ここだけアルトリアに(ry   作:パパイヤZ

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他者視点って奴っすね。ハイ。




ここだけアルトリアに‐裏

 

 魔術師の刃が魔女の胴を刺し貫く。

 腸から吹き出た血が、魔術師の白いローブと辺りの荒野を赤く染めた。

 しかし魔術師が血の滴るローブを気にする素振りはない。

 それもまた、自らが犯した罪の現れとして。

 いつも浮かべていた口元の笑みを消し、彼は手に握る剣を物憂げに眺める。

 が、それも一瞬のこと。 

 怨嗟の声と共に最期の術を使う魔女へ注意を戻す。

 

お…のれ…マーリ…ン。最…後まで…忌々…し

 

 魔女は自らの肉体そのものを変換し、魔術師を包むように黒い繭を編む。

 それを、魔術師は止めようとしなかった。

 止めようとすれば簡単にそうできただろうに。

 ただ憐れむような表情を向けるだけだった。

 

「やれやれ。なんと無骨な檻だ」

 

 魔女の声が途絶え、影に覆われていた頑健な塔がその姿を現したとき、魔術師の身は分厚い壁の中に囚われていた。

 少しだけ困ったように笑う彼だったが、特に焦る素振りも見せず、狭い独房の中たった一つだけ突き出た岩の名残へと腰をかける。

 そして懐から取り出した使い魔と共に、ある一つの国が終わるさまをジッと見届けていた。

 

 今さら、終わりを変えることは出来ない。

 魔術師が少しばかりの助力をして、島で起きていた惨劇を食い止めはしたが、しかしことはもう引き返せないところにまで来ていた。

 偉大な王が死に、勇猛なる騎士たちが死に絶え、彼らが守るべき民もまたその大半が無惨な死を遂げた国に、一体どんな未来があるというのだろう。

 彼がしたのは、精々亡者たちにかけられていた魔女の呪いを解いた程度で、それ以上の救いなど魔術師の手に余る奇跡だ。

 それは分かっている。

 だが今だけは少し、己の力不足に悔しさを感じていた。

 

 もし、自分が魔女の暗躍に気づくことが出来れば、このような最期は回避できたのではないか、と。

 しかし同時に、彼は自らの世界を見通す眼が不調であった理由を察しつつあり、この不条理を半ば受け入れていた。

 なぜ、抑止の力がモルガンの味方をし、自分の眼を曇らせたか。

 それはそうせざるを得ない理由があったからだ。

 そう、人理存続という至上の命題が。

 ならばこの結果は、この星の歴史が続くうえで必須の出来事だったのだろう。

 かつて魔術師や王が、国を救うという大義のために村々を滅ぼしたように。

 

 結局のところ、かつてウーサー王と魔術師が目論んだ計画は、最初から破綻していたということだ。

 国が滅びたことで、その事実を明確に突き付けられただけのこと。

 非人間の分際でそんな計画に乗った彼に、憤る資格などない。

 もし憤るのであれば、魔術師ではなくアーサー王に、アルトリア・ペンドラゴンという少女にこそその権利があった。

 しかし最後まで、彼女はその運命を受け入れていた。

 息を引き取る寸前になってもなお。

 

「結局私には、人間の感情など理解できないようだ」

 

 魔術師にとって、王になろうとした少女は興味深い存在だった。

 初めて会ったときから寡黙で、突然夢の中に現れた自分に驚くこともなくただ淡々と魔術師の言葉に耳を傾けていた。

 まるで人形のように黙々と修業をこなしていく様子を見て、彼女には人としての心がないのかとちょっとした親近感を覚えるほどに。

 

 だからこそ、自らの遺伝子情報を組み込まれた人造人間を少女が自分の娘として育て始めたとき、魔術師は驚いた。

 まさか少女が、あそこまで紛い物の娘に入れ込むとは思いもしなかったからだ。

 いや、もともと彼女が個人への執着を見せない人間だったからこそ、あの変わりようがより際立ったとも言える。

 魔術師は、その執着が彼女に破滅をもたらすことを、何となく予感した。

 権力者にとって、他者への情を持たないことこそが正しくあるための術なのだから。

 

 しかし、楽し気に、ポーカーフェイスが常の彼女が笑みまで浮かべて娘のことを語る姿を見て、結局彼は指摘できなかった。

 君が抱きしめているその娘が君を殺すだろう、と。

 そもそも、少女に王のなんたるかを教え、人としての幸福全てを奪ってきた魔術師に、彼女が手に入れたささやかな花を枯らすことは、不可能だったのだ。

 だからせめてその儚い親子愛を守るためにと、魔術師は紛い物の娘を王の後継者に仕立て上げた。

 かつて王をそうしたように教育し、娘の性別を疑うものがないようにと人々の認識を歪ませた。

 そうすることでガラス細工の家庭は辛うじてその形を維持し、その陰で苦悩する人々を――ブリテンを滅ぼすであろう歪を見逃してきたのだ。

 それが何をもたらすか、正確に認識したうえで。

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 最近、王の纏う気配が柔らかくなったとよく聞く。

 彼自身もそう感じたし、それ自体は喜ばしいことだとそう思えた。

 円卓の一席を預かる身として、主君であるアーサー王の精神面での健康を常に案じていたのだ。

 喜べないわけがない。

 未だ卑王ヴォーティガーンの残した傷跡は深く、異民族たちは今日もブリテンの大地を汚している。

 それらの諸問題に憂慮する王の重責は、深くかの御方の心を苛んでいた。

 少しでも心の癒しを見つけられたのであれば、それに勝る喜びはないだろう。

 彼は遠く大陸から海を渡り、この島で出会った王の人柄に心酔してここまで仕えてきたのだから。

 

 だが、彼の喜びに影を落とす者がいた。

 外ならぬアーサー王の妃――ギネヴィアである。

 公私ともに王を支えてきた彼女も、当然王の変化を喜んでいる――筈だった。

 しかし彼は気づいてしまったのだ。

 華やかな笑顔の下に潜む、王妃の複雑な心境に。

 初めは驚き、そして疑問を抱いた。

 なぜ王妃はあのように悲しみを押し隠しているのかと。

 その苦悩のもとはなんなのかと。

 

 答えは思いのほか簡単に得られた。

 王妃が悲しみを押し隠すのは、王の前だけではなかったのだ。

 王子モードレッド。

 未だヴォ―ティガーンとブリテンの覇権を巡る戦いの只中にあったころ密かに生まれたという、アーサー王の後継者。

 自らの胎から生まれた息子に王妃が苦しめられていると気づき更なる思索に耽ったとき、彼はまず自らの妄想を恥じた。

 あの清廉なる王を疑うなど自分は騎士の風上にも置けぬ匹夫か、と。

 結局このときは触れてはいけない謎として胸中に仕舞いこむことで、一応の落ち着きを見せた。

 

 しかし異民族との戦争で少なくない数の騎士が去ってから、王を慕い気遣う彼と王妃との距離は急速に接近した。

 そして彼は知った。

 知ってしまった。

 妖妃モルガンの策略で産み落とされたホムンクルスを、王自らが後継者として育てているというブリテンの歪を。

 それは、王にとっては当たり前の行動だったのかもしれない。

 自分の遺伝情報を組み込まれた紛い物であっても、無垢なる幼子を手にかけることをよしとしない御方であることは、彼もよく知っている。

 いや、だがその幼子をこともあろうに王の正統なる後継に据えるなど、いくらなんでも許される所業ではない。

 そのようなことをして、ギネヴィア王妃が心を痛められないと思っていたのだろうか。

 女としての価値がないと断じるなど、あまりにも残酷ではないか。

 

 分からない。

 何を考えて王がそのような暴挙に出たのか、分からない。

 ただ彼にとってはっきりしているのは、目の前でか弱き女性が誰にも打ち明けられない悩みを抱えて一人苦しんでいるということだ。

 それを、騎士として彼は見過ごせなかった。

 こうして、誰にも許されないであろう二人の関係が始まったのだ。

 

 王が過ちを犯したように自らもまた過ちを犯していると、彼は自覚していた。

 だからこそ、自分に向ける王の信頼が痛かった。

 あれほどの秘密を互いに抱えているというのに、なぜあなただけは輝ける姿で在り続けようとするのか、と。

 直々に、王子の護衛の一人として旅へ同行するよう命じられ、その思いはより一層強くなった。

 最初は全く気が進まなかったのだ。

 王家にまつわる秘密を知ってから、王も王子もずっと避けてきた。

 だが意外にも、旅は楽しいものだった。

 王子は多少粗雑なところこそあっても、いずれ王となるに相応しい器量を備えていた。

 もともと自分の従者であった少女からも聞いていたが、確かに人を惹きつける力をお持ちだと。

 それに、彼のことを素直に尊敬してくれている。

 

 果たしてこの若者は、己の出生にまつわる秘密を知っているのだろうか。

 いや、この様子では恐らく知らないのだろう。

 王子の口から語られる王の話は、どれも親子の愛情の深さを感じさせるものだった。

 どれほど王が王子を愛し、その成長に心を配っているかをまざまざと思い知らされ、彼は更なる矛盾に苦悩した。

 なぜ王子へ向ける関心の僅かな分だけでも、王妃のことを王は気遣っていただけないのだろうかという、疑問だ。

 その疑問はやがて怒りへと繋がり、旅から帰還した際につい王妃の前でその疑問を口にしてしまった。

 

 王妃はその美貌を悩まし気に歪め、慎重に口を開いた。

 曰く、王は自分の子に対して己自身を重ね合わせているのだろうと。

 不思議な話ではない。

 玉座を預かる運命にある者にしか分からない話の一つや二つ。

 だが、王妃の口ぶりからはそれ以上の何かを感じた。

 まだこれ以上の秘密があるのかと戦慄する彼だったが、王妃の言葉を遮ることは出来なかった。

 彼女の痛みを分かち合いたいという想いは、確かなものだったからだ。

 

 そして王妃の口から聞いた王自身の秘められた出生を知り、彼は納得した。

 王と王子、そのどちらも、人が背負うには重すぎる運命を生まれながらに託され、人ならざる存在として生み出されていた。

 王子がそのことを知らないとはいえ、王に何か思うところがあったとしてもおかしくはない。

 それこそ、ありうべからざる己の形として、自分には与えられなかったものを与えたいと思っても。

 助言者や家族ではなく、真の意味で己を過酷な運命から守ってくれる存在を、自らが務めようと思っても。

 

 だが、もし一つ運命が掛け違えば王の理解者へとなり得た二人は、結局ブリテンを追われる身となった。

 二人の関係が露見したことによる、当然の結果である。

 幾人もの同胞を殺し、幾人かの騎士を連れて、彼は王妃と共に海を渡った。

 言い訳のしようもない王への叛逆行為だと、彼は自覚していた。

 そして彼は、王の残酷な一面を知っていた。

 国のためとあらばどれほどの人間をも切り捨てることが出来る御方だと。

 だから彼は恐れたのだ。 

 王が王妃を殺すのではないかと、自分が愛してしまった女性が死ぬのではないかと思ってしまったとき、彼はアーサー王の臣下であることを辞め、剣を取った。

 自分を慕ってくれた騎士たちを手にかけ、自らを信頼してくれた王子を裏切り、彼は己の愛を選んだ。

 その果てに、かの常勝の王と剣を交える未来があると覚悟して。

 

 しかし王は許した。

 全ては自分の責任だと謝罪までして、二人の関係を咎めずに今後一切の干渉をしないとまで誓った。

 なぜだ。

 王妃がなぜ歪んでしまったのかを自覚していて、なぜこんな形でしかあなたは彼女を救えないのだと、彼は嘆いた。

 あまりにも完璧すぎる王であったが故に、彼は何者にも限界があるということをこの瞬間、忘れてしまったのだ。

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

「ああっ殿下。ちょっと駄目ですよ。陛下からは誰一人通すなと」

 

 個人的に仲のいい騎士の制止を押し切り、紛い物の娘は王妃ギネヴィアが閉じ込められている部屋へと足を踏み入れた。

 彼女はただ知りたかった。

 なぜこんな事態に陥っていたのか。

 自分が母と慕っていた存在がいつ道を誤ったのか。

 そんな娘に対し、王妃は微笑んだ。

 穏やかではあるがどこか壊れているような、そんな笑みだった。

 

 王妃は語り始めた。

 全ての始まりから、終わりまでを。

 このとき、王妃を縛っていた枷はとっくに壊れていたのだろう。

 何の躊躇もない流暢な語り口だった。

 それを、娘は止めることが出来ずにいた。

 聞いてはいけないことと分かっていた。

 何かが、今までの日常が致命的に崩れてしまうという予感があった。

 しかしその恐怖が、逆に彼女の身体を動かさなかったのだ。

 そして王妃の話が終わったあと、娘は何も言わずに部屋を去った。

 その後キャメロット城内に侵入したランスロット卿が複数の騎士を斬り捨てながら王妃を救出するという事件が起きたため、二人の会話はこれで最後となる。

 

 ランスロット卿のことは尊敬していた。

 騎士王からの信頼厚い勇士であると幼い頃から聞いていたのだ。

 そして実際にかの騎士の旅に同行し、間近にその活躍を見てその想いはより強くなった。

 仲のいい騎士とも無邪気に笑い合えたあの旅は、たとえ本来の目的を果たせなかったとしても、彼女にとって掛け替えのない思い出になっていた。

 だから王妃の話を聞く前の彼女であれば、かの最優の騎士の前にも立ち塞がったかもしれない。

 尊敬していた人物が道を誤るのを防ごうと。

 だが、自らの出生の秘密を知った娘に、そんな勇気は起きなかった。

 もともと存在からして穢れている自分が他人の不義を咎めることなど許されるのかと、彼女は怯えていた。

 その躊躇いが、結果として娘から親友を奪うことになる。

 

「……ガレスッ」

 

 物言わぬ骸となった友の前で、彼女は慟哭した。

 自らの無力を、狂気に顔を歪めた騎士に怯んだ弱い自分を、娘は呪った。

 ローマ遠征の準備で各地を飛び回っていたアーサー王がキャメロットに帰還したのは、そんなときだ。

 鮮やかな手腕で事態の鎮静化を図る父王に尊敬の念を強くするとともに、彼女は王に縋った。

 今抱えている自分の闇を、偉大なる騎士王ならば解決してくれるのではと。

 自分の出生を秘密にしていたのも、何か考えがあって自分を思いやってくれていたのだと言ってほしかった。

 

 そして書斎に入り、王が淡々と手紙をしたためるその姿を見て、娘は咄嗟に足を止めた。

 誰に向けた手紙かは、ちらりと見えた文面から察しがつく。

 王は許そうというのだ。

 大逆の罪を犯した男女を。

 それが政治的な判断を含んだものだということは、彼女にも分かる。

 遠征を前にして敵を増やすわけにはいかない。

 万が一にも、円卓最強と謳われた騎士がローマに与することは防がなくてはいけないと、その程度のことは分かる。

 だがそれでも、その判断を下す王の内面は揺れていると思っていた。

 かつての同胞と妻に裏切られ、落胆していると。

 

 しかし父の姿からは何の動揺も見えなかった。

 仕方がないことだと割り切り、極めて合理的に事態を処理していた。

 それは傍目には、王の常として感情を表に出していないだけだと思われる姿なのだろう。

 けれど、娘には分かる。

 誰よりも人としての王を見てきた彼女には、騎士王が本当に此度の事件に心を動かしてなどいないと、理解できてしまった。

 

「ゆ、許されるのですか?あの二人を」

 

 思わず口に出てしまった問いに、王はあくまでも冷静に答えた。

 フランスとの関係を損なうわけにはいかないと、ただそれだけ。

 何故だという疑問が、ふと頭に浮かんだ。

 そして同時に、寒気を感じた。

 それが恐怖だということに気付くのは暫し遅れて、しかし確実に彼女は、自らの父親を恐れていた。

 父はいつもと同じ様子だというのに。いや、いつもと同じ様子だからこそ、拭いきれない違和感に苛まれる。

 あれだけのことが起きて、多くの騎士たちが傷ついたというのに、何故あなたは少しも悲しんでいないのですか、と。

 

「どうしたのだ?我が息子よ。まだ気がかりなことがあると?」

 

 自分を心配そうに伺う父の言葉に、娘は大丈夫だと答えた。

 鏡を見るまでもなく、大丈夫だとはとても思えない顔色だとは悟っていたが、そう答えるしかなかった。

 そのまま彼女は部屋を出た。

 背後で自分に向かって王が手を伸ばしたような気配があったが無視した。まさかこれが父との最期の会話になるとも思わずに。

 

 与えられた自室に一人籠って、娘は考えた。

 自分が何を恐れているのかを。

 それは、王に見捨てられることだ。

 今までなら、馬鹿なと笑い飛ばせただろう。

 だが今の彼女に、その恐ろしい未来を否定することは難しかった。

 思い返せば、王はいつもそうだ。

 国の中枢を担ってきた人材が自分から離れていくことを、今まで一度も引き留めたことがない。

 惜しくはないのだろうか。

 どうして最初から諦めているのだろうか。

 かつて円卓随一と称えられた弓の射手が去ったときも、聖杯探索の果てに盾の騎士が天に召されたときも、そしてランスロットとギネヴィアが島をあとにしても、王は失望する様子を見せなかった。

 まるであらかじめそう知っていたかのように。

 では、自分は?

 自分は王に期待されているのだろうか。

 ……期待されていないとすると、何をすればいいのだろうか。

 疑問は尽きない。

 だが、もう一度父親と対面することは恐ろしかった。

 あの人の口からはっきりと自分を否定されたらと思うと、足が竦んで動けない。

 

 ふと彼女は、自分の鬱屈した感情に満ちた部屋から飛び出したいという発作的な衝動に襲われた。

 元々悩むことが嫌いだったというのもあるだろう。

 少し外の空気を吸って頭を冷やそうと、彼女は考えていた。

 しかし外に出て星空を見上げた瞬間、彼女の中で何かが切れる。

 結局その日の深夜に、王の娘は密かに城を抜け出て姿を消した。

 何かすべきことがあると娘は自覚していた。

 ならばとにかく動くべきだと、行動的な彼女の性格がその決断を後押ししてしまったのだ。

 もうこれ以上、自分が臆病なせいで誰かを傷つけたくはなかったから。

 

 ――これが若者の迸る衝動だけに起因する家出であったなら、親子は再び生きて言葉を交わす機会もあっただろう。

 だがそこに悪辣な魔女の罠が絡んだとき、全ての運命は決まったのだ。

 

 きっかけは単なる噂だった。

 キャメロットから夜通し馬で駆け続けて、休息を取ろうと立ち寄った集落で願いを叶える聖杯の噂が流れていた。

 それを聞いた娘は、どこかの恥知らずが武勇伝と嘘の区別もつかずにホラを吹いたのだと直感的に悟った。

 円卓の騎士ですら一人を除いて触れることすら許されなかった奇跡の産物がそうそう転がっているはずがないと。

 とはいえ、元よりこれといった目的のある家出ではない。

 ならば調査も兼ねて見物に行ってみてもいいかと、彼女は思った。

 早速集落で聞き込みを行い、情報を集める。

 どうやら噂を総合すると、ここからほど近い森の奥で、霧の奥に光り輝く杯を目にした者がいるとのことだ。

 十中八九嘘であるとは思うが、万が一本物であったり、よからぬ企みを持つ者たちの謀である場合、その真贋を見極めることが騎士の務め。

 幸いにも父から託された剣をはじめとして、武装は整っている。

 キャメロット城を出奔するときに使用した認識阻害の兜など、彼女のために騎士王が花の魔術師に頼んで用意してもらった逸品揃い。

 これらを装備していれば、そこらの賊に後れを取ることなどまずありえないだろう。

 

 彼女の認識は概ね正しいと言える。

 一つ誤算があるとすれば、相手が悪すぎたということだ。 

 聖杯という餌に食いついた娘は、実に呆気なく魔女の手に落ちた。

 欲に眼が眩んだとはまさにこのことだろう。

 森を探索する中で見つけた洞窟に足を踏み入れ、その奥で光り輝く杯を見つけた娘は、願ってしまった。

 王に聖杯を捧げ、その信頼を勝ち取った自らの姿を。

 如何なる苦難をも払い退ける願望器をもってすれば、かの騎士王の歩む道に障害などないも同然。

 老いることがない偉大なる王の治世は永遠に続き、理想郷が到来する。

 そして自分は、理想郷建設に貢献した忠義の騎士として、その名を歴史に刻まれるだろう。

 いやそんなことよりもなによりも、あの人に自分を見てもらえる。

 

 だから彼女は気づかなかった。

 聖杯に見惚れる背後で不気味に嗤う実の母の姿に。

 

 そこで彼女の意識は一旦途絶え、次に目覚めたのは悪夢の中だった。

 町が燃えていた。

 夥しい数の屍が生者を襲い、次々と悍ましい姿へと変えた。

 目に映るのはどれもどこか見覚えのある風景で、そこでただひたすらに人が死に続けている。

 それを彼女は、現実味のない心境でただ眺めていた。

 意識が曖昧で体を動かそうにも動かせないのだから、これは夢に違いないと。

 第一、騎士王と円卓の騎士がこんな惨状を許すはずがない。

 これは自分の弱い心が生み出した悪夢で、目を覚ませば平和な世界が戻ってくる。

 そう、彼女は信じていた。

 

 ――自らの振り下ろした刃が、かの常勝の王の頭蓋を叩き割るまで。

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 それはまさしくこの世の地獄だった。

 壮麗なるキャメロット、妖精たちが築き上げた神聖なる騎士王の居城が、今まさに最期のときを迎えようとしている。

 その様を嘆きながら、彼は己を奮起させ剣を振るう。

 王の代理として島に残り、遠征軍の留守を守ると誓った身だ。

 目の前の惨状に打ちひしがれ、あの時のような醜態を晒すわけにはいかない。

 そう、かの王と共に魔竜ヴォーティガーンを斃したあの時のように、地べたに這い蹲るわけにはいかないのだ。

 

「オォォォォォッ!転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)ッッ!!」

 

 彼の叫びに呼応して、星の聖剣はその力を解放した。

 吹き荒れる炎の暴威が、周囲の屍たちを一掃。

 だが彼の表情は優れない。

 当然だ。

 如何に戦力の大半が海を越えて手隙になっているキャメロットといえど、この程度の知能の低い屍を相手に容易く侵入を許すわけがない。

 城が半壊し、力なき人民が虐殺されているこの惨状は、ただの亡者の群れによって齎される被害を超えている。

 

「クッ」

 

 割れた天井から見えた空を舞う、黒い影。

 一撃でキャメロットの城門を吹き飛ばした魔竜を睨む騎士の喉から、悔し気な息が漏れた。

 なぜ騎士王が聖槍を用いて斃したかの竜が蘇っているのか、考えている暇はない。

 重要なのは、あの脅威を排除できる力が今の彼らにはないということだ。

 

「ガウェイン卿!騎士団の死傷者多数。城内は亡者で溢れかえっています。これ以上は持ちこたえられません!」

 

 生き残っていた数少ない騎士の一人が彼に報告してきた内容は、まさしく絶望的と言っていい。 

 ブリテン島で唯一光り輝いていたこの場所が、今日ついに地に墜ちるのだ。

 その事実を受け入れる無念が、騎士の胸中に満ちる。

 しかし足を止めるわけにはいかない。

 騎士王がまだ健在である以上、臣下の身である自分が勝手に戦意を放棄するわけにはいかないと、再び己を奮い立たせる。

 先に逝った妹、弟たちのためにも。

 

「ッ撤退だ!生存者を纏めてキャメロットを脱出する!」

 

 ここに、絶望的な撤退戦が始まった。

 周囲全てを圧倒的多数の敵に囲まれ、たった今まで味方だった者が敵として立ち塞がってくる。

 彼の武器である聖剣の効果が屍たちに相性がいいという点だけが、唯一の幸運だった。

 だが如何に彼が円卓屈指の実力者といえど、一人では非戦闘員を含む大勢を守り切れない。

 ついに海岸沿いの要塞都市に避難できたときには、キャメロットを発った時と比べて一行の人数は激減していた。

 

 これからどうするか。

 まず考えたのが海を越えることだった。

 ブリテンを捨てるような行為だが、撤退中に見てきた各地の光景を思い返すと、最早この島に固執するのは間違いな気がする。

 それにこのまま要塞に籠っていても、兵糧の持ち合わせがない以上遠からず限界が訪れてしまう。

 大陸に留まっている遠征軍と合流すれば、当座の危機は脱することが出来るだろう。

 しかしそのためには船が必要だ。

 今いる要塞都市は断崖の絶壁に位置している故に高い防衛能力を持つが、代償として船を出せるような港を持ち合わせていない。

 海を渡るためにはどうしても都市を出て港まで移動する必要があるのだ。

 自分たち騎士だけであれば容易い。

 あの黒い竜に見つかればどうしようもないが、それ以外であれば潜り抜けられる自信があった。

 だがそれでは非戦闘員を見捨てることになってしまう。

 それは騎士の行いではない。

 

「何を甘ったれてる。そんなこと言っていたら俺たちは全滅だ」

 

 合流できた唯一の円卓の騎士である王の義兄は、そう言って都市を出ていった。

 彼に賛同した少数の騎士を連れて。

 そして結果として、ケイ卿が出ていったことにより都市の結束は強固なものになった。

 あるいはそれを狙ったのではないかと訝しむほどに。

 こうして最大の懸念であった暴動が発生するという未来は回避し、彼は要塞都市に籠って王を待つことにした。

 戦うにしろ戦力を外に出した隙を突かれたら折角の拠点を失う。

 それよりもまだましというだけの判断だった。

 

 そして王は来た。

 大船団を引き連れて上陸を試みているという報告が、ケイ卿が連れて行った騎士の一人から齎される。

 どうやら、ケイ卿率いる少数の騎士たちは何とか生き延びて遠征軍の帰還に備え海岸線を監視していたらしい。

 真っ先に逃げ出すと言っていたのに、結局この島に残るとは。

 憎まれ口の同僚に呆れながらも、彼は動かせるだけの騎士を動員して遠征軍の上陸地点へ向かった。

 目的は上陸を阻む亡者の大群を背後から強襲し、遠征軍へかかる圧力を減退させることである。

 

 戦いは丸一日続いた。

 最終的にガウェイン率いる増援が戦場に到着したことが決定打となって、亡者の群れは逃げ場を失くし文字通り全滅。

 しかし味方の犠牲も無視できるものではなく、王を援護しようと突出しすぎたケイ卿も戦死した。

 もはや王に付き従う円卓の騎士は二人だけとなってしまったのだ。

 そのうちの一人はガウェインであり、もう一人は王の侍従として遠征に参加していたベディヴィエール卿だった。

 

 騎士王は兵を纏めるとすぐに移動を開始した。

 この一戦のために周辺の亡者を全て動員したのか、要塞都市に移動するまでの道中に敵の妨害はなかった。

 しかし一息つく暇すらなく、新たな敵影が都市を目指して進軍中との報告が王の下へと届く。

 騎士王は躊躇いなく、ガウェインのみを供として敵と対峙することを決めた。

 先の戦訓から、数を用意しても結局は敵側に取り込まれてしまうと判断しての行動である。

 

 決戦の地はカムランの丘。

 敵の侵攻ルート上に当たり、見晴らしがよいため待ち構えるのに打ってつけであると、ガウェインの進言を王が聞き入れたのだ。

 自分としては至極当然のことを言ったつもりだったが、丘の名前を聞いたときに王は薄く笑った。

 やはりここか、と小さく呟いて。

 あれが何を意味するのか、ガウェインには分からない。

 自らの主君が慧眼であった証とでも思えばいいのだろうか。

 やがて地平線の果てから黒く染まり始め、夥しい数の亡者が丘の下に犇き二人を包囲しても、戦端はまだ開かない。

 亡者を操っている者に、何らかの意図があるということだろう。

 

 そして亡者たちの動きが止まり、静かな静寂が一帯を包んだとき、()()は来た。

 黒い翼を広げて緩やかに降下してきた魔竜は、その優雅な様とは裏腹に空を響かす重音を鳴らして降り立つ。

 まるで虫けらを扱うかのごとく、丘の周囲一帯に集結した亡者たちを踏み潰しながら。

 見間違いようもない。

 ここまで接近すればはっきりと分かる。

 ()()はかつて騎士王とブリテンの覇を競ったヴォーティガーンと同じ魔力を身に纏っている。

 では、誰がかの魔竜を蘇らせたのか?

 ガウェインの胸中にも、そして恐らく騎士王の胸中にも同じく浮かんでいた人物のシルエットが、魔竜の頭上に出現した。

 

 黒いローブに身を包んだ魔女。

 アーサー王の姉である大魔術師――モルガンだ。

 

『久しぶりね。我が愛しい愛しい最期の血縁よ。今日は随分と寂しそうにしているじゃない。いつものお仲間はどうしたの?』

 

 此方を嘲りながら始まった魔女の一人語りは、聞くに堪えないものだった。

 ただひたすらに聖杯を手に入れた自分の正統性を声高に主張し、騎士王とその配下を一様に叛逆者と罵る。

 それを騎士王は、表情を変えずに聞き流していた。

 魔女が捕えた王子を核に魔竜を呼び戻したことを得意げに語っても、王は動じない。

 そうか、とだけ呟いて、剣を構える。

 魔女は苛立ったように捨て台詞を残して掻き消え、代わりに自身のシモベと化した魔竜を王へ差し向けた。

 

 それはまさしく、伝説に残るような戦いだった。

 戦いの生存者がいれば、間違いなくそうなっただろう。

 しかし、誰一人として命を繋ぐ者はいなかった。

 聖剣の使い手二人と、魔竜の殻を纏った悲運の王子。

 人智を超えた力を持つ三者の戦いは、彼らだけのものだったのだ。

 そしてその事実は、ガウェインにとって名誉ではなかった。

 むしろ、自らの浅慮が王の味方を減らしたのだと、彼は己の不明を恥じた。

 あのとき、キャメロットに送り届けられたランスロット卿の申し出を、素直に受けるべきだったのだろうか。

 だがあのときは、島の人間の中にランスロットと通じる者がいることの方が彼にとっては腹立たしかった。

 その者たちは、未だに大罪を犯したかの騎士を慕うのかと。

 彼自身はフランスへ現在の状況を伝えた覚えはなかったから、恐らくランスロット卿のシンパが島に残っていることは確かなのだろう。

 その苛立ちと、肉親を殺された怒りが、大陸からの救援を彼に拒否させた。

 

 思えば、こうして今まさに半身を消し炭にされ死の淵を彷徨っているのも、もとを辿ればランスロットとの確執が原因だろう。

 あの者がギネヴィア王妃を連れてキャメロットを去ったとき、彼は王の命を待たずにそのあとを追った。

 許せなかったのだ。

 どうしても、自分の妹、弟たちの仇を討ちたかった。

 そして追撃の末に剣を交え、彼は敗れた。

 自らの加護がその効果を発揮する日中から戦い始めたのに仕留めきれず、逆に日没まで粘られて返り討ちにあったのだ。

 その際に負った傷が痛み、彼の動きを僅かに止めた。

 魔竜を前にその隙は致命的だと言えよう。 

 結果、目前に迫った黒き光を避けられず、彼はここで死ぬ。

 

「申し訳…ありません…陛下」

 

 未だに激戦を繰り広げる主君に己の不徳を詫び、太陽の騎士は息絶えた。

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

『最果てより光を放て』

 

 懐かしい声が聞こえる。

 全身を鮮血に染めながら、その騎士は聖槍を抜き放った。

 あり得ない事態だった。

 少なくとも、少女が傍に感じる()()かの気配は、焦りを滲ませていた。

 なぜ自分が追い詰められているのかと。

 対峙する騎士の配下は全て削いだ。

 奴の不滅性の象徴だった聖剣の鞘も密かに奪い、もはや奴は死から逃れられない身なのだ。

 それがなぜ、ブリテン島全ての暗黒を煮詰めた魔竜を凌駕する?

 あり得ない。

 その身を染める赤い血は、全て奴自身が流したもの。

 あれほどの出血量で、立っていられるわけがない。

 あり得ない。

 あってはならない。

 ――だというのに、騎士は追撃の手を休めない。

 

『……其は空を裂き、地を繋ぐ!嵐の錨!』

 

 極光が丘を満たす。

 聖槍から迸る膨大な光が騎士王を照らした。

 その姿は魔竜の陰に隠れて闇に籠る魔女とは対照的で――途轍もない怒りが湧き上がる。

 

‶竜の紛い物風情がァァァッッ‶

 

 ()()を喰らえば竜の体はまず間違いなく崩壊するだろう。

 ならばその前に、損傷が全身に及ぶ前に核を切り離す。

 怒りに支配されながらも鮮やかな術捌きで上記の作業を完了させた魔女は、続けて核――悲運の少女に魔力を注ぎ込む。

 その結果、少女自身の戦闘能力が大幅に向上。

 さらに魔竜の贄とするには邪魔と剝ぎ取っていた鎧と剣を新たに再構築し、装備させる。

 

最果てにて輝く槍(ロンゴミニアド)ッッ!!』

 

 そして騎士王が槍の力を全解放した瞬間に合わせ、魔竜の体内で意図的な爆発を起こし、完全武装の少女を射出した。

 少女には自由意志がない。

 曖昧な、夢の中にいるような意識で、彼女は己を操る魔女に逆らわずただその身を委ねる。

 爆風に押され、刹那の間に騎士王のすぐ傍にまで接近した少女の腕は、父から与えられた王剣を振り下ろした。

 

 肉が裂ける音と、骨が砕ける音がして、王の額からは血が吹き出た。

 丘の静寂の中に微かな荒い息遣いが混じる。

 誰一人として手傷を負わせることが出来ずに常勝の王と称えられたアルトリア・ペンドラゴンが今、死の淵に立っていた。

 

「あ」

 

 そしてその事実を認識した少女は、ようやくその意識を覚醒させた。

 もう何もかも手遅れであると、そう気づくだけだったが。

 魔竜の肉体を構成していた屍が吐き出されて死体の山と化した丘の上で、王に止めを刺した少女は独り、胸中で慟哭した。

 だが彼女に残された時間は、あまりにも短い。

 もとより寿命の短いホムンクルスの身。

 成長速度こそ人間のそれと遜色がないよう調整されたが、それで彼女の終わりが遠のいたわけではない。

 その僅かな時間も、無理に魔竜の贄として酷使され注ぎ込まれた膨大な魔力に耐えかねて、全て失われていた。

 つまり、騎士王が死ぬよりも先に、少女はここで死ぬのだ。

 

 鈍い音を響かせて、少女の手から剣が落ちる。

 彼女を縛っていた魔女の呪いは、花の魔術師により先刻解除されたのだ。

 呪いにより体の統制を保っていた彼女には、もう剣を握る力すら残されていない。

 あるのはただ、眼前の地獄を嘆く心だけ。

 世界の理不尽の前に、彼女はあまりにも無力だった。

 

「ウ…ア」

 

 力を失くした体は重力に引かれて仰向けに倒れる。

 死体の上の寝心地が悪いのかすらどうかも、もう彼女の身体では感じ取れない。

 だから彼女は願った。

 願う事しかできない体で願ってしまった。 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と同じ願いを。

 ブリテンの滅びの運命を変える、と。

 そして奇しくも世界は、その願いを叶える機会を与えた。

 聖杯。

 ブリテンの結末を覆しかねないアーサー王を倒すべく、抑止の力がモルガンに与えた究極の願望器。

 それを獲得する機会が与えられる代わりに、少女はその死後の時間を世界に捧げる。

 ひとたび聖杯を掴んでしまえば、無限ともいえる時間を世界の守護のために費やさなければならないのだ。

 その条件を、少女はそれでも構わないと受け入れた。

 穢れたこの身、アーサー王を手にかけるという大罪を犯した自分が犠牲になるだけでブリテンが救われるなら、むしろ安いものだと。

 そう、自分がたとえこの世全ての業を背負っても構わないと、彼女はそう心に誓った。

 

 

 こうして叛逆の汚名を着せられた騎士は独り、時間を跳躍する。

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

「陛下……」

 

 死体の丘を掻き分けて、隻腕の騎士は忠誠を誓った王を探し当てた。

 丘の頂上で倒れて伏しているその姿を見て、彼の脳裏には最悪の状況が浮かび上がる。

 既にガウェイン卿の無惨な骸を目にしていたことも、悪い想像を搔き立てた。

 だが即座に頭から弱気を振り払い、騎士は王の下へと駆け寄る。

 

「これは、モードレッド卿?」

 

 王は片手で剣を握り、もう片方の手で自らの息子の手を握っていた。

 同じ円卓の騎士として扱うように要求してきた、騎士もよく知るブリテンの王子は既に、事切れていた。

 状況はよく分からないが、あの忌むべき魔女は王子をも手駒にして王に差し向けたという事だろう。

 我が子を手にかけざるを得なかった王の心中を察して、騎士はこの惨劇への怒りを新たにする。

 だがまず優先すべきは、王の救助だった。

 王は頭蓋を砕かれるほどの重傷を負い、片目も恐らく切断されていたが、まだ息はある。

 急ぎ手当をすれば、助かるかもしれない。

 

 騎士は王を乗せた馬を引き、血塗られた戦場を後にした。

 そして都市へ戻る道中に位置する森の木陰へ王を寄りかけ、追加の人員を呼ぶべく急ぎ馬を走らせようとする。

 だが王は、騎士を呼び止めて状況を尋ねる。

 騎士は答えた。

 海中から襲撃してきた屍の群れが動きを止めたため、丘へ向かったこと。

 そこでガウェイン卿とモードレッド卿、そしてその他大勢の屍を目にしたこと。

 王を連れて都市へ向かうつもりだったが、重傷の王の身を案じてここからは自分一人で応援を呼びに行こうと考えていること。

 

 それらの答えに王は頷き、そして言った。

 

「では都市に残してきた者たちは、命を繋いだのだな」

 

 騎士は答えに窮した。

 亡者との戦いにより少なくない数の人々が死んだことをそのまま伝えて、王の気は保つのだろうかと。

 平時であればともかく、王と言えどもあれほどの重傷を負えば気も弱くなる。

 ともすれば生きる気力を失いかねない。 

 彼は、王がここで命を落とすことを何より恐れていた。

 だが結局、隻腕の騎士は主君へ偽ることは出来なかった。

 

 生き残りはほんの僅かであると伝えた彼に対し、王は少しだけ表情を緩める。

 

「あの状況で僅かでも生き残れたのなら、私たちは幸運だ。いや運と言ってはいけないな。恐らくはマーリンが力を尽くしてくれたのだろう。あの者にも、感謝しなければ」

 

 心残りが消えたように、王は言葉を続ける。

 隻腕の騎士に対し、自らの聖剣を湖の貴婦人へと返却するように、王は命じた。

 それが自身の死を意味することを知っていながら、何の気負いもなく。

 騎士は命を受けることに躊躇した。

 自分が直接王を殺してしまうことを、やはり彼は恐れていた。

 先ほどはよかった。

 だが聖剣を失えば、王は間違いなく死ぬ。

 その明確な未来を騎士は拒んだ。

 だから彼は、今度は二度に渡って聖剣の返還を偽った。

 そんな騎士に、王は滅多に明かすことのない胸中を語る。

 自分は人として尊厳ある死を迎えたい、と。

 

「私は幸せだ。我が死を悼む忠義の騎士に看取られて逝けるのだから」

 

 隻腕の騎士はついに王の意思を変えることを諦めた。

 聖剣は湖に沈み、アーサー王の命脈は尽きる。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございました。
以下は適当な設定を書きなぐったものなので、そういうのいらんって方はご注意を。


‣アルトリア・ペンドラゴン(偽)
本作の主人公。
とある世界線で衛宮士郎に救われなかったアルトリア(真)が聖杯に選定のやり直しを願ったら、中途半端な形でこいつが出来上がった。一応中身は型月一般男性で、特に原作知識持ちとかそういうことはない。まあ若干おかしなテンションだけど、一回死んでるからこんなもんでしょ。(ちなみに死因はどこかの聖杯戦争に巻き込まれたから)
なお、アルトリア(真)の方も深層心理の奥底に残滓として残っている。円卓の連中への態度が妙に素っ気ないのはこれが原因。別に円卓連中を嫌っているわけじゃないが、色々と感情が複雑骨折しておられる。
唯一アルトリア(偽)の方の感情が大きく出たのだが、モードレッド関連。原因はギネヴィアが言っていた通り何となくシンパシーを感じたから。ただ本人はそのことをあまり自覚していないし、ポーカーフェイスが崩れないので相手にも伝わっていない。
そこら辺は、二人とも英霊として冬木の第四次聖杯戦争に呼ばれたときに殴り合いながら理解していくはず。

‣モードレッド
最大の被害者。大きく上げて大きく落とされた。一番の改変ポイントだったが、基本的に型月時空での伝承はそんなに変わっていない。アーサー王とモルガンの近親相姦で生まれた王子が謀反を起こして国を滅ぼしたっていう、それだけ。王子として扱われていたのが違いかな?
このあと彼女は、第四次聖杯戦争でランスロットの代わりにアヴェンジャーとして召喚される予定。

以上。これでストックが尽きましたので次回更新は未定。



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