すらっぎーあにみずむ!!!~動物が人になる現代世界で動物嫌いがヌルヌル生活~   作:囚人番号虚数番

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僕はアニマが嫌いだ

僕はアニマが嫌いだ。

 

形こそ人である彼等と僕たち人間が一緒にされることに心底反吐が出る。彼等は自我のある無知であり、比喩でなく、とかく無学であるのだ。

 

だから僕はアニマが嫌いだ。

 

そんなアニマ嫌いの始まりも、思えば昔の今日この日だった。

 

 

 

遠い夏の日、僕がまだ何も知らない5歳の頃の話だ。生まれついてこの村の住人だった僕は人一倍この村に詳しく、庭のようにあちこちに出向いていた。

 

海、山、川、その他諸々。親も水辺以外は危険でないと判断して僕を自由にさせてくれた。だが実質監視もなしにどこへでも行けるのには変わり無く、当時の自分は海や川も当然のように入っては親に怒られていた。

 

同時にあの頃のこの村はアニマの人口がが増え始め、この村に僕と同年代のアニマが移住して来ていた。様々なところにしきりに出向いていた僕は彼らの間でも度々話しかけられていた。その過程で先輩や古渡とも知り合い、だが彼ら以外には僕自身名前すら覚えなかった。

 

何故なら今でこそ幸運にも思えるこの偶然は、当時アニマ以上に夢中だったことが原因であった。しかし不幸にも、同時に悲劇の始まりにもなったのだ。

 

その場所が今、カツユと僕が対峙するこの場所である。

 

ー--

 

「下に降りたっきり、あの子の事はもう知らないよ」

 

件の彼はここにいない。言葉通りに意味をとれば彼は何のトラブルもなく彼女と別れ彼のみ行方知れずとなった。彼女の態度からしても恐らくそうである。だが僕は冷静ではなかった。

 

だが彼女はここが僕にとって特別な場所だと知っている。いいや、最悪知らなくてもいい。ここにアニマがいる。それだけで僕には最悪な事態を引き起こした。

 

はるか昔のトラウマが僕の鼓動を早める。違う、彼女は何も関係ない。たかが蛞蝓程度に怯える必要はない。あれは虫、虫なんだ。頭の中で自分に向かって必死に言い聞かせ正気を保つ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

だが心はこの偶然に屈し、想起しきってしまったようだ。無意識にも呼吸が乱れ思考回路もまとまらない。平静を戻そうにもこの場で、かつアニマが僕の心を揺さぶるせいで不可能である。

 

そんな僕を目の前のアニマは悲しい目でこちらを見つめる。

 

「どうして怯えてるの?」

 

彼女は僕に一歩近づく。

 

「止めろ!」

 

僕は叫んで彼女を静止させた。同時に僕の中で何かが弾けた。僕の中にある最悪な想定に行きどころのない衝動はこれ以上抑えられる気がしない。

 

僕たちはお互いに牽制しあい睨み合い動かない。セミの鳴き声と遠くから吹く海風が緊迫の中で響く。

 

先に動いたのはカツユであった。彼女は再び崖の向こうに向いて僕に聞いた。

 

「深淵、陸生、世界、私、段々と世界の理解が及んでる。だから私は草加の思ってるより色々知ってるよ」

 

淡々と語られた不相応な言葉はまるでカツユとは思えない。知的で、かつ抽象的な言い回しは、だが悲しい口調での本心である。僕の知らないところで隠し、どこかにため込んできた深海の様に底の見えない言葉。

 

「草加も私達をよく思っていない。よく分かったよ」

 

核心を突いた軽蔑に僕は何も言い返せない。平常時であっても僕が同じことを彼女から聞かれたのなら言葉に詰まるだろう。

 

「でも私が人だからアニマでも優しいんだね。でも無理なんてしなくていいんだよ。嫌いなものはそこにいるだけでも嫌いってよく知ってるから」

 

しかしもはや今は言葉を聞いている余裕すらなかった。

 

ー--

 

あの日、僕はいつものように山へと訪れていた。いつもは虫網や浮き輪、あるいは本などを持ち込んでいるものの偶々その日は違っていた。大人たちの噂で山の先の遊園地の話を聞いたのだ。今となってはそれは僕の勘違いだったと知っている。実際に僕はその場に向かい、崖上からある筈の遊園地がただ山の木々が広がる何もない場所と知った。

 

期待していた物が無いと知った僕はその場で休息をとっていた。子供が一人、小学生になる前だった僕に山を登るには体力は無かった。適当な石の上に腰を掛け持ってきた水筒の水を飲んでいた。

 

ふと後方で枝が折れる音、誰か来たのか振り向くとそこには誰かがいた。当時の僕には年上の、今にしてみれば丁度カツユくらいの大きさかとも思うアニマ。顔は見えず、だがその田舎に似つかわしくない風貌だった。とにかく当時アニマを珍しい人だと以外知らなくても新しく越してきた人かと興味を抱いた。

 

誰ですか、僕が彼に問いかけるも返事はない。しかし僕の存在には気が付いて無言でこちらに駆け寄ってきた。それは只用があるだけでない必死の走りであり、僕は追われていると本能で感じた。

 

後ろは崖で僕の足では目に見えて逃げ切ることは出来ない。あっけなく彼に追いつかれ、振り払おうにも彼に地面に押し倒される。頭を打ち点滅する視界に平静を保てず精一杯暴れる。だが手足を抑えられて抵抗も意味はなかった。

 

彼は荒れた吐息と血走った目で僕を見つめる。生まれたてのアニマは暴走をする。彼は人の姿こそあるものの眼の前のそれは捕食者であった。お互いに高鳴る鼓動は抑えられない。ついに彼は牙の生えた口を大きく開き僕の首元に噛み付いた。

 

少年の白く柔らかな肌に獣の鋭い牙が突き刺さる。痛みに叫ぶも口を塞がれ声にならない。次第に意識が遠のき、彼の動きにされるがままとなる。そして彼の手が僕の顔に伸びた時、僕はようやく自分が何をされているかを察した。

 

その時の恐怖を今でも鮮明に覚えている。自分の体の一部が他人のものになっていく感覚。自分と相手の境界が無くなる喪失感。

 

彼女は僕の首の肉の一部を噛みちぎり、そこから流れ出た血を舐めとった後、僕から顔を離し次はどこにするか品定めするように見つめていた。

 

僕はその視線に耐えきれず、年齢相応に泣いて許しを乞う。同時に手の拘束が少しだけ緩み、逃げるチャンスが生まれたことを悟った。だが背後からは彼が追ってくる。きっと彼女を押しのけても追いかけられては終わりだ。

 

僕が取れる行動は一つしかない。

 

 

 

ドッ

 

だから僕は突き落としたんだ。彼女を押しのけそのまま彼女を崖の向こうへと押し出した。

 

「え?」

 

赤く染まる首元、強く押しのけた感覚、重力に従い落ちる体、僕の頭にはもうそれしか残っていなかった。本能のままに彼女を押し、ぬめる体を崖の向こうへと突き飛ばす。

 

体格差から彼女は前とは違い簡単に地面から離れ、気の抜けた驚嘆だけを残して空へと浮く。彼女を止める物は無く崖の向こうせと落ち、すぐに見えなくなった。

 

ごめんね、最後に僕には彼女の声で小さく聞こえた。彼女は笑っていた。悲しく、全てを受け入れた優しい顔だった。

 

だから僕はアニマが嫌いだ。過去も、今も。見るたびに理不尽に分からされた思い出を抉られる。だから僕は嫌いだった。僕は咄嗟に彼女を追って崖際に駆け寄る。崖の下には何もない緑の木々が広がり彼女の姿はもうない。

 

これでアニマはここにいない。汚らわしい粘液野郎ともお別れだ。短い付き合いだけどあれには苦労させられた。だけどそれももうおしまい、明日からは忙しくもアニマとは無縁な生活になるだろう。

 

安心した僕はその場で膝から崩れ落ちた。

 

「許して……許してくれ……僕にはこれしかなかったんだ……」

 

涙が溢れ、嗚咽と共に言葉が漏れる。僕には他に選択肢がなかったのだ。あの時の恐怖が脳裏に焼き付き、それが消えることは絶対にない。僕のアニマへの価値観は今でも恐ろしき獣のままなのだ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

僕はしばらくその場で泣いていた。その間ずっと謝っていたと思う。しかしそんなことをしても何も変わりはしない、ただ虚しさだけが残った。だがせめて彼だけは見つけなければならない。僕は立ち上がり服についた砂を払う。そして再び山道を歩き始めた。

 

ー--

 

しかし僕の努力も虚しく彼らとの約束の時間に刻一刻と近づいた。通報されても困る、いなくなった彼は結局見つかることはなく僕一人で下山する。河原で待たせている彼女らはもう僕を通報してしまっただろうか。

 

河原に到着すると何故か彼らはまた遊んでいた。人がいなくなっているのに、と彼らの中にいなくなったとされる男の子もその中に混じっていた。よかったと心の内で安堵した。同時にカツユが無駄になってしまったと自身の卑屈さにうんざりする。

 

「良かった……戻ってきたんだね」

 

「あ、お兄さん!」

 

僕に気が付いたカツユの友人、確か恵奈が僕に駆け寄ってきた。彼女だけは他の子らとは違い遊ばずに待っていたようで体が乾いている。彼女は僕の前に来ると渡しておいた携帯を返してもらった。通報はまだしていないらしい。

 

「カツユはどうしました!?」

 

彼女はよくできた子だ。厄介者のカツユでさえまるで自分の事の様に心から心配している。でも僕は決して真実を知られてはいけない。だから純粋無垢なアニマに向かって優しい嘘をつかせてもらう。

 

「ごめん、見つからなかった」

 

彼女は一瞬悲しそうな顔をしたが、分かりましたと言ってくれた。物分かりの良い子で本当に良かった。感づかれていても今はどうでもいい。二回も三回も大して変わらないだろう。この場は適当に丸め込んで今日は解散となった。僕は彼女たちを見送ると一人帰路につく。自宅に着き自分の部屋に戻ると扉に鍵を閉め、荷物をベッドに投げた後何もかもを投げ出して床に倒れた。

 

 

 

僕はアニマが嫌いだ。

 

理解し得ない彼らが嫌いだ。

 

でもそれ以上に嫌いな物が一つだけある。

 

過去の罪から逃げ続け、それを自覚すらせずのうのうと生きている自分が一番憎くて仕方がない。誰か僕を裁いてくれ、暴いてくれ。許しなんて僕に求める資格はない。

 

この地獄から解放してくれ。

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