6
よく分からんが、聖杯戦争なるものに巻き込まれてから早数日。
俺は美人さんとの空の旅を終え、無事に戦場として指定されている『冬木』なる街に到着した。
……改めて思うけど、この戦争スゴく迷惑じゃね?
何も知らない一般人が大量に住んでいる街でこんな儀式するとか、やっぱり時代が変わっても魔術師の倫理観というのはお粗末な代物である。
いやまあ、確かに儀式に参加する人数だけは小規模だよ。
人数だけはね。
でも面子がなぁー。
サイズが人間大なだけで英霊とかぶっちゃけミサイル連射できるような兵器だし。
……まあいい。
どちらにせよ俺が参加してもしなくても、この街で文字通り戦争が始まるのは避けられない話なのだ。
それに
魔術師と聖杯が揃えば碌なことが起きないのは実体験で重々承知しているからね。
生前のトラウマという奴だ。
今度の聖杯が姉上が持っていたヤツとは違うとは分かっているし、誰が使うかに至ってはまだ決まってすらない現状だが、それでもあんな悲劇は御免被る。
なら短い付き合いだけど自分が気に入った人が勝ち残るのを手伝った方がいい、というのが俺の結論になった。
ただ俺が気に入っているのは白髪赤目の美人さんであって、直接の契約者であるマスター――ハイライトお亡くなりオジサンではない。
これは仕方ないだろう。
流石に接点が少なすぎて好きとか嫌いとか言えるような段階じゃないのだ。
確かに、美人さんから色々とマスターの性格とか理想とか、何のためにこの聖杯戦争に参加するかとか、聞きはした。
恒久的な世界平和。
なるほど、素晴らしい目標だ。
少なくとも俺は面と向かってこれを否定できるような材料はない。
聖杯の力でそうなれたらいいよねと、素直に頷ける。
しかしこれが本当にオッサンの本心なのかどうかがさっぱり分からない。
そもそも一度だって話したことないんだから。
つまりいま現在の俺は、美人さんが信頼するオッサンを間接的に信頼していることになっている。
正直言って、不安がありすぎる人間関係だ。
何かきっかけがあれば直に拗れそうな脆い信頼。
命がかかった戦場に行くには、余りにも心もとない。
じゃあどうするかと言ったら、これから急いでオッサンとコミュニケーションをとって絆レベルを上げるしかないわけだが――
――あの野郎お迎えをバックレやがった。
ふざけんなよ。
こちとら千五百年前の野蛮人と、見るからに箱入り育ちのお嬢さまの二人連れだぞ。
土地勘ゼロの街にたったいま飛行機で到着したばかりだっていうのに、迎えの一つもよこさないのか。
どういう神経しているんだ。
百歩譲って俺はぞんざいに扱っていいにしても、美人さんはお前の奥さんだろ。
常識があればもっと大事にしてあげるべき――待ってこれ俺にも刺さってないか?
生前の
……よしこの話はやめよう。
美人さんに確認してみたところ、暫くは完全にお互いの接触を断つっていう作戦らしいし、オッサンはあれで中々よく考えている。
完全に奥さんの護衛を俺に丸投げしていることも、この際向こうからの信用の証としてポジティブに捉えていこう。
うん。
大丈夫だ。
俺たちは何だかんだ上手くいく気がする。
さて、気を取り直して作戦続行といきますか。
とはいっても俺と美人さんは適当にぶらぶらしていればいいそうで、あんまり細かいことを考える必要はない。
もちろん俺は街中を移動する間に敵の英霊が仕掛けてきたらすぐに対処できるように警戒してなきゃならんわけだが、そんなん生前はいつもそうだったんで問題にもならない。
コツは慣れである。
いやマジで。
慣れればいつどこで奇襲を受けても鼻唄歌いながらボコせるようになる。
というか、出来ないと死ぬ。
で、俺が派手に立ち回っているところを、オッサンが後ろからズドン!というのがうちの陣営の基本戦術らしい。
まあ悪くないと思う。
完全に俺とのコミュニケーションを拒否する分担だけど、そこは適材適所ということだろう。
美人さんの話では、オッサンは昔いわゆる暗殺者とゲリラとテロリストを混ぜたようなことを生業にしてたらしいし、その手のことは得意なのだろう。
どう考えても俺と肩を並べて戦うようなスキル構成じゃない以上、長所を生かせる戦場を選ぶのはいいことだ。
そんなわけで始まりましたデート大作戦。
護衛というわけでそれなりに神経使っている俺と違って、美人さんはだいぶ楽しそうにしているのが印象的だった。
なんでも、生まれてからこのかたお城から出たことがないとのことだから、このはしゃぎっぷりもある意味当然なのかもしれない。
……いや何気に闇が深いな。
籠の中のお姫さまってことか。
こんな命を落とすかもしれない野蛮な戦場に出なきゃならないっていうのに、本人にとっては外出を楽しむ唯一の機会でもある、と。
ハア。
ってことはあれか。
ホムンクルスってことは寿命も短いし、この様子では人生経験も薄いようだし子供の情緒とそんなに変わらないってことなのか?
いやでも娘いるし、あの子にはちゃんと母親らしい態度取っていたから成長が極端ってことになるような気がするぞ。
……やれやれ。
死んでからも
――ちょっとセンチメンタルな気分になったが、街の散策自体はそれなりに楽しかった。
どこか既視感があるような光景を久しぶりに眺められたし、たまにはこんな時間もあっていいだろう。
ただ少なくとも、今日はこれで終わり。
あ~あ。
あんなにやる気満々の気配をビンビンに垂れ流しちゃって。
見るからに肉食系。
こちとらレディ二人の海辺デート中だぞ。
紳士なら遠慮して大人しく見守っているのが筋ってもんだろ。
気は進まなかったが、美人さんに敵の英霊の接近を告げて、移動を開始する。
向こうさんが誘導しているのでそれについていく形だ。
どうやら俺たちの戦争が人目につかないものにするというルールを守る程度の理性はあるらしい。
これはよかった。
初戦からルール破り上等の野蛮人と戦う羽目になるという最悪の未来は回避できたのだから。
さて、実際ついていった先は人払いの結界を張ってある倉庫街だった。
堂々と姿を現して待ち構えているのは、二本の槍を持ったイケメン。
これで
そっちまでここに来ているかは分からないが、ともかくこうして向かい合った以上やることは一つ。
正面から得物を持って突っ込んで、チャンバラチャンバラ。
お互いにインファイター同士ともなれば実にシンプルなガチンコバトルだ。
いやー改めて初戦がコイツでよかった。
俺の得意分野でわざわざ戦ってくれるっていうんだから、本当に楽。
これでも俺、昔から人間の騎士同士の殺し合いで負けたことないんだよな。
そしてそれは今回も変わらなそうだ。
うん。
確かに厄介な宝具の使い手ではある。
癒えない傷を与える短槍と、魔力を打ち消す長槍。
だがどちらの槍の効果も、当たらなければどうということはない。
戦いの流れは緩やかに、そして確実に俺の方へと向いてくる。
打ち合った感覚では、恐らくステータスの平均値でも俺が上回っているようだし、切り札である宝具の効果も見切っている以上この優勢状態は変わらない。
唯一の懸念点はこの一騎打ちに横槍が入ることだが、これも問題はないだろう。
基本的に他の陣営が乱入してくるメリットはないからだ。
正面戦闘ならトップクラスの三騎士のうち二騎が潰し合っている状態なら、放置して手の内を観察することを優先し、あわよくば共倒れを狙いたいと思うのが当然の心理。
残る可能性はランサーのマスターが令呪を使ってくることだが、こちらもうちのマスターが対処するはず。
なんにせよ俺の勝ちは揺るがない。
フッ。
勝ったな。
早速美人さんに記念すべき一勝目をプレゼントだ。
我ながら仕事が早くて驚くね――っってアァァァァァッッ前から車がッッッ!?
ナニ??
いま俺を轢き殺そうと突っ込んできた戦車ナニ?
えっ?
お前正気?
何か赤髪髭面の大男が危険運転かましてきた挙句いきなり配下になれとか寝ぼけたこと言いだしているんだけど。
コイツはナニを言っているんだ?
しかも配下に誘ってるのは俺だけじゃなくてランサーと二人セットで?
――いや待て。
これは高度な心理戦だ。
意味が分からないことを言ってこちらの動揺と混乱を誘い、何らかの企みを進めているんだろう……多分。
知り合いの胡散臭い優男が似たようなことをしてきたのを覚えている。
こういうときは真に受けずに冷静な対応を取って相手の目論見を潰すのが最善。
そう、ごく自然に煽り返すことで敵のペースを崩すんだ。
へっ。
そんなに自分の器に自信があるっていうんだったら、まずは名乗ってみるのが道理ってもんじゃねーのか?
あぁん?
どうした?
答えられねーだろ。
そりゃそうだ。
英霊が名前を名乗るっていうのは、自分の正体と弱点を晒すっていうこととイコールで結ばれている。
情報が大事な戦争でこんな序盤からそんな馬鹿なことをする奴がいるわけがない。
で、お名前は?
ハイ。
イスカンダルですかそうですか。
立派なお名前ですね。
クラスはライダーですか。
そっちはまあ二頭の牛に引かれた戦車に乗っていることから分かりやすいですけど。
――は???????
本当に何を言っているんだコイツは?
本名か?
本名をこんなところで自慢げに大声で名乗ったのか?
馬鹿なの?
偽名ってことは……いやなんかさっきまでグロッキーになっていた大男のマスターらしきお坊ちゃんがめちゃくちゃ慌てながらキレ散らかしているのを見るに、本名っぽいな。
ていうか大男――本人の言葉を信じるならライダーの存在感が強すぎて気づかなかったが、同じ戦車に自分のマスターを乗せてこの戦場に乗り込んでいるのかコイツは?
ますます意味が分からない。
基本的に自分の契約者を危険な戦場に連れてくる理由がない。
曲がりなりにもこんな儀式に参加してきたんだから、最低限の自衛手段は持っている筈だろ。
まさかマスターが自分を守る術もない素人で自分の傍が一番安全なんてことは……あるのか?
まずいな。
ライダーの挙動が意味不明で何でもありそうな気がしてきた。
こういうヤツは危険だ。
意図的にせよそうでないにせよ、何をしてくるか分からないヤツだと自分を見せてくるような連中は、決まって戦に強いと相場が決まっている。
どうしようか。
ライダーのクラスは強力な宝具と機動力を持つ傾向にあると聞いているから、戦うにしてもそれなりに準備が必要だ。
よーいドンで戦って勝てるランサーとは違う、厄介なタイプ。
加えてこいつは俺たちの戦いを見ていて、その上でこの場所にやってきた。
最悪二人がかりで攻撃される恐れがあるっていうのにそんな行動をとれたってことは、ほぼ間違いなく対処できる伏せ札がある――と見ておいた方がいい。
いやそれがはったりで実はビビっているという線も……。
駄目だな。
情報が足りない。
少し会話に乗ろうか。
取り合えずランサーの奴も話をする気はあるみたいだし、まずは配下になるとかいう寝言を断る方向で。
……よし。
取り合えずよく分からない訪問型勧誘は断れた。
意外と話は通じる奴らしい。
とか思っていたらまたライダーのマスターが泣きそうになっている。
突然自分のサーヴァントが戦場のど真ん中に突っ込んだ挙句敵を勧誘しだして何の成果も挙げられなかったのだ。
まあ気持ちは分かる。
いや自分だけ真名を不必要に晒したとあっては、むしろマイナスかもしれない。
どちらにせよ、マスターとしては頭が痛い状況だ。
そんな彼に更なる追い打ちがかかる。
戦場に響き渡る謎の声。
声の主はどこかに姿を隠しているランサーのマスター。
その声の話を聞く限り、何と彼はランサーのマスターの生徒だったらしい。
な、なんだってー!?
師匠と弟子がお互いに知らず知らずのうちに同じ儀式に参加するなんて世界は狭いなーなどと思っていたら、どうも違った。
先に聖杯戦争に参戦すると決めていたランサーのマスターが用意した英霊召喚のためのアイテムを、その教え子であるライダーのマスターが窃盗したというのが事の経緯らしい。
なんてこった。
あんな情けない顔をしていてアイツ中々の悪だな。
っていうか大事なアイテムを盗んだ先生が同じ儀式に参加すると分かっていただろうに、あんなに狼狽えているのか?
ちょっと考えが甘くないか?
なんかこいつもこいつで自分のサーヴァントに似て、行動によく分からない点があるな。
刹那的というか、衝動的と言うべきか。
これが若さか。
あの髭面は別に若いって歳でもないから言い訳にはならないけど。
ともあれランサーのマスターの陰湿な口撃に対して、ライダーが自分のマスターを庇う形で言い返したことで何か話の流れが変わりだしている。
何々?
この戦いを隠れながらのぞき見している臆病な奴らは今すぐ出てこい、と。
……いや出てくるわけないだろ。
ていうかなにただでさえ混乱している状況に燃料を投下しようとしているんだよ。
もうお腹いっぱいなんだよこっちは。
言葉とかいらねーから刃で語ろうぜ的なことを想像して来たんだよ。
なに楽しくお喋りしてるんだよ。
だいたいこんなよく分からん状況に来るヤツとか流石にもういないから。
皆がお前みたいに変わり者じゃねーの。
人によってはこういう集まりを嫌いなヤツだって当然いるんだよ。
……なんか不安になってきたわ。
コイツと遭遇してから俺が少数派なのかみたいなよく分からん不安を味合わされてる。
お前が自信満々だからだぞこの野郎。
――ホラやっぱり来ねーじゃん。
見ろよこの場の空気。
せっかく集合かけたのに誰一人現れる気配無いぞ。
ランサーとか凄い気まずそうな顔してるじゃん。
どうするんだよ。
ここから雰囲気入れ替えてまた殺し合いするの?
無理でしょ。
なに?
一発ギャグでもやりにきたの?
だったら成功しているわ、ある意味では。
すげー滑ってるよ。
……ハア。
いや本当にどうすんの?
7
冬木市・新都。
近年の開発により現代的な賑わいを見せるこの街にも、人外の者たちが忍び始めていた。
住民のほぼ全てを占める一般人たちにとっては、はた迷惑な話である。
また、聖杯戦争の参加者たちにとっても、待ち焦がれていたその瞬間がいよいよ迫ってくるとなれば平時の落ち着きをそのまま残すことは難しい。
なにせ、全ての魔術師に共通する悲願――根源への到達を可能とする聖杯が、六十年ぶりに起動するのだ。
各陣営は自らの手先である使い魔を緻密に張り巡らせ、互いの動向を目を皿にして監視していた。
つい先日七騎目の英霊が召喚されたことが、監督役の聖堂教会から布告されたとなっては、それも当然のことであろうが。
そう、既に第四次聖杯戦争は始まっているのだ。
であれば必然参戦する七つの陣営が気にするのは、誰がいつ仕掛けるのかということ。
戦力の秘匿と先制攻撃の優位性を秤にかけ、戦いの火蓋を切って落とすのはどこなのか。
そして仕掛けるというのであれば、その現場をいち早く発見し、手札の分析と可能であれば漁夫の利を狙うことを視野に入れて、魔術師たちは牽制し合う。
一方で、召喚されたサーヴァントたちもまた、戦いに向けそれぞれの牙を磨いていた。
こと英霊同士の戦いにおいては、魔力というものが大きくものを言う。
通常は召喚した魔術師――マスターから供給されるソレによって賄うが、戦争において予備のリソースというものはいくらあっても足りないものだ。
結果魔力の備蓄というものが戦略を立てる上で大きなウェイトを占め、中には英霊の誇りを汚すような外道に手を染める者すらいた。
第四次聖杯戦争においてその筆頭は間違いなくキャスターのサーヴァントとそのマスターである快楽殺人鬼の二人組だ。
まあ彼らに関して言えば単純な魔力の確保というよりも、彼ら独自の
より性質が悪いのは事実なので全く彼らの弁護にはなっていないが。
ともあれ、現状では他に魔力供給のために一般人の魂を喰らう英霊はほぼいない。
――例外はただ一騎、
「随分と意地汚く喰い散らしたものだな。今宵だけで両手どころか両足を加えても足りん数だ」
「……」
新都の路地裏。
人気のない暗闇に潜むように、
黒く染まった全身鎧に身を包み、抜き身の長剣を握る人影。
ポタリポタリと、地面へ向けた切っ先から血が垂れる。
犠牲者は路地に倒れ伏している浮浪者だ。
既に事切れているが、その表情は
だがこの場に、哀れな男の亡骸を気に掛けている者はいない。
はっきりと視線を交叉する二騎の英霊。
一騎はいまさっき魔力を補給するために浮浪者を斬り殺した黒鎧。
――そしてもう一騎は、黒鎧を空中から見下す黄金の鎧に包まれた男だった。
「宝というのは我が愛でるために存在するものだ。此度のように下らん賊共の餌として吊るしておくものではない。ましてやそれが
「……」
「しかし王たる我が自ら手を下す価値が下等な虫風情にあるわけもなし。ゆえに我が裁定を聞いてきかせる。――疾く自害せよ」
己の決定に人が従うのは当然だという確信を言葉から溢れさせながら、黄金の英霊は判決を下した。
なるほど確かに彼は王であり、またその臣下には彼が没してより数千年が経った未来の人間たちも彼の認識の上では含まれる。
ゆえに彼が臣下の身を
一応擁護しておくと
またこれが彼の目から隠れた日陰の凶行であれば、事情は変わったかもしれない。
しかし現実ではたまたま暇を持て余して市街地を散策していた黄金の英霊の目前で浮浪者とはいえ民が一人斬り殺されたのである。
如何に数が多すぎて気色が悪いとまで思っている現代人たちとはいえ、その処遇は王たる彼の裁きを経るのが道理というものであり、そこらの虫けらが勝手に殺していいものではないのだ。
つまるところ何が悪かったかと言えば、絶望的な間の悪さ。
あるいはそもそもこの叛逆の英霊に悪行というものをこなす経験、慣れがなかったがゆえ。
これが例えば今回のキャスターのマスターなどであれば余程上手くやっただろう。
狂気に侵されながら日本全国を転々とし残虐非道な所業を幾年にも渡ってやりおおせてきた彼であれば、この程度の作業を人目につかぬようにするなど欠伸混じりにこなせたはずだ。
しかし生まれてからこのかた清廉潔白が魂に刻み込まれているかの騎士王の下で育ってきた王子――モードレッドにとっては、無関係の一般人を殺すなど生まれて初めて。
冷静になれるはずもなく、内心で嫌悪感に歯噛みしながらようやく手を下したような初心者に、犯行の隠匿まで頭を回せと言うのは酷な話だった。
だが賽は既に投げられていた。
黄金の英霊の要求など到底飲めるはずもない。
ことここに至ってはもはや戦うしか道はないのだ。
「……随分と、上から目線によく言う。所詮は在りし日の影に過ぎぬ身で己が王権を主張するとは片腹痛い」
「……なに?」
「聞こえぬか。オレは貴様が王であるなど断じて認めぬと言ったのだ。我が剣を捧げるに値し、その忠誠を捧げる主は地上にただ一人。断じて貴様ごときに指図されるいわれはない」
半ば気怠げですらあった王の顔に、はっきりした殺意が浮かんだ。
「貴様、虫であるとは分かっていたが、よもや高貴なる我が身を見間違うほどに眼が潰れていたとは。であればもはや言葉もいるまい。王を侮辱した不敬の咎を、その身に刻んで死ぬがいい!!」
激情に任せ吠えた黄金の英霊の背後に、無数の波紋が虚空より展開される。
それは彼がかつて地上の全てを手にした証。
人が生み出したあらゆる財を納めた蔵が、その門を解き放った瞬間だった。
凡百の英霊なら串刺しにされる宝具を、計一〇門分。
先日の遠坂邸でアサシンが成す術なく消滅したのを確認しているモードレッドだったが、実際に対峙したことで黄金の英霊の脅威度を大幅に上方修正した。
幾多の戦場を駆け抜けてきた自分の戦歴の中でも最上級の威圧感に、判断を間違えれば即死するだろうと、己の直感がはっきりと告げている。
尊大を極めた態度も実力相応だとその一点だけは認めざるを得ない。
「チッ」
魔力の補給のために街に繰り出した挙句消耗するというのは本末転倒ではあるが、もはや出し惜しみしている状況ではなかった。
敵は強大。
加えていつ第三勢力の横槍が入るか分からないこの序盤で、長々と戦うわけにもいかない。
敗北するなど以ての外。
ならば最適解は――
「
――最大火力で先手を取った上での撤退。
「なにッ!?」
虫がどう足掻くのか嘲笑いながら殺してやろうと慢心していた黄金の英霊は、視界を埋め尽くす黒い極光を前に硬直する。
わざわざ待機させていた宝具の中にも防御用のソレはなく、無防備な体を晒す彼に回避の時間は存在しない。
「――■■ッ!!」
吠えるように口から放たれた真名と共に、モードレッドが両手で固く握りしめた宝剣から破壊的なエネルギーの奔流が敵対者へ殺到する。
「ッおのれ!雑――」
何やら文句がありそうだったが、黒い光に飲み込まれたために続く言葉は聞こえてこなかった。
爆発音が空気を伝って重く響いて、夜の市街地を揺らす。
直撃を受けたビルは倒壊し、瓦礫からもうもうと煙が立ち込めて状況の確認は困難を極めた。
手応えはある。
確実に攻撃の範囲内に黄金の英霊を収めた筈だ。
だが倒し切っているかどうかは分からない。
――いや。
「……頑丈な奴だ。そのままくたばってればよかったものを」
未だにあの英霊の圧倒的な存在感は消えていない。
まず間違いなく生き延びているのだろう。
一瞬再び攻撃することを考えたが、直ぐにその選択肢を破棄する。
敵の手札が不明な現状でいたずらに追撃するのはそれこそ無駄というものだ。
当初の予定通り撤退することにしよう。
可変式の鎧兜を再装着し、隠密効果を発動させる。
宝剣の真名を解放する際には維持できないが、一度被りさえすればアサシンの気配遮断スキルと同等の効果を発揮する優れものだ。
この他にも装備している者の素性や宝具・スキルを隠匿する力もあり、聖杯戦争において高い価値を有していた。
これも全て生前彼女を案じたアーサー王が親馬鹿を発揮してマーリンに作らせたという経緯あってのこと。
「ッ」
モードレッドは鎧を通じて父に守られているような錯覚を覚えたが、すぐにそんな軟弱な幻想を抱いた自分を恥じた。
父はもういない。
彼女が今いる時代から遠く離れた過去に、あの呪われた丘で死んでしまったのだ。
聖杯の力であの悲劇を――己の罪を洗い流し、世界をあるべき形へ戻すことこそが王の子である自分の務め。
そのためには己の心を殺し、騎士の誇りを踏みにじってでも物事をやり遂げる強固な覚悟が必要なのだ。
父に縋るようなことなどあってはならない。
そう。
絶対に。
――ギシッと音が鳴るほど拳を握りしめ、彼女はその場を立ち去った。
8
「……なんということだ」
自室で一人頭を抱える男がいた。
男の名は遠坂時臣。
冬木の聖杯戦争に第一次から参戦し続けている御三家の一角――遠坂家の末裔にして今回のアーチャーのマスターだ。
魔術師らしくあることを何よりの信条とする彼は、当然ながら根源への到達という祖先の悲願を遂げるべく万全の準備を持ってこの戦いに臨んでいた。
実際彼の用意した優位は他の陣営と比べても頭一つ抜けていたと言える。
聖杯戦争の監督役――本来であれば公平性を期すべく聖堂教会から派遣されている神父との間に密かな協力関係を築いた人脈と周到さ。
自らが鍛え上げた弟子と決裂したふりを装い、己に忠実な魔術師をマスターとして何食わぬ顔で参戦させている強かさ。
そして駄目押しとしておよそ考えられる中で最も強力な英霊を召喚することに成功し、彼の勝利はまさに確定事項として運命に刻まれた――はずだった。
しかし肝心かなめのその英霊が、こともあろうに単独行動のスキル持ちであるアーチャーとして召喚されたことから約束された輝かしき勝利にケチがつきだした。
英雄王ギルガメッシュ。
古代バビロニアの王にして、あらゆる時代のあらゆる宝物を収めた蔵を所有する破格の大英雄は、その高すぎる気位からマスターとの間に魔力のパスを通すことを拒否している。
結果として遠坂時臣は、己の英霊が今どこで何をしているのかという共闘関係の基礎すら築けない状態で、聖杯戦争の開戦を迎えたわけだ。
ゆえにこれはある種必然の事故であったと言えよう。
「……まさか市街を散策していたアーチャーが、アヴェンジャーと不幸にも遭遇戦に発展するとは。やはり機嫌を損ねることを承知の上で行動に制限を設けておくべきだったか」
部屋に設置してある遠隔通信用の魔術道具を使用して、彼は己の苦悩を協力者である己の弟子へと打ち明ける。
とはいっても、これは単なる愚痴ではない。
情報と認識の共有という立派な作戦会議だ。
しかしどこか愚痴っぽくなってしまったのは、やはり今回の突発的なアクシデントに彼自身動揺を抑えきれていないということなのだろう。
実際、アーチャーの独断専行により失われた物は大きい。
聖杯戦争において英霊の手札、特に弱点に直結している真名を判断する宝具の使用には、厳重な注意が必要となる。
だからこそ、時臣が立てた戦略ではアーチャーの戦闘は可能な限り避ける予定であった。
アサシンが脱落したという風に見せかけた茶番劇を演じる際は、場所が遠坂家の館という本拠地で、なおかつ
どう転ぶのか予想できないこの序盤の遭遇戦。
幸いにも戦闘が長期化しなかったために大きく情報を漏らすことはなかったが、それでも第一報を聞いた際は背筋が凍る思いだった。
加えて、魔術の秘匿への備えというものがあの戦闘では何も用意されていなかった。
アヴェンジャーが使用したと思われる宝具の効果で戦場跡が完全に吹き飛ばされ、一般人へ神秘を悟らせるような確たる証拠こそ残らなかったものの、こんなことが二度三度と続けば、重大な危機に直面することになる。
それはこの地のセカンドオーナーとして、到底看過できるものではなかった。
そういった師の苦悩を知ってか知らずか、通信機の向こう側にいる弟子は己のサーヴァントを使った調査の結果を淡々と告げてくる。
『恐らくは両者ともに全く意図していなかった戦闘だったのでしょう。事実アーチャーを一時的に戦闘不能状態にしたアヴェンジャーは、即座に撤退しています。現場の状況をアサシンに調べさせましたが、アヴェンジャーは魔力の補給を目的とした魂喰いに手を染めていましたので、消耗を嫌ったというのも頷ける話です』
「――ということはアヴェンジャーの燃費がよくない、もしくはマスターからの魔力供給に不安がある、またはその両方が考えられるということか。なんにせよ、アヴェンジャーの継戦能力に難がある可能性の証拠を掴んだのは、収穫と言えるだろう。そして何よりあの宝具――アレを早期に拝めたことは僥倖だ。だが――」
確かにギルガメッシュはアヴェンジャーの宝具の直撃を受けてなお生還した。
そう言った意味では、アヴェンジャーが彼らにとって今後脅威となることは考えづらい。
しかしながら、新都の一角を半壊させかけたあの威力は、他のサーヴァントたちにとっては十分に警戒に値するものだ。
ならば利用価値は非常に高い。
アヴェンジャーに警戒が集中すればするだけアーチャーはその存在感を隠せ、予定されている終盤の狩りがやりやすくなる。
従って、この序盤でアヴェンジャーの手札を確認できたのは不幸中の幸い――というのが時臣の戦況分析だ。
とはいえ懸念点が一つ。
「――相手はあのエクストラクラス。他にどんな手札を隠し持っているか知れたものではない。今回早々と撤退した冷静な判断も含め、不気味な相手だ」
『確か前回の聖杯戦争でも同じクラスの英霊が召喚され、開戦後すぐに退去したとか。どちらにせよ碌な情報も残っていないようですし、やはりアサシンの監視網を強化するのが適当でしょうか』
「そうしてくれ。このまま短期決戦に訴えてくれれば御の字。だが穴熊を決めるようであれば、こちらも少し対応を考えなければならないな」
『承知しました師よ』
「ああ。よろしく頼むよ綺礼」
通信を終了させ静寂に包まれた地下室で、時臣は一人思考に耽る。
アーチャーとアヴェンジャーの戦闘とほぼ同時刻に倉庫街で他の英霊三騎による戦闘が繰り広げられていたのは本当に幸運だった。
あのお陰で、消耗したアーチャーに追い打ちがかかることはなく、情報の漏洩も最小限に抑えられた。
しかし運に助けられたなどと言うざまでは、この先の戦いを勝ち抜くなど不可能だ。
可能なかぎり速やかに、ギルガメッシュの位置を常時補足しておく手段を確立させなければならない。
ギルガメッシュは強い。
高いステータスもさることながら、対英霊戦において無類の力を誇るかの宝具――
現代日本における知名度がほぼなく、信仰心から来る補正効果を受けられていないにもかかわらずこの強さを発揮するとは、流石は一つの神話の頂点に君臨する大英雄と言えよう。
先だっての戦闘でセイバー、ランサー、ライダーの真名も確認済み。
この状況で負ける理由など見当たらない。
頭ではそう判断しているのに、妙に胸騒ぎが止まらないのはやはりあの予期せぬ遭遇戦がそれほどに彼に衝撃を与えたためか。
確かにあの宝具の跡を隠蔽するのには監督役の聖堂教会が総力を挙げる必要があったが、死んだのは所詮何も知らぬ一般人。
魔術師として生きてきた彼にとって気にかける要素はない。
「……冷静さを失うとは、私らしくもない」
常に余裕を持って優雅たれ。
家訓を思い起こし心の平静さを取り戻した彼のもとに、どこぞのハイライトお亡くなりオジサンによるビル爆破事件の一報が届くまで、あと少し。
あのあと白けた空気をシリアスに戻そうとケイネス先生が頑張りましたが無理でした。普通に解散しています。
あと設定を少し変えたのでそれに伴いタグを修正しました。