だいじなだいじな、わたしのぱんつ   作:がくらん

11 / 12
今話からが、10年前にエタってた続きです。
大変お待たせいたしました。





第10話 ただ終わり方を探して

「っ!! ……あれ?」

 

 目を覚ましてまずは周りを見渡します。

 旅団の生活の中で仕込まれた、不意に意識が戻ったときの対処法その一ってやつです。

 

 ええっと、独居用のワンルームですかね?

 少し歪んだスチールベッド、腰の高さの簡易な机とイス、薄い本棚、かろうじて日を遮るぺらぺらのカーテン、なぜか部屋のど真ん中に鎮座するブラウン管の分厚いテレビと、安っぽい家具が並んでます。

 と、ここまで見てようやく一番の違和感の主に気がつきます。

 

 この部屋、畳敷きですね……

 

 この世に生を受けてからはまったくお目にかかれなかった、けれどもハンタ世界の日本枠な国、ジャポンには存在しているらしいと噂の畳です。

 ですが畳敷きなら、こんな安っぽい家具が並んでいること自体がおかしいです。

 ジャポンであっても、もしくはジャポン風の高級ホテルであっても、わざわざ畳を用意するならば家具も和風で統一されるはず。

 

 そしてなにより、ここをわたしは知っています。

 この思考の途中で思い出しています。

 間違いありません、ここは。

 

「前世のわたしの、いや()の部屋ですね……」

 

 いやぁ、少しだけ驚きが落ち着いてきました。

 同時になぜだかわかりませんが、この部屋がどのような場所か、朧気ながら()()()()きます。

 例えばあの締め切ったカーテンの向こうと、コンクリの小さな土間がついた玄関扉、あれはどちらも開かないのですよね。

 開かないというか、その向こうにはなにも存在してません。 きっと。

 

 そして、備えられた幾つかの家具は実用に耐えられるだけの強度も有りません。

 ただそこにあるにぎやかし、まやかしの張りぼて。

 この中で意味があるのは、本棚に並んだ漫画、ハンターxハンターと、テレビに映る、「外」の景色、それだけです。

 

「そうです! 外!」

 

 その特殊なテレビの意味、と言うよりも用途が頭に浮かんだ瞬間に、緩く凸を作る画面を両手で掴みます。

 そして、わぁお、今まさにわたしの姿をした誰かと執事くんが激しい戦闘を行っているのが見られます。

 

 いえ、回りくどいことを言うのはやめましょう。

 あれは前世のわたしの、“俺”の人格と、執事くんです。

 

「やれ! やっちゃえ執事くん! いやでも顔はやめてくださいね!」

 

 おもわず応援にも身が入ります。

 あ、なにかめいっぱい話してます。 ずるいです。 わたしだって久しぶりに会えた執事くんともっとお話ししたかったのに!

 

 テレビをがしがし揺らしますが、どうにもわたしの意識はこの場所に閉じこめられたまま。

 出られる方法は……すぐには思いつきません。

 

 さて、ここからどうしましょう……

 “俺”の意識が刈られても、わたしがわたしに戻れるかは……五分五分くらいでしょうか?

 

 余りに長い虜囚生活にわたしの精神が弱っていて、だからこそ、この土壇場で乗っ取られてしまったような気がします。

 それでも時間がたって心身ともに健康! みたいになれれば、ある程度拮抗できるようになるとは思いますが……

 

「気長に回復する時間を待っていられるようには、見えませんねぇ……」

 

 経緯はどうあれ、執事くんと”俺”が相対している以上、なにか決定的な事態になる前に、対処をなさねばなりません。

 

 ううむ、困りました。 あのままじゃわたしがやられちゃう…… あれ?

 

「そういえば、わたしいま特に死にたいとか、考えてないです?」

 

 ふと頭の中の、希死の霧とでもいえるようなものがなくなっているのに気がつきます。

 それと同時に、クリアになった頭で、そもそもなぜわたしがあんなにも死にたがっていたのか、思い至りました。

 

 ……ああ、あれもこれも、みんな”俺”のせいだったのですね!

 こなくそ! と、お行儀の悪い言葉がでるのを必死に押さえました。

 加えて、とにもかくにも勝手に体を盗られているのにも怒ってます。

 まったく、”わたし”のどこかに隠れていたポンコツめ。

 

「隠れていた……いえ、逃げていたのですよね、”俺”は」

 

 ここに来たいまでこそわかります。

 元は”わたし”も”俺”も前世から引き継いだ一つの人格で、確かにもって生まれた性別に違和感は有りましたが、それでも分離はしていませんでした。

 ですがそう、男のわたしは、”俺”はこの世に耐えられなくなって雲隠れしたのです。

 女として男に襲われ、辱められそうになったあのとき。

 女の”わたし”に恐怖をおしつけて、心を閉ざした臆病者は、それからずっとここにいたのでしょう。

 

 我が別人格ながら、なんて最低な……っ!

 

「なんて、怒ってる場合じゃありません!」

 

 そう! 今はそれどころじゃないのです!

 どうにか”俺”を退ける方法を思いつかねばなりません。

 

 考えます考えます。

 

 ”わたし”は、”俺”は、転生者という特殊な存在でこそありますが、同時にこの世界に生きる念能力者でもあります。

 ”念”が関わる以上、精神は、魂は、”念”やオーラに結びつくはず。

 この魂の分裂も、”念”で説明がつくはずなのです。

 

 人格一つを構成できるほどのオーラを、わたしはどこかに隠していましたと、そう捉えて、仮説を立てます。

 たとえば人間が100%は使えていないという、脳細胞の片隅だとか。

 たとえば生命の根幹たる心臓だとか。

 もしくは背後霊のように身体の周囲だとか。

 

 ……いいえ、こんなありきたりな場所にはいませんね。

 一般論ではなく、”わたし達”の場合、"わたし"と”俺”の場合でもって、分裂した経緯や状況を鑑みまてみましょう。

 

 そうして至る答えは一つ。

 

“俺”が隠れていたのは、今“わたし”存在するこの部屋とは、すなわち――

 

 

――――――――

 

 

 そもそも俺って、臭いを感じるのがまず久々なんだよなー。

 夜の雑木林の湿気った空気を吸いつつ、いまいちやる気もでないまま目の前のモブ野郎に拳をふるう。

 

「お嬢様! お嬢様! お気を確かに!」

「あら、まぁ、そんなに大きな声を出さなくてもよろしくってよ?」

「お前は黙っていろ!」

「あらひどーい、ですわねー」

 

 おざなりなお嬢言葉で煽ってやると、目の前にいきり立つオーラの固まりがまた一段とまぶしくなる。

 

 このクソ野郎の能力は[ 披顕悲拳(ヒケンヒケン) ]

 画面越しに見てたからな、知ってるぜ。

 悲しみをそのまま出力に変えるシンプル故に隙の少ない能力だ。

 いかにも主人公属性がもってそうな、いざというときにこそ輝きそうな、こってこての王道能力。

 まぁ、もちろんこの世界の主人公は別でいるから、こいつはやっぱりモブなんだけど。

 

 俺が振り回すようにつきだした腕はしかし、当たり前のように避けられる。

 うっざ。 素直に殴られろ。

 

「ねぇ、ね、執事くーん、愛しのお嬢様からお願いがあるんですがー」

「うるさい! だれだか知らないがお嬢様をカタるな!」

「きゃーこわい、叩かないでー」

 

 このパンチ、一発受けて(はーと)。 とも言わせてくれない。

 今の俺は、日常生活で自然にあふれる程度のオーラしかまとっていない。

 この拳に、相手に危害を加えようとする意志なんぞかけらも乗ってはいない。

 だからこの腕を受けても、この野郎は痛みどころか、触れられた感触すら感じないはずなのだ。

 

 ……そして代わりに、あまりのオーラ量の差に、殴った俺の方が、いや、フェイメと言うこのキャラクターの方の体が砕け散る。

 ガラスのように、簡単に。

 うーん。 もっと煽るか? いや、そういえば……

 

「もしかして、操作系能力ってまだ疑ってる感じですか?」

 

 野郎はだんまり。 続けてやろう。

 

「図星っぽいですねー。 ほら、はい、”絶”! 脳も心臓も、ほかにも大事そうなとこにはどこにもオーラがありません! ”凝”してみます? "念"の操り糸とかもないでしょう?」

「……っ!」

「ほらほらよく見て! 私は私! フェイメ・ネームドエイチ! 操作してる他人なんかじゃありませんよ?」

 

 まぁ、人格は少しだけ違うんですけど?

 くすくすと、意地の悪いささやきで笑って見せる。

 ああだが、この煽りは失敗か?

 操作系ではないと、なにがしかの理由で予感してはいたんだろう、オーラ量に変化はみられない。

 

 ……ああ、めんどくせぇな。

 

「ねぇね、どうしてお話してくれないんですか? ……なぁおい。 何でだって聞いてんだよ」

 

 口調を取り繕うのも、かったるい。

 

「どうしてだよ、まじでさ、なんでなんだ、そもそもさ、どうしてこの世界なんだよ」

 

 愚痴が、鬱憤が、のどの奥からあふれ出す。

 胸にたまった理不尽への怒りが、堰を切って、怒濤のように。

 

「なんでこんな理不尽しかない世界なんだよ! 普通天国か地獄か、それか元と似たような世界だろうが! 来世ってのがあるならさぁ!」

「…………」

「こんなクソな環境で二度目をやらなきゃ、生きなきゃいけない気持ちがてめぇにわかるか!? なぁ! お前に! この苦痛が!!」

「…………」

「黙ってんじゃねぇよ! 俺が聞いてんだからよぉ!!」

 

 すました顔して聞きやがって、マジで腹立つ。

 漫画を盛り上げるためだけのクソな設定のクソな治安に、俺を巻き込むんじゃねぇ。

 

 がなり立てたのどが痛い。

 怒鳴りながら動かし続けていた腕が疲れた。

 どれだけ迫っても避けられるばかりで埒があかない。

 はぁはぁと肩で息をして、すっと一息ついて。

 

「……けどよ、俺は気がついたんだよ、転生した原因に。 きっとそうだって理由に思い至ったんだ」

 

 休憩がてら、気まぐれに教えてやる。

 

「前回の俺はきっと間違えたんだ。 人生の終わり方を」

「……人生の終わり方?」

 

 やっと反応しやがった。 まぁいい。

 

「しっかりと覚えてなんかいない。 ただ天寿をまっとうとかはしてなかったはずだ。 なんかやり遂げた、それかなんかを託したとか、意味のある死でもなかった、はず」

 

 相手の反応なんか、気にしてやりもしない。

 

「前世の俺は、無為な死を迎えた。人生のTrue ENDを掴むことができなかった…… だから俺は転生した! 生まれ直すことなった!」

「…………」

「その先がこの世界だったのは、偶然か? わかんねぇ…… でもいくら何でもハンターハンターだなんて、ひでぇじゃねぇか! そんなに俺、悪いことしたか?」

「…………」

「とにかく! 今度こそ、今度こそ俺はしっかりと終わってみせる! ”フェイメ”というキャラクターの、()()()()をつかんでみせる!」

「…………」

「不可抗力で犯した罪を償うために死を選び、旧知の男の腕のなかで静かに息を引き取る。 苦しい生でこそあったが、最期には確かにほほえみが浮かべられていた……! それでいいじゃないか! こんなにも完璧なENDへ今、たどり着きそうだってのによぉ!」

「…………」

「お前はなにをやってるんだ! ええ? このヘタレモブ野郎が! 殴れよ! 俺を! 終わらせて見せろ! その為だけに登場したんじゃねぇのかよ! 役目を果たせよこの木っ端NPCが!」

 

 頭がくらくらする。

 叫んだせいで酸素が足りないのか、それとも血が上りすぎているのか。

 鏡が有れば、真っ赤な顔が見られるかもな、なんて、どこか頭の隅で声がした。

 止まった足をもう一度、踏みしめようとして顔をあげて――

 

「クソ食らえっ……!」

 

 心臓を貫くよな眼光に――

 

「言っていることは狂人のそれだ。意味が分からない。 ……だが口振りに嘘はない。 狂人のお前なりの、お前にしか理解できない苦悩がきっとあるのだろう…… だがそれでもっ!」

 

 脳天をぶん殴るような声音に――

 

「人生の結末に意味があるとしたらそれは、その人生を必死に生き抜いた末にこそ生まれるものだ。 どんな境遇でも、正しく生きようと最期まであがいた時にだけ、天使のペンはその者の物語を、人生の軌跡を、天の書物に書き残す。 その物語の善し悪しは、ただ人の価値で判断できるたぐいでは、決してない……!」

 

 ――まるで本当に生きている人間からうけるような、感情の爆発にたじろぎかける、が。

 

「天の書物!! ははははは!」

 

 聞き捨てならねぇ。 その一心で、向き直る。

 俺だけだ。 俺だけが本物の人間で、それ以外の物語のキャラクター風情が。

 

「なにがおかしい!」

「天の書物、それをハンター×ハンターって言うんだろうが!! もっともらしいご高説たれてんじゃねぇよ、なんも知らない創作物がさぁ!!」

 

 "フェイメ"という人間が、きっと初めてであろうほどに広げた大口から、嘲笑をあげてみせた。

 

 もうなにも考えない。

 ただ単純に、オーラを足だけに集めて、”絶”に近い無防備な体で突進する。

 なにも感じる暇もないように、ただこの頭蓋を砕く為だけに、駆け抜ける。

 

 だがこの段になって、唐突に目の前の男が背を向けた。

 

「ああ!? 逃げんじゃねぇぞおい!」

「……お前は、他人ではない。 操作ではない。 ……お嬢様自身の人格のひとり。 つまりはそういうことなんだな?」

「あ?」

「多重人格の念能力者についての文献に、触れたことがある」

 

 そのまま顔も向けずに語る野郎に、必死に追いすがる。

 今日を、今このシーンを逃すわけにはいかない……!

 

「念能力とは個人の気質に強く結びつく。 結果として効果の似ている能力は存在しても、他人同士が同一の能力を発現したり、共有することはないとされている」

「はぁ?」

「そしてそれは、人格が異なっても同様だ」

 

 「人格が異なれば、気質だって異なるからな」と言葉が続く。

 なにが言いたい。

 

「……お嬢様の能力は、お嬢様のもの。 お前のものではない、だから()()が鍵になる」

「それはっ!」

「お嬢様の[ 束縛された安全地帯(レディースシェルター) ]は条件さえそろえば自動で発動する。 そして能力を使うことができるのは、お嬢様の人格のみ!」

「そんなことが!」

「縛ることで、上書きされる! 体の主導権が、能力を司る人格へ!」

 

 野郎の手に握られているのは、数刻前までこの体を、”フェイメ”を縛り付けていた()

 ”フェイメ”の象徴とすら言える道具。

 幾重にも縛りほどきを繰り返し、とうの昔にケバがとれたそれは、人の肌にしっとりと吸いつくような滑らかさから、木々の間から指す月明かりうけ、薄く、健気に輝く。

 

「っ……! てめぇ離せ! どうせつかむなら握りつぶせ!」

「断る!」

 

 とっさに距離をとろうとする俺の腕を、野郎がつかみやがった。

 ご丁寧にオーラはまとわず丁寧にひねりあげられ、そのまま腕に縄が掛かる。

 

 ……試したとこはない、が、野郎の言うとおりに、この縄で縛られると、能力が発動すると人格がいれかわると、なぜか確信できる。

 やばい、このままじゃ、また……

 

「昔からそうだった。 朝食のまえになかなか起きていらっしゃらないお嬢様にお声かけするのは、僕の仕事の一つだった」

「い、いとしのお嬢様は、あなたの目の前に今、いるんですけどー?」

「……思えば、お嬢様が能力を作った当初は、こうして僕が縛っていたか」

 

 苦し紛れとはいえ猫かぶってんだシカトすんな。

 暴れる俺を器用に回しながら、その全身に縄を回していく。

 

「おい……おいやめろ! たのむ、やめてくれ……」

「…………」

「おいってば! なぁ……!」

 

 押さえつけられ、身じろぎもできない。

 腕を、体を、巻き上げられていく。

 そのたびに、意識から体が切り離されていくのを感じる。

 

 縄抜けを試みて、俺にはできないことに絶望する。

 あの技術は、”フェイメ”が鍛錬の末に身につけたもの。

 その鍛錬をしていた時期はもう、俺とフェイメが別れたあとで、あんなに簡単そうにやっていたことなのに、勝手に見ていただけの俺には知識も経験も存在しない。

 

「……もう、いやだ、許してくれ…… 終わらせてくれ…… 怖いんだ、この世界が、この世が、もう……」

「……だまれ」

 

 涙があふれる。 また、次の機会まで、あの部屋に一人引きこもるのか。

 気力の限りを尽くして、"フェイメ"の思考をかすかに歪めるのが限界の、無限に続くような、たった一部屋の聖域に。

 惨めで、情けない、外界を盗み見るだけの空間に。

 

「頼む、頼む……俺を、殺して――」

「黙れと言っている!! その醜い破滅願望に、お嬢様を巻き込むな!」

「っ、ああ……」

 

 怒鳴りつけられて、懇願ではどうにもならないと気がつかされて…… 諦めた。

 諦めて、逃げた。 終わることができるかもしれなかった、この千載一遇の機会から。

 

 ……また、眠ろう。

 俺だけが本物だと、世界こそが虚像であると、それだけを心のより所にして。

 いつかくる、本当の終わりのシーンまで、ただひとりで。

 

 縄が、進む。

 そうして、意識が、落ちて、俺はまた、世界から、目をそらした。

 

 

――――――――

 

 

「……ねえ、執事くん、聞こえてます?」

「……っ! ……お嬢様、ですか?」

「はい。っはい! わたしです! フェイメです!」

 

 のぞき込む執事くんの顔に、感極まって、抱きつこうとして。

 

「……って、動けませんね」

「それはまぁ」

 

 わたしはうごうごと、ぐるぐる巻きで芋虫のようになった体を揺すります。

 縄抜けを警戒したのでしょう、どうやらそれはもう硬くめちゃくちゃに縛り上げていただけたようでして。

 きれいな縛り筋を密かに自慢に思っていたわたしには新鮮な肌触りですね。

 愛用の荒縄がなんだかごわごわ、不思議な感じです。

 

「改めて、お久しぶりです。 執事くん。 ……本当に、どれほど時間がたったのでしょうか」

「……っ。 あのとき、僕の力が足りなかったばかりに、今までつらい思いを……」

「いえ、いえ、仕方がありませんよ。 なにせ相手が相手、でしたから」

 

 そう言って、遠くに転がるウヴォーさんの遺体に目を向けます。

 正常になった思考でも感じる、わずかな寂寥感。

 そんなもの、感じたくはなかったのですけれど、少し、ながく一緒にいすぎましたね……

 

 しかし彼の死こそが、わたしの解放を、執事くんの復讐の完了を、何よりも雄弁に物語っています。

 

「ではお嬢様、まずはここを離れて今後について……」

「いいえ、それよりも先に、執事くん」

「はい、なんでしょうか」

「返事が早いですね…… ええと、もし、もしですよ?」

 

 今この場はターニングポイントです。

 わたしたちネームドエイチ家の人間関係に、幻影旅団の影が割り込んだあの日と対になる、わたしたちと幻影旅団、いいえ、わたしたちとハンター×ハンターという物語の関わりが、今まさに断ち切られそうになっている、そういう場面なのです。

 だからこそ、わたしはもう一つの、余りに古い過去の関係を清算し、決別しなくてはいけません。

 

「もし、あなたがまだ、わたしに生きていてほしいと言って――」

「もちろん生きてください!」

「まってまって、最後まで聞いてくださいって」

 

 喰い気味にこられたら、シリアスなムードで乗り切る、わたしの作戦が……

 

「ええ、ごほん…… ああっと、生きてほしいと思うならば、その……」

「その?」

「あの、えっと……」

「…………」

「…………」

 

 きょとんと見つめるまっすぐな瞳がどうしてもまぶしい。

 わたしが戻った安心からでしょうか、あまりにのんきなその顔に無性に腹が立ちます。

 こちらはこれから切り出すことを思い浮かべて顔から火が出そうだといいますのに……!

 ほんともう、我に返って恥ずかしくなってしまってますが、ええい、ままよ!

 

「わたしの、わたしのぱんつをもらってください! 脱がしてください!」

「……は?」

「だから、わたしの! ぱんつを!!」

「いえいえいえ、待ってくださいちょっと待って」

「ああもうだから真面目な空気のうちに切り出したかったのに!」

「ええ……?」

 

 もっと良いムードの時に放ちたかったセリフを、恥を忍んで叫びます。

 

 ……[わたしのぱんつは鉄壁ぱんつ(ガールズサンクチュアリ)]の効果の一つに、ぱんつを脱がすことのできる人の制限が有ります。

 最大限に心を許す相手にしか、脱がすことはできないと、そう作ってあります。

 

 ……執事くんであれば、それは問題ありません。……つまりは、そう言うことです。

 わたしが[わたしのぱんつは鉄壁ぱんつ(ガールズサンクチュアリ)]を作ったとき、いつか思い人と結ばれる時にこそ言うことになると思っていた、このセリフが、まさかこんな風になるなんて……

 

「もちろん、わたしは痴女ではありません!」

「……人前で束縛姿をさらす女性は、十分に痴女では?」

「しゃーらっぷ! 当たり前ですが、ちゃんと理由があってですね!」

「はぁ」

「……”俺”と、話をしたでしょう?」

「っ!」

 

 声のトーンを落として告げるのは、わたし自身の、片割れの話。

 

「[わたしのぱんつは鉄壁ぱんつ(ガールズサンクチュアリ)]は、”俺”の、いいえ、”わたし”と”俺”がまだ一人だった最後の瞬間に作られた能力です。すなわち、わたしたちで共有されていました」

「……続けてください」

「はい。 能力作成後すぐに”俺”は、その人格を、男として自意識を分離して、絶対に犯されることのない聖域に逃げ込みました。 ……このぱんつに宿ったオーラの一部として」

「……なるほど、人間一人分の意識を閉じこめることを制約に、これほどまでに強固な守りとなしていた、と」

 

 わぁお、理解が早いですね。

 「強すぎるとは思ってたんですよね」だなんて言葉を聞きながら、訂正するとするならば。

 

「この場合は閉じこめるってよりも、引きこもるって感じでしたけどね」

 

 その上、能力の管理運営は女の人格である"わたし"に押しつけて、男の”俺”は深層心理から不安を煽って警戒感を維持させる、と。

 本当に浅ましくてイヤになります。

 男のわたしとはいえ、情けないったらありません。

 

「でも、そうか、だから」

「はい、わたしのぱんつを脱がすことで、”俺”の人格をガールズサンクチュアリ共々隔離します。 ……拘束を解かずにレディースシェルターを維持したまま。 でないとまた、いつ乗っ取られるか解りませんから」

 

 もちろん、分離したといっても元々は一つの意識でもあったわけですから、思考の根幹は一緒です。

 “俺”ほどではないにせよ、"わたし"だってやっぱりこの世界は怖いことは怖いし、転生という理不尽に対する怒りもあります。

 さくっと終わってしまいたいだとか、またさらにひどい次の世があったらどうしようだとか、そう考えることだってゼロではありません。

 むしろ”俺”の言葉こそが、心からの本音を吐き出していると言えないこともないかもしれません。

 ただ、それでも……

 

「もし、執事くんが…… あなたがわたしに生きていて欲しいと言ってくれるならば、わたしは、生きたい…… 罪からも功からも逃げずに背負って向き合って、この世を最期までやりきりたいと、そう思うのです」

「お嬢様……」

「だから執事くん」

 

 緊張で震えそうになる声を、どうにかこうにかなだめすかして、決死の言葉を、舌に乗せて。

 

「……あなたになら、脱がせられます。 ……どうしてかは、察してください」

「はい」

「もし、あなたが…… これからもずっとわたしと一緒に生きてくれると言うのなら…… わたしの罪を償う道筋を共に歩いてくれると言うのなら…… だいじなだいじなわたしのぱんつ、 脱がしてくれは、いただけませんか……?」

「……ええ、よろこんで」

 

 返事は、簡潔なものでした。

 それでも、なによりも誠実な、間違えようのない答えでした。

 

 そして、執事くんはゆっくりと指をかけ。

 心から信頼している相手にしか動かせないはずのぱんつを。

 わたしの魂の半分が詰まっているぱんつを。

 わたしの腰から引き抜きました。

 

 やってしまえば本当にあっさりとあっけなく。

 わたしは、いま足は縛ってなくって良かったな。 だなんて、無粋なことを考えながら。

 うれしさなのか、喪失感なのか、なんだかわからないまま涙で滲む視界で。

 じっとその動作を見つめていました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。