【つまらないことばかりやってる連中だからトラックコースの上でキラキラ出来ない、ってのは主観に過ぎる】
【じゃあどう考えればいいの】
【一言で解決できる問題じゃないね。でも、説明するだけなら簡単だ──これからマヤさんが一年間取り組むのは、主観と並行して俯瞰し、さらに鳥瞰する視界を手に入れる。そんな練習だよ】
カンカンカンカンうるさかったのは覚えている。
あれから四ヶ月半。マヤノトップガンが手に入れたのは、カンカンカンカンドラム缶を叩くのがライフワークの変な後輩と、前よりも少し柔軟かつ俊敏になった身体と、思っていたよりも数倍ダサかった畠山繁之という男の肖像くらいのものである。相変わらずナリタブライアンからは遠ざけられている気がするし、果たしてあと半年で「面白いもの」など見ることが出来るのか、甚だ不安を感じるところだ。
合宿直前の条件戦で三勝目を挙げ、九月に行われる菊花賞トライアルのナントカ新聞杯がもう射程圏に入っている、らしい。クラシックの有力候補にまで登り詰めれば、ナリタブライアンに直接会って話をする「資格」を得られるかもしれない。
「菊花賞かー」
そうであれば何としてもトライアルレースには出ねばなるまいが、「マヤノを最終的にどこへ持っていきたいのか」については全く話してくれない畠山のことである。妙な理由をつけてダートに戻されやしないかと思うと既にウザい。
イマジナリーエネミー畠山にひとりムカついているマヤノトップガンに、背後から声を掛けてくる者があった。
「菊花賞に出たい?」
ややハイトーン、爽やかな好青年ボイスである。自意識過剰気味のプレティーンは「すわナンパか」と身構えたが、振り返るとそこにいたのは小山のような大男だった。まくり上げたジャージの裾から大樹のような手足が露出している。豊かな体躯に反して頭部はやや薄い。
声の主が畠山とよく話し込んでいる数少ない同僚の一人にして(それにもかかわらず)、先ほど陰口を叩かれていた岡澤某であると認めたマヤノは、ねじれていた姿勢をもとに戻し、かの巨漢から目を背けた。
「べつに?」
「お前さんのトレーナーは出すつもりでいるらしいよ」
「…………」
「クラシック勝った子が日本レース界の全てだってわけじゃないし、そんなに焦らなくてもいい。けど、ナリタブライアンに挑戦状叩きつけたいってんなら、菊で勝ち負けするのが一番近道だね」
このオジサンはどこまで知っているのだろうかとマヤノは少し不安を覚えた。先方の狙いも人となりもよく知らないが、ひとつ言えるのは、
「──ね、聞きたいんだけど」
「どうぞ?」
「うちのトレーナーち……トレーナーって、岡澤さんから見てどういう人なの」
私のことをなんにも知りもしないくせに、見透かしたような気になって話しかけてくるタイプの大人はキライ。
その点において、この学園にいる全ての大人たちはマヤノにとって同類にすぎないといえた。
「んー、難しいこと訊くね」
「もう答え用意してるんでしょ」
「厳しいなぁ。まぁ、そうね。あそこでサーフィンしてる畠山って人は」
「してないもん」
「してるだろ……」
「いない」
「えぇ」
頑なに奇妙な現実から目を背け続けるマヤノトップガンをなだめるのを諦め、岡澤は遠くを見るような目をした。
「あいつはね、空を飛ぼうとしてるんだ」
「…………バカってこと?」
「それはそう。でも、考えてみてほしいんだ。レース中にほんのちょっと──三秒でいい──空を飛べたら、これから自分が獲るべきコースも一発でわかるし、バ群の一番厚いところを飛び越えちまうこともできるだろ?」
「…………」
「あいつは、その方法をずっと探してる。僕はもう諦めちまったけど、あいつは、ずっと」
「──それってやっぱり」
バカってことじゃん。
そんなことは百も承知だと言わんばかりの笑みで、岡澤浩一郎という、かつてバカだった男は頷いた。
「だが、それはあいつの妄想なんかじゃない」
「…………?」
「俺たちは十六年前、ヒトが空を飛ぶのを見たんだから」
分かりづらい比喩であった。
そもそも「畠山が空を飛ぼうとしている」「もしウマ娘が空を飛べたらレースに際して有利であろう」「十六年前に空を飛んだヒトがいる」という三つのセンテンスはいずれも荒唐無稽に聴こえる上、不連続である。
岡澤に、それらのパーツを繋ぐつもりはないようだった。
「いけねぇな、オッサンになるとすぐ昔話だ──ほれ、これあげるよ。昨日発行の【青駿】。ブライアンのリハビリ経過とか復帰後のローテ予想とか、特集
ちなみに僕の予想は年内全休、と身も蓋もない言葉とともに差し出されたのは、分厚い機関誌だった。レース情報誌の中でも最大の権威を有すると言われる有名な代物だが、一部あたりウン千円という価格やあまりに専門的すぎる掲載内容も相まって、マヤノのような一般学生には縁の遠い存在と言える。せいぜい図書室で数度手に取ったことがある程度だ。
目次と奥付だけ見ても二回は目に入る岡澤浩一郎と畠山繁之の名前。眉どころか顔全体を顰めて紙面から視線を上げると、すでに贈り主の姿はなかった。
少女はわざとらしく、それでいて可愛らしく鼻から息を吐き、ビーチチェアから立ち上がった。向かう先は波打ち際から百メートル後方、海の家の軒先だ。ドラム缶争奪戦に敗北して仰向けに転がされた後輩が、刺股で砂浜に固定されている場所である。
「おはよ」
「……あそこで屈強なおじさん二人がシャベルで穴を掘っているのが見えますかマヤノさん」
「うん」
「あの人たちのあだ名は運慶&快慶といって、あ、これは彫師と掘り師を掛けたギャグなんですけど。フハハ!」
◆◇◆
「ピッピッピッ」
「また冷えるようであればいつでも好きに調節してくれ」
「おーきに
「ああ」
◆◇◆
「彼らの手によって私は今から一時間浜に埋められるそうです」
「マヤも手伝うね」
「ちょっと動ける余地を残して緩めに砂かけてくださぁい……」
マヤノは刺股を握りしめてハンマーソングを浜に磔にしている水着のねーちゃん店員を見た。彼女は頷いて「頭から埋めます」と宣告した。わりとガチめの悲鳴を上げだしたハンマーソングを尻目に、マヤノはビーチチェアセットを移動させるべく元いた波打ち際に向かって踵を返す。甘ったるい流行歌のハミングと共に去っていく足取りはとても軽い。
小一時間後にヘタウマサーフィンを終えて戻ってきた畠山が、暮れなずむ砂浜で頭だけ出して(残してもらえたのは情状酌量の余地であったようだ)すすり泣いているハンマーソングを見るなり「戦メリんときのデイヴィッド・ボウイじゃん!」と年甲斐もなくはしゃぎだすまで、マヤノトップガンはビーチチェアで過ごす読書の時間を楽しんだ。
入学前から思い描いていた予定では、仲のいい友達とビーチバレーをやったり青いジュースを飲んで写真を撮ったりするはずの時間になるはずだったことを思うと少し淋しいが、考えてみれば夕暮れのビーチで本を読んでいる姿はこの上なくアダルティではなかろうか。自分に酔いつつ、意外にも「青駿」のページを繰る手が止まらないマヤノトップガンであった。