精神汚染のベクトルがおかしい件   作:ヤバニスタン共和国

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2話

 

 

 

 

 

 

 

 ♪テッテッテレレレ〜

 

 

「なんで俺の机で料理してんだよ

 教えはどうなってんだ教えは

 お前ら禁じられた机を

 平気で使ってんじゃねえか

 分かってんのか!?

 俺がナイチンゲールに怒られんのは

 お前らが俺に甘えるせいだろうが!

 汚れ取れんのかよ!?

 くそったれ!」

 

 

 

 

 大富豪宝石おっぱいお姉さんがエプロンを着てバカでかいバターの塊を叩きながら砂糖を混ぜて練り合わせている場面に遭遇すれば、そりゃあ私だって嬉しいが少なくとも私の机の上でやって欲しくはない。

 彼女は知らないのかもしれないが、塊を叩くことによって飛び散るバターを受け止めているのは私の机であり、ファイルであり、書類である。

 あの、なんというか、もうこの際局長専用事務机の上でバタースカッチを作り始めるところは大目に見るにせよ、最低でもファイルや書類の類は机から下ろした状態でやって欲しかった。

 

 そんな私を知ってか知らずか、小指に付いたバターをペロっと舐めとるチェル姉さんは、まるで息子が学校から帰ってきたと言わんばかりの顔でこちらを見る。

 

 

「あら、おかえりなさい…って、どうしたの?なにかあった?」

 

「私のお話聞いてた?」

 

「お話?」

 

 

 テッテッテレレレ〜

 

「なんで俺の机で料理してんだよ

 教えはどうなってんだ教えは(以下略)」

 

 

「ああ!これはすまない!この部屋にはこの机以外手頃なのがなかったから…ああ、そうだ!あたしの愛人になってくれれば、机だってもっとたくさん…」

 

 

 違うんだ、違うんだ、チェル姉さん。

 問題はあなたがこの管理局のトップ専用の事務机の上で書類をバターまみれにしていることなんだよ。

 その書類は決して金銭で解決できる類のものではないし、書き直しには多大な時間と労力がいる。

 チェル姉の財力で解決できるなら、そりゃあもうそれに越したことはないんだが、如何せん機密に関わる文章ゆえに他人に任せることもできない上に、そんなことをしようものなら私が処分されるだろう。

 だから、なあ、頼むよチェル姉さん。

 バタースカッチの製作は後回しにして、大人しく机を開け渡せ。

 君が台無しにした仕事をやり直させてくれ。

 というか机何台も買える財力があるなら何故最初から製菓用の机を購入なさらなかったのか。

 私にはそれが甚だ疑問で仕方ない。

 

 

「すまない…本当にすまない…こんなつもりはなかったんだ。ただ…喜んで欲しくて…」

 

 

 何故泣く。

 何故泣くんだチェル姉さん。

 なんだか私が悪い、みたいな流れができてきてるが今回の件に関しては私は完全に被害者だろうが。

 

 もはや怒る気にも、チェル姉さんの涙を止める気にもならない。

 バターに塗れた書類の山と対面し続ける勇気もないので、私は執務室の応対用ソファにドカッと腰を下ろす。

 とにかく、今書類のことを考えてはならない。

 今一度、頭の中をクリアにしよう。

 そう、限りなくクリアに。

 グリーンランドの雪景色でも思い浮かべるのも良し、オランダの風車小屋をイメージするも良し。

 ただし、書類はダメだ、意識から追い出せ。

 代わりに何か…そう、何か気晴らしになるものでもあればいいが。

 そうだ、拳銃だ。

 いや、自決しようとかそんな話ではない。

 コイツをそろそろ手入れしないといけないんだ。

 チェル姉さんはようやく机の上の書類を退けて、そこからまたバターを練り始めたからまだ当分の間バタースカッチを作るはずだし、今はバターに塗れた書類という現実から逃れたい。

 今現実に戻ってきたら、まず間違いなく銃に弾薬を装填してしまいそうな気がする…銃口を自分に向けるかチェル姉さんに向けるかは別として。

 だから…今は銃だ、今はコイツを手入れする。

 

 応対用ソファの机の上に、自身のホルスターに収めるM1917リボルバーを置く。

 骨董品だが確実に作動するし、今時45口径弾のストッピングパワーくらいないと死瞳病に冒された元人間のクリーチャー共は止まってくれもしない。

 もちろんシリンダーには弾を入れていないので、私はすぐに通常分解を試み始める。

 だから対面のソファに座る訪問者の存在には最初気がつかなかった。

 

 

「………銃?そんなもので戦うなんて有り得ねえ。」

 

 

 突如の非難にそっと視線をあげる。

 そこにはいつの間にか独房を抜け出たらしいゾーヤ姐さんがいて、ソファでふんぞり返りながら私の銃を睨みつけていた。

 

 その、どっから突っ込んでいいか分からない。

 人間…貴女方コンビクトのような異能力を発揮できる存在ではない、普通の人間が死瞳病患者と相対しなければならないとなればこのくらいの護身措置は必要最低限どころか怠慢の域である。

 本来なら馬鹿でかい…SPAS12のような散弾銃かAR-15のような突撃銃が必要だろう。

 私はコンビクトに護身をある程度担保させることができる立場だからこんな拳銃で済ませているが…ゾーヤ姐さん、誰もが皆死瞳病に適応して貴女のような戦闘力を手にできるわけではないんだよん?

 それから毎度のことだけど、また当然のように独房から出て執務室入ってくるのやめてもらえます?

 

 

 

「戦士とは自分の意志と拳を信じて戦うもんだ。」

 

「あの…ゾーヤ姐さん、あなた様はそれでいいのかもしれないけれど私にそんなこと言われましても……そもそも私の拳じゃ死瞳病患者止まるわけないし…状況によっては銃の方が」

 

「だから!銃で戦うなんて有り得ねえって!…だいたい、シンジゲートの銃はとっくに汚れてる。」

 

 

 持論を曲げないゾーヤ姐さんの鋭い視線を受けながらも何とかリボルバーの手入れを終わらせる。

 私の拳の威力など、22口径弾より劣るのだからコンビクト拳おっぱいお姉さんの助言をマトモに受けていては長生きなどできはしない。

 銃アレルギーと思しき彼女のためにそそくさと手入れを終わらせ、リボルバーをホルスターに戻すとゾーヤ姐さんは有難いことに話題を変えてくれた。

 

 

「……それで、だ。今日はお前の勧誘に来た。」

 

「….勧誘?」

 

「俺の部下は筋肉バカだけでなく、頭脳明晰なヤツもいる。…お前も良さそうだと思ってな。」

 

 

 俺っ娘姉さん、頼むから上着をちゃんと羽織ってくれ。

 そのノースリーブから見える腋の下がテカっててエロくて仕方がない。

 prprしたい。

 変な欲望を悟られないためにも、私は対話にそれとなく応じる。

 

 

「…頭脳明晰?どの程度なんです、その…あなたの参謀の頭脳は。」

 

「フッ、聞いて腰を抜かすなよ。驚くべきことにソイツは………」

 

「ソイツは?」

 

「………九九の7の段まで出来る。」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 …………な ん て?

 

 

「どうだ、驚いたか?俺でも5の段までが限界だってのに、ソイツは7×7の答えまで知ってやがるんだ。…ええっと、なんだったっけかな…シチシチ…………」

 

 

 ゾーヤ姐さんの発言とは別のベクトルで腰を抜かしていると、やがて執務室にナイチンゲールさんが入ってきた。

 どうやらシンジゲートでまた銃の押収があったようで、ナイチンゲールさんはそのうちの幾つかを持ってきたようだ。

 

 

「局長、シンジゲートで銃が押収されました。つきましてはご確認を。」

 

「チッ、また銃か。言ったろ?シンジゲートの銃は汚れちまってる。そいつもマトモに撃てはしねえだろうよ。」

 

 

 私はもしやと思い、ナイチンゲールさんが持ってきた銃のうちのひとつを手に取る。

 オーソドックスな自動拳銃のスライドを引くと、驚くべきことにその薬室は泥と煤で覆われていた。

 

 

 あ〜〜〜…これは………確かに"汚れてる"。

 私は義務教育によって国民の教育レベルに一定の水準を与える重要性について、更に理解を深めることとなった。

 

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