だいじなだいじな、わたしのぱんつ   作:がくらん

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11/6 2つ目の投稿です。前話(第8話 望まざる長い夜 前編、今朝7時ごろ投稿)を未読の方はご注意ください。


第9話 望まざる長い夜 後編

「おい鎖野郎、今お前には用はねぇんだ。 そいつをよこしてくんねぇか?」

「断る。 ……わたしにはお前達がどのような関係なのかを測りきれていない。 よって軽々しく貴様の意に沿うようなことはできない」

「……そうかよ。 まぁんなこったろうだとは思ってたがな」

 

 よっしナイスですクラピカくん!

 どうにも不承不承といった感じですが、わたしを引き渡すつもりはないようですね。

 とはいえ、この張りつめた空気を動かすきっかけにはなりたくはないので、容易に動くこともできません。

 にらみ合いが続くかと思われた所でしかし、がさがさと奥の茂みがかき分けられもう1人の悪役が登場しました。

 

「あぁパクノダ。 やっときたのか」

「えぇ。 まったく、意外と速いから追うのに苦労したわ。 ……あら、王子様もいたのね」

「……貴様も旅団ということか?」

「そんなところよ」

「ならば死んでもらう!」

 

 よほど苛立っていたのか、交渉などの手順をすべて投げ出し、クラピカくんが中指から延びる鎖を振るいます。

 その鎖の向かう先はパクノダ、ですがウボォーギンがパクノダの前に躍り出て、鎖は交差したその両腕にたたきこまれました。

 旅団を殺す為だけの鎖。 その一撃に、ウボォーギンは何メートルもはじきとばされ、数ある樹木をなぎ倒してからやっと制止します。

 そして改めてクラピカくんがパクノダに鎖を向けようとした時、ウボォーギンに守られていたその陰で、パクノダは具現化したリボルバー銃を構えていました。

 

「[ 記憶弾(メモリーボム) ]」

「う、がぁ、ああ、あああぁぁぁ……あぁ……」

「なっ! クラピカくん!?」

 

 ただ一発。 パクノダの構えた銃から放たれた念の弾丸は、腹の底に響くような重い音を従えながら迎撃に動いた鎖をすり抜け、まっすぐにクラピカの額へと吸い込まれて行きました。

 弾丸の直撃したはずの額に外傷はありません。

 しかし間をおかずに、クラピカくんは咽喉の奥底から絶望と悲壮のうめきを漏らしたかと思うと、膝をついてうずくまります。

 

「そ、そんな、どうして……? あれはただ記憶を見せるだけの能力だったはずでは……?」

「私はあなたの前で[ 記憶弾(メモリーボム) ]を使った覚えもなかったのだけど、そんなことも知っていたの。 ……その子には私の記憶を打ちこんであげただけよ? 例のクルタのお仕事のね」

「……クルタのお仕事」

「あなたも覚えているでしょう? あの連中をわざと怒らせるのは苦労したわよね」

「……なんて、ことを」

 

 かつて体験したこの世の地獄を思い返します。

 あれのおかげで今のわたしがあると同時に、あれのおかげで今のクラピカくんも成り立っているはず。

 とはいえあの地獄をつきつけられた結果、いびつに叩かれ開き直ってしまったわたしと違い、クラピカくんはあの地獄から逃げ出して1人生き残ってしまったことが、強い強い負い目になっているのだと考えられます。

 

 復讐の真理とは、他人の名誉や無念のためではありません。

 それは自分のため、大切な人を守れなかった自分の罪悪感をぬぐうために人は復讐に走るのです。

 そしてクラピカくんは今、かつて自身が逃げ出して直視できなかった自らの罪を、打ちこまれた弾丸によって無理やりに反芻させられているということ。

 

「クラピカくん、クラピカくん! しっかりしてください!」

「無駄よ。 時間をかけて細部まで見てもらえるように設定してあるわ。 ……[ 記憶弾(メモリーボム) ]をこんなふうに使ったのは初めてだったけれど、思いのほか有用なのかしら?」

 

 パクノダは、「まぁ使いどころが難しそうね」とつぶやきながら、手元から銃を消してしまいました。

 その様子にわたしはまるで、もう勝負は終わったとでも宣言されたかのように感じました。

 クラピカくんは、焦点の合わない目を大きく見開きなにもない地面を見つめ、いくら呼びかけてもわたしの声が聞こえていないようです。

 口からは絶えず意味をなさない言葉の羅列が漏れ、その丸まった小さな背中にも、垂れ下がった両腕にも、力は欠片も入っていません。

 

「―ってぇ……。 くそ、やっぱあの鎖はきっついな」

「あら、ウボォー戻ってきたの。 お疲れ様」

「おう。 ……んじゃ、あとはあいつだけか」

「……殺すの? 団長は生かして連れて来いって言ってたわよ?」

「気が向いたらとも言ってただろーが。 団長は使いづれぇあいつなんかよりマフィアの占い娘に興味津々って感じだったぜ。 別に殺したってかまわねぇだろ」

「……そうね」

 

 はじきとばされていたウボォーギンが林の奥から悠然と戻ってきました。

 そしてパクノダへの返事もそこそこに、わたしを見つめて向かってきます。

 あ、あぁ、逃げなくてはいけません。

 腰の引けた状態ながらも必死に立ちあがった瞬間、ふとある疑問が頭をよぎりました。

 

 ……逃げるって、どこに?

 

 頼みの綱のクラピカくんはだめ、ひとりでは逃げ切れない、……またも考えがまとまりません。

 その間にもウボォーギンは淡々とわたしのもとに近づいてきます。

 

「なぁおい」

「か、っひゅ……!」

「………………。 いや、やっぱなんでもねぇわ。 首ひねるのが一番手っ取り早いか?」

 

 とうとうなにもできないまま、無表情のウボォーギンは大きな指をわたしの首にのばします。

 あぁ、だめだ。

 緊張でうまく息が吸えない、無意識に足が引きずられ後ずさる、わたしの意識とからだの動きがかみ合わない。

 

 とうとう、首に、手が触れる――

 

「――お嬢様から手を離せ」

「お?」

 

 直前、わたしの真後ろ、セメタリービルのある方向から、静かな青年の声が響きました。

 その声に強いデジャブを感じるとともに、大きな不安と小さな期待が心にしみだします。

 

「だれだ、てめぇ?」

「……覚えてないのか。 まぁいっそお前はどうでもいい。 ……お嬢様っ!」

「は、……い?」

「ご安心ください。今度は、助けます。 命に代えても、必ずっ!!」

「あぁ、いきなり何わけわかんねぇこと――ぐぅっ……!」

 

 久しく聞いていなかった呼ばれ方に思わず反応した直後、真後ろの気配、オーラが爆発的に増えてウボォーギンに跳びかかりました。

 ウボォーギンはそれを腕でくらい、苦悶の表情をうかべながら数メートルにわたって両足で地面にふた筋の線を引きます。

 ウボォーギンに代わって目の前に躍り出た青年は、わたしに一瞥をくれるとすぐさまウボォーギンへと追撃をかけに突進していきます。

 

「……え? まさか、執事、くん……? そんな、うそです、幻……?」

「私もございますが、それでも幻だとお思いですか?」

「め、メイド長……!?」

「えぇ、お久しぶりでございます。 お嬢様」

 

 闇から染みだしたように、いつの間にか隣には使用人服に身を包んだ老婆がたたずんでいました。

 やや離れた場所でウボォーギンとの本格的な戦闘に入ったスーツの青年も、となりの老婆も、それはかつての日常にあふれていた顔、もう二度と見ることはできないと思っていたはずの顔です。

 

「ど、どうして……?」

 

「説明は後ほどに。 私はまずこの“クラピカ”をどうにかしますが、少々時間がかかります。 そのあいだ、お嬢様はあの鷲鼻の女の相手をお願いいたします」

「え!? そ、そんな! いきなりなんで――」

「お願いいたします」

「っ……! は、はい!」

 

 なにがなにやらわかりません、わかりませんけどメイド長に目を射抜かれたとたん、素直に言うことを聞かずにはいられないほどの、負い目のようななにかを感じました。

 その懐かしい感覚にすら感動してしまいながらも、はいと言ってしまった以上、こちらに注意を向けてくるパクノダ相手に時間を稼がなければいけません。

 

 ウボォーギンの方は執事くんとどつきあっているので、ひとまず放置でいいのでしょう。

 

「では“クラピカ”、こちらを見なさい。 ……[ お天道様のまなざし(エルダーアイズ) ]」

 

 メイド長がクラピカくんの顔を上げさせて目を合わせ、ぼそりと何かをつぶやくのを背に、パクノダへと向き直ります。

 執事くんたちが現れたことも、メイド長のクラピカくんに対する行動も、全部理解不能な状況です。

 でも大丈夫、メイド長がそう言うなら、きっと大丈夫。

 説明を後回しにされてわけがわからず動かなきゃいけないのは不本意ですが、彼女を信じて、今はパクノダと相対します。

 

「あの男の子とおばあさん。 彼らがここにくるように、あなたが采配を整えたのかしら?」

「さぁ、どうでしょう。 “それくらい自分で考えたらどうかしら?” でしたっけ? わたしは正解発表なんてしませんけど」

「まったく、どちらにしろこんな隠し札をもっていたなんて、今日はあなたに驚かされてばかりね」

「はい。 わたしも知りませんでしたし、驚いています」

「正解を教える気はなかったんじゃないの?」

「え、あ、……それはうそです」

「……そう」

 

 わたしとパクノダがほんのわずかな会話する間にも、少し離れた場所ではウボォーギンと執事くんが強化系同士、一か所に踏ん張って殴り合いの応酬をしているのが目の端に映ります。

 殴り合いといってもどちらも決定打になる一撃は当てられず当てさせず、しかし避けようともせず、相手の拳に自らの拳を合わせ打ち、相手の上段蹴りは打ち払ってふところに入ろうとする、とんでもないほどのインファイト。

 とにかく相手の力をさらなる力でねじ伏せようとする双方は、互いに一歩も引こうとはしません。

 

「……さて、そんなことはどうでもいいの。 あなたに話があるわ」

「なんです?」

「さっき聞いていたかもしれないけど、可能ならあなたを連れ帰れって団長には言われているの。 あなたの未来視の能力に興味を持ったんですって」

「……ふぅん」

「団長の盗んだ能力は元の能力者が死ぬと使えなくなる。 予知の能力さえ渡せば命まで奪うことはないわ」

「わたしがおとなしく従うとでも?」

「私と違ってウボォーがあなたを殺すつもりなのはわかっているでしょう? 今ならまだ間に合うわ。 ウボォーがあの男の子を倒してもどってくる前に一緒に帰るといいなさい。 そうすればウボォーは私が説得してあげる」

「……まるで執事くんが負けるとでも言っているようですね」

「だってそうでしょう?」

「…………」

 

 ウボォーギン達に目を向けるパクノダにつられて、わたしもそちらを改めて確かめます。

 一撃で地形が変わりそうなほどの2対の拳が、真正面からぶつかりあって空気を震わせています。

 二人の体には目立って変化はありませんが、二人の立つ地面は足から伝わる力を逃すことができずに、土塊をとばしながら大穴をあけるばかりです。

 一見脳筋としか思えない闘いも理解ある者が見れば、幾度ものフェイントや牽制、読み合いが行われているのが分かるはずです。

 けれど同じタイプの強さをもつ両人だからこそ、その苛烈さは留まるところを知りませ、……ん?

 

 ……いや、よく見ると執事くんの方のオーラが弱まってきたように感じます。

 その顔に疲労は見えずとも苦くしかめられており、何かしらの異変が生じたでしょうか。

 対してウボォーギンはかつてない好敵手を前に、実にうれしそうな顔でオーラの出力を底上げしていきます。

 純粋な力勝負である手前、その力の源であるオーラの減少は勝敗に大きく影響するはずです。

 まだ一応互角に戦っていますが、パクノダの言うとおりこのままでは危ないのでは……?

 

「さぁ、私は色よい返答を期待しているのだけど」

「……執事くんは負けません」

「そんなことは聞いていないわ。 勘違いされても困るけど、連れ帰る話は所詮団長の気まぐれだし、私は別段殺すのをためらうわけでもないの。 ……次にYes以外の返事をするのならば」

「…………」

 

 パクノダが再び銃を具現化し、それをゆっくりとあげていきます。

 縄で縛るだけの時間はありませんし、わたしごときがヘタに動いてもパクノダには確実に撃ち抜かれます。

 おそらくできるのはあらかじめ後ろ手に取り出していた手錠をはめて、胸か頭を守るだけ。

 脳にむかう思考停止をもたらす[ 記憶弾(メモリーボム) ]か、心臓に向かう直接的な死をもたらす実弾かの二者択一。

 

「あなたを撃つしかないのだけど」

「…………」

「だんまりは感心しないわね」

「…………ふう。 ……帰るだなんて、クソ食らえです!」

 

 答えた刹那、夜闇に残像を引きつつ動く銃身に対して、手錠をはめたわたしの手首がとっさに守るのは、頭。

 なんだかんだ言っても、パクノダは団長に従い、実弾ではなく[ 記憶弾(メモリーボム) ]を使ってわたしを無傷で連れ帰ることを選択するかと思ったから。

 

 ダンっ、と重苦しい音が響いた時、わたしの腕に弾が当たった衝撃が、……走りませんでした。

 

 賭けに外れたことに脳内で絶望が走ります。 ……しかし不可解なことに、衝撃を感じないのは無防備なはずの心臓も同じです。

 そっと顔の前を覆う腕を下ろしてみると、見えたのは煙を上げながらわたしの胸の数センチ先に浮かぶ銃弾と、それを止める、”念”の鎖。

 

「……鎖。 クラピカ、くん?」

「あとは私が引き受けよう」

「……王子様にはもうご退場願ったと思ったのだけど」

「王子とは何のことかはわからないが…… 私が王子だというのならば、あいにくと主役が死ぬことはない」

 

 すっと前にでたクラピカくんは、わたしを一度睨みつけたかと思うとすぐにパクノダに向き直り、頭上に高く掲げた鎖を振り下ろしました。

 パクノダはそれを後ろに跳んで避け、クラピカくんはさらにそれを追って、木々の向こうへ離れていきます。

 

 ひとまずパクノダの脅威が去って気の抜けたわたしのそばに、メイド長がひょいと現れます。

 あぁそうだ、ハラハラしたとはいえちゃんと時間稼ぎを成功させたのですから、色々とわからないことを聞かなければ。

 

「メイド長、どうやってクラピカくんを?」

「罪悪感を縮小させました。 私の念能力です」

「え? 罪悪感の縮小? そもそもメイド長って念を使えたのですか? それにしては纏うオーラ量がすごく少ないですよ?」

「オーラは生命力と同義です。 歳をとれば減少しますが能力を使う分には問題ありません。 私はお屋敷に勤めていたころから変わらずに"念"が使えます。 能力は目を合わせた相手の罪悪感の操作です。 信頼関係のない能力者相手だと、操作に少々時間が必要です。 最後に、“クラピカ”はお嬢様を敵視していたので、自失から助け出したことの見返りにお嬢様より旅団の排除を優先させました。 ……以上でよろしいでしょうか」

「……うわぁ」

 

 ……一息で聞いてもいない疑問の答えまで並べ立てられました。

 それにしてもメイド長が念能力者なのにはまったく気づきませんでした。

 今考えればかつてのお屋敷でのしつけって、全部能力使ってたんじゃないでしょうか……。

 ……いや、これをそれ以上考えるのはよしましょう。

 

「そ、それで、メイド長たちはどうしてここに?」

「旅団の暗殺に関して、“クラピカ”に用があったので探していたのです。 ……まさか、探し当てたところでお嬢様がいらっしゃるとは。 改めてお久しぶりでございます。 ……またお会いできて本当にうれしく思います」

「え、あ、……はい、こちらこそ、です」

 

 その声には万感の思いがこもっており、彼女が普段表に出さない笑顔を浮かべていることが、さらにわたしの受け取る印象を深くします。

 メイド長が向けてくる絶対の親愛が後ろめたいです。

 わたしはそんなふうに想われていい人間ではないというのに。

 

 おもわずメイド長から目をそらします。

 するとずれた視界の中に、おもむろにウボォーギンと戦う執事くんが現れました。

 その様子は先ほど以上にオーラ量が減少しており、そのためか少し前まで繰り広げていたパワーファイトはなりを潜め、下がりながらの防戦一方です。

 

「……タカドめ、喜んでやがります。 相変わらず阿呆ですね」

「え?」

 

 わたしにつられて執事くんに目を向けたメイド長から小さな罵倒が漏れ聞こえました。

 タカドは執事くんの本名だったはず。

 

「メイド長、執事くんが喜んでるってまずくないですか? 確か執事くんの能力の[ 悲拳被顕(ヒケンヒケン) ]って悲しい時にオーラが増える代わりに、嬉しいときにオーラが減っちゃうはずじゃ……」

「その通りです。 おおかたかつて一蹴された相手と同等に戦えるのが嬉しいといったところでしょうか。 もしくは時間がたってお嬢様が生きていたことに実感がわいてきたか、あとはその両方か……」

「そ、そんな」

 

 執事くんのオーラの減少は目に見えるほど激しいです。

 いくばくかの期待を込めて、別の場所でパクノダと対峙するクラピカくんを見ますが、

あちらはあちらで互いに銃と鎖を警戒して大きな動きがなく、執事くんの助けに回れそうではありません。

 オーラの少ないメイド長に戦わせるのは論外です。

 

 そこまで考えてから、わたしが参戦するしかないと言う結論にいたり、手錠のかかったままの両手を握りしめて一歩踏み出したその瞬間のこと。

 とうとう執事くんはウボォーギンのえぐるようなボディへの一撃をよけ損なってしまいます。

 体に加えられたその猛威を表すように、何度も地でバウンドしながらわたし達の足もとちかくまで転がされてきました。

 

「ぐっ、うぅ……」

「執事くん! しっかりしてください!」

「……か、はっ、おじょう、さま、申し訳……」

 

 私の顔を見て安心してしまったからでしょうか、もとよりしぼみかけだったオーラがさらに小さくなってしまいました。

 これならまだわたしのほうが強そうです。

 

「……おい、てめぇ。 最初はなかなかやるかと思ったのに、なんだその有様は」

「……うる、さい。 だまれ……!」

「執事くん、無理しないでください」

 

 倒れていた執事くんはその両足に力を込め、ウボォーギンから守るようにわたしの前に立ちふさがりました。

 けれどもう、だめかもしれません。

 執事くんがまともでいたときに共闘できれば、まだ目はあったかもしれませんが、わたし一人ではウボォーギン相手ではどうにもなりません。

 

「っは、何にらみつけてやがる。 雑魚が何したって威嚇にもなんねぇよ」

「……お嬢様、逃げてください。 ここは僕が……」

「え、でもそんな……」

「黙りなさいタカド。 自分の能力に振り回されたうえ、ありふれた自己犠牲でさらにうかれてどうします。 虫唾が走ります」

「め、メイド長?」

 

 ウボォーギンが悠々と近づいてくる中、執事くんへメイド長の容赦ない罵倒が飛びました。

 そのいきなりのことに思わずわたしは戸惑ってしまいます。

 それはウボォーギンも同じのようで、見るからに戦闘に耐えない老婆が割り入ってきたことに足を止め、困惑を隠せないようでした。

 

「いいですかタカド、よく聞きなさい。 お嬢様は逃れられません。 いくらお前が時間を稼ごうと、絶対に追い詰められ殺されます。 無残に辱められ、四肢をさかれ、どぶの底に捨てられます。 タカド、それがなぜだか分りますか?」

「ぐうっ……!」

「それはお前が弱いからです。 それはお前が守りきれないからです。 そしてお前はあの時のようにお嬢様を失う。 全てお前自身の責任です。 お嬢様が死ぬのは全てお前のせいです」

「メイド長! そ、そんな言い方しなくても……」

 

 間に割って入って弱っている執事くんへの負担を和らげようとしましたが、メイド長の顔を見やって、言葉半ばに腰が引けてしまいました。

 それほどにメイド長の叱責は鬼気迫るものであり、その目は不自然なほどオーラにあふれ爛々と輝いています。

 

「……ではタカド、今の言葉を理解しましたか? ――そう、理解したのなら、その一部にでも罪を感じたなら、私の目を見ろ!! そしてその莫大な罪と悲観に溺れて勝て! タカド!!」

「……は、い……っ! もちろん、です……っ!」

 

 メイド長と執事くんが目を合わせるとたちまちにしぼみかけていた執事くんのオーラが息を吹き返し、それは強い光となって漏れ出します。

 それはウボォーギンの全力をしのぐほどの、かつて見たことがない強力なオーラ。

 しかしその強大な力とうらはらに、執事君の顔は醜く皺でゆがみ唇をかみしめ、強く握りしめたその手は血の気が引いていました。

 

「おぉ、やればできんじゃねぇか!」

「……死ね」

「はっ、さっきまで負け犬だったくせに吠えやがる! 俺はなぁ、そういう勘違い野郎を返り打ちにすんのが――」

 

 ウボォーギンはバックステップで執事君から距離をとると、その場にあった一本の立木を力任せに引き抜き――

 

「――最高に好きなんだよ!」

 

 執事くんに向かって投げつけました。

 執事君は迫りくる巨大な体積を上に跳ぶことで避けましたが、それこそがウボォーギンの狙いだったのでしょう、先回りして跳んでいたウボォーギンが空中で身動きの取れない執事くんの背に、組んだ両手を振りおろしました。

 執事くんは地面にたたきつけられ、あたりに地響きがとどろきます。

 

「そんな、執事くん!」

「ざまぁねぇな。 単純なオーラ量に胡坐かいてっから、そうなるんだ、よっと!」

「…………」

 

 地面にうずくまる執事くんに着地したウボォーギンがさらに詰め寄ります。

 

「これでぇ……、なっ!」

「……終わりだ、か?」

 

 ウボォーギンがその右手に念を込め、おそらく[ 超破壊拳(ビックバンインパクト) ]を放とうとした寸前、その腕は素早く起き上がった執事くんにつかまれ止められました。

 執事くんはあれほどの威力の攻撃を食らったというのに、服こそボロボロですが体に致命的な傷はほとんど見当たりません。

 執事くんがウボォーギンの手首を締め上げるメキメキという嫌な音が、離れた私にも聞こえてきました。

 

「離せごらぁ!」

「いやですよ。 僕はもうこの悲しみをこぼしはしない。 ヘタな優位で浮かれることもない。 ……一撃で、殺す」

「くそ、やめっ、がっは……!」

 

 執事くんはもう一方の拳に正視できないほどの光を放つオーラを込め、捕まえていたウボォーギンの胴めがけ突き出しました。

 またも空気を震わす衝撃があたりに響き、吹き荒れる乱雑な風におもわず目をつむり顔をそむけてしまいます。

 

「ウボォーっ!」

 

 悲痛の混じるパクノダの声を聞きかろうじて目をあけると、目に入ったのはなおも執事くんの手からぶら下がるウボォーギン。

 ……しかしその腹から下は、最初から何もなかったかのように痕跡一つ残さず消失していました。

 

「……パク、……逃げ、ろ……」

「く、ぅ。 ……えぇ、……っ」

「クラピカ追いなさい!」

「っ! 言われなくとも、追う……っ!」

 

 もはや明らかに手遅れなウボォーギンの言葉に、苦々しい返答を返したパクノダは、交戦していたクラピカを捨て置いて、躊躇うことなくこの場を離脱します。

 ウボォーギンがやられたことに気を取られて反応の遅れたクラピカも、メイド長の叱責をうけたことでパクノダを追って闇に消えて行きました。

 

 そしてこの場に残ったのはわたしと執事くんとメイド長に、命の消えかけた旅団の11番だけ、です。

 

「……まさ、か、こんな野郎に、……な」

「まだ生きているのか、ゴキブリみたいなしぶとさだな。 もしかして旅団全員そんな感じか?」

「……うっ、せ。 死ね。 ……あと仲間に、手ぇ出してみろ、殺すぞ」

 

 もう必要はないと言うように、執事くんはウボォーギンの腕をはなし、彼を地面に打ち捨てました。

 かろうじて肺やのどが残っているのか、ウボォーギンは口から血を吐きながらも執事くんに場当たり的な呪詛を吐き続けます。

 

 ……うん? 目線が執事くんからわたしに移りましたか?

 

「……なにか?」

「考えてみりゃ、……がふ、……お前に、殺されたようなもんだ、な、こりゃ」

「……まぁ、そうですね」

 

 わたしを追ってここにきて、わたしの執事くんに殺されたのですから、そう言えなくもありません。

 さんざんわたしを振り回してきたのです。実に清々します。

 

「お前が裏切っ、たら、……俺が殺して、やらなきゃと、思ってたんだが、なぁ」

「……余計なお世話です」

 

 お前に殺されるのだけはまっぴらごめんです。

 やはり長くは持たないらしく、しだいに声が小さく、息が細くなっていきます。

 

「まぁ、なんだかんだ言って、……お前と仕事すん、のは、楽しかったわ。 ……なぁ?」

「……お前と一緒にしないでください! わたしはそんな風に思ったことなんてありません!」

 

 同意を求めないでください。 お前の腐った感性なんか知りません。

 目をあけるだけの力がなくなったのかそっと瞼をおとしながら、なおも言葉を続けます。

 

「相変わらず、うっせぇな。 ……まぁいい、こっちにきたら、また、殺してやるよ。 ………………じゃあな、相棒」

「…………っ!?」

 

 ()()、その言葉を最後にウボォーギンはその薄汚い生涯を終えました。

相棒、相棒!?ふざけないでください!

 わたしがこの男の相棒だなんて、この男の犯罪の片棒を担いでいたなんて断じて認めません!

 かつて旅団のなかで、ウボォーギンの相棒を自称していたのは、団員が絶対にそれを否定するのを知っていたからです!

 否定されて、自らがウボォーギンの相棒でないことを確認するために言っていたのです!

 それを、ウボォーギン本人が認めてしまうなんて、こんな悪趣味な話はありません!

 それではまるでわたしがこの男と同程度の存在であるかのようではないですか!

 

「そんなこと、今まで一度も言わなかったのに! こいつは死に際でさえ何をバカなことを! どうしてそんな見当はずれな、見当、はずれ、な……?」

「……お嬢様?」

 

 執事くんが心配そうな顔を向けていますが、そんなこと気にするだけの余裕がありません。

 ……待って、そう待ってください? 本当に見当はずれなのでしょうか?

 わたしは5年もまえから開き直ってはいませんでしたか?

 旅団でのお仕事を嬉々として手伝っていませんでしたか?

 時折、本気でウボォーギンの相棒を自称してはいませんでしたか?

 

 ……そうだ、執事君やメイド長と再開してしまった驚きのせいで、または、ウボォーギンというわたしにとっての旅団の象徴が死んだ解放感のせいで、大事なことを忘れてしまっていました。

 わたしは、大きな大きなたくさんのたくさんの罪を犯していたのです。

 

 そう、わたしは……

 

「――死ななければ、いけないのでした……」

「お、お嬢様、いきなり何を!?」

 

 自殺なんかじゃ生ぬるい、誰かに殺してもらわねばいけません。

わたしの罪を知る人に、無残に、凄惨に、残虐に、苦しめられながら殺されなくてはいけません。

 でもわたしの被害者筆頭のクラピカくんは、この場にはいない。

 でも、もう耐えられないのです。

 さっきの、ウボォーギンのせいで、罪深い自分を自覚してしまいました。

 今すぐ誰かに殺してほしい、罪を償わせてほしい。

 

「もう、旅団でなければだれでもいい。 執事くん、わたしを今すぐ殺してください……」

「……え? なっ……?」

 

 わたしは傍らに立つ執事くんの胸にすがりつきます。

 わたしよりちょっと背の高い執事君の胸元からその顔を必死に見上げ、泣いてしまいそうな目で懇願します。

 それでも執事くんは妙な表情で困惑するばかりでまともな返事をくれません。

 

「だいじょうぶです。 決して化けて出たりとかもしません。 だから早く、わたしを……っ!」

「そんなお嬢様、どうして……」

「……タカド、お嬢様をこちらへ」

「え? あ、はい」

「……あ」

 

 わたしは執事くんから引きはがされ、へたり込みます。

 そんなわたしの目の前にメイド長がしゃがんで、その皺の刻まれた手を頬にそえて、わたしの顔を上げさせました。

 無表情のメイド長の、しかし優しい瞳に目が釘づけになります。

 

「……フェイメお嬢様、三度目になりますが、お久しぶりでございます」

「……はい」

「この5年間、お嬢様に何があったかはわかりません。 ですがそのご様子ですと、それは多くの辛いできごとがあったのでしょう? さまざまな罪を重ねてきたのでしょう?」

「はい、はいっ! そうなのです! だから……っ!」

「けれど、大丈夫です」

「……え?」

 

 やっとわかってくれる人がいたと感じた矢先に、またもメイド長はわけのわからないことを言います。

 しかし、その言葉はわたしの内に染みわたりました。

 なにが大丈夫なのかはさっぱりですが、でもがんじがらめだった心がちょっと軽くなった気がします。

 

「あなたは悪くありません。 私が保証しましょう」

「で、でも……」

「昔から私はウソをつきません、そうでしょう?」

「…………」

「もう一度言いましょう。 フェイメお嬢様、あなたはなにも悪くありません。 全部仕方がなかったのです。 さぁ、そんなことよりも一緒に帰りましょう。 新しいお家で、あなたの好きなものをふるまって差し上げますよ」

「…………はい」

 

 たしかに、たしかにしょうがなかったのです。

 わたしは無理やりさらわれて、無理やり武器にされて、だから旅団に協力するしかなかったのかもしれません。

 もしかして本当に、メイド長の言うとおり、わたしは悪くない……?

 

「……それなら、わたし、……シチューが食べたいです。 ……ジャガイモのいっぱい入った、あったかいシチュー。 作って、くれますか……?」

「えぇ、もちろんです。 さぁお嬢様、淑女がそんなところに座っていてはいけませんよ? ほら、手を貸しますから立ち上がってください」

 

 否定されるかもしれないと意を決して口にした質問に、メイド長は笑ってこたえてくれました。

 あぁ、わたしは許してもらえるのですね、帰ったらまた執事くんやメイド長と暮らせるのですね。

 実に懐かしく感じる本物の嬉しさを胸に、わたしは差し出されるその手を――――

 

 

――――全力で打ち払った。

 

 

 え?

 

 

 からだの一部、腕から先が勝手に動いてメイド長の手は明後日の方向にはじかれました。

 ありとあらゆることがあった今日のそれでも一番の驚きに、わたしの目の前も、意識も、すべてが真っ白になって―――

 

「なっ、お嬢様!? そんな、たしかに[ お天道様のまなざし(エルダーアイズ) ]は……! ……なっ、ぐぅ!」

 

―――俺の意識が染め上げる。

 

「メイド長!」

 

 俺が顔面を殴りとばしてやったババアのもとに執事が駆け付け容体をみる。

 洗脳じみた能力の腹いせに、それなりの力で殴ってやったから結構危ないと思うんだが、執事の表情を見る限り大事ないのか? 気絶はしてるけど。

 

「お嬢様、どうして!?」

「どうして、どうしてねぇ? お前さっきっからそれバッカな」

「なっ」

 

 絶句する執事をよそにとんとんっとその場ではねて、体の調子を確かめてみる。

 あぁ、久しぶりすぎて筋肉を動かすっていう感覚に違和感がバリバリだわ。

 表に出るのはもう何年ぶりだ? ちょっと正確には数えらんねぇな。

 そりゃなまるよなぁ。

 

「あぁ、そんで、どうしてって説明だっけな。 あー……」

「…………」

 

 あんまり態度が変わったせいか執事はぽかんと口をあけて茫然自失だ。

 それも仕方ないかね。

 さて、それじゃあいっちょ演説かましてやりますか。

 

「なぁおい、モブ執事よ」

「は?」

「まずおれはな、理不尽なBad ENDが嫌いだ。 悪役にさらわれて、その悪役に何もできないまま殺される。 そんなのはクソ食らえだ。 次におれはな、ご都合主義のHappy ENDが嫌いだ。 たまたま助けてくれた知り合いが特殊な力で今までの悩みもきれいさっぱり消してくれるとか、ねぇよ」

「……お前誰だ。 旅団の操作系か?」

 

 執事はやっぱり追いつけていないらしく、俺をシャルナークなんかと勘違いしてやがる。

 ったく、俺はあのキンパと違ってこいつを助けてやってるってのに、これだから物語ってもんが分かってない奴はいけない。

 

「ちげーよバカ。 あの腹黒と一緒にすんな。 それと人の話を途中で遮るんじゃねぇよ。 えぇっとどこまで話したんだっけか?」

「…………」

「あぁそうだそうだ、……おれはな、物語の本質を描くTrue ENDってのが大好きだ。

そしてこの“フェイメ・ネームドエイチ”の物語はクラピカに殺されて旅団の罪を償うことこそが、まごうことなきTrue END! それがなんだこいつ、モブのババアの能力に引っ掛かりやがって、俺が助けてやんなかったらどんなクソENDに突入してたんだか……」

 

 相変わらず執事は黙ったままだが、その沈黙は先ほどまでのあっけにとられたものではなく、警戒によるものだ。

 こちらを睨んで、おれのことを見定めようとしているのが分かる。

 

「とはいえなぁ、こいつはいつもチャンス逃すし、クラピカもどっかいっちまったしなんか警戒してて手ぇ出してくんねぇし、 いまいち納得いかねぇけどもう正直お前でいいわ。 モブ執事」

「……なんのことだ」

「こいつに罰を与えるキャラだよ。 一応こいつの知り合いだし、主人のために涙ながら主人を切る執事。 ウン、そんなのもまぁTrue ENDのうちだろ」

 

 もう物語も終盤だ。

 いつもいつも失敗する体たらくなこいつの代わりに、舞台で踊ってやりますか。

 

「てなわけで、う”ぅん、ごほんごほん。 あー、あ、あー…… ……こんなものですか? ……それじゃ最期の幕引き、お願いしますね。 執事くん?」

 

 声音を変えてそれっぽくして、手首に引っかかってた邪魔な手錠をちぎり捨てた。

 

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