とても可愛いけど危険すぎる奴隷のご主人さまは 作:ぴりあ
ほどほどに曇らせて、最後にハッピーエンドで二人がくっつくよくあるやつです。
よろしくお願いします。
暗がり。
日差しの下から物陰に入り込んだことで一気に光を奪われる中、目を細めた先に“少女”はいた。
薄汚れた馬車の中、複数人の女性が横たわる中に、彼女はいた。
足首に鎖をつけられただけの彼女たちとは違い、手足も鎖に繋がれた、明らかに他とは違う様子の少女。そこが違法に奴隷を売買する奴隷商人の馬車の中であると理解していれば、その少女が他の女性とは違う事情を抱えていることは見ればすぐに解るだろう。
何よりも、うす暗い陰の中にあってなお、彼女はどこか輝いて見えた。
憔悴しているように見える。
何かを恨んでいるように見える。
今にも死を選んでしまいそうに見える。
だが、それでもなお見惚れてしまうほどに、暗がりの少女は――美しかったのだ。
ぽつりと、
「キレイだ……」
なんて言葉が、この状況にあって溢れてしまうほどに。
ああ、けれど。
その出会いは、彼女の存在は、
俺の安定と安寧に満ちた転生ライフを、根底からひっくり返してしまうものになる――
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森の中を駆ける。
地に足場などなく、ここは人も獣も通らない道なき道だ。剣で邪魔な草木を切り払いながら先に進む。一見すればそれは遭難するために走っているのではないかというような道筋だが問題ない。
俺は、ある一点に向って一直線に道を切り開きながら進んでいるのだから。
「一体どこまで行ったんだよ……!」
それでも、目指す先はいまだたどり着けない、かれこれ数分は走り続けているのだが俺の探している“彼女”は一瞬目を離した隙に、そんなところにまで逸れていってしまったのだ。
原因は俺の不手際や彼女の機動力など様々だが、どちらにせよ――
「止まってるってことは、何かが起きているってことだ!」
そう言いながら、足に力を込める。目の前には壁のように立ちはだかる巨木。俺の身長の数倍はあるかというそれを、俺は一息に飛び上がった。
前世では考えられないような身体能力だが、この世界はそれが普通。いや、俺はあまり普通じゃないんだけど、ともかくこれができる人間自体は相当数いる。
だから問題はない、ちょっと道に迷ってもこの身体能力ならそうそう出られないなんてことはないのだ。
とはいえ今はそちらではなく――
「変なことになってないでくれよ――イト!」
ふとした拍子にいなくなってしまった、我が麗しの奴隷様を見つけ出すことが先決だ――!
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やがて、森を飛び出しておれは足を止める。眼の前が大きな崖になっていたからだ、開けた場所に少しだけ切り立った崖がある。
飛び降りることは可能だが、足を止めた理由はそれだけではないのだ。
俺は今、この森に来るにあたって一緒にやってきた同行者――“イト”という少女を探すために、彼女に持たせていた“常に一定の魔力を放つ”目印をもとに走り回っていた。
その魔力が、この崖の下で止まっているのだ。
落ちた、ということはない。理由は後述するが、彼女が崖に落ちることはありえない。
だというのにここで彼女が止まっているということは、何かしらの訳があるということだ。そして見下ろせば、すぐにその答えはあった。
数十メートルの崖下。人の影なんてぽつんとしか見えない。幸いにもイトは目立つから、その人影がイトであることはすぐにわかった。
だが、それよりもさらに目につく存在が、イトの目の前にいた。
トカゲ、一言で表現するならばそうなるだろうが、ここから見ただけでも解る巨体。そのトカゲはれっきとした“ドラゴン”の一種である。
リザードドラゴン、ほぼ名前そのまんまな見た目をしている四つん這いの怪物は、今にもその人影に襲いかかろうとしているようだった。
まずいと思う暇も、迷っている暇もない。
俺は慌てて崖を飛び降りた。
「――イトォ!」
叫びながら、手にした剣に魔力を込める。この状況、俺の存在はリザードドラゴンにとってノイズ。もしくは想像もしなかったような死角だろう。
完全に不意を打つような状況で、俺は落下の勢いと魔力を込めた剣の一撃で、
リザードドラゴンのドたまに剣を突き刺した。
衝撃が風となって周囲に広がる。眼の前でその光景を見ていたイトは、髪と“翼”をなびかせながらそれを見ている。いつもの、変わりない無表情な顔で――
「イト、大丈夫か!?」
俺は慌てて剣を手放してイトの方へ駆け寄る。剣なんかよりもイトだ、イトになにかあっては困る。すぐに駆け寄るが、見たところ外傷のようなものは皆無だった。
イトはそこでようやく自分が心配されていることに気付いたのか、目を見開いてからぶんぶんと首を横に降った。
「……!」
「……そうか、ならよかった」
胸をなでおろす。
もしもイトに何かあったら……
一つは言うまでもなく、イトはキレイだ。
目の前にいるのは、見た目は十代半ばの幼い少女。透きとおるような白髪と、それに負けないくらいの白い肌。そして赤い瞳。俺と出会った時から着ている白いワンピースは、先程の衝撃による土埃を被っても汚れ一つついてはいなかった。
何より特徴的なのは、その背中の“翼”と、頭の“耳”そして、“しっぽ”。
言うならば猫耳天使。そんな特徴的な容姿を“イト”はしている。
俺が彼女のご主人さまだから――というわけではないが、とにかくイトはキレイだと思う。初めて彼女を眺めた時、そんな事を言うような場ではないにも関わらずキレイだと零してしまったくらい。
果たして、それが人に向ける感想なのか、はたまた芸術品に向ける感想なのかわからなくなってしまうくらい ――という言葉はあまり良くないか。
どちらにせよ、イトはそんな俺の様子に構うことなく、指を指して何か言いたげにリザードドラゴンを見ている。
「えーと、何だ?」
――イトは言葉を話せない。見ての通り人間とは異なる種族であるためで、そのためイトはこうして言葉なく俺に何かを伝えようとしてくる。
俺は何とかそれを読み取ろうとリザードドラゴンに視線を向けて――すぐに理解した。
というよりも俺が視線を向けた時、脳天に剣を突き刺したはずのリザードドラゴンの目がぎょろりとこちらへ向いたのである。
「……まだ生きてるって言いたかったのか!? ……嘘だろ!?」
慌てて俺は、今度は拳に魔力をまとわせてリザードドラゴンの顔をぶん殴ろうとする。しかし、ソレよりも早くイトはリザードドラゴンに向けた指を動かしていた。
――直後、リザードドラゴンは真っ二つに切断された。
イトが指を動かしたとおりに、イトの指が引いた線をなぞるように、世界がずれた。
あまりにもあっけなく、最初からそうであったかのようにずるりとリザードドラゴンが二つになる。俺の剣は、イトがキチンと考慮してくれたのだろう、欠けることなく無事に、リザードドラゴンの半分に突き刺さっていた。
「イト――」
呼びかけると、イトがびっくりした様子でこちらを見る。何かを恐れるような視線、原因は単純に俺が普段口を酸っぱくして「イトは力をみだりに使ってはいけない」と言っているからだろう。
怒られると思っているのだ。
しかし、
「……よくやったな」
ポン、と俺はイトの頭をなでた。
――怒る? とんでもない、間違いなく今のイトの行動は俺を助けるためのもの、それを怒るのはおかしいだろう。
イトは、それをぼんやりとした表情で見ている。恐れに対して、今のリアクションは極端に感情を感じさせないためわかりにくい。
できればそこは、もう少しわかりやすく振る舞ってくれると助かるんだがな……?
「でも、前から何度も言っているように、イトの力は危険なものだ。誰かのために振るうことは決して間違いじゃないけれど、それが別の誰かを傷つけてしまうってことは、忘れちゃだめだぞ?」
とはいえ、そう一言付け加えることは忘れない。
そうすると、イトは目を見開いてからぶんぶんと首を勢いよく縦にふるのだ。何となくその表情は目を輝かせているようで、こうなればイトが喜んでいるだろうことは簡単に伺えた。
それからふと、イトは何かを思いついたように羽を広げて飛び上がる。天使のようなイトの羽は決して飾りではなく、このように飛行できるのだ。これができる種族はほとんどいない。というか、人型をしていて飛べる種族は、イトの種族だけではなかろうか。
イトはそうして、リザードドラゴンに突き刺さっていた剣を抜き放つと、俺のいない方向に剣を向けてブンブンふる、返り血を払っているのだろうが、イト自信にかからないか不安になるな。
ともあれ、概ねきれいになった剣をイトは俺に差し出してくる。飛ぶことができるが、わざわざ着地してこちらを見上げてくる様はとても愛らしい。
イトがそうする理由も、何となく把握できた。
「ありがとな、イト。とても助かるよ」
その言葉に、イトは表情を動かすことなく一つうなずいてみせるのだ。
やはりその目は、どこか輝いているように見えた。
――その首には、あるものが取り付けられている。
この世界では、“彼ら”にはそれを取り付けることが義務付けられていて、それが俺とイトの関係を端的に表すものと言っても過言ではない。
首輪。それを身に着けたイトは――俺の奴隷だ。
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ここは異世界、俺はそんな異世界に転生してきた転生者である。
そしてこの世界には、「ピュオリア」という独自の種属がいた。エルフでも、ドワーフでも、亜人でも、魔族でもない。猫の耳と尻尾を備えた、白い翼の「天使」。
それがピュオリアである。
今見た通り、ピュオリアは非常に強い。ちょっとしたことで生物なんて簡単にどうにかすることができる。そんな彼女たち――ピュオリアは女性しか存在しない種族だ――には、ある問題があった。
それは、ピュオリアが極度にストレスを受けると
その暴走の規模は
下手をすると世界が滅ぶ可能性すらある強大なもの。
だが同時に、ピュオリアに見初められた男は、その時代の“英雄”となると言われるほどの才気を持つという。歴史あるところにピュオリアあり、かつてこの世界で大国として栄華を極めた国の建国王の妻はピュオリアであったそうだ。
存在するだけで世界を動かしかねない存在、ピュオリア。
どういうわけか俺はその「ご主人さま」になってしまったわけで。
何より難しいのは、ピュオリアが言葉を話せず、その上感情表現が乏しいという事実。創作の中ではとても――いや、イトはおそらくこの世で一番キレイで可愛らしいのだが――可愛い“属性”だったが現実になってかつ、とても大きな爆弾を抱えているとなれば話は別。
いや、イトは可愛いのだが、イトは別だと思いたいのだが、
俺はそれでも、イトのご主人さまなのだ。
故に、
とても可愛いけど危険すぎる奴隷のご主人さまは、ある意味奴隷に奉仕する奴隷と変わらないかもしれない。
そんなことを俺は思う。
これはそんな奴隷であるイトと、それを可愛がりながらもお世話する俺の、なんというかまぁ、ラブコメみたいな物語だ。