セイアを看病したい欲の現出。
ストーリーのvol3.エデン条約編、第4章最終話までのネタバレを含みます。

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セイアを看病したい欲の現出。
ストーリーのvol3.エデン条約編、第4章最終話までのネタバレを含みます。


体調を崩したセイアのもとへ先生がお見舞いに行く話

 百合園セイアが高熱で、床に伏せた。

 そんな話が先生の耳に入ったのは、件の聴聞会が閉会し、それに伴う色々なゴタゴタも処理し終わって、状況が落ち着いてきた矢先の事であった。

 モモトークを通して本人に確認を取るも、その返信は『気にしなくていい』の一言。しかし、半ば当然というべきか、先生がそんな言葉1つで慮るのを止めるはずもなく。

 翌日、直接トリニティ総合学園へと赴いた先生が、看護を担当しているミネより話を聞いて曰く「蓄積された疲労によるモノでしょう」と。ここ最近のセイア周りを取り巻く事情は目まぐるしいものがあった。元々病弱であった彼女にとっては、肉体的にも精神的にもこたえる環境が続き、ひと段落したこの時期にその影響が表出したのであろう、と。

 しかして現在、見舞いの品を持った先生はセイアの寝室前にて佇むに至る。こんこん、と扉をノックして、弱々しい「どうぞ」という声を聞き取った先生は、それに従って静かに扉を開けた。

 

「こんにちは、セイア。お見舞いにきたよ」

「全く⋯⋯はぁ⋯⋯気にしなくて良い、と言ったのに⋯⋯はぁ⋯⋯」

「そういう訳にはいかないよ。生徒が苦しんでいるというのに、それを見て見ぬふりで通してしまっては先生失格だからね」

「はぁ⋯⋯そうだ⋯⋯君はそういうヒトだったね⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

 先生はベッドから上半身を起こして、こちらに向き合っている彼女をまじまじと観察する。紅潮した顔。上下する小さな胸。苦悶の吐息混じりとなる声。改めて確認するまでもなく絶不調なようだ。体調の如何を問う言葉は引っ込めた。取り敢えず「まぁ楽にして」と身体を横たえるように促しておく。

 

「⋯⋯シャーレの仕事の方は⋯⋯はぁ、大丈夫なのかい? 多忙に尽きる、という風聞はよく耳にするが⋯⋯はぁ」

「全然大丈夫大丈夫」

 

 本当は割と無理して来てる、なんておくびにも出しはしない。先生はセイアの伏すベッドへと近づき、備えてある来客者用の椅子へと腰を下ろす。周りを見ると、付近のテーブルには見舞いの品であろう花やら果物やらが、わんさと置かれていた。

 

「いっぱい人が来てるんだね」

「はは⋯⋯これでも、ティーパーティーの代表の1人だからね⋯⋯はぁ⋯⋯思惑の方はどうであれ、全く有難いことさ⋯⋯はぁ」

「それじゃあ、私からも。じゃじゃーん」

 

 がさり、と先生が手持ちの袋から取り出したのは、赤々とした見舞いの定番果物。つまりリンゴであった。

 

「⋯⋯まぁ、お決まりの品で申し訳ないんだけど。あまり高級な物でもないから、セイアの様なお嬢様のお口にも合うかどうか」

「ふふ⋯⋯ありがとう⋯⋯先生が私の事を思って持ってきてくれた⋯⋯はぁ、それだけで私にとってはもう十分だよ」

「そっか、良かった。果物ナイフとかも持ってきたし、良ければこの場で剥こうか?」

「⋯⋯では、お願いしようかな」

 

 セイアのその言葉を聞き届けた先生は、袋から更にナイフと紙皿を取り出して、早速リンゴの皮剥き作業へと取り掛かった。

 手際よく、リンゴの赤き衣が剥がされていく様を眺めつつ、セイアは熱に浮かされた頭で考える。

 

(⋯⋯あの時の予知夢の話。今しておいた方が良いだろうか)

 

 それは悪しきマダム(ベアトリーチェ)に夢の狭間へと囚われ、そこを抜け出す垣間に(まみ)えた破滅の未来。先生に、ひいては、キヴォトスに訪れるであろう、もう一つの終焉のカタチ。

 セイアは予知夢の能力を失った事や、失う寸前に凶兆の未来視を見たという話自体は既に先生へと伝えおいていた。

 だが、その時は。

 

『今、注力すべきなのはティーパーティー(わたしたち)の事だ。だから、詳しい内容は種々の落着を見てからまた改めて議論する、という事でここは如何だろうか、先生?』

 

 と仔細に関して語る事を控えており、それから未だそれらを話し合う機会というものを得る事が出来ていなかった。

 

(もう十分、落着したと言える現状ではあるだろう。この件について着手しはじめても良い頃合い。そして、お誂え向きに今は先生と2人きりだ。⋯⋯しかし)

 

 ずくずくと痛む頭を、眉を顰めて抑えるセイア。

 

(少し思考しただけでこれだ。考えも纏まり辛い。果たしてこの状態で話して、うまく説明が出来るだろうか。対策や対応についても論ずる必要があるというのに。あぁ。だが。早めに話しておかなければ、また私は過ちを犯して——)

 

「⋯⋯セイア?」

「っ」

 

 心配そうな先生の声音が、セイアの思考の先を遮断する。気付けば、リンゴから皮は既に取り払われていて、食べやすい形になるまでカットされたそれらが、紙皿の上へと並べられていた。

 

「何だか頭を抑えてるけど、大丈夫? ズキズキする? ミネを呼んでこようか?」

「あ、ああ、いや大丈夫だ⋯⋯はぁ⋯⋯少し考え事をしていて⋯⋯。その、先にも話した⋯⋯はぁ、最後の予知夢の件なのだが⋯⋯」

「あー、前に言ってた⋯⋯」

 

 再びセイアはベッドから体を起こす。

 

「⋯⋯もしかして今、話そうと思ってたりする?」

「はぁ⋯⋯丁度良い機会かと思ってね⋯⋯先生は引く手数多で⋯⋯はぁ、会うのにも難儀が伴うものだから⋯⋯」

「あー、うん、それは、申し訳ないというか⋯⋯」

 

 先生は後頭部を掻きむしりながら、明後日の方向へと気まずげに視線を逸らす。

 次にうーん、と目を閉じて腕を組みつつひと唸りした後、先生は。

 

「でも取り敢えず、今はセイア、君の身体を治す事に専念しよう。こんな状態でその話をしても、状況が前に進む事は無いよ。却って体に障って、悪化の一途を辿りそうだ。私としてもセイアが苦しそうにしているのを見続けるのは辛いものがあるし」

 

 と、いつの間にか取り出した爪楊枝をサクッと、切り分けられたリンゴのうちの一つに刺して。

 

「というわけで、はいセイア、あーん」

 

 こともなげに、セイアの口元へと差し出した。

 セイアの紅潮した頬に、更に熱に依るものではない朱が差す。

 

「えっ、先生、これは⋯⋯」

「あーん」

「いや、私は自分で食べられ⋯⋯」

「あーん」

「でも、ちょっと恥ずかしい⋯⋯」

「あーん」

「⋯⋯あ、あーん」

 

 謎のあーん推しの圧力にそのまま押し負けたセイア、パクりとリンゴを口の中へと含む。

 しゃく。しゃく。

 甘く、そして、みずみずしい。体が求めていた栄養素が骨の髄まで広がっていく感覚。

 

「⋯⋯うん、実に美味だ⋯⋯はぁ⋯⋯正しく甘露の如き味わいだよ」

「それは良かった。まだ食べる?」

「⋯⋯いただこうか」

 

 さながら餌付けされる雛のように、黙々と先生からリンゴを食べさせてもらうセイア。

 覚えた気恥ずかしさは脳の片隅に追いやりながら、最終的にはカットされたリンゴ全てを食べ切る事に成功した。

 

「はぁ、ご馳走様⋯⋯お腹が空いていたからか⋯⋯丸々一個食べ切ってしまったね」

「食欲があるのは良い事だよ」

「あぁ⋯⋯心なしか、体や頭の方も少し落ち着いてきたように感じる⋯⋯」

「ほら、お布団かけてあげるから横になりなよ。あ、頭を冷やすのとかはどう? 冷えピタ買ってきたよ冷えピタ」

「色々持ってきたのだね、先生⋯⋯はぁ、一応、この枕は冷却ジェル入りのものなのだが⋯⋯」

 

 ぽろん。

 不意に響くモモトークの通知音。先生のスマホからだった。

 

「ん、ちょっと失礼」

 

 懐からスマホを取り出し内容に目を通す。

 

「げ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔。

 

「⋯⋯ごめん、セイア。連邦生徒会に提出した書類で重要な不備が見つかったらしい。今、シャーレに何やらお冠の電話が届いたそうだ」

「⋯⋯行ってしまうのかい?」

「放置しちゃうと、後が怖いから⋯⋯」

 

 先生はセイアから顔を逸らし、帰りの身支度を整える。「ここ、持ってきたヤツ置いとくね」と袋をテーブルの空いた隙間へ配置した。

 「ああ、ありがとう」とセイアは努めて平静を装いつつも、胸の底から落胆の念が湧いてくる事までは留めきれず。

 

(だが、仕方のない事だ。時間を割いてもらっただけでも有難い。もとより、私1人が独占していい立場の人間でもないのだから)

 

 そう、自分に言い聞かせて、セイアは先生が身支度を整える様を見届ける。

 

「⋯⋯それじゃあセイア、本当に申し訳ないけど⋯⋯」

「何も憂慮する必要はないよ、先生⋯⋯こうして話せただけで⋯⋯大分体の方が楽になった⋯⋯」

「そう言ってくれると、助かるよ⋯⋯。お大事にね」

 

 出口の方へと、踵を返す先生。

 

「⋯⋯」

(さて、私も早々に寝てしまおう。確実な休息の為、できれば瑞夢を見れれば良いのだが。まぁ予知夢も失った事だし、そうそう悪いようには⋯⋯)

 

 やや急ぎ足にて、扉に向かっていく。

 

「⋯⋯」

(⋯⋯予知夢⋯⋯予知夢、か。先生はああ言ってくれたとはいえ⋯⋯本当にこのまま帰らせても良いものだろうか)

 

 扉へと辿り着き、ドアノブに手をかけた。

 そこで、再び響くモモトークの通知音。

 

「⋯⋯はぁ」

(⋯⋯何を馬鹿な。帰らせて良いに決まっている。私の浅慮な我儘で引き留めるなどあってはならない。そもそも、先生は”大人”で、シャーレを総括する顧問だ。予知の事があったとしても、その実力実績は確かで、滅多な事で倒れる人ではない。実際、”塔”による緋色の終焉さえ退けてみせたではないか。心配するだけ、烏滸がましいというもの⋯⋯)

 

 扉の前でスマホを片手に、しばし立ち止まっている。

 

「⋯⋯」

(⋯⋯だが、無敵、という訳でもない。事実、先生はスクワッドの凶弾に暫時の離脱を余儀なくされた。即ち、不覚を取る可能性が常に残されてはいるのだ。そう、例えばかの夢に現れた白狼少女の手にかかる事だって⋯⋯)

 

 返信が終わったのか、スマホを仕舞い込み、遂には扉を開けて退出しようとする。

 

「⋯⋯っ」

(もし、この後に《事》が起きてしまったら。それでいて、もし、全てが夢の通りに進んでしまったら。もし、先生が運命に抗えず、そのまま飲み込まれてしまったら)

 

 そこで先生は、不意にセイアの方へと振り向くと、彼女に向かって笑顔でこう告げた。

 

「またね、セイア」

「——」

 

 

(もし、もし、これが私の見る先生の最期の姿だったら)

 

 

「⋯⋯って⋯⋯」

「え?」

 

 退出の間際。

 何事かを呟いたセイアが、ベッドを抜け出し、ふらつく足取りで先生の元へと歩いていく。その顔は伏せられていて、先生からは表情を伺う事が出来ない。

 

「セ、セイア?」

 

 今にも転びそうな調子で、様子のおかしいセイアを放ってはおけず、先生は慌てて彼女に駆け寄る。

 

「急にどうしたの、セイ——」

「だめ」

「え」

「いかないで、せんせい。ここにいて。きょうだけでも」

「⋯⋯」

「おねがいだから」

 

 そこにあったのは、これまでの聡明叡智なトリニティの生徒会長の姿では無かった。夜の暗がりを怖がる子どものように怯え、震えて懇願する薄幸病弱なただ1人の少女の姿。

 手はぎゅうっと先生の袖の辺りを掴み、狐耳はへにょんと横倒しの状態で、目にいっぱいの涙を貯め、けれども泣き出すまでには至らず、じっと先生の顔を見つめるセイア。

 そんな初めて見る彼女のどこまでも気弱な姿に、呆気に取られている先生。

 2人は数拍の間、無言で互いに見つめ合う。

 

「⋯⋯」

「⋯⋯」

 

 果たして先に静寂を撃ち破ったのは、この状況を作り出した当の本人であった。

 

「⋯⋯あ、あ、あ、いや、これは」

 

 我に帰ったのか、ハッとした表情となったセイアは、みるみるうちに顔の紅潮度を上昇させていき、今日一番の赤面を披露。茹蛸もかくやという状態で、湯気すら立ち昇らせているようだ。

 

「ちが、違うんだ先生、はぁっ、そのっ、これは、そう、一時の気の迷いであって、はあっ、本当に引き留めようとした訳ではなくっ、ふぅっ」

 

 セイア、必死の弁解を開始。普段の冷静さはどこへやら。ひたすらに早口で捲し立てる。

 

「少しばかりの杞憂に心を掻き乱されたというだけで、ふあっ、私の先刻の発言はっ、全く、微塵も、完璧に、気にする必要はないっ、だから何の気兼ねもなく、し、仕事の方へ向か、ごっ、ごほっ、ごほごほっ!」

「ちょ、そんな急いで話そうとするから! 落ち着いて落ち着いて!」

 

 咳き込み蹲ってしまったセイアの背中を、これまた慌てつつも、先生は優しくさする。

 

「ごほごほ、げほっ、先生、私に構わなくていいっ、早くしないと先生が怒られてしま、ぐほっごほっ」

「ほらほら喋らないで。こんな状況でセイアのこと置いていける訳ないでしょ。はい、落ち着いて深呼吸ー、すー、はー、すー、はー」

「ふぅっ、ぜぇー、はぁー、ぜぇー、はぁー」

 

 ややあって。

 介抱の甲斐はあり、ぜぇぜぇ、と苦しげな息を吐きつつも、幾分かの平静をセイアは取り戻す。とはいえ依然として蹲ったままである彼女。その背中は、先生にとってはとても小さく、儚げなものに見えた。

 

「⋯⋯」

 

 きりりと口を引き締めた先生は、みたび、スマホを取り出してモモトークを起動。ぱぱっと何事かをそこに打ち込む。それから、相手からの返信を待たずして、さっさとスマホの電源を落としてしまった。

 

「⋯⋯先生。もう私は大丈夫だ⋯⋯はぁ⋯⋯手間をかけさせてしまい、まこと、慚愧の念に堪えない」

 

 ゆらりと。蹲りから立ち上がる。

 しかし、言葉とは裏腹に、セイアの顔つきはしかめ面と見紛うほどに、厳しく有った。玉のような汗が、彼女の頬をつたってゆく。

 

「今度こそ、はぁ、シャーレへと赴くといい。⋯⋯私はこのまま、大人しくベッドにて安眠を⋯⋯」

「ほいっ」

「ひゃっ」

 

 出し抜けに、先生は背中と膝裏を支点に、横向きにセイアを抱え上げた。所謂、お姫様抱っこの体勢だ。

 

「なっ、先生!?」

「いやー軽いね、セイア。ちゃんと食べてる?」

「いやっ、そんな事はどうでも良いっ、何故急にお姫様抱っこなんか⋯⋯っ!」

「ごめんね」

「えっ?」

 

 唐突な謝罪に、セイアは二の句を告げられずにいるが、構わず先生は続ける。その面持は沈痛である。

 

「さっき、杞憂がなんだって言ってたでしょ。何か私に関する事で錯乱するくらい、心配させちゃってたんだ。⋯⋯恐らく、予知夢絡み、なんだろうけど」

「あ⋯⋯それは⋯⋯」

「不甲斐ない先生で、ごめん。セイアは、今までだって散々その力に振り回されて、辛い思いをしてきたって分かっていたはずなのに、私はそんなセイアの心を汲み取りきれていなかった⋯⋯」

「そんな⋯⋯はぁ⋯⋯先生は何も悪くない⋯⋯」

 

 先生はセイアを抱えたままに、ベッドへと歩を進めると、ゆっくりと彼女をベッドの上へと下ろした。布団をかけて、彼女の頭をぽんぽんとする。

 

「ううん、これは生徒の事を理解出来ていなかった”先生”としての責任だ。お詫びに今日はセイアの傍に居させてよ」

「い、いや、それでは先生、肝心の仕事の方が⋯⋯」

「大したことないよ、どうせ私が怒られるぐらいで済むし、そんなのはもう慣れっこ。それに向こうも割と無理難題な仕事とか押し付けてきたりするんだ。それと相殺って事で」

 

 片目を閉じて舌を出し、悪戯した子どものような調子で先生はそんな事を宣う。

 それはセイアにとって初めて見る先生の一面だった。セイアの中の先生像は、先生として、大人として、毅然な態度で課せられた責任と使命を果たしていく⋯⋯。

 

(いや、たった今述べたではないか。これも”先生”としての責任だと)

 

 優先順位の問題だ。先生の中で今、優先されたのがシャーレに於ける業務ではなく、セイアという一生徒であっただけのこと。

 

「⋯⋯」

 

 セイアはそんな先生に対して、申し訳ないと罪悪感を抱く反面。

 

「⋯⋯ふふ」

 

 嬉しさとむず痒さが混ざり合ったような、形容し難い感情の波にも襲われ、なぜだか笑みを零してしまった。

 

「⋯⋯なるほど、先生も⋯⋯はぁ、確かに悪い”大人”だ⋯⋯そしてそうするように誑かした私もまた⋯⋯はぁ⋯⋯同罪なのだろうね」

「ん、いや、これは私の能力の及ばなさが原因だから、セイアまで罪の意識を感じる必要は⋯⋯」

「駄目だよ先生⋯⋯はぁ、私が先生を引き留め、先生がそれに応じた。これはどう言い繕うとも不変の、厳然たる真実だ⋯⋯はぁ⋯⋯であれば⋯⋯その罪の所在は私と先生、両方に在るべきものだ⋯⋯」

 

 そこで、何より、と一呼吸置いて。

 

「私が背負いたいんだ。先生と一緒のものを、ね⋯⋯ありがとう、先生、私を選んでくれて」

 

 そう告げた彼女の笑顔はとても安らか。先程までの厳しい表情の気など微塵も感じさせなかった。

 

「⋯⋯そっか」

 

 彼女が良いというならば、それで良いのだろう。先生は再び、元の椅子に座り直した。状況は全てが元通りだ。

 それからセイアは、こんなお願い事を口にした。

 

「⋯⋯先生⋯⋯寝かしつけの物語として、これまでのシャーレの⋯⋯先生の活躍を語ってはくれないだろうか」

「それは別にいいけれど⋯⋯それでうまく寝付けるかな?」

「ああ⋯⋯はぁ⋯⋯今の私にとっては、1番の安眠に繋がる語りさ」

 

 彼女は目を瞑り、聞きの姿勢を整える。これから語られるであろう、迫力満点の物語に、胸を躍らせながら。

 

「そっか⋯⋯うーん、自分で自分の活躍した所を話すってなんか恥ずかしいけれど⋯⋯。何から話そうか。やっぱりまずはアビドスの対策委員会の話かな。始まりはシャーレに、1通の手紙が届いた事で——」

 

 2人の時間は続いていく——。


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