精神汚染のベクトルがおかしい件 作:ヤバニスタン共和国
様々な事が立て続けに起こったせいでまだ頭は混乱しているが、私が今汗だくになって必死で鍵の束をとっかえひっかえしているのは変えようのない事実だ。
ミノス危機管理局にやってきて、ナイチンゲールとかいう看護婦か鳥かどっちが元ネタなのかわからない素敵なお姉さんとお会いできて感極まったのも束の間。
今や私は暴動の只中にいて、その首を狙われている。
護衛の3名は早々にやられてしまった。
素敵なナイチンゲールお姉さんと逃げ回っていたところだが、しかし暴徒側の勢力は我々を飲み込まんとするほど大きい。
我々は非常用設備を作動させ、暴動と我々の間に鉄格子を下ろすことには成功したが、暴徒共はその鉄格子さえ突き破らんとしている。
我々には、何者であれ応援が必要であった。
局長として権限を行使できるのであれば、ここにいる罪人の助けを得ざるを得ない状況に後から理由をつけることは簡単であろう。
故に私は、この古臭い牢獄に似つかわしい古臭い鍵の束で持って、凶悪犯のいる独房を開け放たんとしている。
今、私が開けようと頑張っているのは頭頂部が若干寂しくなってしまった中高年男性の牢の鍵で、その罪人はマスクをつけられて全身を拘束服に包んでいた。
何というか…そう、放っておけば会話だけで暴徒を殺してくれそうな、そんな感じのするナイスミドル。
決して羊は沈黙しそうにないし、私は婦警ではなくむさ苦しいおっさんなのだが、非常事態を回避するのにこれ以上の適任者はいないと思われた。
どうにか牢を開けて囚人の下へ向かう。
フェイスマスクを外して、何か余裕のある言葉の一つでも聞きたかったのだが、その囚人の放った第一声は私の膝を折るに十二分だった。
「…おくちゅりほちぃ!」
ああ、ダメだ、こりゃ。ただのヤク中じゃねえか。
お前さあ、紛らわしいんだよ。
フェイスマスクに拘束服に少し寂しくなってきた頭頂部、加えて何か企んでそうな上目遣いしてるから、第一印象は精神鑑定医のライセンスを持ったシリアルキラーに見えるだろうが。
コイツは当てになりそうもない。
しかし、私には落胆している暇もない。
精神汚染を受けた暴徒共が、私を素手で引きちぎらんと迫っているのだ。
「ヒャッハーッ!!ディスシティを民主化するぜえええッ!!」
「ヒャッハーッ!!プロレタリア独裁の終焉だぜえええッ!!」
「ヒャッハーッ!!汚職と腐敗の進んだ縁故主義に用はねえ!!真っ当な自由選挙による真の民主主義社会を築くんだぜええええッ!!」
どうしよう、暴徒がマトモなこと言ってるぅ。
これアレじゃん、どっちかっていうとこっちが悪役のやつじゃん。
お前ら『ブラックリング』から受けた精神汚染って、いわゆる「堕落した西側社会の思想」とかだったりする?
東側基準で物事考えると"汚染"かもしれないけど西側基準だと"開花"だよ、花だけにな!
うまいことを言ってる場合じゃない。
暴徒の数はどんどんと増えていき、最後にはBMI指数がとんでもないことになってそうな肥満体の暴徒がやってきた。
その巨体は周りの暴徒数人分の力量を発揮できそうな存在感がある。
「ア●ン・サン・●ー・チーさんを解放しろおおおおおッ!!」
周囲よりも一際大きい、そして一際問題色の強い雄叫びを上げながら、巨体は鉄格子を破壊し始める。
私の知る限り、市議会はプロレタリア軍事独裁を敷いているわけではないし、ここディスシティはかつてミャンマーと呼ばれた地域から遠く離れた場所にあるはずだ。
…なんだろう、思ってた感じの暴徒と違う。
確かに近未来的な世紀末感は出てるけど、何故1980年代よろしいフィルターがかかっているのだろう。
君らの世紀末感はどっちかというと、「ブラックリングによる精神汚染」ってよりかは「20XX年、世界は核の炎に包まれた!」っていう方向性の世紀末感だし、一々こちら側の罪悪感を抉って来ないで貰えるかな?
ただの民主化を望む無辜の市民みたいな言葉を発しながら純然たる暴力を振るわないでもらってもいいですか?
私の性壁を擽るエナメル衣装なナイチンゲールさんがアキンボスタイルでハンドガンをぶっ放しながらこちらに向かって叫ぶ。
「私が囮になります!局長は早く避難を!」
できるわけないじゃん、ナイチンゲールさん。
あなた私のドストライクゾーンの若干右斜め下をカーブで掠めたくらいのドストライクなのよ。
そんなご婦人ほっぽって逃げれるわけないでしょ?
毎晩毎晩後悔すること確実だもん。
どのくらい後悔するかっていうと、多分ベルリンの壁を壊しちゃったSPDの幹部くらい後悔すると思うんだ、ぼかぁ。
そんなこんなを考えているうちにも暴徒は鉄格子を今にも破壊せんとする勢い。
巨体暴徒が渾身の力を組み合わされたか細い鉄棒にぶつけている。
「はやく!ア●ン・サン・●ー・チーさんを!解放し、ろおおおおおおおおおッ!!!」
アレか?
私の制服が悪いのか?
制服制帽着てる人間全員がミャンマーの軍部高官に見えるのかお前らは?ん?
色々と巨体に聞きたい事が山ほどあるし、そもそも何でこの暴徒共がいきなり非暴力民主化を唱えながら暴力を振るうようになったのかまるで理解が追いつかない。
しかしそんなことを話し合ってる暇はないし、私のことをミャンマー軍服と間違えているようなバーサーカー共に何を言っても無駄だろう。
そう、今解放したヤク中版ハン●バル・レクターよりかはマトモな罪人を解放してこの場を切り抜けなければならない。
ヤク中を放っておきつつ、その隣の牢の錠を開ける。
収容者は暗がりの中にいてよく見えないが、少なくとも隣の牢のヤク中よりかはマシだろう。
汗ばむ手でどうにか鍵を弄り出し、震える腕で解錠を急ぐ。
頼む!
頼む、贅沢は言わんから!
頼むから腕っぷしの強いカッコよくてえちちなお姉さんが来てくれええええ!
解錠と同時に、ついに鉄格子が破られた。
暴力によって非暴力民主化を目指すという哲学的な難問に挑んでいる暴徒達は、もはや追い詰めた獲物ににじり寄るかのようにこちらに迫ってくる。
「き、局長…!」
明らかに動揺しているナイチンゲールお姉さん。
どうやら彼女の銃の残弾はもうないらしい。
彼女は私の前まで後退り、2人の男女は完全に追い詰められるカタチとなった。
その時………
「………なんだ、俺に用か?………ほぅ、リハビリにはちょうど良さそうな人数だな…」
先ほど解錠した牢獄から、1人の人物が現れた。
私よりよほど身長が高く、両肩から見えるタトゥー、全体的に筋肉質な体型には十分な威圧感がある。
そして何より私の目線を釘付けにしたもの…
それは………
おっぱい。
そう、威圧感ある体躯、冷涼なイケメン顔、そして彼女が何者かを雄弁に語るタトゥー…
その中で密かに、しかしハッキリと主張する…
おっぱい。
たわわな、おっぱい。
その後おっぱいを付けたイケメンは暴徒を圧倒的な腕力で屠り去っていき、暴動を完膚なきまで叩きのめしていた。
後に知ることなるが、このおっぱいの付いたイケメンは『西区軍団』という犯罪組織の大ボスだったらしい。
おっぱいはシンジゲートで内乱を引き起こし、その秩序を大いに乱したせいで収監されていた。
故におっぱいは担当の治安局から何度も排除を試みられていたようだ。
我ながらとんでもないおっぱいをこの世に放ってしまった…
ちなみにこの強くてカッコイイえちちなおっぱいの名は『ゾーヤ』というらしい。