「お嬢さまがなにより手に入れなければいけないのは“目”です」
「はい?」
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「“め”って、“目”ですか?顔についてる二つある?」
「はい。その“目”です」
「……?」
意味がわからないです。 この子はいったいなにを言っているのでしょう?
「うろんそうな顔ですね。 ちゃんと説明しますから。 “目”というのはつまり相手を見極めるための“目”のことです。 観察眼、審美眼、選球眼、いろいろな分野でいろいろな言い方がありますが、その一つと思ってください」
「……見極める、ですか」
指をひとつ立てて、教師のようにとうとうと語る執事くんを見守ります。
根っこの部分は理論派よりの執事くんが、時折見せる解説パートです。
最近の修行では、こちらのほうがわたしに受けがいいとわかってきたのか、いないのか、ちょっとした講義が増えました。
「失礼ですが、お嬢さまの強さというのはひどく中途半端です。 幼少のころより続けている武術も、“念”を使って戦う技術も、どちらもせいぜい人並み程度。 力も守るばかりで攻めるには向かず、そのうえ守るにしても能力の使用にはどうしてもタイムラグが生じます」
「まぁ、たしかにそうですね。」
「もし、お嬢さまがなんらかの危機に陥り、敵と相まみえたとき、お嬢さまは判断を下さなくてはなりません。 その敵に自分は勝つことができるのか。 勝てないならば逃げることはできるのか。 はたまた逃げることすら難しく、能力を使って助けを待つしかできないのか」
「……うえぇ」
「それが一瞬でできなければ、最悪は能力発動前に殺されてしまいます。 そしてその判断を下すために必要不可欠なのが、相手の力量を見極める“目”というわけです」
「……おぉ、なるほどです」
わたしもこの半年間なにもしていなかったわけではありません。
能力を使う上での課題だった、自らを拘束する技量もだいぶんあがりました。
というか、この件に関してはどうやらあふれんばかりの才能をひめていたみたいなのですよね。 わたし。
お父様の書斎で、人を縛るすべについて書かれた本を見つけてからはあっという間でした。
そ、その、ちょっとえっちな感じの本だったので読み進めるにはちょっとためらいもありましたけれど、やってみるとなんだかすらすら上達するので、内心は能力を口実に少しだけ楽しんでもいたりして……
本をみながら執事くんでも縛ってみれば、たいがい一度で成功して縛り方も頭に入りましたし、自分を縛るためのアレンジも結構ぱぱっと思いつきました。
暇をみつけては練習したりいろいろな縛り方を試したりしていたので、いまでは3秒もあれば他人を、5秒もあれば自身だって縛り上げて見せられます。
あ、もちろん縄抜けだって完璧です。
むしろこの手の凝った縛り方だと、ふつうの人じゃほどけないので自分で抜けられないと悲惨なことになります。
ぐるぐる芋虫聖人(特殊性癖な縛り方)が救急車どころか、レスキュー隊のお世話になりかねません。
能力のおかげで縄を切ることもできませんから、さらにややこしいことになるのも間違いなし。
これには、練習にも身が入ります。
こんなかんじで日々上達してきた捕縄術ですが、それでも戦闘中に5秒間も時間をかせいで片手間でできるほど簡単でもありません。
いままで気が付きませんでしたけど、執事くんの言うとおり“目”の強化はわたしにとっての必修科目のようですね。
「とはいえ、どうすれば“目”の修行ができるのでしょうか?」
「そのことについては、僕に考えがあります。 “目”を鍛えるならば実際に色々な人をみてみるのが一番です。 そして、こんなことにおあつらえ向きなのがまさに、あそこですよ。 わかりませんか? お嬢さま」
「……わかりません。どこですか?」
「ふふふ、わかりませんか。 ならば教えて差し上げます! 何千、何万もの人々があつまる、天下に名高き武道家たちのメッカ! それこそ天空闘技場です!」
「………………」
「ここについて詳しくお伝えするとですね――――」
……好きなのですね。 天空闘技場。
いかにもわくわくと字で書いてあるような顔をしています。
無駄に熱く、そして無駄に早口で情報量が多い語り口が、マシンガンのように言葉を吐き出し、わたしの右耳から左耳へと通り抜けます。
いや、その歴代最優秀闘士の情報いりますか? え? 必要? そうですか……
その後しばらく、血沸き肉踊る男のロマンと格闘技についての演説がお屋敷に響き渡るのでした。 まる。
――――――――
「……40階でしょうか?」
「いえ、たしかに強く見えますが動きに無駄が目立ちます。 20階程度です」
「あ、勝負ついた。 へぇ、ほんとに20階です」
むむむ、どこのだれかは知りませんけどふがいないですよ。
それにしても執事くんの評価がはずれません。 さすがです。
「じゃあお嬢さま。 あっちの体格の良い色黒の選手はどうです?」
「うゎすごい筋肉です。 ……でもなんか鈍そうなので10階くらいとか」
「当たりです。 ちょっと簡単でしたか。 ……なら今度は右端でやってる、銀髪でネコみたいな顔したあの男の子は?」
右端の男の子……と、あれですかね?
「って、男の子ってほんとに男の子じゃないですか。 5、6歳くらいですか? そもそも勝てるようには思えませんけれど」
「いえ、あれで彼、なかなか強いですよ。 30階はかたい」
「そんなうそです! ……って勝ちましたね。 一瞬で。 おぉ40階ですか。 すごい……」
そんなわけで今わたしたちは、天空闘技場の一階で絶賛観戦中もとい修行中です。
修行方法はいたって簡単。
執事くんが適当に指示した人物が、勝つか負けるか、また何階に振り分けられるか予想する、というものです。
いやこれがなかなか難しいのです。
そろそろ一時間経ちますが的中率は2割5分といったところですか。
それにしてもいきなり天空闘技場なんて言われた時にはびっくりしましたが、出場するわけじゃなかったのですね。
よかったよかった。
わたしは別にMとかじゃあないので痛いのは普通にきらいですし、怖いです。
このことを執事くんに伝えた時は、は? みたいな顔されましたけど、まったく失礼しちゃいます。
執事くんはわたしをなんだと思っているのでしょうか?
でも、執事くんって修行をつけてくれる分にはすごく優秀なのですよね。
この修行だって、言ってしまえば簡単ですけど、なかなか思いつくものでもない気がします。
とはいえ、さすがに飽きが入ってきました。
選手のみなさんも一階だけあって強さがばらばらなもので見ごたえのある試合なんてほとんどありません。
しかも制限時間が3分なので面白くなりそうな試合もすぐに打ち切られてしまいます。
これには一階の観客席がまばらなのにも納得できるというものです。
「……ふぁ」
とと、あくびが出てしまいました。気をつけないと。
「おや、さすがに疲れてしまいましたか? ならすこし早いですけど移動しましょうか」
「はい? 今度はどちらへ行くのです?」
「200階です。 せっかく来たんですから、念能力者どうしの試合も見ていかないと」
あれ? 200階の試合も観戦できるのですか?
「えと、試合当日でチケットとか問題ないのですか?」
「問題もなにも僕の出場する試合ですから、いくらでも優遇できますって。 お嬢さまは一番迫力のあるS席でみられますよ」
……え? 僕? 僕って、執事くんですか? ボクさんとかじゃなくて?
「ちょ、ちょっと待ってください! 執事くんって200階クラスの闘士だったのですか?いつのまに?」
「あれ、言ってませんでしたっけ。 僕が執事になってお嬢さまにつく前は天空闘技場のファイトマネーで生計立てていまして。 今の旦那さまに仕えるきっかけもここでの試合がたまたま目についてスカウトされたんです。 試合を休みすぎて200階の登録が消えちゃうのももったいないので、許可を得て休みの日なんかたまに出場しに来てたんですよ?」
「……そ、そうだったのですか。」
ま、まったく知りませんでした。
そもそも執事くんがわたしつきになったのって3、4年まえですよね。
ってことは相当な古株じゃないですか。実は執事くんってすごい人なのでしょうか。
まぁ、それも試合とか観客の様子を見ればわかりますか。
わたしの予想だと、たぶんちょっとした固定ファンもできてきた程度の中堅あたりじゃないですかね? きっと。
今の私の“目”で見る限りは、執事くんの実力はそれくらい、だなんて思っていたのですが……
――――――――
―――おおおぉぉぉぉ!
「………………」
……って、放心している場合じゃありません!
いま執事くんの試合直前なのですが、盛り上がりが半端ないです!
ふつうに人気闘士じゃないですか! だれですか中堅所とかいっていたの!
いや、わたしですね。すいません予想外すぎてテンパってますわたし。
―――それでは、両コーナーより選手の入場です!
―――おおおぉぉぉぉぉ!
スポットライトを浴びて輝く、ドライアイスの霧かき分けて執事くんが会場に現れました。
服装もいつもの執事服ではなくって、ゆったりした長ズボンにタンクトップですか。
細身にみえて実は結構筋肉質なのでタンクトップで腕や胸が強調されます。
有り体に言って似合っていますね。 着やせするタイプってやつです。
ふふふ、なかなかカッコいいですね。
それに対して相手の方は…… なんていうか、長いです。
背の丈はゆうに2mごえですね。 下手したら250cmいっているのではないでしょうか。
日本人の平均くらいの身長の執事くんと比べると、さらに大きさが際立ちます。
それに腕も妙に長いですね。 姿勢を正していても、力を抜けば膝まで届きそうです。
体格的にはずいぶん差がありますけど、だいじょうぶでしょうか。
よし、ここは一つ―――
「執事くーん! がんばってくださーい!」
あ、執事くんちょっとびっくりしましたね。
そのまま苦笑しながら手をあげて答えてくれました。 様になっています。
へへ、頑張って大声出したかいがありました。
相手選手がすごい勢いで執事くんのことにらんでいますけど、気にしない気にしない。
――両選手、準備はよろしいでしょうか。
――ルールは制限時間無制限、相手選手をノックダウンまたは10ポイント先取した方が勝利となります。
お、始まりますね。
――それでは、両者かまえて……………… ファイッ!
いきなり相手選手が突っ込んできました。 そしてその両腕がオーラで包まれたと思ったら……
気持ち悪っ! 腕がぐにゃんぐにゃんと鞭みたいにしなって曲がって……
四方八方から攻めていますが、執事くんはなんとかしのいでいます。
……私なら無理です。 体術的にも、なにより生理的にあれは受け付けません。
それにしても、あれも念能力でしょうか。 強化か変化あたりですかね。
「なんじゃあ、ありゃ!」
「む、あれはまさか……」
「なっ! お前さん、知ってるのか!?」
「あぁ、聞いたことがある……」
お、これは運がいいですね。 どうやら近くに漫画やアニメにみるような解説大好きおじさんがいるようです。 聞き逃すわけにはいけません。
「なんでも、あれがあの男の能力らしい。 もともと長いリーチで相手を翻弄する戦い方をするのだが、“念”でその腕撃の威力とトリッキーさをさらに高めたのだとか。 200階にあがってきたのは比較的最近だが、ここでの戦いにも慣れてきた実力者だ」
「ってこたぁ、こりゃこのままあのひょろなげぇ野郎の勝ちってわけか。 へへ、5万
「いや、それはちがうな」
ん?執事くんが負けるみたいな話になりかけて一瞬むっときましたけど、流れが変わりました。
どういうことでしょう?
「あれは、あせっている」
「あぁ?」
「やつは知っているのだろう。 自分の闘っている相手がどんな人物なのかを。 その実力はフロアマスターにも匹敵するといわれている古参の闘士。 その能力から“叫びの呪言師”とも呼ばれる対戦相手のことを」
……二つ名キター!!
え? え!? 執事くんってそんなに有名人さんなのですか。
それにしても厨二くさいですね。 どこから出てきたのですかその名前……。
執事くんの能力って悲しみの感情がオーラの量に影響するものだけのはずでしたが。
「“叫びの呪言師”は特定の言葉を叫ぶことでその力を何倍にも高めることができるんだ。 だからやつは能力を使われる前に勝負を決めようとしている」
「な、そんな野郎だったのかよ。 ……おいっ! 距離が開いたぞ!」
「く、くるぞ、呪言師の“叫び”が!」
いままで一方的に攻められていた執事くんがいきなり攻撃をいなして、相手の体勢を崩します。
その隙におおきくバックステップをしたと思ったら、その場で足を肩幅に開いた構えをとりました。
つ、ついにわたしの知らない執事くんの能力が見られるのですね。
そして執事くんは大きく息を吸って――――
《―――クリリンのことかーーー!!!》
ゴゥっと目にみえない圧力のようなものが会場中に広がりました。
……え? えーーー!?
なにが、えー!? っていうかえーーー!?
な、なんで? なんでその言葉が今でてくるのです!?
「なっ、“クリリンノコトカ”、だと!? 最大出力の呪言じゃないか!」
「そ、そんなにすげぇのか?」
「あぁ、彼の呪言では高出力の“ハカッタナシャア”や“ツキニカワッテオシオキヨ”と同レベルのものだ。 ふだん格下相手に使う“スコシアタマヒヤソウカ”や“ソノゲンソウヲブッコワス”とは比べ物にならない」
「おいおいマジかよ……」
…………マジかよ、はわたしのセリフだとおもうのですが?
それからの試合は一方的、というより一瞬でした。
あまりの迫力に腰の引けた相手に、執事くんが一撃。 それでノックダウン。 試合終了です。
そして今、わたしは勝者インタビューのおわった執事くんの控室に向かっています。
まさかという疑念と、そんなわけないという理性がまじりあって頭が破裂しそうです。
もしかして執事くんはわたしと同じ境遇、すなわち転生者なのでしょうか?
さりげなく、あくまでさりげなく確かめなければ。
「執事くん!」
「あ、お嬢さま。どうでしたか? 僕の試合は」
「え、あ、その…… か、カッコよかったです」
「はは、ありがとうございます。」
ま、まずいです。何も考えないで突貫してしまいました。
ど、どう聞きましょう? おちつけ、おちつくのですわたし。
「そ、そうです! 執事くんいつの間に新しい能力なんて作っていたのですか? いきなり変な呪文を叫ぶからびっくりしました」
「あぁ、あれですか」
よ、よし! この質問なら自然と“叫び”の内容につなげられる。
と、内心わたしが喜んでいると、
「いいですか? お嬢さま。 僕はなにも新しい能力なんて作っていません。 使ったのはお嬢さまの知っている僕の能力、[
「え? でもそれならどうして……」
「あの言葉は、幼少のころ僕を育ててくれたうえに、念の指導をしてくれた師匠が話してくれた物語の中のセリフなんです。 ……あれを口に出すと死んでしまった師匠を思い出して、すこし悲しい気持ちになるんですよ」
「あ、そうだったのですか……」
師匠さん、ですか……
そっかそれならその師匠さんが私と同じ、“転生者”だったのでしょうか?
死んでしまっているならもう確かめることもできません……
一度会ってみたかったですね……
なんて思っていると、唐突に執事くんがニヤリとわらいました。
え? なんで?
「でも、それだけじゃありません。 あれはカモフラージュです。」
「かもふらーじゅ?」
「僕は本来、能力を使う上であんな予備動作を必要としません。 でも相手にそう思わせておけば、いざという時、いきなり能力をつかって相手の虚をつけるでしょう」
「……言われてみれば、そのとおりです」
「いいですか? ここの闘士たちにはわかっていないものも多いのですが、念での戦いは基本的に“騙し合い”です。 自らの底をぜったいに見せてはいけません。 能力の詳細を知られているだけで勝てる見込みがぐんと下がりますからね。 確実に勝てるタイミングを計って奥の手を使う。 相手が隠す奥の手に警戒する。 それが大切なんです。 わかりましたか?」
「へぇ、勉強になります」
執事くん、そんなことまで考えて、わたしを天空闘技場に連れてきてくれたのですね。
ほんとうに念の指導者としては優秀です。
「はは、まぁこれ全部、師匠の受け売りなんですけどね」
「いい師匠さんじゃないですか。 ちなみにその師匠さん、ほかにはどんなお話を?」
「実になる話はこれくらいですよ。 ほかはだいたい奇想天外な物語ばかりです。 強化系と放出系に特化した人たちが願いをかなえてくれる7つのボールを探す話ですとか、すべての念を消し去る右手を持つ特質系の青年の話、ある少年が父親を捜すためにハンターを目指す話もありました」
なんかこの世界風にアレンジしてありますけど、“ドラゴンボール”に“禁書目録”に“ハンター×ハンター”でしょうか。
どれもこれもなつかしいですね。 前世だなんてもう20年近く前の話ですし、ほとんど覚えていません。
今度くわしく話してもらうのもいいかも……
……ってハンター×ハンターですか!?
「し、執事くん! そのハンターを目指す少年の話、もっと詳しくお願いします!」
「え? あ、はい。 主人公はたしか、ゴン少年だったかな? ハンター試験でゾルディック家の子と仲良くなったり、ヨークシンでマフィアのいざこざに巻き込まれたりします。 ほかに比べてフィクション色が弱いというか、どこか現実的だったのでよく覚えてますね」
「そ、そうなのですか……」
知っています!
執事くん
でもまさか、これからおこる本当のことだとは思いませんよねぇ。
まぁ、原作にかかわるつもりは毛頭ないので関係ないといえばそれまでですけど、さすがに驚きますって。
だんだん師匠さんのイメージがよくわからなくなってきました。
「……な、なんか今日は疲れてしまいました。 もう帰りませんか?」
「そうですね。 もういい時間ですし。 お疲れ様ですお嬢さま」
「はい、お疲れ様です」
はぁ、今日は 新事実がおおくてさすがに疲れてしまいました。
帰ったらベッドに直行ですね。
変に緊張して流れた、額の冷や汗をぬぐいます。
ゆっくり休んでまた明日考えましょう。
「あ。 そうだ一つ思い出しました」
「ん? なにをですか?」
「師匠の言葉です」
うぅ、まだ何かあるのですか。
「なんでも自身を転生者だとかトリッパーだとか名乗ったり、原作がどう、ハンター×ハンターがどうとかいってるやつには関わるな。 絶対に厄介事にまきこまれる。 とのことです。 一生に一度会うか会わないかくらいらしいですけど、お嬢さまも気を付けてくださいね?」
「……は、はい。 ……ありがとうございます」
……言えない。
……わたしがまさにその人だなんて口が裂けても言えない、です。
以前読んでいたという方が感想に書き込んでくださって、とても驚くとともに感謝しております。
適宜修正を加えながらの投下になりますので1度に全話とはいきませんでしたが、できるだけ早く最終話まで投下しますので、少々お付き合いください。