精神汚染のベクトルがおかしい件 作:ヤバニスタン共和国
思えば、あれがゾーヤ姐さんとの最初の出会いだったなあ。
そんな回想に耽りながらも、私は局長室のふかふかソファに身を埋めてコーヒーを啜る。
結局あの後何人かのコンビクドを解放した末に暴動は完全に鎮圧された。
その後処理においてドサクサ紛れに前任者の不備を付け足しておくという外道極まりないようなことをしたおかげで私の首も飛ぶことはなく。
今はこうしてナイチンゲールさんの淹れてくれたコーヒー片手にまったりできている。
…まったりはできていたのだが、廊下から局長室にまで轟いてくる轟音のせいで局長まったりタイムは終わりを告げた。
何かが廊下を猛スピードで駆けていくような音で、私は大慌てで拳銃を手に廊下に飛び出す。
また暴動が起きていようものなら次こそ私の首が………!
喜ばしいことに暴動ではなかった。
しかしながら台車に跨ったゾーヤ姐さんと、プスプスと煙をあげている台車の転輪を大急ぎで交換している、どこから入り込んだか全く想像もつかないシンジゲート構成員たちを見て完全に安心できるほど私も豪胆ではない。
「ゾーヤさん、タイヤ交換終わりやした!」
「うっしゃあ!どきな!今度こそ管理局最速タイムを叩き出してやる!」
「おきょーつけて!」
プゥワァンッ!
私が声を掛ける前に、ゾーヤ姐さんの跨った台車はF1レーシングカーよろしく走り出してしまう。
それならば、とシンジゲート構成員どもも縛り上げたいが、こいつらよりによってピットを一式廊下に持ってきて設置しやがった。
律儀なことに構成員達はそのピットの撤収と清掃を始めている。
ここで止めた方がめんどくさそうなので、私は頭を掻きつつ自室に戻ることにした。
今度ナイチンゲールさんに頼んでレーシングコースでも設置してもらおう。
管理局というからにはコンビクトをガッチリ収容しているのかと思っていたが、そうでもないらしい。
いや、もしかするとウチの管理局だけなのかもしれないが…ウチんとこは設備の老朽化が深刻で高ランクコンビクトなら割と自由に移動できてしまう。
先ほど前任者に不備をなすりつけたといったが、あながち酷い仕打ちでもないと言い訳させて欲しい。
私の前任者は設備更新のための費用を着服していやがったのだから。
ここに収容されているコンビクトは何故か割と律儀なところがあり、大抵の場合ちゃんと牢にいてくれる。
しかしやはり例外はいて、ゾーヤ姐さんはフリーダムに台車を走らせているし、これから紹介するコンビクトのようにそんなのお構いなしな存在もいるのだ…
局長室に戻ると爵位を持つコンビクトがワインを片手に私のソファに座っている。
この美人なお姉さんの名は『チェルシー伯爵』。
例に漏れずおっぱいお姉さんで、しかも財力の塊おっぱいお姉さんだから魅力的なのだが…
その…何と言いますか…あなた様。
スナック感覚で局長室に入り浸れるのもどうかと思いますが…
「あら、おかえりなさい。しばらく見ないから、ちょっと心配していたのよ?(CV:我修院●也)」
「おおおおおおおおおう、ちょいまてまてまてまて。チェル姉さんなんか変んなモン飲み込んだでしょう、ベーしなさい、べー!!」
私は急いでチェル姉さんに駆け寄って両肩を掴みガクガクと揺さぶる。
どう考えてもゴージャスおっぱいお姉さんに相応しくない声色で挨拶をされたのだ。
予想通り揺さぶられたチェル姉さんは「ベエッ!」という言葉と共に口から着物姿の青蛙を吐き出した。
それが何なのか想像もしたくない粘液に塗れた大きな青蛙は暫く動かずにいたが、やがては意識を取り戻し、自らの欲深さゆえに何かとんでもない羽目になったと言わんばかりの態度で局長室の外へと逃げ出していく。
それを見て一安心した私だが、それでもまだ安心しきるには早かったらしい。
「……局長?……あら、おかえりなさい(CV小野●彦)」
「べーしなさい!べーっ!!!」
今度は凄まじくむさ苦しいおっさんの声で話し始めたので、私は急いで前より強く揺さぶってみる。
チェル姉さんは口から着物に鳥帽子の蛙男とナメクジ女を吐き出した。
2人とも先ほどの青蛙と同じ反応を示したあと、やはり局長室から走って出ていく。
「チェル姉さん?おーい、チェル姉さん?」
「………アッ………エッ………」
「正気に戻れチェル姉さんッッッッ!」
コミニケーション能力に重大な問題があるような状態になったゴージャスおっぱいお姉さんを先ほどよりも更に強く揺さぶる。
これだけの苦労をしたおかげか、ゴージャスおっぱいお姉さんはようやっと本来の声と自我を取り戻した。
「………ん?…ああ、局長。おかえりなさい。しばらく見ないから、ちょっと心配していたのよ?(CV 弘松●香)」
ああ、良かった、元に戻った。
「あのねえ、チェル姉さん。…とりあえず、今まで何をしてたのか説明してもらえると助かるんだが…」
「ああ、特に面白いこともないよ。局長の部屋に来て、暇だったから宝石を出して遊んでいただけさ。そしたらあの蛙達がやってきて、宝石を欲しそうに見ていたから差し出してみたんだ。青蛙が最初に飛びついてきたんだけど、このまま飲み込んでみたらなんか面白そうだなって思って」
「待て待て待て待て、チェル姉さん。普通飲み込むか?青蛙ってカエルの割にサイズでかいわ人の言葉話すわ、一種のクリーチャーじゃん?クリーチャー飲み込むか普通?何ならお前兄役とナメクジ女も飲み込んでたよなぁ、おい?」
「はぁぁ、仕方がないだろう?部屋に来てみれば局長はいないし…ここは狭いからね。何か新しい事でもやってみないと面白くないだろう?」
「面白いの定義があまりに常識からかけ離れてるんだが…」
とはいえ、恐らくはコンビクトに常識を求める方が悪いのだろう。
チェルシー伯爵は私専用のソファにドカッと腰を下ろすと、いつも通りの誘い文句を口にした。
「…さて。ここに来たのは局長にある提案をするためさ。あたしの愛人にならないか?」
「婚約者じゃダメですか?」
ほーらチェル姉さん、またそうやって「うわぁ」みたいな顔するでしょ?
私としてはゴージャスおっぱいお姉さんの婚約者になれるとかすっげえラッキーイベント以外何者でもないので是非とも我こそは、なのだが。
せっかく志願しているのに何故引く?
何故ドン引きをする?
どうやら、チェル姉さんが求めているのはあくまで「愛人」らしい。
「うぅぅん…婚約者は流石に……局長があたしに好意を向けてくれるのは嬉しいが…流石に人生を賭けすぎというか…」
「じゃあ、愛人になったらどういう扱いをしてくれんのよ?」
パァッと顔が明るくなるチェル姉さん。
「勿論!不自由はさせない!ずっとあたしが側にいて、好きな時に好きなものを与えよう!ずっとずっとあたしの屋敷にいて、一生愛して」
「それもう立派な婚約者だろうがあああッ!!!」
また引き気味の表情に戻るチェル姉さん。
何故だ?
何が違うんだ?
一生涯寄り添ってくれって、それはプロポーズとどう違うんだい教えてくれないかチェル姉さん?
最初にお会いした時から「愛人」のお誘いを受けてはいるものの、「なんなら家族になろうよ☆」って返したらご覧のとおりの反応をなさる。
この平行線はそれ以来ずっと続いていて、お互いに交わることはなかった。
私が不満そうな顔をしていることに気がついたのか、チェル姉さんはようやくその理由を語り始めた。
「はぁ、仕方がない。あたしは…まぁ、アレな方法で爵位を手に入れたんだ。…例の……老伯爵から……局長も知っているだろう?」
「あー…うん、まあね。」
「それで、だな。局長を婚約者にしてもいいんだが、そうなると…」
「そうなると?」
「爵位の継承権の問題が更に拗れて余計にややこしくなる。」
私は深くため息を吐き、チェル姉さんの座るそれとは真向かいのソファに座る。
そして飲みかけのコーヒーを一口飲んでから、ようやく言葉を放り出した。
「………あー………なるほど」