本を模したと思われる形状に、"文学"の文字が掘られたバッジを手にした俺たち。
これで、この狂った学園の一階層目から次のステージに進む条件はすべて整った。
俺とマリアと紗雪の3人だったところに、蒼姫が加わり4人で校内の散策を始めた。
「単位は他人が取得したものを奪うこともできるんだ、しっかり大事に持っておけよ」
右手から生やしたAK-47を整備しながら、紗雪が俺に忠告した。
「達也さんなら心配ありませんよ」
俺に対して当たりの強い紗雪に対し、マリアはいつも俺に優しい言葉をかけてくれる。
文学の単位に挑戦するために蒼姫のいる世界に飛び込んだ際はなぜか冷たい反応をすることもあったが、今はそんな態度を見せることなく常ににこやかな表情をしている。
「達也さんの背中は、必ず私が守りますから……!」
俺の服の袖をきゅっと掴み、澄んだ視線を向けてくれる12歳の少女、蒼姫。
文字通り運命を書き換えた俺と蒼姫は、ともに歩みを──
「おい、達也」
「まさかお前……そのガキを連れてくつもりじゃないよな」
え?
ええ??
え、新メンバー迎えて4人で頑張ろう!……って流れだと思ってたんだけど違うの?
「共有財産の仕組み、忘れたとは言わせないぞ」
紗雪が鋭い目つきで俺と蒼姫を睨みつける。
共有財産……チームで単位を共有し、チーム内で必要な単位が揃っていれば上の階に進める制度。
ただし単位の取得数や取得した当人に関わらず、メンバーに欠員が出てしまうとチーム内で所有しているすべての単位が失効となる。
「あぁ、もちろんさ」
「今私たちが所有しているのはマリアの芸術、私の化学、そしてお前の文学」
「裏切って単位を奪うと自分の単位まで失効してしまう以上、この3人はある意味運命共同体だ」
「だがそいつは……」
はっきり言って相当顔が怖い紗雪ににらまれ、その威圧から泣きそうになるのを唇を嚙みしめて耐える蒼姫。
「お、おいおいおい……」
「まさか蒼姫をここに置いていくってのか!?」
そんなの絶対俺が認めないぞ……!
文学の怪物を倒し、こちらの世界に来てしまった以上、蒼姫には帰る場所がない。
「はっきり言って戦力になるわけがない」
「ーッ! お前ぇ……!」
俺が食って掛かっていこうとするのを、マリアが仲裁した。
「紗雪さん、達也さん、ここで仲間割れしている場合では……!」
「……ふん。」
「別にそいつが付いてくるのは構わない。どうせ私含めた3人の承認がない限り"同好会"には入れないからな」
「くっ……!」
ピリついた空気が流れ、しばらく沈黙が続く。
「マリアからも紗雪に何か言ってやってよ!」
紗雪と俺の間を取ってくれたマリアに話を振るが……
「蒼姫さんに、父の御加護がありますように祈りますね」
なんてこった。マリアも蒼姫の同好会参入には反対みたいだ。
「あ、あれは……何かの地図?でしょうか?」
しばしの沈黙を破ったのは蒼姫だった。
廊下の掲示板に何かが貼られているのを見つけ、俺たち3人をちょいちょいと手招きする。
「これは……」
「案内図……?」
ご丁寧に現在地を赤点で示しているその紙は、レイアウトからしてこの学園の案内図であることは間違いなさそうだった。
「それぞれの教室に書き込まれているのは……単位……?」
横からマリアがのぞき込み、その案内図をじっくりと読み込む。
「芸術88%、化学78%、文学25%……数字は突破率ということでしょうか?」
「現代文66%、英語45%、微積6%……」
今俺たちがいるのは一階で、上の階に進むために必要とされる必修科目"芸術・化学・文学"はもう既に習得している。
しかし一応ほかにも履修できる科目があるようで、俺たちは雁首揃えてその貴重すぎる情報源に見入った。
その中でも、俺たちは同じひとつの単位に視線が集中した。
「愛の単位……100%?」
「これは……履修した全員が単位を習得できていると言うことでしょうか?」
「そんな上手い話ある訳ないだろ……実際、愛の単位バッジなんて持ってるやつ見たことないぞ?」
「取得率ではなく、落第率だったりして……?」
「そもそも、"芸術"・"化学"・"文学"と来て"愛"って違和感しかないんだけど……」
「他の学問のようなイメージは湧かないですね……哲学に分類されるのでしょうか」
少し考えられない数値に俺たちは困惑するも、他の科目を見る限りは数字が単位取得率や生存率を表しているとしか思えない。
「取れるなら取っておきたいですね……念の為に」
「何人履修してるのか分からないのが怖いけど……どうせ100%無事なら、ちょっと行ってみないか?」
「こんななんの根拠もない数値を、お前は信じるのか?」
先程から俺に対して否定的な意見の紗雪だが、その後に続いた言葉は少し意外なものだった。
「……まぁ、この数字が虚偽だったとして、そもそもこの学園に100%安全な場所は無い。」
「何かが立ちはだかったとしても、それを打破すればいい話か」
一人で納得したらしい紗雪は、現在地を確認し"あい"の講義を行う教室へと足早に歩み始めた。
「ここがその教室……」
ごくりと唾を飲み込み、周囲を警戒しながら入室。
「何も無い……?」
ライフルを全方向に展開するも、撃つべき対象は現れない。
今回は先程の文学の講義とは違って他の参加者はおらず、暗い教室に俺たちだけがつっ立っていた。
「あれ、なにか置かれてますね」
マリアが机の上に置かれた木製のパズルに気づく。
「これは……箱入り娘?」
「箱入り娘だな」
食い気味に言葉を重ねてきた紗雪に若干引きながらも、俺も一緒になってそれを眺める。
箱入り娘とは、"娘"に加えて"父親""母親"など家族に関係がある文字が書かれた駒を動かしていき、最終的に"娘"を箱の外に出せばクリア、といった内容のスライドパズルだ。
なるほど……愛の単位と言われれば確かに納得出来なくもないけれど、これだけ?と思ってしまったのが正直なところだ。
「ね、ねぇ……これ……」
蒼姫が、教壇の教師用の机に積み上げられた何かを指差した。
「これ、あなた達が言う"バッジ"じゃないの……?」
そこには、"パズルが解けたら持って行って良いよ♡"との張り紙が。
「……何もかも舐め腐ってるな……」
今まででは有り得ないような講義内容に、困惑する俺たち。
今までにない授業内容に気を取られたのか、マリアが何かにつまづいてびたーんと転倒した。
「マリア、大丈夫?」
俺は倒れたマリアに手を差し伸べたが、マリアはそれに見向きもせずに1人で立ち上がった。
え、なんか冷たくない?
俺何かしたっけ?
少し気まずく感じていたところに、俺は背後に気配を感じて振り返った。
"何かいる"。
教室の後ろの収容棚に腰かけている。
俺は確かに"ソレ"を見ている。
何だこれは?
確かに視界の中に捉えているはずなのに、頭の中で整理出来ない。
俺は何かものすごい嫌な予感を感じて、紗雪とマリアの名を呼んだ。
「紗雪、マリア、まずい!!」
「教室の後ろに何かいる!!」
俺は咄嗟に拙いファイティングポーズを取る。しかし、2人からの反応はない。
何かがおかしい。
「蒼姫!!俺の声が聞こえるか!?」
「一応、これ解いていきますか?」
「こんなの解かなくてもバッジが目の前にあるんだからさっさと回収するぞ」
「うーん、ちょっとそれはいけない事のような……」
「まぁまぁ、どうせチャイムが鳴るまで出られないんですし、遊んでいきましょうよ」
え?え?
なんでみんな俺の事シカトすんの?酷くね?
いやこれ、シカトのレベルじゃない。
俺の声が、聞こえていない……?
「うーん、そんなイケメンってわけではないけど、私好みの顔♡」
腰かけたまま、何かが俺に語りかけた。
声は若い女性っぽくはあるが、俺は相変わらずそれを認知出来ない。
間違いなく目の前にいる。
「あ〜たまらないわその顔」
「おい!!!お前ら!!!敵が目の前にいるんだぞ!!!」
俺は紗雪の肩を強く揺すぶったが、彼女は全く反応を示さなかった。
「無駄よ。彼女たちにあなたの声は届いてない。」
「叫ぼうが、殴りかかろうが彼女らがあなたに気づくことはない。」
「何者なんだ、お前は……!」
「私?私はルル。2月29日生まれ。この教室の管理人よ。」
「ねー、君。私のセックスフレンドになってくれない?」