屍の王の小さな冒険   作:焼いた石

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プロローグ

 地獄、と称されるほどの屍の山に一匹の竜が微睡んでいた。屍と同じ色の爛れ腐った被膜の下で、鈍色に光るみすぼらしい体躯。体の棘は歪み戒めのようだ。禍々しく悍ましい瘴気の谷の王ヴァルハザクは、恐れるものなどないかのように無防備に寝転んでいる。

 そこに騒がしい客人がきた。

 

「じいさんまた寝てんのか!俺がきてやったぞ、起きろぉ!」

 

 何処からもなく宙を舞い、瘴気を払うように舞い飛ぶのはレイギエナだった。紺碧の翼をはためかせる姿は蝶のようで、おどろおどろしい谷では明らかに浮いている。

 洞窟に響き渡るほどの大声で鳴き散らせば、流石にヴァルハザクは目を覚ました。

 

「うるさいやつだなぁ。起きてるわ」

「嘘つくなよ!寝ている時は口から漏れてるから見ればにわかるぞ!ぐっすりお休みだったじゃねぇか!」

「そうなのか?」

 

 のそりと身を起こし寄り目にして口先を見てみるが色はついていない。

 寝ている時はって言ってんだろ、とレイギエナはため息をつく。

 

「とりあえず汚い空気をどっかやってくれ。羽を休めやしない」

「そうだな。少しまってくれ」

 

 骸のようなヴァルハザクが何度も羽ばたかせれば、緩やかな風が呼応するかのように瘴気を払いのける。瘴気を自由に操っているかのようだが本人はその自覚がないらしく、そうかなぁと呑気な言葉で首を傾げるのだからレイギエナは納得がいかない。風を掴み空を舞うレイギエナからしてみれば、自分よりも上手く空間を支配している姿を見せつけられるかのようで劣等感を覚える瞬間である。むすっとしたまま屍のない僅かな地面に折りたち、翼を畳む。

 

「ここまで来るのだって大変なんだからな!」

 

 レイギエナの小言が始まり、ヴァルハザクは耳を傾けながら近くに置いておいた比較的新鮮で食べ応えがありそうな瘴気まみれの死体に口を付ける。分解されかかった死体は肉が解され膨れやわらかく、腐った体液はねちゃりとした粘液となっており舌に纏わりつく。死臭が漂い鼻が曲がりそうなほどの匂いを放っているが、ヴァルハザクは感じもしない。騒々しさに気分を良くしながら食べるご飯がおいしかった。

 レイギエナも瘴気の谷に入ったときから独特の悪臭を感じてきたせいですっかり鼻は馬鹿になっているため匂いは気にならないが、自分の言葉が耳に入っていないことを理解すると諦めて毛づくろいを始める。空気が悪すぎて飛んでいるだけでも羽がべたついているような気がするのだ。

 毛づくろいに集中し、すっかり静かになったレイギエナに、食事を終えたヴァルハザクが声をかける。

 

「さて、今日は何を話してくれるんだ?お前の話しを楽しみにしているんだ」

 

 巨大な体を横たえ、悠然と構える。悪びれもなく話しをねだり始めたマイペースさに呆れながらも、期待されればレイギエナも満更でもない。

 巣に引きこもり、でかけるときは巣の周囲を散歩する程度であるヴァルハザクは、忙しなく動き縄張り争いや空を旅するレイギエナの話しを聞くのが好きだった。レイギエナは楽しそうに話しを聞くヴァルハザクの姿を気に入っていた。住む環境も違い、餌を奪いあう必要もない。それにヴァルハザクの領域にわざわざ入り込んでくるやつもいない。

 話す内容のほとんどはヴァルハザクが行ったことがない陸珊瑚の台地の話だ。鮮やかなピンクも、宙を浮かぶクラゲもみたことはなく、想像の中で旅をする。レイギエナも自分が好きな世界が伝わるように詳細に表現する。話しを聞いている間、ヴァルハザクは質問はせずに頷きながら静かに先を促す。そして想像に集中する。そのうちだんだんと夢の中へと潜っていってしまうのはいつものことである。いつの間にか眠りだしたヴァルハザクは先ほどに比べると楽しそうな寝顔だ。

 

「ほんとによく寝るやつだな。……俺も寝るか」

 

 ヴァルハザクから絶えず瘴気は零れているが、十分な距離を取れば昼寝するぐらいならそこまで警戒するほどでもないと欠伸を一つ。自分の尻尾を枕がわりにしながらうたた寝を始める。早朝から見回りをしていたレイギエナはすぐに微睡み始める。

 なんとも平和な昼下がりであった。

 

 

 

 




本題に入れなかった。
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