すらっぎーあにみずむ!!!~動物が人になる現代世界で動物嫌いがヌルヌル生活~ 作:囚人番号虚数番
カツユは文字を覚えてから目に見えて変わった。今までは僕が教えるまで寝ているかシャワーか散歩だけだった彼女がかなり活動的になった。主に漫画や監視の下で行うインターネットの閲覧のお陰で彼女自身の脳内の情報量が格段に増えたからだろう。
一方で些細ながら休憩にゲームを挟んだせいか文字の取得が想定より早まった代わりに語彙が多少癖も着いたが……まあ、これは別にいいや。ともかく、カツユは知識を得た結果「創作」という概念を覚えたらしい。
「ねえねえ草加、また描いたよ」
「へー、また上手になったね。」
さて、彼女が僕の下に持ってきたのは水彩画描かれた画用紙だ。かつての同族の画像を見つけては写し描き僕に渡してくる。拙いながらも写実的であり時間を考えればかなり上手だ。
絵具類や画用紙はカツユの為に買った。レポート用紙が粘液に勝てる筈がない。それと題材は他には漫画の模写やゲームの風景もたまに描いている。どうやら彼女は動植物と長物、それと練習として描きかけの人の絵をよく描いている。前二つは本人曰く好きだかららしい。
「今日はカタツムリなんだね」
「うん、でもヒダリマキマイマイは初めてだったよ」
「左巻きなんだね(正直全部同じに見える)。あと態々何で描いて見せてくるの?」
「いいじゃん、描きたいから描くの」
そう言うと彼女は僕から画用紙を取り日陰で乾かす。彼女の掴み所の無い彼女に理解には時間が掛かるだろう。だがこの頃の雨続きにうんざりしないのなら僕も満足だ。問題といえば室内だから粘液の後始末以外であるが窓の外を見て現実から逃れる。
「草加、お外行きたいの?」
「いいや、カツユこそ雨……いいや君は多湿が好みだよね。カツユはこんな天気でも外に出たい?」
彼女は首を縦に振る。分かってはいたけれどこうも即答されると複雑な心境である。
まあ、このまま家にいても粘液でどうせ濡れるんだ。今日は暇だしカツユを連れて散歩にでも行く事にした。
ー--
天気は豪雨、今日は特に雨が酷い。傘をしているにも関わらず体が濡れる。一方で彼女は傘を差さず濡れるがままに隣を歩いた。顔に水が当たるのも気にせず、しかし同量流れ出る粘液に僕は少し戸惑う。
現代位置 公園
街はずれにある公園。自然に溢れ木々の生い茂るこの場所は晴天であれば子供からお年寄りまで訪れる場所だ。しかしこうも荒天な日に出向く物は僕ら以外には誰もいない。中心の池に流れる人工の小川も今日は荒れている。
雨をしのげる屋根付きの休憩所の下で傘を閉じる。しかし、果たして雨の日の公園とはどれほどの意味があるだろうか。遊具は濡れ、足元は泥でぬかるんでいる。微かに肌寒い気温も体力を奪う。
それでも色が付き始めたアジサイにカツユは興味を示していた。遠目にしか見えない為に詳しくは分からない。僕はふと彼女に何が見えているのか気になり傘を差して彼女の隣に立つ。
「カツユ、面白いものがあった?」
「ううん、何もないけど綺麗だなって思って。アジサイだっけ、このお花」
緑の残る紫陽花は若々しさと美しさを感じる。梅雨の時期に見れる花としてそこそこに風情がある。種族は多少違うもののカツユとよく似合う光景だろう。
ふと、葉の下に隠れた何かが視界に入る。膝を少し折り視線を下げるとそれは小さなカタツムリと同じ葉で静止するナメクジであった。雨の中じっとしているその様子に僕達は少しばかり感心する。
「あれって何してるのかな?」
カツユは僕の袖を掴みながら疑問を投げかける。
「ああ、カタツムリの真似だよ」
「へえ、そういう生態でもあるの?」
「嘘だよ、偶然」
こいつ。息をするように嘘を吐いたのか。とりあえず彼女の為に写真に残しておく。
「草加、私も撮りたい」
「じゃあ一緒に撮ろうか」
スマホを取り出しパシャリ、という音と共にシャッターが切られた。二人で雨宿りをしながら写真を確認すると画面の半部を占める彼女と花の上で絡み合う2匹がバランスよく映る中々良い絵面になっていた。雨に濡れたブランコに座るカツユを遠くに見て写真を保存しながら思う。
「(寒そうだな)」
一応彼女には厚手の服を着せている。しかし彼女の濡れた服を見ているとこちらも寒く感じる。体質とはいえ次に来るときには昼間に訪れようかな。あるいはアニマ専用の学校に通わせて友人とも、というのもいいかもしれない。でも最近の子は公園で遊ばないとも聞く。その時は散歩次いでに一緒に来させよう。
……しかし、本当に最近自分がおかしい。何というか、庇護感と責任感につられて正気を失いつつある。原因は大体わかる、カツユをアニマ以上に子供として対処しているのだ。
ここまでしておいてなんだが僕はアニマが苦手だ。彼女に関しては体質について諦めが付いてきた。だからこそ、諦めがついたというのが恐ろしいのだ。理解に及ばない筈の物に理解を示しつつある。獣、ましてや害虫が人の心の訳がないのに。
だから彼女が波紋で荒れ続ける池をそっと眺めている意図も、距離をとり屈伸を始めたのも……おい、待て走るな!飛び込む気!?そこは普通の池だ泳ぐためじゃない!
「何してる!?」
雨に濡れるなど気にしている場合ではない。あの酷く汚れた池に飛び込めばその後の洗濯が恐ろしく面倒だ。しかも深さも分からないし危険この上ない。
傘もささずに僕は駆けだした。大学生の運動能力とナメクジ由来の鈍足な彼女では速度の差は圧倒的、しかし距離がある。
「(間に合え、頼むから間に合ってくれよ!)」
雨粒で霞む視界の中必死に彼女を見据える。そして彼女は躊躇なく飛び込み、水柱を上げた。
「ッ危なかった!」
彼女が水に飛び込む寸前に僕が池に入りどうにか受け止められた。全身ずぶ濡れだが、カツユは何とか無事だ。僕は彼女を抱きしめたまま安堵のため息を漏らす。
「お?おー、よく間に合ったね」
彼女は僕の目を覗き込みながら感心したように言う。そんな呑気に言われても困る。こっちは冷や汗物だったんだ。
「あーあ、僕の服がめちゃめちゃだよ」
「もとから濡れてたでしょ」
そう言いながらもどこか嬉しそうな顔をしていた。僕は二人の濡れたシャツを見て苦笑する。しかし、これはどうしたものか。
「とりあえず家に帰ろう。このままだと風邪引くから着替えないと」
「ん~……」
「嫌なのは分かるけど、お願い」
僕がそう言うと彼女は渋々と言った様子で了承してくれた。道中で彼女にどうして突然池に飛び込もうとしたのか尋ねてみると、少しだけ考えた後に答えてくれた。
「うーん、特に理由はないんだけど、池の中が気になって。草加も気にならない?」
「普通はしないと思うよ。それと水に入りたいなら今度からはちゃんと事前に言って欲しい。寿命が縮まる」
「ふふっ、ごめんなさい。次はちゃんと言うね」
彼女の無邪気な笑顔に思わず毒気が抜かれてしまう。それにしてもこの子、少し変わったかな。以前はこんな風に笑う事なんて無かった。
まあ、何にせよ無事で良かった。
家に帰りカツユの体を拭いて服を着替えさせる。その間に僕はシャワーを浴びて洗濯機を回した。今日はまだ朝方なのにもう何もやる気が起きない、雨の中全力疾走したせいで疲れてしまった。シャワーで適度に温まり、冷えた体を癒す。
時折、絵具の水を汲みにカツユが部屋に入る物音が聞こえた。また何かを描いているらしい。風呂上りに彼女の描く絵を後ろから覗いてみた。
「何を描いてるの?」
「思った事を適当に。もう完成しそう」
適当、確かにそうかもしれない。淡い灰色の背景に輪郭がぼやけ、歪んだ楕円を描いただけの何かである。何とも言えない不気味さ、あるいは手を抜いたような絵である。しかし本当にこれで完成なのか。
「これってどんな意味あるの?」
「広い水溜りの生き物」
水溜り?もしかして公園でも池を水溜りと勘違いしていたのかな。それでも公園にはこの姿に該当する生き物は知らない。深海か、そうでなくとも海底の生き物のようだ。
「海の生き物みたいだね」
僕はスマホで彼女に海の写真を見せる。家庭の事情でこの手の写真は多く持っているのだ。古い写真だがいくつか写真はある。
彼女は海の写真を見るとその何枚かを何度も見て、拡大を駆使して細部までを見ている。ただの海の写真に何か気になるものがどうして気になるのか。
「……あれ、知ってる?」
カツユから飛び出た言葉は僕と彼女、どちらにとっても想定外であった。
「見たことがあるって……海を見たことがあるの?畑から離れてるのに?」
「ううん、でも……これはここにいたような。じゃあこれは誰だろうね」
彼女は写真を指差しながら不思議そうに首を傾げる。それはこっちの台詞だ。一体どこで、いつ、どうやって。
「でも、私にはこれが一番肌に合ってたの。だから描いてる。ねえ、草加。私の絵、好き?」
「……うん、好きだよ」
その言葉を聞くと彼女は筆を止めてこちらに向き直った。
「ありとう」
そこで彼女は絵を描き終えたのか絵を乾かしに向かった。ああやって乾かしている絵は何枚か今もある。彼女が乾かす次いでに彼女の過去絵を見る事にした。彼女の絵は簡単にファイルで一纏めにしてにしまってある。棚から取り出し開くと僕の知らない練習の絵が何枚か増えている。
「あれ、でもこれ……」
彼女の描いた絵のいくつかには僕のパソコンの写真ファイルの模写もある。過去の写真のバックアップや親から渡されたアルバム替わりとしての過去、それと最近の旅行先での写真。その懐かしい光景が彼女らしい優しいタッチで写されている。本当によくできている。
だが、その中でどうしても無視できない一枚の絵が僕の目を離さなかった。
「(まだ残ってたんだ。こんな物)」
彼女はそれを刻銘に模写したのか8月のある日の日付や色褪せた質感まで紙に記していた。それは写真を写した絵で一つの献花と「KEEP OUT」の黄色いテープ、そして塞がれた背後に広がる晴天と海の見える山中の崖。
「……」
写真など無くとも忘れる筈ないのに。だけど、いざ目の前にすると……
「草加」
「ヒッ!?何?」
咄嗟に絵とファイルを絵にしまう。そして僕は彼女に気づかれないように平然を装う。だが既に遅かったようで彼女は僕が彼女の描いた絵を見たのがバレてしまった。
「その絵、見たんだ」
「う、うん。これ、どこで見たの?」
「分かんない。でもそこってどこなの?」
「僕も分からない。その写真の場所は前に大学で使った写真素材の一つだよ。多分海沿いの場所じゃない?」
「うみ?」
彼女は不思議そうに首をかしげる。まるで初めて言葉に疑問を抱くここ数日でよく見た光景だ。だが彼女は海についての好奇より僕の持つファイルと絵が欲しかったらしい。僕はすぐにファイル彼女に渡す。彼女は乾いた絵を纏めると棚にファイルを入れ、ゲームを起動した。
……はは、よかった。気が付いてないらしい。やっぱりアニマには僕の事など分かりはしないんだ。まるで何もない風に隣に来るように手招きする彼女にすら僕は嫌悪を抱いている。だけど、せめて理性ある人としてこれをいつまでも秘匿をするべきである。