あんてぃりーねのゆぐどらしる☆だい☆ぼう☆けん☆ ~泣き虫が伝説になるまで~   作:だいだろすちひろ

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 前回のあらすじ

 魔樹の正体はバッティングマシーンだった。


VampireMaiden後編/ExtraEpisodeⅠ

 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 少女は困惑していた。今日だけで―――いや、この短い時間だけで何度困惑しただろうか。

 

 少女の名前は”キーノ・ファスリス・インベルン”ここから遥か遠い地、魔法大国”インべリア”のお姫様であった。

 

 虹瞳人(アルコバーナ)と言う種族が主となって構成された国家であったが数百年前に起きた謎の現象により今はもう滅んでしまっている。この少女―――キーノはその謎の現象から生き残ったたった一人の人物である、多大な代償を支払ってしまったが。

 

 虹瞳人(アルコバーナ)特有の虹色の瞳はもう彼女には無い。その瞳は血の様に深紅に染め上げられている。牙は伸び、肌は死者の様に白い、そう彼女は生き残ったと言うよりは生まれ変わったと言う方が正解かも知れない。

 

 生きる屍、アンデッドに―――吸血鬼(ヴァンパイア)に。

 

 アンデットと成ってしまったのはキーノだけではない、インべリアの全ての国民がアンデットに成り下がってしまった、ただ知性を持っていたのはキーノだけであり他の国民は全て動く屍と化してしまっていた。

 

 皆を元の姿に戻す。そう誓って彼女は旅に出る、国を出て分かった事だが、インべリアと同じく周辺国家も同じ様に滅びアンデットの巣窟となってしまっていた、まるで何者かが周辺の()()()()()()()しまったかのような現象に、自分の国だけでなく他の国も同じ様な状況になっていた事に歯噛みしたのを今でもよく覚えている。

 

 なぜ彼女だけが知性を持てたのかは彼女の持つ力―――生まれ持った異能(タレント)が関係しているのだが、彼女がそれを知るのは旅に出てしばらくしての事である。

 

 数百年旅をした、色々な情報を得て知識を蓄えてきた、沢山の仲間と旅をし、様々な種族と話をした。しかしアンデットを人間に戻す手立ては未だ得られてはいない。

 

 自分の持っている知識を活用し魔法の研究に明け暮れていた所に、かつて旅をした古き友からある情報を得た。なんでもそれはどんな病も治してしまう薬草の話であり、それがここトブの大森林に自生している情報だ。

 

 どんな病も治す、つまりは状態異常の回復という事、その薬草を見つけ調べ上げれば、もしかしたらアンデットと言う状態を回復させる事が出来る薬や魔法を作り上げる事が出来るのではと思い、このトブの大森林に足を運んでき―――現在に至る。

 

 キーノは困惑する、長く生きてきた、その時間に見合う力と技術を身に着けてきた。そしてそれ以上に知識と経験を蓄えてきたのだ、だからこそ分かる、先程の攻撃は自分を死に至らしめるには十分で、そしてその状況を打破する事は叶わなかったという事を。

 

 だが自分は未だ生きている、目の前の謎の人物―――恐らくヴァンパイアによって助けられたからだ。

 

 自分をあの状況下から難なく助けていく。その異常さに助かった嬉しさよりも理解不能な事による恐怖の方が勝り背筋に冷たい物が流れていく。

 

「おい魔獣、お前はあのヴァンパイアの僕か何かか?アイツは一体何者なんだ、あんな力を持つヴァンパイアの話など聞いた事も無いぞ。」

 

「ん?魔獣とは拙者の事でござるか?拙者は魔獣ではないでござる、ハムスケでござるよ!姫に付けて貰ったでござる。それと姫はヴァンパイアではないでござるよ、確かハーフエルフとか言ってたでござるな。」

 

「はぁ!?」

 

 ヴァンパイアの僕らしき魔獣に疑問を投げ掛けた所、どうやらあの謎の女はヴァンパイアではなくハーフエルフとの事だ。

 

 困惑が更に深まる。

 

「は?嘘をつけ、どうみてもヴァンパイア...いや、よく見れば少し違う様な気も。」

 

「姫は趣味でヴァンパイアの恰好をしている者でござるよ、確かそう言っていたでござる。」

 

「ふぁ!?」

 

 深まった困惑が更に深まる、更に更に、なぜわざわざそんな危険な事をする必要があるのか、ヴァンパイアはアンデッドであり生者の敵だ、つまりは討伐対象である。アンデッドの恰好をした所で波風を立てるだけでいい事など何もないだろう、意味が分からない、理解が追いつかない、なんだか頭が痛くなってきた。

 

「趣味!?趣味だと!?それは流石に嘘だろ!なんか深い理由があるんじゃないのか、いや、ある筈だ!というかあってくれ、こっちは姿を隠すのにも必死なんだぞ!」

 

「深い理由...でござるか?姫にその様な事を考える知能は無いように思えるでござるが。」

 

「お前僕じゃないのか!?言ってる事結構酷いぞ!」

 

 ぱーぱーぱーぱぱぱー♪ハムスケと言い合っているキーノの耳に陽気な声が届いてくる。視線を向ければあのハーフエルフの手には棒の様な物が握られている。

 

 棒を相手に付きつけ、何やら一人で叫び続けている。予告?ファール?また訳の分からない単語が飛び交っている。

 

「何なんだアイツは...あれふざけてるよな、何でこの状況下でふざけられるんだ。」

 

「おお!流石姫でござるな!なんと凛々しい姿でござろうか、やっぱり姫は凄いでござる。」

 

「いや、あれふざけてるだけだよな!そうだよな、な!?」

 

「貴様ぁぁーーー!姫はいつだって真面目でござるよ!ついさっき会ったばかりの奴が知った風な口を利くなでござるぅぅぅーーー!愚弄するか下郎ーーー!」

 

「真面目!?真面目なのか!?あれでか!?嘘だろ...アイツはいつもああなのか?」

 

「いつもかどうかは分からんでござる。拙者も今日から仕え始めたでござるから。」

 

「大した付き合いじゃないじゃないか!お前も人の事言えんだろうがぁぁぁ!」

 

 ハムスケと言い争っていると、何やら視線を感じる。キーノが気になり振り向いて見ればふざけ倒していたハーフエルフがこちらをジッと見つめている。

 

 何見てんだよ、こっち見んな。そう思った瞬間―――炸裂音と共に弾丸の様に種が発射される。

 

 視認するのすら困難な速度、先程より間違いなく速い速度で発射された種は、これまた視認すら出来ない速度で振り抜かれた棒によって遠くに打ち返されて行った。

 

 その光景を見て、キーノからは言葉が出ない、驚きの言葉すら口から漏れ出さない。余りにも衝撃的な光景に飲まれてしまっているからだ。

 

 自分より強い存在などこの世界では極僅かだ、そんな自分の動体視力を持ってしても捉えられぬ様な物を、いとも容易く打ち返していくこの女は一体何者なのか。

 

 自分より強い存在、それは竜王くらいか、しかしこの女はハーフエルフであり竜ではない、なら考えられるのは()()()()の様に思えた。

 

「まさかコイツ神人か...いやそれはありえんか。」

 

 神人―――かつてこの世界に存在した神の如き強大な力を持った存在達、その血筋の中から時折血を覚醒させ、神に匹敵する程の力を得る者達がいる。

 

 場所によって呼び方は様々であるが、この辺りでは神人と呼ばれていた筈だ。六大神と言う六柱の神々の血を覚醒させた者達を神人と呼んでいる。

 

 スレイン法国を建国したと言われる六大神、その血筋が神人である。故にこの女が神人である線は薄いだろう。スレイン法国は人間至上主義を謳う国家だ。そんな国にエルフが所属しているとは考えにくい。

 

 法国とエルフの国は協力関係にあると聞いているが、それでも信仰する神々の血をエルフと言う種に混ぜるとは思えないからだ。それに神人は法国では手厚く保護され秘匿される、こんな所に一人で現れるなどあり得ないだろう。

 

 他には八欲王と呼ばれる大罪人達の血筋だが、それも考えずらいだろう、その血は罪の血だ竜王達が黙ってはいない、この様に軽々と外の世界をうろつき回る事などもってのほかだ。

 

(しかし歴史の影に埋もれた神々がいたと言う事は私も聞いた事はある、この女はその様な名もなき神の系譜なのだろう。でなければあの力納得がいかん。)

 

 目まぐるしく思考を回転させていく中、相対する二者の雰囲気が一変する。バチバチと火花でも散るかのような雰囲気が漂いだす。決着の時が近いのを知らせるかの様に。

 

 そしてその張り詰めた空気を吹き飛ばすかのように、炸裂音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

「こぉい!魔樹くぅん!!」 

 

 バットを構え、迫りくる剛速球を見つめそう叫ぶ。

 

 球の軌道は変わらない、直球でのガチンコ勝負と言った所か。

 

「良いわね!いつの時代も熱い勝負は直球って相場は決まっている物よね!!受けてたつわ!!」

 

 魔樹の放った種と、神木で作られたバットとがぶつかり合い、一瞬盛大に火花が飛び散っていく。

 

 「―――ふぅん!」

 

 ()()()()。少し歪な音を立て、その後に鳴り響く轟音。完全に振り抜いたバットが天を指していく。打ち取られた種は飛んでいく、遠くに、遠くに、天高くへと。

 

 正にホームラン、それも場外一直線の。

 

 決まった、勝敗は決した、勝ったのは―――猛虎、アンティリーネ。

 

 へっと右手の親指で鼻を一擦りしたリーネの目の前で、魔樹の分身体の体がまた膨れ上がる、もう一発放つ気だ。見る見るうちに周囲の木々が枯れていく。そんなやる気満々な魔樹の分身体を見つめながら、チッチッチッとリーネが指を振っていく。

 

 「勝負はもう決したわよ、私のサヨナラ満塁ホームランでね。これ以上は無粋よ?魔樹くん。」

 

 その言葉に魔樹が反応など示す訳がない。目の前の敵をただ殲滅するのみ、その本能だけが魔樹を突き動かす。

 

 そして膨れ上がる魔樹の後ろ―――非常に遠い空から、赤く燃える球が飛来してきていた。球は飛んでくる、魔樹を目指して、球は飛んでくる、高速で回転しながら。

 

 その姿は正に、流星の様だった。

 

 「グッバ~イ、魔樹くん。」

  

 

 

 

 

 ある一つの野球アニメがあった。

 

 そのアニメはとんでも打法やとんでも投法が飛び交う、実際の野球とは比べられないくらいのぶっ飛んだアニメだった。

 

 そのアニメの主人公のライバルとも呼べる存在がいた。

 

 そのキャラクターは、テニスの理論を用い、打った球に回転を加える事で、自分の狙った好きな場所に球を飛ばすという技術を使用した。

 

 恐ろしいのはそのキャラクターは、この技術を野球の試合ではなく、不備を働いたチームメイトに制裁を加える為に使用していた事か。

 

 逃げまどう人間にぶつける為に、一方的にいたぶる為に作られたその技の名は―――ノックアウト打法。

 

 

 

 

 

 響き渡る轟音、それと共に燃え盛る魔樹。

 

 ノックアウト打法により上空からくるりと進路を変え、降りそそいできた自らの種に体を貫かれていく。

 

 高速の回転を加えられ、上空から超スピードで飛来した事により発火した種は、そのまま魔樹の体を燃やし尽くす。

 

 魔樹が悶え、暴れ狂う、このまま燃え尽きるまで幾ばくもかからぬと思っていると、魔樹の体が―――巻き付いたつるが離れていく。人型に戻り応戦してくるのか、はたまたつるになり地中に逃げるのか、どうする気なのかは分からないが、みすみす逃したりはしない。

 

 「ハムスケ!仕事しなさい!」

 

 「合点承知の助でござる!!」

 

 ―――<全種族魅了(チャームスピーシーズ)>―――

 

 ハムスケの強大な魔法が魔樹に襲い掛かる。見れば魔樹は完全に虜には成ってはいないが、レジストに必死なのだろう、暴れ回っている。

 

 普通であれば、あのレベル帯の相手にはハムスケの魅了魔法は余程の事がないと聞かないだろうが、今魔樹には余程の事が起きている。弱っている魔樹は完全にレジストする事が出来てはいない。

 

 それを見逃す程、ハムスケは馬鹿でも愚かでもない。

 

 ひゅん―――甲高い音を響かせ、ハムスケは尻尾を振るっていく。常人には視認すら出来ぬ速度で振るわれた尻尾が魔樹の体を引き裂いていく。

 

 ひゅんひゅん。更に二回音が響く、追撃だ。音は更に響いていく。何度も、何度も。

 

 「拙者は忠臣ハムスケ!姫に手出しをした愚か者よ!地獄へ参れ!!」

 

 魔樹の分身体が、ハムスケの手によって――実際は尻尾だが――ズタズタに引き裂かれていく。見ればもう虫の息だ、あと一歩と言った所か。

 

 「およ?」

 

 そう思っていると、後方から何やら、バチバチと言う音が聞こえてくる。何だ?そう思ったリーネが後ろを振り向けば、ヴァンパイアの少女の両手からバチバチと電流が迸っている。電流はのたうち回る、周囲に火花が散っていく。

 

 驚いたハムスケが隣の少女から離れ、一目散に逃げていく。そして、驚いたのはリーネも同じだ、この規模の魔法―――まさかこれは。

 

 (うそぉぉぉん!”万雷の撃滅(コールグレーター・サンダー)”!?)

 

 第九位階の最高位電撃魔法、()()()()()()恐らくはそうだろう。驚くリーネと目が合った少女がニヤリと笑った。この笑いは知っている、どや笑いと言うものだ。恐らくは彼女の切り札だろう、切り札を見せつける様に、少女は盛大に叫び、魔法を放っていく。

 

 「極限の稲妻で焼け死ね!<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>!!」

 

 白い電撃がのたうつ龍の如く暴れ回り、周囲の全てを貪りつくしながら、魔樹に向けて進んで行く。魔樹を貪る為に。その光景を見たリーネは目を見開く。

 

 (うそぉぉぉん!”龍雷(ドラゴン・ライトニング)”!?)

 

 想像していた物より百倍しょぼい魔法を見せつけられ、リーネは目を見開く。よく見れば口もぽかんと開いている。なんとも間抜け面だ。

 

 そして思い出す、この世界では魔法の範囲も見た目も、ユグドラシルとは規格外な程の規模を持つことを。第五位階などこの世界では英雄と呼ばれる一握りの強者しか使用する事は出来ず、当然ながらリーネも見たのは初めてだ。それでも、これはいかん。たかだか第五位階でこれかと思う。エフェクト―――ゲーム風に言えばだが、それだけなら第九位階となんら遜色ないように思えた程なのだから。

 

 雷龍が暴れ回る、それに呼応するかのように魔樹がのたうち回る。しばしのたうち回った後に、魔樹は動きを止めていく。完全に息の根を止めたのだろう。つるは地面に倒れ、ごうごうと燃え続けている。

 

 驚き言葉を発しないリーネと、少女の目がまた合っていく。リーネの姿に満足したのか少女は右手で乱れた髪を掻き上げながら、鼻を鳴らしていった。

 

 「…はん。」

 

 何ドヤッとんねんお前!?その言葉が後ちょっとで出かけたが、喉付近で押し戻していく。実際この世界では凄いのだ、自分の感覚がおかしいだけなのだと自分を納得させていった。

 

 戦いはあっけなく幕を閉じる、ヴァンパイアの少女に美味しい所を持っていかれる形で。

 

 

 

 

      アンティリーネの大冒険 

  

      ―――追加Mission―――

       ―――Complete―――

  ―――魔樹はバッティングマシーンだった――― 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 「よっと…こんなもんかな。ハムスケ、そっちは?」

 

 「問題ござらんでござるよ姫。」

 

 魔樹の分身体と呼ばれるつるを討伐したリーネとハムスケが、依頼者のピニスンに報告しに帰る―――と思いきや、何やら二人で慌ただしく作業を行っている。

 

 見れば二人の周囲―――いや、少し遠くの場所からも、何やらもくもくと黒い煙が上がっているのが見てとれる。

 

 そう、二人が行っている作業は消火作業だ。ノックアウト打法でぶつけた種で魔樹を燃やしたまでは良い、それぐらいなら大した事は無かったのだが、その後が問題だった。少女の放った魔法―――龍雷(ドラゴン・ライトニング)によって魔樹だけではなく周囲の木々にも火が引火してしまったからだ。魔樹の分身体はチュウチュウと森林の栄養を吸い取っていた。枯れ木まみれの森林内で、考え無しに魔法をぶっ放した事によりそれらの木々が燃え、危うく大火災になる所だった。

 

 「す、すまん。ちょっと…いや、ほんのちょっぴり調子に乗ってしまった。」

 

 リーネの長い耳がピクリと動く。ちょっぴり?あれが?そう思わずにはいられなかったが、もう済んだ事だ、言ってもしょうがないと自分を納得させていく。

 

 「しかし、凄いなその”マジックアイテム”。」

 

 「え?あぁ…そうかな?」

 

 少女にそう言われたリーネの手には、何やら少し大きなジョウロの様な物が握られている。これは”無限の水撒き”と呼ばれるアイテムで、その名の通り用途は水を撒く為だ。ちなみにこの様なアイテムを何故持っているのかと言うと、ムスペルヘイムのマンドラゴラに水をあげる為だ。マンドラゴラは大量の水を一定時間あげる事で美しい花を咲かせる、その花は回復アイテムの貴重な材料となるのである。ちまちま水をやるのも面倒なのでこのアイテムで一気に水をあげるのがリーネのスタイルだ。ちなみに、たまにぷにっと萌えの頭の花にもこれで水をあげている、特に何も起こりはしないのだが。

 

 ゴソゴソとリーネがジョウロをいじると、先程よりも多くの水がシャワー状に散水されていく。

 

 「水量を調整まで出来るのか…、おい、少し聞きたいが、このアイテムはどれだけの時間、水を出し続けれるんだ?」

 

 「は?時間の制限なんてないわよ?」

 

 その言葉を聞いた少女は目を見開く。

 

 「時間制限無しだと…凄まじいな。これがあれば、一生水には困らんぞ。日照りを恐れる心配もない、作物は豊かに育ち、どれだけの命が救われるか。」

 

 大げさだろ、何言ってんだコイツ。そう思いながらも、リーネは残火処理に勤しむ。実際には少女の言っている事は何一つ大げさではない。小さな村などでは水は死活問題だ、恵みの雨と言われるように、水は生活を支えている。法国―――それも、法都と言う大都市に住むリーネには縁がなく、気づけないだけだ。

 

 「大方良いかな…うん、消火完了―――ん?なにこれ?」

 

 辺りにはもう火の気はない、火が大きく成りきる前にどうにか消し終えた様だ。作業が終わり一安心したリーネであったが、ふと何かに気づく、魔樹の燃えていた場所に、何やら見慣れぬ物がある。

 

 それは草だ。先程までは確かにそこには草など生えて無かった。消火した後に生えたとしか思えない草がそこには優雅に生えていた。鮮やかな色をした草が。

 

 「なにこれぇ…なんか毒々しいわね…いや綺麗なんだけどさ…綺麗な草とか毒草としか思えないわよ。」

 

 「!?これは!!おい、ちょっと待ってくれ!」

 

 「ん?」

 

 渋い表情で草を見下ろしていると、何やら隣の少女の様子がおかしい。なにやら慌てている様に思える。少女は一目散に草に駆け寄り―――魔法を唱えていった。

 

 ―――<道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)>―――

 

 鑑定の魔法を唱えていった少女が息を詰まらせる。そのまましばし硬直した後に、少女はこちらに向き直ってきた。その表情は、何やら真剣なものだった。

 

 「今日はお前…すまんな、確か名前はエリザベスだったか?」

 

 「え…なんで知ってるの?私言ったっけ?」

 

 「さっき盛大に叫んでただろ!エリザベス選手~とか言って!」

 

 あぁ、そう言えばそんな事言ったな。そう思っていると、少女は言葉を続けていく。

 

 「エリザベス、今日はお前には助けられた、あの化け物との戦いもそうだが…その…私の不注意の後始末もして貰った身でこんな事を言うのはあれなんだが…この草…いや、薬草を譲っては貰えないだろうか!」

 

 「うん、いいよ。」

 

 「すまない!勝手な事を言っているのは分かっている、しかし私にはこれが必要なんだ―――え、いいのか?」

 

 ぽかんと間の抜けた表情の少女を見ると、少し面白くなってきてしまう。笑いそうになるのを堪えながら、ある疑問を投げ掛けていく。

 

 「うん、いいよ。ていうかそれ薬草だったんだ。薬でも作るの?」

 

 「あ、あぁそうだな、そんな所だ。これは万病に効くと言われる薬草だ。私はこれが目的で、この森、トブの大森林まで来たのだからな。」

 

 「万病…はえ~凄いねそれ。でもさ、あんたヴァンパイアでしょ?薬いらなくない?」

 

 その言葉を聞いた少女は押し黙る。その後、いや、そのと言葉を詰まらせる少女を見たリーネは軽くほほ笑む。

 

 「ふふ、成程ね…()()()()()()()ってことね。なら、尚更あげる。」

 

 「良いのか?」

 

 「だから良いって。ていうかさ、そんな正直に言わないで、嘘ついてくすねれば良かったじゃない。只の雑草だ~とか言って。」

 

 そう言われ、少女はキッとリーネを睨みつけていく。

 

 「そんな不義理な真似はしない!馬鹿にするなよ!」

 

 「へへへ、ごめんごめん、そんな怒んないで。じゃあその薬草はあげるからさ、代わりに私から一つ質問していい?」

 

 「なんだ?答えられる物なら答えるぞ?」

 

 「名前なんて言うの?」

 

 少女の眉がピクリと動き、沈黙していく。この少女はヴァンパイアだ。仮面で顔を隠していた事からも分かる様に、身バレは避けたいのだろう。その気持ちはよく分かる、なぜなら、自分も現在進行形で偽名を使い、変装までしているのだから。本当は触れずに置いてあげたい部分であるが、毎度毎度”あんた”と言うのも流石に気が引ける。

 

 少しの沈黙の後に、少女は口を開く。

 

 「…イビルアイだ。」

 

 「イビル…?」

 

 (なんか凄い名前…中二病乙って奴ね。ヴァンパイア界ではそれが普通なのかな?)

 

 よくよく考えたら”カインアベル”とかも凄い名前だと思う。ヴァンパイアの世界ではそれが普通なのかと思うと同時に、今日召喚したあの三体のヴァンパイアにはもう少し呼びやすいあっさりとした名前を付けてあげようと心のメモに書き足していった。

 

 少女が―――イビルアイが地面に生えた薬草を大事そうに採取していく。慣れた手つきだ、薬草採取は今回に限った事ではないのであろう。手際よく採取した薬草を袋に詰め込んだ後に、イビルアイはこちらに向き直り、ぺこりと頭を一つ下げていった。

 

 「エリザベス、今日は本当に助かった、礼を言う。お前がいなければ私は恐らく今日二度程死んでいただろう…まぁ、一回はお前に気を散らされたからだが。それでも、助けられた事実は変わらない、本当にありがとう。」

 

 お礼を言われたリーネが、フンスと得意げに胸を張っていく。

 

 「お礼を言われる程でもないわよ、”友達”を助けるのなんて当然の事でしょ?」

 

 「ふふ、そうだな。友達を助けるのは当然だな―――は?友達?」

 

 ふっ、とキザな笑いをしたイビルアイの表情が一瞬で変わった。何を言っているんだコイツは、その様な表情でこちらを見つめてくる。

 

 「いやいや…いつから私とお前は友達になったんだ?」

 

 「今日。」

 

 「いやいや…今日ってお前…今日のどこにその要素があった?」

 

 「さっき。」

 

 口をぽかんと開け、イビルアイが絶句している。パンと両手を打ったリーネが、そんなイビルアイを無視し喋りだす。

 

 「一緒にボスモンスター倒してぇ~、ボスのレアドロ分け合ってぇ~、冒険が終わった後に名前の交換してぇ~。ほら、これはもう友達と言っては良いのではないだろうか!」

 

 そう言いにっこり笑ったリーネとは対照的に、イビルアイの表情は険しい。眉を顰め、イビルアイは静かに言葉を発した。

 

 「私は…”ヴァンパイア”だぞ。」

 

 「知ってる。」

 

 「”怖くない”のか?」

 

 「怖くない。」

 

 左手で頭をくしゃくしゃ掻いたリーネが苦笑いを作りながらイビルアイに喋り掛けていく。

 

 「私ってさぁ、あんまりアンデッドとかに悪感情ないんだよね。だから怖くない、困ったもんだ本当に。」

 

 「…このまま帰りに私が周囲の村を亡ぼすかもしれないぞ。ヴァンパイアとはそういう物だ…。」

 

 「するの?そんな事?」

 

 「は?あ…いや、しないけど。」

 

 でしょう。そう言いながら、先程あった苦笑いを、今度はにこやかな笑いに変えていく。

 

 「ヴァンパイアが―――アンデッドが悪い存在だって言うのは私だって知ってる。生者を憎み、生者を襲い、殺す。でも、皆が皆そんなアンデッドばかりじゃないって事も知ってる…うん?いや、()()()()()()()から…。」

 

 言葉が途切れていく、言いたい言葉がよく出てこないのだろう。少し間を置き、頭の中で言葉を整理していく。

 

 そして再度喋り出す。

 

 「うん!思ってるって方が正解かな。皆が皆、悪い奴じゃない、少なくとも私はそう思う。ねぇ、”クアゴア”って知ってる?」

 

 「クアゴア?寒冷地帯に生息するあの亜人か?強靭な肉体と凶悪な牙と爪を持つ恐ろしい亜人だったな、確か。あれに襲われれば人間など一溜りもないだろう。」

 

 「そう、その亜人だよ。でもね、クアゴアってね人間を食べたりはしないんだよ?成熟したクアゴアはキノコやトカゲを食べるの。人間を襲うのは人間が自分達の縄張り付近に出没して、自分達に危害を加えた時だけだよ。」

 

 イビルアイの表情が少し変わる。この表情は感心したかのような表情だ。自分の知らない知識を知っている人物に対しての。

 

 イビルアイは黙して聞き入る。自らの知らない情報を聞き逃さない為に。知識欲が沸き上がってくる。

 

 「攻撃するから駄目なのよ。知りませんでした、ごめんなさい。そう言えば意外と見逃して貰えるんだよ?クアゴアだって死にたくないんだ、わざわざ未知の敵と戦いたくないって事。まぁ、中には血気盛んな奴もいるけど、そんな奴には金属鉱石でもあげとけば喜んで許してくれるわよ。」

 

 「成程な…亜人はそうかも知れんが、アンデッドはそうじゃないかも知れんぞ?」

 

 「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。前例はあるじゃない、イビルアイって言うね。アンデッドにだって話の通じる奴だって絶対いる。」

 

 「甘いな…いつか足元すくわれるぞ。」

 

 「かもね。それでも、()()()()()一方的に物事を決め込んで、自分の殻に閉じこもるのは()()()。自分で話してみて、感じ取って、そして決めていきたいの。」

 

 「……。」

 

 強い眼差しでイビルアイを射抜く。険しい表情で沈黙していたイビルアイが、観念したかのように肩を落としていった。

 

 「はん…この頑固者が。」

 

 「そうかもね、お母さん譲りかも。」

 

 「はは、なんだそりゃ。お前の母親も相当な頑固者なのだろうな。」

 

 そう言いながら、二人は静かに笑いだす。一しきり笑いあった後、イビルアイが口を開いていった。

 

 「色々な感情を向けられてきた、恐怖と、憎悪と…そう言う風に言って貰えれば救われた気がするよ。ありがとうな、エリザベス。」

 

 「エリーで良いわよ。愛称で呼び合った方が友達っぽくていいしね。私もアイちゃんって呼ばしてもらうから。」

 

 「ぐいぐいくるなお前は…。」

 

 「良いじゃない、別に。ね、読んでみてよ”アイちゃん”。」

 

 「はぁ…分かったよ…”エリー”。」

 

 ぼふん―――その言葉を言い終わった瞬間にイビルアイは何やら感じた事の無い感覚に陥っていく。動いていない心臓が急に高鳴り出したかのような、顔がぽっぽと火照っていくような感覚だ。

 

 (うわぁぁぁ!恥ずかしいぃぃぃ!)

 

 その感覚は羞恥だ。生まれてきてこの方友達などいなかった、それも同性の友達など。旅をした仲間は沢山いたが、友達と呼べる様な気やすい関係の者はいなかった。昔仲間に友達同士は愛称で呼び合ったりすると聞いた事はあったが、その時は鼻で笑い、一蹴した物だ。

 

 (皆こんな恥ずかしい事を平然とやってのけていたのか!?恐るべし!恐るべし!)

 

 ぼふんと顔が赤くなる―――などという事はヴァンパイアなので無いが、仮に人間だったなら顔は真っ赤になっている所だろう。

 

 両手を頬に当て、あうあう言うイビルアイを心配したリーネが再度喋り掛ける―――愛称で。

 

 「どうしたのアイちゃん?大丈夫?」

 

 ズキュゥゥン―――胸に込みあげる羞恥心がイビルアイを追撃していく。

 

 (やめろぉぉ!殺す気かぁぁ!)

 

 イビルアイは悶える、羞恥を抑える為に。恥ずかしさでその辺を転げまわりたくなるが、なぜだろう、不思議と嫌な気持ちはしない。

 

 「…エ、エリー。」

 

 「ん?なに、アイちゃん?」

 

 「エリー…。」

 

 「え…どうしたの?」

 

 壊れた様にエリーと呼び続けるイビルアイが、その都度両手で顔を覆う。恥ずかしさで転げまわりたくなるが、やはり不思議と悪い気はしない。それもその筈だ、イビルアイを襲う羞恥心の中には”うれしい”と言う感情も含まれているのだから。

 

 イビルアイは何度も呼ぶ、エリー、エリーと。

 

 何かを確かめるかのように。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ私は行くよ、エリー。世話になったな。」

 

 「うん、じゃあね、アイちゃん。また遊ぼうね。」

 

 しばらく様子のおかしかったイビルアイであったが、少し休んだ事で調子を取り戻したようだ。身支度を整え、この森―――トブの大森林を後にするようである。

 

 森の外まで見送ろうとしたが、その件は断られてしまった。どうやらイビルアイの住んでいる所はリーネの向かう方向とは真逆の様で、遠回りしてまで見送らなくても良いと言う。

 

 リーネはイビルアイから視線を逸らし、ある場所を見つめる。そこには地面に丸まりすやすや眠るハムスケの姿があった。今日のハムスケは大活躍だった、どっと疲れが来たのだろう、消火作業を終えてすぐに眠ってしまったのだから。

 

 起こすか起こさないか迷っていると、イビルアイの声が聞こえ、そちらにまた視線を移す。

 

 「遊ぼう…か。エリーにとってはあの程度の事は遊びなのか?私はもう勘弁してもらいたい所だが。」

 

 「別にいつもあんな事してるわけじゃないけどね。アイちゃん魔法詠唱者だし、魔法談義でも良いわよ?」

 

 魔法詠唱者達は魔法の話をするのが大好きだ。悪い言い方をすれば、自らの知識をひけらかすのが好きと言う事にもなる。リーネの言葉を聞いたイビルアイが笑顔になる。思った通りイビルアイも魔法談義は好きなようである。

 

 「分かってるじゃないかエリー、その時を楽しみにしているぞ。」

 

 「うん、私もね。ていうかさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()のよね。アイちゃんからちょっとビシッと言って貰いたいな。」

 

 「なに?そんな奴がいるのか、けしからん奴だな。」

 

 「そうそう、魔法を使()()()()()あんまし()()()()()()()って言うか…。どうにかしたいのよねアイツ。」

 

 「魔法を使える癖に魔法を軽んじてるのか?なんだそいつは、訳が分からんな。そう思うなら覚えなきゃよかっただろうに。」

 

 「いや、なんか気づいたら使える様になってたらしいよ。」

 

 「ふぁ!?なんだそいつ、天才か!?」

 

 驚愕するイビルアイを見ていると笑いが込み上げてくる。こんな楽しい時間がいつまでも続けば良いのにと少し思うが、そういう訳にもいかないだろう。今度こそ本当に帰ろうとするイビルアイを見つめていたリーネがある事を閃いていく。

 

 「あ、ちょっと待って。」

 

 何かに閃いたリーネが無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)に手を突っ込み何やらゴソゴソしだす。

 

 せっかく友達になれたのだ、記念に何かを渡そうと、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)の中を漁り出す。

 

 「水を出すアイテムの時も思ったが凄いなそれ…。」

 

 「あ、これは…。」

 

 何かに気づいたリーネが”三つのアイテム”を取り出し、イビルアイに見せる。

 

 それは”二つの腕輪”と”ネックレス”の様な物だ。

 

 (懐かしいな…これ。)

 

 懐かしさが込み上げてくる。いつだっただろうか、もう遠い昔の様に感じられる。これはモモンガと、今はいない”ツーヤ”と一緒に冒険した時に手に入れたアイテムだ。

 

 (使われないアイテム程、可哀そうな物はないわね。)

 

 思い出の詰まったアイテムを少しギュッと握り締め、イビルアイの元に歩を進めていく。

 

 「よいしょ!アイちゃん両手出して。」

 

 二つの腕輪をイビルアイに優しく装着し、ネックレスをかけていく。そうするとイビルアイの表情が変わる。

 

 「なんだこれ…?魔力が…溢れてくる?これはマジックアイテムなのか?」

 

 「そうそう、私が持ってても意味無いし、アイちゃんにあげるよ。ちなみにこのアイテム三つ一緒に装備しないと効果発揮しないから注意してね。」

 

 「いいのか?」

 

 「うん!友達記念だよ!」

 

 ありがとう。そう言い残し、イビルアイとは今度こそ本当に別れていった。帰り際に一瞬だがマジックアイテムを調べそうな行動を取ったが、思いとどまったのか、そのまま歩を進めていった。面倒になったのか、それともアイテムを貰った本人の前で調べる事は失礼だと思ったのだろうか。それは分からない。

 

 余談ではあるが、帰り着いたイビルアイが魔法でアイテムの効果を調べ、驚愕の悲鳴と共に転げ回る事になる。

 

 イビルアイの姿が見えなくなるまで見つめていたリーネが、一つ背伸びをしていく。寝ているハムスケに向き直り、ハムスケを起こすべく声を掛けていく。

 

 「ハムスケ、起きなさい、ピニスンの所まで行くわよ。」

 

 「んあぁ…あぁ、姫おはようでござるよ。」

 

 寝起きにおおきな欠伸をしたハムスケがぶるぶると体を震わせる。その姿は非常に可愛らしい、なんだかなでなでしたくなってきてしまう。

 

 そんなハムスケから視線を逸らし、リーネは再度イビルアイの帰っていった方向に向き直る。

 

 (思い出は、新しい思い出に変えなくちゃね。)

 

 またね、アイちゃん。その言葉が優しく宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 イビルアイと別れたリーネはハムスケと共にピニスンの元まで戻り、今日の出来事を説明していった。魔樹の分身体は討伐されたと聞き、嬉しそうにしていたピニスンに別れを告げ、トブの大森林の中を散歩がてら歩いていく。そろそろ良い時間だ、自分もそろそろ帰ろうかと思っていると、ある事を思い出していく。

 

 「あ!しまった、アイちゃんに連絡用アイテム渡すの忘れてた。」

 

 思い出したある事とは、連絡手段の確保だ。また遊ぼうなどと言って別れてしまったが、一体どうやって連絡を取ればよいのだろうか。イビルアイは恐らくは人里離れた場所に住んでいるだろう、周辺国家付近にいるかも怪しい。そんな人物と連絡手段無しに次ぎまた会うのは非常に難しいように思える。

 

 「…ま、いっか。いつか会えるでしょ。」

 

 お気楽な声が聞こえてくる。普通ならいやいやいやと言う所だが、リーネはハーフエルフ、イビルアイはヴァンパイア、長い時間を生きる彼女達ならいつかどこかでひょっこり再会できるだろう。

 

 「う~ん、じゃあ私も帰ろうかな。」

 

 軽く背伸びをして、家に帰ろうとリーネは歩を進めていく。そして歩いていると、何やら頭に引っかかる物があった。なんだろうか、何か忘れている気がする。そう思いながらも歩いていると、自分の後ろにハムスケがひょこひょこ付いてきていた。

 

 「なにしてんのアンタ?私もう帰るわよ?」

 

 「某は姫の忠臣ハムスケにござる!姫の住処で使えるでござるよ!」

 

 目をキラキラと輝かせながら、ハムスケがそう言い放った。殺処分されたいのかお前。その言葉が出かけたがグッと堪える。ハムスケが法国の事など知っている訳はない。本気で仕えようとしている相手に対してその言葉は余りにも無慈悲だ。

 

 キラキラと目を輝かせるハムスケを突き放すのは流石に気が引ける。しかし、法国に連れて帰るなど言語道断、どうしようかとリーネは考える。

 

 「よし…決めたわ!!」

 

 「おぉ!姫どうしたのでござるか!?」

 

 「私はここを…トブの大森林を拠点にする!あ、いや…ここをキャンプ地とする!」

 

 大きな声でリーネは叫ぶ。ハムスケを法国に連れて帰る訳にはいかない。ならばいっそここに拠点を築き、そこにハムスケを住まわせよう。自分が留守の間拠点を頼むとでも言っておけば、喜んでここ―――トブの大森林に残ってくれるだろう。幸いにもトブの大森林は人類未開の地、拠点を築くには打ってつけだ。

 

 「そうと決まれば、色々と考えなきゃね。規模は…どれぐらいのがいいんだろ?出来る事ならどでかいの作りたいわね。どうせなら課金アイテムも使って…これ拠点ですわって感じなの作ろう!」

 

 ユグドラシルには仮拠点用のアイテムも沢山存在している。アイテムの質―――ランクやレアリティを上げて行けば、巨大な城まで立てようとすれば立てられる程だ。課金アイテムともなれば、尚更質も良く、見た目も豪華な拠点が築けるだろう。

 

 ホーム拠点―――いわゆるギルド拠点と言う物を持たない、あるいは持つ事が出来ないプレイヤー達の浪漫を叶える為のアイテムであるが、思いのほか使用しているプレイヤー達は少ない。

 

 理由は簡単だ、それは脆いからだ。所詮はアイテムで作られた仮初の拠点であり、耐久力はホーム拠点などと比べるべくもない程脆い。波状攻撃を受ければすぐに沈んでしまう程である。

 

 ホーム拠点とは違い、NPCの制作も出来ずに、POPするモンスターもいない。これは費用が掛からないという意味では良い事だが、防衛時に戦力が全くないという事に他ならない。唯一良い所はフィールドならどこにでも立てられるという所だが、この良い所が逆に悪い所になる場合もある。どこにでも立てられるが故に、他のプレイヤーの邪魔になる場所に立ててしまう場合もあるという事だ。文句を言われる位ならいいが、怒りを買えばそのまま攻め入られ陥落されてしまう場合もある。

 

 この様な色々な理由から、使い勝手は良いが、余り好んで使われないアイテム、それが拠点アイテムだ。良い面もあれば悪い面もある、ユグドラシルの常識だ。

 

 しかしここはユグドラシルではない。脆い脆いと言うが、それはプレイヤー基準での話だ、それもカンストプレイヤー基準。はっきり言って、仮にオラサーダルクがアゼルリシア山脈のドラゴン達を引き連れてその拠点を攻撃したとしても、落とすのはかなり厳しいだろう。低品質の拠点アイテムでもそうなる。

 

 ここはユグドラシルではなく異世界、強さの基準が全く違う。そんな中、リーネが建てようと考えているのは最高級の拠点アイテム―――課金アイテムだ。

 

 そんな拠点を陥落させれる者などこの世界では限られてくるだろう。全くいない訳でもないが、それでも極々少数の者達、それはリーネも分かっている、だからこそ、手は抜かない。

 

 「すぐに…ってな訳にもいかないかぁ…”リク”の件もあるしね。取りあえずは隠蔽用の幻術アイテムを集めて…最高級のが良いわね。神器級(ゴッズ)が良いんだけど、最低でも伝説級(レジェンド)の幻術アイテム…それに課金アイテムを組み込んで効果の底上げは必須ね…。それを八つ…いや、最大の十二揃えて、”シリーズ”と”二重の六芒星”のボーナス二重取りで更に効果を倍増させようかな…。」

 

 ぶつぶつ独り言を呟きながら思考の海に沈んで行く。オーバーでオーバーでオーバーキルな計画を立てていく。

 

 「その幻術の周囲に更に偽装の幻術を展開したいわね…。大元の強力な幻術とは別に弱い奴を…二段階…いや、三段階展開する。一番弱い奴は第五位階くらいでも看破できるようにして、それを周囲に複数展開させる。当然拠点とは離れた位置にね―――」

 

 「姫、姫―――」

 

 「―――一段階目を突破したら次はすぐに二段階目が出てくるようにして、そうすれば、探ってる奴がどのくらいの実力なのか把握できるし、探られている事をその段階で拠点内に伝える様にできるか…大元まで辿り着かれれば一大事ね、拠点内の脱出ルートは最低でも三つは確保したい、脱出した際の転移痕もきちんと偽装しなきゃ追跡される…か―――」

 

 「姫、姫―――」

 

 「―――後は…難しいわね、たったこれだけじゃ不安で不安でしょうがないわ。今度さりげなくモモンガさんやウルさんに聞いて見よう―――ん?なに?」

 

 ハムスケの声が聞こえ、思考の海からリーネが浮上してくる。見ればそこには先程より更に目を輝かせるハムスケの姿があった。

 

 「姫はやっぱり凄いでござるよ!」

 

 「え、そうかな?普通じゃない?」

 

 最低限の事しか考えていないのに凄いと言われても何やらむず痒くなるだけだ、モモンガなどこれの倍は色々と考えるだろう。

 

 大して凄い事ではないとハムスケに説明しようとした瞬間―――リーネのポッケからアラーム音が鳴り響く。

 

 「―――!?そうだった、忘れてた!」

 

 このアラーム音は通信アイテムのアラーム音だ。トブの大森林に来る前にアオに持たせていた通信アイテムからの着信にリーネはすかさずアイテムを取り出していった。

 

 チッと一つ舌を打つ。先程頭の中に引っかかっていたのはこの事だった。何かあれば呼べ、そう言って渡した通信アイテムが鳴り響くという事は、アオに何かあったという事か。脳裏に浮かぶは三体のヴァンパイア達―――裏切ったか、その言葉が脳裏に過る。

 

 「もしもしアオ!?何かあったの!?」

 

 『あ、ママだ~。ママ~。』

 

 その声音を聞き、少し安心していく。アオに焦りの感情は無いように思えたからだ。一つ深呼吸をし通信アイテム越しにアオに喋り掛けていく。

 

 「アオどうしたの?何かあった?」

 

 『ママ~、あのね~。』

 

 「うん。」

 

 『”おじちゃん”が帰ってきたらね~。』

 

 「うん…うん?」

 

 『なんか”お姉ちゃん達”と喧嘩してる~。』

 

 「……ん?」

 

 ヒタリ―――リーネの頬に汗がしたたり落ちた。混乱しそうになる脳をどうにか押さえつけていったリーネが、冷静に今日の出来事を思い出していく。

 

 ヴァンパイアを召喚した。アオを守る様に言った。そして―――オラサーダルクにはそれを伝えていない。ヴァンパイアにもオラサーダルクの事を伝えていない。

 

 ヒタリヒタリヒタリ―――汗がしたたり落ちていく。大粒の汗が。

 

 (やっちまったぁぁぁ!!)

 

 『あ、ママ~、なんか髪の長いお姉ちゃんが魔法使ってるよ~、凄いね~。』

 

 「止めてぇぇぇ!!!」

 

 トブの大森林にリーネの叫びが木霊していく。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

    ―――ExtraEpisodeⅠ ”女子会”―――

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都リ・エスティーゼを眩い光が包み込む。

 

 連日の雨から一転して本日は快晴である。

 

 空を見上げれば雲一つありはしない。

 

 道行く人々の表情も、その青空に比例するかのように明るく、耳を澄ませば陽気な声が聞き取れた。

 

 そんな活気で満ち溢れる大通りの人込みの中、妙な服装の人物が目に入ってくる。

 

 赤いローブを身に纏い、顔は妙な仮面で覆われている。

 

 その妙な格好をした人物が、人込みの中をするすると通り抜けていく。

 

 人にぶつからぬ様に、連日の雨で溜まった水たまりを避ける様に、ゆっくり過ぎず、けれど早すぎない程の速度で進んで行く。

 

 その人物が進んで行くその先には、豪勢な宿屋が見えている。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼの高級宿、その宿屋の一階は酒場兼食堂となっている。

 

 一階部分を丸ごと使用しているだけあり、その空間はとても広々としている。

 

 そんな高級宿の食堂の中央に、まるで陣取っているかのように四人の女性達の姿があった。

 

 「―――かぁ!朝から飲む酒は格別ってもんだな!」

 

 「駄目人間。」

 

 「ゴミ糞人間。」

 

 「そこまで言うかよ!!」

 

 「そうよ、ティア、言い過ぎよ。ゴミで止めてあげなさい。」

 

 「ゴミは良いのかよ!!?」

 

 まるで打ち合わせでもしていたかの様な華麗な掛け合いを繰り広げる四人の女性達。

 

 そう彼女達こそ、王国で二組しかいないアダマンタイト級冒険者チーム「蒼の薔薇」であり、リーダーのラキュース、戦士のガガーラン、双子の忍者のティアとティナの四人である。

 

 「そう言えば、鬼ボス、聞いた?また”アオ”が出没したらしい。」

 

 「え?そうなの?それは初耳ね、しばらく現れてなかったらしいけど…。」

 

 ”アオ”通称”挨拶ドラゴン”と呼ばれる、フロスト・ドラゴンの名前だ。

 

 人間の支配域に唐突に表れるそのドラゴンは、現れるや否や、「こんにちは!!」と言い、「アオだよ!!」とご丁寧に名前を名乗ってくる事で有名である。

 

 人間には好意的なドラゴンで、特に悪さをする訳ではなく、喋りたい事だけ喋って飛んでいく、何がしたいのかはよく分からないが、巷では特に理由もないのでは?という事で納得されている。

 

 自由奔放―――それがドラゴンなのだから。

 

 「数か月ぶり?それとももっとかしら?一度姿を表すと頻繁に表れるのよね。」

 

 「アゼルリシア山脈みたいな遠い所からご苦労なこったな。暇で暇でしょうがねぇんだろうな、羨ましいぜ。」

 

 「ガガーラン、それはブーメラン。暇だからこんな所で朝から酒を飲んでいる。」

 

 「うっせ!!」

 

 「はいはい、二人共、ティナがまだ喋ってるでしょ。それで、今度はどんな愉快な内容なのかしら?」

 

 掛け合う二人を静止したラキュースがティナに向かってそう吐いた。その表情には微笑みが見える。

 

 まるで元気な近所の子供を見守るお姉さんの様な優しい笑みである。微塵も悪さをしたなどとは思っていない、そんな表情―――それは続く言葉でひび割れた。

 

 「…アオが貴族の領地を襲撃した…被害はそれなり。」

 

 「「「!!?」」」

 

 ラキュースだけでなく、残りの二人の表情にも緊張が走る。

 

 ティナの言っている言葉の意味が瞬時には理解できなかった、いや、理解したくなかったのかも知れない。

 

 あのアオが、あれほど人間に好意的なドラゴンが、牙を剥いたという事に。

 

 「う…嘘でしょ?きっとあれよ…そう!人間違いよ!あっ、ドラゴン違いよ!」

 

 「それはありえない、アオは普通のフロスト・ドラゴンとは違う、イビルアイ曰く、希少種の部類…見間違えはありえないと思う。」

 

 「そんな…。」

 

 顔を伏せ、ラキュースが意気消沈する。

 

 そんなラキュースを横目に、ガガーランがティナに言葉を発した。

 

 「…んで?被害はどの程度何だ?それなりなんだろ?あとどこの領地だよ。」

 

 「領地は”ブルムラシュー侯”の領地。」

 

 「ああん?ブルムラシュー侯?あの悪い噂の絶えない守銭奴か。」

 

 ブルムラシュー侯―――王国六大貴族の一人であり、ミスリル鉱山などを有し、王国随一の財力を誇る人物である。

 

 彼の悪い噂は後を絶えず、金貨一枚で家族さえ裏切ると言われる程の守銭奴である。

 

 噂では王国の隣国にして敵国、”バハルス帝国”に情報を売り渡しているとさえ言われているが、そこまでは彼女たちは知らない。

 

 「最近、ブルムラシュー侯が鉱山以外にも畜産業にも手を出した見たい、それで大量の家畜を保有していた見たい…そこにアオと…もう一体のドラゴンが襲撃してきて荒食いしだしたとさ。被害総額は計り知れない。」

 

 「もう一体だと?アオには仲間がいたってのか?聞いた事ねぇぞ?」

 

 「もう一体は炎竜。アオよりも体が大きかったみたいだから、年齢は恐らくアオより上。難度で言えば百に迫る…いや超えるかも知れない。」

 

 年齢、体の大きさ、ドラゴンの脅威を簡単に知りたいならそこに目を向けるのが一番早い。

 

 ドラゴンは年齢を重ねれば重ねる程に大きく、強くなっていく。

 

 人間の様な下等種族とは違うのだ、特に何もする事もない、己を鍛えるでもなく、知識を蓄えるでもない、只々年齢を重ねるだけで強靭な肉体と力を手に入れていく。

 

 ドラゴンは何故強いと思う?元々強いからよ。と言う言葉がある程である。

 

 無論、全てのドラゴンがそうと言うわけでもないが、大抵はそうである。

 

 体が大きければ大きい程にドラゴンは強くなっていく。

 

 アオは間違いなく成体の竜だ、そして既に成熟しきっているだろう。それよりも大きな体となると、もしかしたら、長老―――エルダーに足を踏み入れているかも知れない個体であるのではと考えられる。

 

 「百越えのドラゴンとかマジかよ…それで、被害は?」

 

 「さっきも言った、被害総額は計り知れない。」

 

 「金の話をしてんじゃねぇ!人的被害の事だろうがよ!!」

 

 その言葉の後に、爆音が部屋中に鳴り響く。

 

 その理由はガガーランがその大きな手を握り締め、テーブルに叩き付けたからだ。

 

 食堂に居る人間の目が一斉にガガーランに集中する。

 

 それに気づき、ラキュースが慌てて、席を立ち、周囲に謝罪の言葉を述べた。 

 

 そして再度椅子に腰かけ、ティナに話の続きを促す。

 

 「ふぅ、ごめんね、ティナ。ガガーランも、気持ちは分かるけど少し押さえてね。ティナ、続きを。」

 

 「うん、分かった、鬼ボス…人的被害は…」

 

 「…。」

 

 「ない。」

 

 「そうかよ…ん?は?ない!?」

 

 「そう、人的被害は全くない。怪我人一人いなかったらしい。そのかわり農場はボロボロにされた挙句、家畜は殆ど食べられた。食べきれなかった分はアオと炎竜が持てるだけ持って帰ったらしい。」

 

 「…えぇ~。」

 

 ドラゴンが二体暴れたと言うからには想像を絶する死者が出ただろうと思っていたラキュース、そしてガガーランであったが、なんと死者はおらず挙句、怪我人すらいないと言う。

 

 口から出た言葉は安堵の物であろうか。

 

 「しかし凄い。家畜も暴れるのにどうやって持って帰った。ドラゴン凄まじき。」

 

 「いや!驚く所そこなの!?」

 

 「アオが凍らせたらしい。かっちんこっちん。凍った家畜の背中につららを作って一か所に纏める。そして輪っかを作って手提げバック見たいにして飛び去って行ったらしい。」

 

 「いや!だからそこじゃ―――って本当に凄いわね!?」

 

 「頭良すぎだろアイツ!!」

 

 「ドラゴン凄まじき。」

 

 アオの行動の凄まじさに全員が驚愕する。

 

 次第に二人の声音が優しい物へと変わっていくのが感じられた。

 

 人的被害はなかった、しかしアオが領地を襲撃したのは間違いない、それは事実だ。楽観視して良い問題ではない筈。

 

 けれども、それでも―――アオは人間を傷つけてはいなかった。

 

 そのこともまた事実。

 

 その事実に二人が少し安心したのは言うまでもないようである。

 

 「しかしよく誰も怪我しなかったな。」

 

 「そうね、全員逃げたのかしら?」

 

 「鬼ボス、筋肉、余り安心するな、アオが領地を襲撃したのは事実。ブルムラシュー侯はカンカン。まだ決定事項ではないが、恐らく…いや、ほぼ間違いなく”アオの討伐依頼”が冒険者組合にくる。」

 

 「ははは…まぁ、そうなるわな。」

 

 ティナの言葉に対して、ガガーランがそう答えた。

 

 そして―――

 

 「俺は断るぜ。アオには”恩”がある。俺は恩を仇で返したくはねぇ…だろ?リーダー?」

 

 「えぇ、そうね。」

 

 ガガーランの視線がラキュースを射抜き、それを見つめ返していく。

 

 そう、二人は恩があるのだ、まだ二人が駆け出しだった頃、引き際を誤り、命の危機に瀕した時―――通りすがりのアオに助けて貰った事があるのだ。

 

 今の二人があるのは、あの時アオに助けて貰ったからだ。

 

 だからこそ、理由も聞かずに、一方的にアオを悪者にして、戦う事はまっぴらごめんだった。

 

 「俺達みたいにアオに助けられた奴らは多くはねぇかもしれねぇ、でも少なくもねぇ筈だ。」

 

 「そうね、一度アオに会ってキチンと話してみたいわ。」

 

 「危険、楽観的過ぎる。」

 

 「頭お花畑。」

 

 「酷い!!」

 

 話してみたいと言うラキュースに対して、双子から忠告の言葉が吐かれた。片方は悪口であるが。

 

 「まぁそれでも、私としてもアオがこんな行動に出たのは何か理由があるんじゃないかとは思ってはいる。アオは今まで一度も家畜を襲ったりはしなかった。その機会はいつでもあったのに。余りに急すぎる。それに…。」

 

 「?それに、どうしたの、ティナ。」

 

 「アオはその襲撃の二日前にエ・ランテル付近にも出没している。その時にモンスターから人間を守ったみたい。」

 

 「「!!」」

 

 「へぇ。」

 

 「助けられたのは、エ・ランテルの冒険者チーム。スペル・マスターとか言う大層な異名を持つ魔法詠唱者がいるらしい。チーム名は知らないけど、確かシルバーだかゴールドだかその辺だった筈。襲撃の二日前に人助け、その二日後に襲撃。正直訳が分からない。」

 

 「スペル・マスター…イビルアイ危うし。」

 

 その言葉を聞き、ラキュースとガガーランは目を合わせ―――ニヤリと笑った。

 

 「決まりだな、リーダー。」

 

 「えぇ、アオに会って理由を聞くわ。」

 

 「やっぱりそうなる。凄く行きたくない。と言うかまず見つからない。」

 

 「あぁん?忍びの名が泣くぜ、ティア。」

 

 「忍びにも限界がある。まぁでも頑張ってはみる。危険そうだと判断したら接触はさせないから。」

 

 「大丈夫、私はアオを信じるわ。」

 

 「頭お花畑。」

 

 「もう、また意地悪言う。それに、アオに会えたら色々聞きたい事もあるしね。イビルアイの探し人とか。」

 

 イビルアイの探し人、もう百年も前になるだろうか。トブの大森林で出会ったと言うエルフの少女、イビルアイの数少ない―――友達だ。

 

 会ったのはたったの一度だけだ、また会おうと言う言葉で分かれたきりの。

 

 「百年探すって凄いわよね。イビルアイって結構重いわね。」

 

 「そう言ってやんな、友情に時間なんて関係ねぇよ…理屈じゃねぇのさ。」

 

 「エリザベス。」

 

 「可愛いらしい。ムフフ。」

 

 アオが現れるのは王国に限らない。帝国、聖王国、周辺国家ならいたる所に現れる。流石に法国には現れないらしいが。

 

 そうやって昔から色々な所を飛び回っているアオなら、もしかするとエリザベスと遭遇している可能性もあるかも知れない。

 

 「おちびさんのマブダチも良いけどよ…俺っちも聞きたい事があんぜ。」

 

 「でた。ガガーランの探し人。」

 

 「剣聖。剣聖あけみ。」

 

 ”剣聖あけみ”剣の道を志した者ならば知らぬ者はいない伝説の剣豪の名前だ。

 

 初めて歴史の表舞台に名を表したのはおよそ百年程前になるだろうか。

 

 南方特有の装束に刀と呼ばれる特殊な剣を腰に携えた、赤き瞳のヴァンパイア。

 

 全ての剣士の憧れであり、剣術の―――武の終着点とまで言われる存在である。

 

 「最後に姿を表したのは”ヴェスチャーさん”の時かしら?もう数十年も前の事よね。噂が届かないくらい遠い所で現れてる可能性はあるけど。」

 

 「爺さんは言ってたぜ…舞う剣線のなんと美しき事よ、それすらも霞む程の武神としての心を、誇り高き魂を…儂はそこに剣の頂を見たり…ってな。」

 

 「それに比べて”妹”は最悪。」

 

 「殺戮の女王”ともえ”。」

 

 この周辺国家には”三大ヴァンパイア”なる者達が存在している。

 

 『剣聖』 『国落とし』 そして… 『殺戮の女王』。

 

 今から五十年前、王国の都市に現れたその存在は無数のモンスターを従えて瞬く間に都市を火の海に変えていった。

 

 オーガ、トロール、ナーガ、ゴブリン、魔獣、トブの大森林から軍勢を引き連れ、暴れ回ったと言う。

 

 波の様に押し寄せるモンスター達、そして女王の繰り出す強大な魔法の前には兵士達など成すすべはなく―――そのまま蹂躙されて行った。

 

 そのまま王都まで進軍していくかと思われた女王であったが、なぜか攻撃をピタリと止める。そしてモンスター達を引き連れ、踵を返す様に帰っていったと言われている。

 

 襲撃は半日にも満たなかったが都市は半壊、死者は数千にも及んだ。

 

 生存者達は語った。

 

 地の底から沸き上がって来るような冷たい声、ギャッギャッギャと言う悍ましい高笑い、まるで吸い込まれる様な美しい笑顔、その姿は正に―――殺戮の女王だと。

 

 あれから五十年、歴史の表舞台に女王が現れたと言う記録はない。

 

 法国が秘密裏に始末したのか、姉である剣聖が抑え付けているのか、それとも、今尚トブの大森林の深部にて息を潜めているのか。

 

 真実は分からない、しかし五十年経った今でも、冒険者組合では特級危険生物として扱われている。

 

 「しかしよくそんな大量のモンスターを連れてこれたよな、途中で気づかれそうなもんだが…。」

 

 「女王は魔法を使う。それかも。」

 

 「そんな魔法あんのか?」

 

 「分からない。幻術とか、もしくは転移魔法、それも桁外れの。」

 

 「魔法ってやつはなんでもありかよ…。」

 

 「法国が始末したって噂が昔流れたけど…恐らくそれはないでしょうね。事実”四王”なんて今でも呼ばれてるくらいだし。」

 

 「私もそれはないと思う。トブの大森林に侵入するのは自殺行為。手前ならまだしも深部まではいけない。」

 

 「森の賢王、”夜王”、そして…”覇王”。女王討伐の為に軍を動かせばそれら全てと敵対する事になる可能性がある。それはもう()()()()()()()()()()。」

 

 トブの大森林、そこは正に魔境。

 

 殺戮の女王、賢王、夜王、覇王と言う四体の王が森を支配している。

 

 一説には四王がお互いを牽制し合い森のパワーバランスが保たれていと言われている。

 

 仮に女王を始末できたとしても、女王傘下の魔物達を何れかの王が吸収し、力を蓄えた王が他の王を取って食らうだろう。そして森を支配した暁には―――人間の支配域に侵略に来ないとも限らない。

 

 「四王と言われているが夜王はまゆつば。本当に存在しているかは不明。」

 

 「夜王”グラギオス”…。確か森の一部を幻術で覆ってるって聞いたわよ?実際にイビルアイも単身で調査に向かった事が昔あるらしいけど、幻術が掛けられていると思われる場所は発見できたらしいわ。でもイビルアイを持ってしても解く事は出来ないって言ってたわ。恐ろしく高度で、複雑な術式だって。」

 

 「うへぇ…んじゃ何か?夜王って奴はうちのおちびさん以上って事かい?笑えねぇぞそれ。」

 

 「同じ魔法詠唱者でもイビルアイの専門分野は幻術ではない。それだけで上と決めつける事は出来ない。」

 

 「いずれにしても実在する可能性は高いわね。賢王は強大な魔獣って話だしね。」

 

 「後は覇王―――覇王”フレイ”。エルフの女らしい。」

 

 「エルフってこの辺にもいんだな。エイヴァーシャー大森林から来たのか?」

 

 「それは分からない。」

 

 「エルフの女…抜ける。」

 

 「やめなさい。」

 

 先程の緊張感のある会話から、ズルズルと脱線していき只の雑談へと切り替わっていく。最早アオの件など誰も話はしない。

 

 しかしそれもしょうがないかも知れない。冒険者は強い者の話が好きだ。それはアダマンタイト級冒険者の彼女達でも例外ではない。

 

 結局はこういう話が一番盛り上がるのだ。

 

 「実際の話、森には手を出すべきではない。今でも十分に森の恵みは得られている。深部までいかなければ下級冒険者でも薬草などを採取して帰って来る事が出来ている。女王の件も王国が無遠慮に女王のテリトリーを犯した可能性がある。」

 

 「私も同感。女王はこう言ったと言われている「売られた喧嘩、高値で買いに来たぜ」ってさ。むざむざ虎の尾を踏みに行く必要もない。」

 

 「踏む尾は虎じゃすまねぇ気もすんがな…お、やっとおいでなすったかい。」

 

 会話の最中に何者かを見つけたのか、ガガーランが視線をずらしながらそう言葉を吐いていく。

 

 その言葉を聞き、残りの三人もガガーランの見つめる方向へと視線を移していく。

 

 食堂の入り口から小柄な人物がこちらに向かって歩いてくるのが四人の目に入る。

 

 そしてその人物は四人の元にまで近づくと歩を止めていった。

 

 「すまないな、少し遅れてしまった。」

 

 「気にすんな、こっちも駄弁って暇つぶしてた所だ。」

 

 「そうよイビルアイ。立ち話も何だし、座ったら?」

 

 それもそうだな。そう言いながらイビルアイと呼ばれた人物は椅子に腰を掛けていく。

 

 この人物の名前はイビルアイ。蒼の薔薇の魔法詠唱者であり、蒼の薔薇最強の女性だ。

 

 「イビルアイがいない間に凄い話になった。イビルアイの意見も聞きたい。」

 

 「ん?意見?一体何の話をしてたんだお前達は。」

 

 ティアが遅れて来たイビルアイに先程の会話の内容―――アオへの接触について語り、イビルアイにも意見を求めていく。

 

 当然イビルアイからは否定的な意見が飛んでくる。それに対してガガーランが自らの意見を言っている。

 

 その光景をラキュースは見つめながら、ふとイビルアイの装備が目に入ってくる。

 

 両腕に装着された腕輪、胸元に駆けられている首飾り。常軌を逸した効果を付与するその装備群が。それは現代の技術力では到底作成する事が出来ないマジックアイテムであり、秘宝の部類に入るだろう。

 

 「イビルアイ、アオへの接触に否定的なのは分かるわ。でもアオは長い時を生きている存在。もしかしたらイビルアイの探している人、エリザベスの情報も持っているかも知れないのよ?会ってみる価値は有るんじゃない?」

 

 ラキュースの言葉を聞いたイビルアイがピタリと言葉を止める。

 

 そしてラキュースに向き合い―――ふるふると首を横に振っていった。

 

 「ラキュース…その件はもう良いんだ。」

 

 その言葉を聞き驚愕する。

 

 それはラキュースだけではない、残りの三人も同じだ。

 

 「え…もう良いって…どういう。」

 

 「おいおい、イビルアイ、諦めるなんざオメェさんらしくねぇじゃねぇかよ。」

 

 強い口調でそう言い放ったガガーランにイビルアイが向き直る。

 

 そしてまた―――ふるふると首を振っていった。

 

 「そうじゃないんだ、ガガーラン…エリーは…アイツはもう見つかったんだよ。」

 

 「…は?」

 

 想像もしていなかった言葉にガガーランだけでなく、残りの三人も固まる。

 

 そんな四人を横目に、イビルアイは言葉を続けていく。

 

 軽やかに―――跳ねる様な声音で。

 

 「アダマンタイトになり有名になれば捜索の幅も広まると思ったが…アイツめ、まさかあっちから会いに来るとはな。というか、まさかエルフが”あんな所”にいるとは思わんだろ…それもあのような”組織”に所属してるとはな…まったく、相変わらず型破りな奴だよ、アイツは。」 

 

 「えっと…え?見つかったの?それは良かったわ…ね。なんか急過ぎて上手く言葉が出てこないけど…。」

 

 「ふふ。と言う事でだ、ラキュース。残念だが私を言いくるめる理由は消滅してしまったぞ…どうする?」

 

 「え?あっ!それは…あれよ!あれ!」

 

 「ふふ、あれとは何だ?」

 

 イビルアイを納得させる為の切り札が消滅してしまったラキュースが慌てながら新しい理由を考えている。

 

 その姿を見つめながら、イビルアイは仮面の下で目を細めた。

 

 (まったく、アイツめ。何がエリザベスだ、偽名なんぞ使いおって。おかげで探すのが大変だったじゃないか…いや、それは私も一緒か…。似た者同士なのかもな私達は…なぁ―――アンティリーネ。)

 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 

 人外の魔境―――トブの大森林。

 

 深く広大なその土地は人間などが容易く侵入する事は出来ない。

 

 そんな隔絶された外様の世界―――大森林を深く深く進んで行ったその先に、聳え立つ大きな居城が佇んでいる。

 

 周辺国家の―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()、また()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その居城の一室で複数の声が木霊していた。

 

 「…よっと。ほれ、アンタの番だよ。」

 

 「うっ…そ…だろおい。マジで?それとれんの?」

 

 「おお!凄いでござるな!”かなめ”殿流石でござる!」

 

 広く豪華な居城の一室。その部屋の中央に置かれているテーブルに集まる者達。

 

 そこには二人の女性と、一匹の巨大な魔獣の姿が見える。

 

 「かなめ殿はこの遊びは強いでござるな。凄い集中力でござる。」

 

 「まぁね。”ジェンガ”なら誰にも負ける気しないよ、私。」

 

 「”ともえ”殿も頑張るでござるよ~。ファイト~でござる。」

 

 「うぅぅぅるせぇぇぇ…今集中してんだよ…。」

 

 テーブルに集まり、娯楽に興じる二人と一匹。

 

 吸血鬼姉妹の次女のかなめと三女のともえ、そしてジャイアント・ビック・ハムスターこと、森の賢王、ハムスケの姿がそこにはあった。

 

 二人がジェンガと言う積み木を取り除いていくゲームで対決する中、ハムスケがともえに声援を送る。

 

 ともえが指をぷるぷるさせながら積まれた積み木をつまむ。

 

 額から汗が滴り落ちるのではと思わせる程の表情はそれだけ集中していると言う事なのだろう。口からはヒュウ~、ヒュウ~と吐息を漏らしながらつまんだ積み木をともえが引き抜く。

 

 「…あ…んあぁぁぁぁーーー!」

 

 「はい、残念。またあたしの勝ちだね。」

 

 最高の集中力で引き抜かれたその積み木は、無情にも崩落していった。崩れていく際の、がしゃがしゃと言う音はともえの悲鳴にかき消されて行く。

 

 「んだこれぇぇぇ!くっそおもんねぇぞ!!俺はもうやらねぇかんな!!」

 

 「はいはい、分かった分かった。それでいいけど、さっさと食堂からお菓子持ってきてよ。」

 

 その言葉を聞いたともえの額に青筋が入る。そして目は見開かれ、牙が剥き出しになっていく。

 

 「かぁぁなぁぁめぇぇ…この俺様を使いっぱしりにしようってのかぁ?あぁ?」

 

 「負けたのは事実でしょ?そういう約束だったじゃない。いいから早く行ってきな。」

 

 凄むともえに対してかなめはどこ吹く風だ、それどころかともえに対して急がせる様な言葉を返していく。

 

 ともえの額の青筋がまた一本増えていく。

 

 「んがぁぁ!わぁったよ!取ってくりゃいいんだろ!行くよ!行ってくんよ!!」

 

 険しい表情のままにともえが振り向く。

 

 まるでズシン、ズシンと言う効果音でも鳴り響きそうな歩き方で部屋の扉まで歩を進めていった。

 

 「ハムスケの分も忘れないでね。」

 

 「ありがとうでござるよ~。」

 

 その言葉を聞き、ピタリと歩が止まる。

 

 そしてくるりと振り向いたともえが、かなめに指を突きつけていった。

 

 「うっせぇぇ!!覚えてろよテメェ!!次はギッタンギッタンにしてやるかんな!」

 

 捨て台詞と共に、扉がバン!っと閉められて行った。

 

 かなりの力で叩き閉められたであろう扉であるが、豪快な音はしたがびくともしていない。

 

 どうやらこの扉は―――いや()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事なのだろう。

 

 「ギッタンギッタンとか今日日聞かないわね。と言うか、言葉も行動も小物臭がにじみ出てるわね。相変わらずね、あの子。」

 

 「ともえ殿はいつも元気でござるな。一緒に居て楽しいでござ―――。」

 

 「うらあぁぁ!持ってきたぞコラボケェェ!!」

 

 「―――るな。うひゃぁ!びっくりしたでござるよ!」

 

 ハムスケが喋っている最中に、バン!と言う豪快な音と共に扉が開いていった。

 

 そこにはお菓子を山盛りに盛った皿を右手に担いだともえの姿があった。

 

 「はや。あんた転移魔法使ったっしょ。」

 

 「うっせぇボケェ!どうでも良いだろうがそんなの!さっさとこの菓子を三人で美味しく楽しく食うぞコラァ!」

 

 「…はぁ、あんたが一番うるさいってのよ。」

 

 両耳を両手で塞いだかなめが、溜息と共にそう呟いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うんっま!うんっま!ケーキうんっま!」

 

 「静かに食べなよな。」

 

 最高級のお菓子を食しながら、かなめが紅茶を嗜んでいる目の前では、がっつがっつとケーキを貪る妹の姿が目に入ってくる。

 

 ゆっくりと味わって食べろよなと思いながら、かなめは妹を見つめる。

 

 見つめるその先では妹が、特大のコップに並々に注がれたコーラをごっぽごっぽと飲み干している。

 

 余りの品の無さに溜息を尽きたくなる。まぁ、今に始まった事ではないのであるが。

 

 「ギャッギャッギャ♪お次はマカロンだぁ~♪俺様に食われるのを光栄と思えやぁ♪」

 

 「静かに食べなさいって…あ…もう、口にクリームついてんぞ。拭いてあげるから、顔こっち向けな。」

 

 「ギャッギャッギャ♪」

 

 妹の口に付いたクリームを、かなめはハンカチで優しく拭いてあげる。

 

 拭き終われば待ってましたと言わんばかりに妹がマカロンを口いっぱいに頬張りだす。

 

 ギャッギャッギャッギャとにこやかに笑い続ける妹。どうやら美味しいお菓子のお陰で機嫌は直った様だ、

 

 (ホントこの子は気分屋すぎだろぉ。)

 

 「ともえ殿は豪快にござるな~。あけみ殿も呼べば良かったでござるな。人数が多い方が楽しいでござるよ。」

 

 「あけみかぁ…。まぁ確かに、たまには姉妹三人ってのも悪くなかったかもね。」

 

 「ギャッギャッギャ、ちげぇねぇ♪」

 

 「”グラギオス”殿も今日は留守でござるし、どこに行っているのでござろうか?」

 

 「グラ爺なら”ダルク”の所に行ってるよ。ちなみに”フレイ”はあけみの所に行くって言ってたね。二人共、”来月の為”に色々練ってるんじゃない?」

 

 「そうなのでござったか。皆凄いでござるな。そういえば、”らいおん”殿は今どちらに居るのでござるか?久しぶりに会いたいでござるよ。」

 

 「あぁぁぁん?らいおん?知らね。ダルクの所にでも居んじゃねぇか?」

 

 「うん。その線が一番固いかもね。ダルクの所でのんびりしてんじゃない?」

 

 「ダルク殿にも会いたいでござるな~♪早く来月になってほしいでござる。全員で集まるのなんて久しぶりでござる♪」

 

 「うん。そだね、楽しみだねハムスケ。」

 

 「…おい。」

 

 目をキラキラさせながら話すハムスケの言葉を聞いていたともえの表情が急に真顔になっていく。

 

 そのともえの雰囲気を察したのかハムスケが頭に?マークを浮かべていった。

 

 「…全員じゃねぇだろ…”ヨン”はもういねぇだろ…。」

 

 「こらともえ。」

 

 「そ…そうでござった…。失言にござる。謝るでござる。」

 

 「ハムスケは悪くないよ。ともえ、それは言っちゃ駄目。」

 

 「チッ…。」

 

 楽しかった雰囲気が一変し、急に嫌な空気が流れていく。

 

 ともえもこの空気を作ったのは自分だと分かっているのだろう。バツの悪そうな雰囲気を纏っている。

 

 空気を変える為に、かなめが新たな話題を二人に振っていく。

 

 「そういえば、”竜胆(りんどう)”が来月少し早く来るってさ。今年は例年より少し長めにこっちに居るらしいよ。十日くらいは居れるって話。」

 

 「なんだって?」

 

 「おお!それは誠でござるか!竜胆殿は何時もすぐ帰られてしまうでござるからな。嬉しいでござる。」

 

 「じゃあ”ディアス”も同じくらいの期間居んのか?あいつらいつも二人で”こっちまで”来んだろ?」

 

 「じゃないかな?多分同じくらい居ると思うけど。」

 

 「待ち遠しいでござるな~。皆で迎えに行くでござるよ。」

 

 「…いや…俺は行かねぇ…()()()()()また失敗しちまいそうだからな…。」

 

 「あ~…まだ忘れてないんだね…。」

 

 はしゃぐハムスケとは裏腹に、ともえが暗い表情になっていく。そしてそれを察したのか、かなめがともえに喋り掛けていく。

 

 「忘れる訳ねぇだろ!!めっちゃ怒られたからな!!命令でもなければ外には出たくねぇ…また失敗しちまいそうだからよ…。」

 

 俯き、項垂れてしまった妹をかなめが見つめる。

 

 ともえは昔大きな失敗を犯してしまった。それ以来、森の外に出るのを極端に嫌う。また外の世界で失敗をしたくないからだ。

 

 事の発端は王国にある。けしかけて来たのはあちらであり、悪いのもあちらだ。

 

 それでも―――ともえはやり過ぎた。

 

 「俺はただ…”主様”に喜んで貰いたかっただけなんだよ…()()()()()()()()()()なんだ…。」

 

 (私が気づいてあげなきゃ駄目だったんだ…責任は私にもある…。)

 

 気づいてあげなければいけなかった、ともえの内に潜む”劣等感”に。

 

 それに気づくべきは自分であった筈だ。長女では―――あけみでは無理だ。あの女の精神は気高過ぎる。常人の気持ちなど理解は出来ないであろう。

 

 姉の気持ち、妹の気持ち、両方の気持ちに気を配らなければならない自分が気づけなかった事に悔しい気持ちが込み上げる。

 

 もし気づいていれば、もっと早く話を聞いてあげていれば、妹の暴走は防げたかも知れない。

 

 そうすれば、あの惨劇は起こらず、妹もこんな気持ちにならなくても済んだかも知れない。

 

 (悪いのは王国…それでも、主様の気持ちを考えたならあれは駄目…。もっと上手な着地点があったかもしれないのに…。)

 

 「…うぅ…う…。」

 

 (うぅ…?ん?)

 

 考え事をしている間に良く分からない言葉が聞こえて来たと思い、かなめが目を向けていく。

 

 するとどうだろうか、俯いた妹の瞳からポロポロと涙が落ちている。

 

 ぎょぎょっとかなめの目が丸くなる。

 

 まさか泣くとは思ってはいなかったからだ。妹の隣ではハムスケが目に見えて分かる位に戸惑っているのが見えてくる。

 

 「ちょ!ちょっと…な、泣くな泣くな。」

 

 「うぅ…俺は()()()()()()()なんだよ…俺は()()()()なんだよ、お姉ちゃん…。」

 

 「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぴぃーでござるぅぅーー!!」

 

 「えぇい!うっさいな!黙れお前!」

 

 引きずっているとは思ってはいたが、五十年経った今でもここまで引きずっているとは思ってはいなかった。

 

 普段余り取り乱す事の無いかなめであるが、流石に焦る。

 

 どうにか妹を落ち着かせようと色々考えるが、良さそうな案が中々思いつかない。

 

 (ちょちょちょ!どうする!どうす―――。)

 

 そんなかなめの目に飛び込んできたのが食べかけのマカロンである。

 

 いくら何でもこれはないだろうと思う。この状況で食べ物で機嫌を取れるなど流石に無理だろうと自分でも思う。

 

 (えぇい!ままよ!!)

 

 意を決したかの様にかなめはマカロンを右手に掴み―――

 

 「ともえ!」

 

 「うぅ…んあ…?んが!?」

 

 ―――ともえの口に突っ込んだ。

 

 「んが…。」

 

 「ど…どう、ともえ…美味しい?」

 

 強行突破。その言葉が相応しいかの様な強引な手を使っていったかなめが恐る恐る妹に訪ねていく。

 

 もちゃもちゃとマカロンを食べ終わった妹の表情をかなめは見つめ―――ごくりと一つ唾を飲んだ。

 

 「…うまし…。」

 

 

 「そ、そう!美味しいよねそれ!」

 

 マカロン効果により妹の表情が少し和らいだのを感じ取ったかなめが、次の一手を打っていく。

 

 このまま畳みかける気だ。

 

 「そ、そう言えばともえは来月の事何か考えてる?私まだ何も考えてなくてさぁ、参考までに聞かせて貰いたいな!」

 

 「あ…ああん…?一応考えてるけど…どうせ俺なん―――」 

 

 「ハ、ハムスケも聞きたくない!?ねぇそう思わない!?」

 

 あたふたしているばかりのハムスケにかなめが話題を振っていく。

 

 その言葉と共に、二人が見つめ合い―――二人の気持ちは一つになっていく。

 

 「そ、そうでござる!拙者何も考えてないでござる!拙者馬鹿でござるから、聞きたいでござるよ!」

 

 「あ…ああん…そ、そうか?」

 

 「!そ、そうそう!ほらハムスケも聞きたいってさ!」

 

 「ともえ殿!教えて下され!ともえ殿の事だからきっと凄いに違いないでござる!」

 

 二人に詰め寄られ、ともえがしばしの間無言になり―――両の手を胸に組んだ。

 

 「ギャッギャッギャ!仕方ねぇなぁ!俺様のBIGな内容を聞きてぇかぁ!?コラァ!」

 

 「聞きたい聞きたい!」

 

 「聞きたいでござるよ!」

 

 どうにかなったよぉ~。調子の戻ったともえを見ながら二人は心でそう叫んだ。

 

 「ギャッギャッギャ!心して聞けよぉぉ!馬鹿共がぁぁ!」

 

 (ふぅ…どうにかなったか…ほんと、大変だよ、この子は。)

 

 目の前では得意げに喋り続ける妹の姿が見えるが余り内容が耳に入ってこない。疲労は溜らない筈なのであるが、なぜかどっと疲れた感覚に見舞われる。

 

 (ま、いいさね。いつでも励ましてあげるよ。私は姉ちゃんだからね。)

 

 

 

 

 人外の魔境―――トブの大森林

 

 深く広大な森林の奥深くに聳え立つ居城の一室に、今日はいつもより大きな声が木霊する。

 

 ギャッギャッギャッギャと言う笑い声が木霊していく。

 

 

 

 

 

 

 

 NextEpisode → ExtraEpisode Ⅱ

 

 

 

 

 

 

 





 見た目はタイプ、ちょっと辛口、役立たないインスピレーションなイビルアイこと、キーノさんのお話でしたね。

 どうもちひろです。

 百年後のお話を唐突にぶち込む。こういう急に時間軸が変わる様なお話を作ってみたいとこのSSを書く前からずっと思ってたんですよね。
 なので一応はExtraEpisodeと言う題名にしてます。
 急に百年後になったからびっくりしましたか?申し訳ない、次回から普通の時間軸に戻ります。
 百年後はこんな感じになってますよと言うちょっとした説明ですね。
 アンティリーネさんが絡む事で、ちょいちょい百年後は変わってます。個人としてもそうだし、大きい所で言うと、国家単位で影響を受けている所もあるみたいですね。
 ヴァンパイア三姉妹、”あけみ””かなめ””ともえ”には、実は個別に主役のエピソードがあります。時間軸で言えばユグドラシル大冒険が終わってだいぶ先のお話になるので、作中では描写できませんが、いつか書きたいなとか思っていたり思わなかったり。
 ともえが殺戮の限りを尽くしたのもそのエピソードです。

 イビルアイが百年リーネを探し続けて見つけられないのはだいぶ違和感があると思います。
 メッセージは?とか色々あると思いますが、その辺はシーしていただけると幸いです。
 理由としては、イビルアイとこれ以上絡ませることはできないからです。彼女はこの世界に詳しすぎます。これ以上絡めば世界の本質にまで至りそうで、話が進められなくなりそうだからです。

 ――キャラクタープロフィール ”ともえ”――

 身長170㌢ 体重58㌔
 
 住居 トブの大森林――魔城ガッデムの一室――
 タイプ 魔力系魔法詠唱者(範囲型) 
 レベル 30
 カルマ値 -300
 性格 残忍 
 笑い方 ギャッギャッギャ 
 頭脳 馬鹿 ※戦いではその限りではない
 頼りにしている人物 リュラリュース
 飲み仲間 ゼンベル
 最近気になる事 グを殴り過ぎて嫌われてる気がする。

 女性にしては結構大きいですね。只やはり魔法詠唱者なので体重は身長にしては軽めです。まぁ、女性にしてはちょっと重たい気もしますが、こんなもんでしょう。アンデッドなので体重は増減しません。
 ともえちゃんのコンセプトは”滅茶苦茶強い小者”です。※あくまで現地勢目線ではですが。
 言動や行動はその辺の調子にのったチンピラ風なのにも関わらず、なんか妙に強い奴、そんな感じのキャラクターですね。
 よくあるファンタジー漫画とかで、急に出て来た強キャラ臭を醸し出す新キャラが、絡まれたチンピラ冒険者とかを無視して、路地裏とかで追いかけて来た冒険者を人目に付かずボコったりする場面、あの場合、絡むのもともえちゃんで、追いかけるのもともえちゃんです。そして次のページをめくったら、ともえちゃんが新キャラを血祭りにあげている、そんな感じのキャラクターですね。
 小者な描写って難しいですね。中々雰囲気が出ません。

 次話はユグドラシルのお話に戻ります。
 遂にナザリック攻略戦ですね。
 頑張って執筆します!

 それでは、シュバ!
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