ひねくれ野郎はバニーガールなんて見たくない 作:パイナップルの後味
ガバや多少の違和感はお許しください。
私が初めて高校、県立峰ヶ原高等学校に通うのは、実に5月のことだった。
芸能活動休止を表明したはいいもののスケジュールはパンパンに詰まっており、4月にみんなと同じように学校に通えず初登校は5月。最初の自己紹介で、6歳から子役としてデビューして、デビュー作の朝ドラは過去の超ヒット作と肩を並べるほどの視聴率と人気を誇り、全国民の7割が知っていると言っても過言ではない、桜島麻衣です。なんてことを言おうかと冗談で考えていたが、自己紹介の場は訪れなかった。
せっかくの初登校だが午後から仕事があるから早退してしまう。スケジュール表を見る限りまともに学校に通えるのは2学期からになってしまうだろう。
藤沢駅から電車に乗る。藤沢駅は藤沢市の中心地である。駅の1階には、上りは新宿、下りは片瀬江ノ島方面へと向かう小田急線のホームがあり、2階はJRの東海道線と湘南新宿ラインの改札だ。人の流れに乗って階段を上る。けれど、JRの看板には背を向ける。連絡通路を30メートルほど進むと、小田急百貨店の前に着いた。別に今からデパートで買い物をしようとしているのではない。だいたい、今はまだお店は締まっている。その閉まっているドアの右側にもうひとつの藤沢駅があるのだ。
車内の乗客はだいたい制服姿かスーツだ。小、中、高問わず制服が多い。ほとんどの生徒が誰かと一緒に登校していて、一人で登校している私が目立って見える。そして私が桜島麻衣ということもあり、視線を集めている。最初の頃はこういう視線が嬉しかったが、芸能活動に慣れてきた頃にはそういった視線に少し辟易しだしてきて、今となっては視線を無視するようになり、何も思わなくなった。
海岸線を走る電車は途中にもうひとつの駅を挟んで、峰ヶ原高校がある七里ヶ浜駅に到着した。
電車のドアが開くと潮の香りが漂ってきた。同じ制服を着た人たちが簡素な改札口を通っていく。
駅を出て、踏切をひとつ渡れば、目の前に学校が見えてくる。周囲をちらりと見渡してみれば、ほとんどの生徒が誰かと一緒に登校している。恋人だろうか。友達だろうか。いずれにせよ私にはないものだ。
学校に近づくにつれて否が応でも集まってくる視線に気づく。しかしだれも寄ってはこない。皆、目の前の平穏が愛しいのだ。暇だ、退屈だ、刺激が欲しい。そう言っていざ目の前に変化が訪れたらこれまでを大切にする。誰も自ら厄ネタに関わりにはいかないだろう。
校舎に着く。
靴を履き替える。
教室に着く。
私が教室に入ってきた瞬間の一瞬の静寂。視線が集中する、そして霧散する。
特に会話はなく、担任の先生から事務的な話を聞いて今日の私の初登校は終わった。
中間テストと期末テストにはなんとか予定を開けてほかの人と同じ空間で受けた。
授業に参加する余裕なんてものは当然なかったが、芸能活動を理由に勉強できない。成績が良くないと、仕方ないよねと思われるのが嫌だった。だから可能な限り睡眠を削り、仕事の合間合間に勉強したりして、その結果得られたのは上位の順位と、陳腐な称賛の声だけだった。すごい。天才だ。頭もいいんだ。
なんなのろう。私は何のために頑張っているのだろう。
心からなにかスッと抜け落ちていく感覚がした。
そうして一学期が終わった。
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夏休みが明けた。
夏休みの間に残した仕事はすべて終えて、二学期から普通に学校に通えるようになった。教室のドアを開けると視線が集まる。そして驚いたような顔をする人がちらほらいる。私が始業式の日からいることが珍しいのだろう。中にはあまり驚いていない人もいる。八月の半ば頃からテレビには映らなくなったので、テレビを見ている人はそこで気づいたのだろう。
その日は授業もなく、早く終わったので帰宅する。由比ヶ浜駅に向かい、久々の解放感から藤沢駅周辺をぶらぶらする。ウィンドウショッピングをしたり、クリームパンを買ったり。自宅に向かう頃には夕暮れとなっていた。部活ももう終わるころだろう。仕事もおわったし、部活についても考えはしたがすぐに思考をやめた。ただでさえ今のクラスの状況がああなのだ。部活に入ってもそれは変わりはしないだろう。よそからの部外者は疎まれる傾向にある。
そうして日が落ちてきた中、自宅のマンションに向かう。そんなときだった。
もしかして、桜島さん?
後ろから声をかけられた。振り向くとそこには同じ峰ヶ原高校の制服を着ている男の子がいた。彼のことは知っている。名前は知らないが、クラスメイトのうちのひとりだ。こんなとき、どう対応すればよいのだろうかわからず、しばらく悩んでいると向こうがさらに話しかけてきた。
ああええと、急に話しかけてごめん。たまたま自分の家の近くで見つけたからつい声かけちゃって。ほんとそれだけだから。じゃ!
そう言い残すと彼は走り去ってしまった。一体なんだったのだろうか。だけど、声をかけてくれたことは素直に嬉しかった。
そのあとはそのまま帰路についた。
それから何度か帰りに彼と会うことがあった。ばったりと会ったら私の家の近くまで送りつつ話しながら帰る。話してて分かったことだが、月並みな表現になってしまうが彼は優しくて、いい人だ。会話をよく振ってくれるし、帰り道、道路側を歩いたり、冗談なんかも言い合えるようになったが、芸能活動に関しては聞いてこない。
また、二学期の後半ごろ、一学期に話しかけずにごめんと律儀に謝ってきたときがあった。帰り道の人がいないときにしか声をかけられない自分が恥ずかしかったらしい。そのときあまりに彼の背中が丸まっていてなんだか面白くて、許してあげない。と笑って伝えた。
三学期になった。辺りはもうすっかり空気が冷えてきて、そして澄んできた。
依然として学校では私はひとりで過ごしている。周りも私も慣れてきて、それが普通となってきていた。その普通が壊れたのが三学期のことだった。
彼が私に話しかけてきた。教室内で。私は当然、周りも驚いた表情をしていた。なぜかこれまでは皆打ち合わせたかのように不干渉を貫いていて、それを私もとくに気に留めなかった。「空気」を演じてきた。
ここでは、学校では空気を読まないといけない風潮がある。読めて当たり前の空気。その空気に逆らうと爪弾きされてしまう。かくいう私も自分から周りに関わらず、「空気」の一部になったきていた。
彼が周囲から離れられていくのは、それから程なくしてのことだった。