ここだけアルトリアに(ry   作:パパイヤZ

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 続かないよ。


zero編
穏やかな日


 

 

 

 

 アヴァロン。

 そこは世界の裏側に存在する楽園。

 色とりどりの花々が咲き誇り、妖精たちが暮らす最後の理想郷。

 この地で、かつてアーサー王という名で戦乱の世を過ごした少女は独り、穏やかな時を過ごしていた。

 一歩一歩軽やかに、白いワンピ―スをふわりと靡かせながらアルトリアは歩く。

 その手には血塗られた聖剣ではなく、植物で編まれた簡素な籠が握られていた。

 籠は二つ。

 一つは今日の昼食を入れており、もう一つにはまだ何も入っていない。

 中身はこれから見つけるのだ。

 

「今日はあの丘にしますか」

 

 暫く歩いてよさげな場所を見つけた少女は、そこに腰を下ろす。

 いい眺めだ。

 ここには彼女の他に人間がいない。

 人が生み出す怒りも、妬みも、流血も、何もかもが存在しない。

 それゆえに彼女は、美しい景色だけを見ていられる。

 辺り一面に咲き誇る花。

 土地が貧しく植物が育たないブリテンでは、見ようとしても見られなかった光景だ。

 そしてこの清浄な空気。

 野花から香る匂いと、籠の中に入れていた昼食から漂う匂いが絶妙なハーモニーを奏で、アルトリアはお腹が減った。

 ぐーと鳴った腹部を抑え、彼女は少しの間だけ思考を巡らせる。

 ここで今すぐに食べるか、楽しみを後に回すか。

 しかし躊躇いは一瞬。

 文字通り腹の底からこみ上げてくる欲求に抗えるわけがない。

 籠から取り出した昼食に思いっきりかぶりついて……。

 

「……おや?」

 

 気づくと、全て平らげていた。

 少し量が足りなかったかもしれない。

 もう少し作ってくるべきだったろうか。

 次はあのメニューを試そうか。

 時間感覚の掴みにくい風景を、とりとめのないことを考えながらふわふわとした気分で眺める。

 やがてそうしていることに飽きてきて、アルトリアは籠の中から真っ白なナプキンを取り出した。

 口元や手を丁寧に拭くと綺麗にたたんで籠の中に戻し、すっくと立ち上がった。

 今の彼女には決められたスケジュールなど無縁のものだが、それでもだらけすぎるのは好ましくない。

 花でも摘みながら、もと来た道を帰るとしよう。

 そう思った彼女だったが、視界の隅で桃色の花びらが舞い踊り集まり、それが人の姿をとり始めたのを見て、動きを止める。

 旧い友人が訪れたのだ。

 いまさっき考えていた予定は、とりあえず置いておくことにしよう。

 

「こんにちはマーリン。ようやく外に出る気になったのですか」

「まさか。そんなわけないじゃないか。これは私が作った幻。本物の私は、今もあの塔の中さ」

「そうですか。それは残念ですね。またあなたと直接会って話すことが出来るのかと思ったのですが」

「ハハ。悪いけどそれは多分永遠に無理そうだ。なにせ私を閉じ込めているのは、世界一の魔術師だからね」

 

 そう言って、花の魔術師の幻は肩をすくめて見せた。

 少女もそれに釣られて微笑む。

 

「貴方が言うのであれば、きっとそうなのでしょう。それで、今日はなんの話をしに来たのですか。差し入れが欲しいのであれば、適当にもっていきますが」

「いや、生憎と君に食べ物をねだるほど飢えちゃいない。話をしに来たのは、そうだな……」

 

 完食された昼食の入っていた籠を、少しだけ懐かしいものを見るかのように目を細めて窺ったあと、花の魔術師はさらに視線をそらした。

 見ているのは()()()()()()()なのだろう。

 非人間であるはずの彼の横顔に、少女は人が理解できる感情が宿ったように思えた。

 だがそれもほんの一瞬。

 再び胡散臭い優男の顔に戻し、マーリンはアルトリアの方へ向き直る。

 

「例の件、行方不明になった君の娘について進展があった、というのが理由かな」

「……貴方の眼に、あの子が映ったのですか?」

「難しいところさ。モードレッド自身が視えたわけじゃないんだが、その予兆はある、と言ったところだね」

「予兆?」

 

 少女はそう口にした。

 花の魔術師は困ったような顔をして話を続ける。

 

「そう、あくまで予兆だ。アルトリア。魔術師たちが行う聖杯戦争という儀式に、モードレッドが召喚される用意がされているように視える。私の眼にはね」

「聖杯戦争……ですか」

 

 アルトリアはその細い眉を僅かにしかめた。

 聖杯の力を濫用した姉によって国を滅ぼされた身としては、自然な反応だろう。

 飢える民を救おうとしてそれを求めた騎士たちは拒絶され、破滅をまき散らす魔女が許された不可解な現象。

 およそ人間の持つ価値基準では計り知れない埒外の神秘。

 だがいつの時代も、奇跡を求める人間の声とは絶えないものだ。

 俗世とは離れた身だが、少女のその顔は未だに人間の飽くなき欲望を憂いているように見えた。

 

「……君が思っている救世主の血を受けた杯とは違うものだけど、それと近しいだけの力を持った願望器を人間たちが作り出したのさ。でもまあ、そんなに上手くことが運ぶはずがなくてね。結局誰が使うのかで揉めに揉めた挙句、魔術師たちは対話よりも剣を選んだ。何度も何度も、確か今回で四度目だったかな。救えない話だよ」

「それにあの子が参加すると?あの子は魔術師ではないのですが」

「恐らくは、魔術師たちが召喚する使い魔という形になるはずだ。英霊の座から部分的に情報を引き出すくらいなら、あの聖杯の力でも出来る範疇だからね。モードレッドは多分まだ英霊じゃないみたいだけど、そこは抑止の力がどうにかするんだろう。()()もいい加減契約を履行させたいだろうし」

 

 暫くの間、二人の間には沈黙が続いた。

 アルトリアは目を伏せて籠をじっと見ていたが、やがて顔をあげる。

 その瞳を見て魔術師は、ああ今回も止められそうにないと、そっと心の中で嘆息した。

 

「やはり、君の決意に変わりはないのかい?」

「ええ。あの子が背負う必要のない重荷は親として取り除きたい。もっとも、あの子に王国の継承者という立場を与えた私が言えることではないのですが。そうですね。これが我儘ということなのでしょう」

「……正直に言えば、君がここから外に出るのはあまりお勧めできない。いつ抑止の力に契約を迫られるか分からないし、聖杯戦争に参加する英霊たちも曲者ぞろいだ。無事に帰ってこられるかは保証しかねるよ」

 

 千里眼で視た様子を踏まえ、花の魔術師はそれぞれの陣営が召喚しようとしている英霊にはおおよその当たりを付けていた。

 アルトリアは強い。

 だが数多の豪傑が揃う聖杯戦争において、絶対の二文字は存在しない。

 どのような強者であろうとも不得意な相手は存在し、どのような弱者でも格上を屠り得る。

 その危険を理解しているだろうに、少女の顔には怖れの色がない。

 在りし日と同じ、敢然たる涼し気な表情のままだ。

 

「構いません。いい加減食べた気のしない食事や、花を摘むだけの日々には飽きてきましたから。ちょうどいい機会ですよ」

「……まあいいさ。もとより私に止める資格などなかったしね」

 

 ポンと、魔術師の幻は杖で柔らかい土を叩いた。

 咲き誇る花々が舞い散り、少女の周囲に魔法陣を描く。

 

「幸か不幸か、君との縁が深い聖遺物を触媒として用意している男がいてね。彼のところに君を召喚させるのは、そう難しくなさそうなんだ。まあ引っ張る力が強くて、そこ以外に召喚させるのは逆に無理なんだけど」

「いい人ですか?」

「う~んどうなんだろう。正直私には判断がつかない。大勢人間を殺してるし善人とは言い難いんだけど、かといって悪意を持って行動しているわけでもない。魔術を使えるけど魔術師でもなく、かといって表の世界のルールを守る気でもない。そんな男さ」

「なら大丈夫そうですね。やりようはあるはずです」

「ハハ。頼もしいな」

 

 魔法陣が青白く光り《向こう側》へ渡る直前、少女は魔術師へ微笑んだ。

 

「では行ってきます。マーリン」

「……ああ。行ってくるといい。君の娘を助けに」

 

 少しだけ、自分を照らす光を浴びて眩しそうに眼を細め、魔術師は少女を送り出す。

 あとに残ったのは、ヒラヒラと舞い落ちる花びらとそれを受け止める花畑、そして魔術師の幻影だけだった。

 塔の中でため息を吐いた魔術師は、自らの幻影を解除する。

 無機質な石の壁を見つめて思うのは、後戻り出来ないことばかり。

 千五百年という長い間、平穏で情緒のない退屈な世界に籠っていた獅子は再び外の世界へと旅立った。

 己の娘を取り返すために。

 それは困難な道のりになるだろう。

 サーヴァントという人間の定めた規格に押し込められ、力は疎か記憶すら制限されるのだ。

 向こう側へ渡った彼女の中に残っているのは、ブリテンの悲劇の記録のみ。

 ただ、魔術師と違ってアルトリアにとってそれは問題ではなかったらしく、再三行った説得の際にその話を持ち出しても怯む様子はなかった。

 まあ記憶に関して言えばこの長い夢を覚えていてもいいことはないし、あの娘と対峙すれば自ずと目的を再び見出すだろうから問題ではないのかもしれないが。

 

「……結局私は、臆病な傍観者のままここで待つのがお似合いというわけか」

 

 再びため息を吐いた魔術師は、せめてもの責務と極東の島国へと目を向ける。

 その島の一都市で始まるであろう戦いまで、あと僅か。

 

 

 

 

 

 

 それは酷く冒涜的な空間だった。

 暗い室内でただ一つ緑色の光を放つ妖しげな水槽。

 どうやら光は、その円柱型の水槽に満たされた液体から発せられているらしい。

 中には光に照らされた不気味な物体が浮かんでいる。

 妖婦モルガンの残した禍々しい研究の一端。

 それに向かい、王はゆっくりと歩み寄り中身を凝視する。

 

『これは……人の赤子?こんなものをなぜ姉上は』

 

 王の眼が捉えたのは、人間としての形すら不完全な胎児であった。

 本来であれば母親の腹の中に入っているべきか弱い姿は、その弱さゆえにこの部屋の気配をいっそう不気味にしている。

 許されざる行い。

 生命の尊さを冒涜し、歪め、弄ぶ所業はまさに魔女そのもの。

 口を閉じた王の背後で、黒衣の騎士が進言する。

 

『如何いたしますか陛下。あの毒婦が何の意図を持って()()を生み出したのかは分かりかねますが、どうせ碌な目的ではありますまい。今のうちに災いの芽は断っておくべきかと』

『――いや、それはよそうアグラヴェイン卿。卿の働きで見つけられたものだが、()()自体は現時点ではなんの脅威もない。ひとまずはキャメロットへ運び、マーリンに見てもらうとしよう』

『しかし陛下』

『よせ。まだ己を持たぬ罪なき者を手にかけるのは、騎士の行いではない。避けられる流血は避けるべきだ』

『……ハッ』

『ああそうだ。表につかぬよう秘密裏に運んでくれ。あまり民を驚かせたくはない』

『畏まりました。ではそのように』

 

 粛々と王の命を受ける騎士の姿が視界に映り、場面が変わる。

 

 次の空間は神聖な雰囲気の漂う豪奢な王宮の一室。

 まだ生まれて間もないと見てとれる赤子を腕に抱き、王は妃へと声を掛けた。

 

『この子を私の息子として育てることにしました。本当は性別通り娘としてもよかったのですが、マーリンからどうせなら息子として扱えば面倒ごとが減ると言われましたので、そういうことに』

『そう――ですか。それは、喜ばしいことですね。アルトリア』

『ええ。これで貴女に余計な負担や心無い言葉をかける者たちも大人しくなるでしょう』

 

 二人以外誰もいない空間で、王の凛とした言葉がやけに大きく響いた。

 

『ギネヴィア。私は貴女にも幸せな時を過ごして欲しい。私との婚姻では得られなかった人間としての幸福が、貴女に訪れることを願います』

『……お心遣い、ありがとうございます。陛下』

 

 場面は次々と変わっていく。

 それは一つの親子の記録。

 ヒトとして生まれつかなかった者たちの、歪な物語。

 

『赤ん坊とはこのように口を動かすものなのですね』

『フフッ。この子、私たちを見て何か言おうとしていますよ』

『……本当ですか?』

『ち、ち』

『ん?』

『ち、ちう、え』

『……おお』

『……よかったですね。陛下』

 

 内実を見ればどこまでも捻じれている。

 ヒトでない者がヒトでない者を子供として育てるという空虚な遊戯。

 この二人だけの空間は確かに暖かだっただろう。

 だがそれは同時に、周囲の近しいものから亀裂を生みだし、やがて伝播していく一つの厄災だった。

 

『ちちうえ!たちあいをしましょうちちうえ!』

『ほう。それは騎士たる者たちの王として受けざるを得ない挑戦ですね。私は勝負事とあらば手を抜きませんよ。覚悟してかかってきなさい』

『やあっ!』

『セイッ』

『うわぁぁぁぁぁん!!』

『……すいませんやりすぎました。だから泣き止んでくれませんか』

『……』

『ケイ義兄さん。なぜ私にそんな視線を向けるんです』

『子供相手に本気とかクソ親だなお前』

 

 どうしようもない。

 傍目には仲睦まじい父と息子にしか見えないのだ。

 花の魔術師の幻も手伝って、余計に性質が悪い。

 

『父上!オレ決めました。騎士になります。貴方には及ばずとも、民を守るために尽力する立派な騎士に、必ずなってみせます!』

『モードレッド……』

『頼もしいご子息ですな陛下』

『……ランスロット卿』

『よいではありませんか。私から見ても殿下の剣の腕はこの年で光るものがあります』

『……なるほど。卿ほどの騎士が言うのであれば、そろそろ考えても良いかもしれませんね』

 

 しかしどれほど歪んでいようとも、間違いなく二人が互いに思う心は確かなものだった。

 つまるところアルトリア・ペンドラゴンという英雄は、女の身でありながら父であり、親であったということなのだ。

 

 ――それがどれほど、()にとって受け入れがたい事実だったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩暈がする。

 今さっき寝て起きたばかりだというのに、どうにも脳から疲れが取れていない。

 これは()――衛宮切嗣にとって珍しいことと言える。

 機械じみた精密動作をする鋼の肉体。

 長年戦場で生きてきた男の体は、その過酷な環境に順応できるように最適化されてきた。

 ここ数年の平穏な日常に鈍っているのかと、彼は不安を抱いたがすぐに自分で否定する。

 原因ははっきりしているのだ。

 先ほど見たあの得体の知れない夢。

 夢であるにも関わらず起きても鮮明に記憶に残っている()()は、恐らくサーヴァントの記録というものだろう。

 契約を交わし魔力的なパスが通っている魔術師には、英霊からの情報が流入してくるとは知っていた。

 過去の聖杯戦争の記録に照らし合わせてみても、疑いようのない事象だ。

 しかし彼が見たあの夢は、衛宮切嗣という男への当てつけかと思うほどに悪意に塗れていた。

 魔術師によって用途を明確に既定され誕生したホムンクルスの少女。

 夢の中で見たあの少女が、男の家族に重なるような――。

 

「……ふざけた話だ」

 

 ふざけている。

 アーサー王の名を冠した英霊が召喚されるように、男をマスターとして擁立したアインツベルン家はそれに相応しい触媒を用意した。

 所有者に安息を与えるというかの聖剣の鞘。

 アーサー王が所持していた聖剣の対になるあの聖遺物を持って召喚に臨んだ以上、騎士王と対面することは避けられないと男も覚悟していた。

 気は進まない。

 だがこと聖杯戦争で勝ち抜くために必要な英霊の質という意味では、間違いなく一級品。

 ゆえに男は、自らが嫌う英雄の権化とでも言うべき騎士王と契約を結ぶことを渋々受け入れていたのだ。 

 何よりも優先すべきことは聖杯へ託す自らの宿願――恒久的な世界平和だと位置づけて。

 しかしその覚悟は、実際に召喚された騎士王と対面した際に前提から覆る羽目になった。

 

 剣を振るうにはまるで似合わない少女。

 それがアーサー王伝説という物語に隠された受け入れがたい真実だった。

 そして不幸なことに、衛宮切嗣という男にその道徳的に歪み果てた事実を正確に認識するような精神の容量(メモリー)はなかった。

 だから無視し続けたのだ。

 召喚された瞬間から今に至るまで。

 一度認識してしまえば衛宮切嗣の中で深刻なバグが生じると予感したから。

 結果サーヴァントとのコミュニケーションを妻に丸投げするという少々情けない事態に陥ったが、機能不全になるよりかはましだと飲み込んだ。

 昨日までは。

 そう、飲み込んだ矢先にこれまた処理に困る情報が否応なく注入され、男は早急なメンテナンスを必要とするほど追い込まれていた。

 

「ハア」

 

 既にもう一つ気が重い用事を控えさせている身としては、勘弁してほしいところだ。

 男はこれから、一つの別れを済ませに向かう。

 衛宮切嗣とその妻アイリスフィールの間に産まれた人間とホムンクルスの混血児――イリヤスフィール。

 彼の最愛の娘にして、アインツベルン千年の歴史の集大成だ。

 今まで蓄積されたノウハウを存分に注ぎ込まれ、受精卵のときから改良に改良を重ねられたその身体は、年に似合わぬ未発達なままであった。

 その小さな娘――まだ9歳のイリヤと過ごせる時間は、聖杯戦争を前にしてあと一度というところまで限られている。

 一体何をあの子に伝えられるというのだろうか。

 聖杯を完成させるための生贄として、あの子の母親がこの世から失われるということ。

 そして切嗣自身、生きて再び帰ってこられる確証はないということ。

 必勝を誓って準備を重ねてきた。

 それは事実だ。

 だがその先に関しては確かなことは何も言えない。

 歴戦の彼ですら不安を感じているこの状況を、幼いあの子に打ち明けられるわけがない。

 だがせめて、父親として変わらぬ愛をあの子に示そう。

 

「……」

 

 密かな決意を胸に、衛宮切嗣は歩きなれた廊下を抜けて城の外へと向かう。

 錬金術の名門アインツベルン家が所有する広大な森林。

 その中を巡って胡桃の芽を探すことが、この閉ざされた雪の世界で親子が重ねてきたささやかな楽しみだった。

 妻に確認を取ったところ、既にイリヤは玄関前で待っているとのこと。

 早く合流しなければ、機嫌を取るのに苦労するかもしれない。 

 そう思うと、重かった足取りも少しだけ早まる。

 そして最後の曲がり角を曲がり、玄関の前に到着した彼は――そこにいるはずがないものを見て見事なしかめ面を披露した。

 

「あっ。やっときたー!遅いじゃないキリツグ!」

「おや。おはようございますマスター」

 

 母親に瓜二つの白銀の髪に赤い瞳を持つ少女と、その御付きのメイドが二人。

 ここまでは想定内。

 だが娘の傍に当然のように立っている青いドレスを纏った金髪の少女の存在は、彼にとって紛うことない異物だった。

 

「レディを待たせるなんて、キリツグもまだまだね!」

「そう責めるものでもないですよイリヤスフィール。お父上は多忙でいらっしゃいますから、ここは淑女の余裕を見せつける場面です」

「……」

 

 言葉に詰まる。

 何を話せばいいのか、脳が思考を止めていた。

 父親としては娘に朝の挨拶を返すべきなのだろう。

 だがそうなればこの場面でセイバーを無視するというのも不自然だ。

 娘の前で、そんな緊張感ある空間を作りたくない。

 出来ることなら穏便にこの場を収めたいが、しかし男のコミュニケーションスキルではどだい無理な条件であった。

 その結果が、この気まずい沈黙である。

 

「あれ?どうしたの?キリツグ」

「……いや。何でもない。少しぼーっとしていたみたいだ。さあ、行こうか」

 

 ごく当然のように娘の背後のサーヴァントを無視し、出発を促す。

 何やら違和感を抱いているらしいイリヤが不思議そうな顔をしているが、これも無視だ。

 切嗣の最優先タスクは、この場に波風を立てず一刻も早く離脱することだった。

 そのためならば、ある程度の良心の呵責など飲み込んでみせる覚悟が、切嗣にはあった。

 ……どう見ても顔が引きつっているのは、この際ご愛嬌というものだろう。

 

「天気は安定してるようですが、寒さには十分お気をつけて」

「うん!行ってくるね!」

「ええ。いってらっしゃい」

 

 父と娘、仲良く連れ立って歩く親子を剣の英霊は見送る。

 ほんの一瞬だけ、眩しそうに目を細めて。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえセイバー。せっかくだから貴女も一緒に行けば良かったのに」

「いえ。私は貴重な家族の時間に割り込むほど無粋ではありませんよ、アイリスフィール」

 

 場所は変わって、城の中の一室。

 そこでは二人の女性が穏やかなティータイムを楽しんでいた。

 翡翠のような瞳に黄金色の髪を固く結んだ少女――現代に蘇った英霊アルトリア・ペンドラゴン。

 そして父子と別れて城内へ戻ったアルトリアをお茶に誘った人物、三人家族最後の一人であるホムンクルス――アイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 

「そう?きっと楽しいわよ。イリヤも貴女に懐いていることだし」

「それ自体は嬉しいのですが、やはり私がいるとマスターが落ち着かないでしょうし」

「フフッ。そうね。切嗣は照れ屋さんだから」

 

 あの仏頂面が顔面に彫刻されている男を単なる照れ屋で済ます白銀の貴婦人に、セイバーは生暖かいものを見るような目をした。

 彼女自身表情が変わりにくい性質なので、たいがい他人のことを言えるような身ではないのだが。

 ともあれ、セイバー自身お茶会を楽しもうというこの試みに不満など一切ない。

 なにせ生前から数えてもほんの僅かな平穏を味わう時間である。

 ジャガイモ片手に蛮族を叩きのめすような生活をしてきた彼女にとっては、人妻の惚気くらい屁でもない。

 美味しいお茶とお菓子がついてくるのであればなおさらだ。

 

「……そういえばマスターと言えば、()()()()に収集されている物品を用意されたのも、彼なのでしょうか」

 

 とはいえ惚気ばかりではそう話も膨らまない。

 おおむねセイバーがアイリスフィールの話に相槌を打つだけとなってしまうからだ。

 召喚されてから数日で早くもそう察していた彼女は、気になっていることを問いかけてみることにした。

 なんてことはない雑談である。

 

「ああ()()ね。そう。あそこに置いてあるものは、切嗣が手配してくれたものがほとんどよ。大抵の場合は、外部の協力者に確保してもらっているみたいだけど、選んでいるのは彼」

 

 アレというのは、外の世界を知らないアイリスフィールのために切嗣が用意した品々が放り込まれている城内の部屋のことだ。

 写真やビデオなどの記録媒体や、小さなものに限っては実物も集められている。 

 流石に玩具の枠に収まらない自動車などはさらに別の場所だが、それでも伝統ある魔術師の城としては異質な空間だろう。

 

 なお、最初はアイリスフィールだけのために作られた部屋だったが、イリヤスフィールが成長してからは彼女にとってのちょっとした探検場所になっていた。

 実のところ、召喚された当初、城内を散策していたセイバーが興味を持ち訪れたことから、イリヤと剣の英霊との交流は始まっている。

 小さな姫に従って部屋を探索する時間は、セイバーとしては与えられた知識を始めとした諸々との齟齬を確認するための作業の一環だった。

 しかし始めてみれば意外とこれが面白く、イリヤ共々すっかり時間を忘れて熱中してしまい様子を見に来たアイリスフィールに微笑まれたほどだ。

 

 そして今確認してみたところ、あの品々を集めたのは彼女を召喚したマスターであるという。

 なるほどこれなら少しはきっかけになるかもしれない、とセイバーは思った。

 

「どう?あの人と仲良くなれそう?」

「……ええ。興味が及ぶ分野にそう差はないように思えます。あとはどう切り出すかが問題なのですが」

 

 内心こちらの考えを瞬時に見抜いてきた貴婦人に舌を巻きながら、彼女はそう答える。

 愛する人の関わる問題ともなれば女の勘というのはこうまで研ぎ澄まされるモノなのかと、心のメモ帳に書き込むことも忘れずに。

 

「本当は私がもっとしっかりしないといけないんだけど、ごめんなさいね。貴女に心労をかけて」

「いえ。気にしないでください。貴女は十分に私の助けになっています」

「そう?ならいいのだけれど」

 

 その美貌を心配そうに歪めながら、白銀の貴婦人はため息を吐こうとしてそれを思いとどまった。

 これでは助けになるどころか、彼女に気遣われるだけではないかと。

 

 ――何の気なしに、目の前の少女を眺める。

 アルトリア・ペンドラゴン。

 かの名高きアーサー王伝説の主役である彼女は、まさしくこの聖杯戦争においてアインツベルン陣営が抱える切り札だ。

 だがこれほどの戦力を持ちながら、未だ懸念点は尽きない。

 最大の問題は、その最大戦力とマスターでありアイリスフィールの夫でもある衛宮切嗣との間にコミュニケーション障害が生じていることだ。

 そしてそのことに、当事者たちは全員気づいている。

 ()()()()()()()()()()()()()()ことこそが、大きな問題だった。

 それだけ問題の根は深い。

 それこそ、衛宮切嗣という男の奥底に巣くっているある種の信念――()()とも言えるものが原因なのだから。

 

 その拘りを含めて彼を愛している彼女だったが、これは身内だからの話であってあくまでも契約者という立場の英霊にとっては迷惑以外のナニモノでもない筈だ。

 だからこそ胸が痛くなる。

 同じ理想を共有してくれているアルトリアという少女に対して。

 

「――そう難しい顔をしないでくださいアイリスフィール。前にも言った通り、私はあなたたちの理想が正しいものだと思っているのです。我が剣を懸けるに値する理由であると」

「セイバー……」

「未だこの身がなぜこの時代に召喚されたのかは定かではありませんが、それでも目の前で正義を為さんとする者に手を貸すくらいの器は、騎士として持ち合わせているつもりですので」

 

 どうかご安心をと、少女は騎士の礼を取る。

 その姿が輝かしくて――痛ましくて、アイリスフィールはそれでも笑顔を作る。

 

 本来、英霊というのは聖杯に召喚される際、それに応じるだけの理由を持ち合わせている。

 万能の願望器に託すだけの大望か、あるいは強敵との死闘を求めてか、自らの眠りを妨げた者を罰するためか。

 何にせよ、魔術師のサーヴァントという立場に甘んじるだけの理由がなければ召喚に応じようなどとは思わない。

 それが普通だ。

 

 しかし、第四次聖杯戦争に赴くにあたって召喚した英霊アルトリアは、その理由を自覚していなかった。

 召喚されたという自覚も、呼びかけに応じた記憶も、戦いに挑むにあたっての願いもないまま、彼女は現れた。

 一応現代の知識を始めとした情報は通常通り聖杯から与えられたようで、致命的な齟齬こそ生じなかったものの、冷静に考えれば危険な状態だった。

 聖杯を勝ち取るという目的意識さえないのであれば、サーヴァントとマスターの関係は初めから破綻してしまう。

 

 結果として此方の事情をアイリスフィールが説明し、それを聞いた上でセイバーは戦うと言ってくれた。

 不幸中の幸いとはこのことだろう。

 

 だからこそ、アイリスフィールは強く願う。

 この英霊と自らの夫が真に背中を預けられる時が来ることを。

 

「……ありがとう。セイバー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 白髪赤目のお姉さんに頼まれて断れる奴いる?

 いねえよなぁ!!?

 

 はい。

 何か状況はよく分からんけど戦います。

 

 

 

 

 

 

 






 彼女のテンションが高いのは精神がカムランから直送されているからですね。




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