最近お屋敷の警備がなんだかものものしいのはどうしてなのでしょうか。
昼間の間はそれほどでもないのですが、夜になると、ちょっと探せばいつでも警備員の姿が目に入るようになっています。
そのうえ、使用人のみなさんの様子が、なんというかピリピリしているというか。
常に何かに警戒しているようなのですよね。
私には心配させないようにとでも言われているのか、体裁だけは今までどおりなのですが、正直言ってばればれです。
「と、いうわけで、どうしてでしょうか?執事くん?」
「は、は。なんのことですかね」
またしらを切るつもりですか。
「お屋敷の警備員さん、最近妙に忙しそうですが」
「……さて、ぼくにはわかりかねますが」
「……むぅ」
このことを聞くのももう何回目でしょうか。
いつまでたってもだれに聞いても知らぬ存ぜぬで通されてしまいます。
正直あきらめる以外にどうしろと。
そしてこの話をごまかすためか、執事くんの修行がいつもよりずっとずっとつらい、というか思いやりにかけた内容になっています。
以前は厳しくも無理な負担がかからないような絶妙なあんばいで行われていたのだと、ここ最近痛感しています。
執事というか使用人の一人として、またこんな形とはいえ弟子をとっている人間としては大問題なことにも感じますが、それだけ事態がせっぱつまっているのかもしれません。
わたしとしては、いつもどおりに戻るのを今か今かと待っているしかできないみたいです。
いやになります。
それと、修行がつらいと感じるようになったからか、このところある疑問がうかんできました。
すなわち、“わたしはどうして”念“の修行をさせられているのでしょうか”。
まがりなりにもわたしはお嬢さまであり、べつだん強くなる必要などかけらもありません。
鍛えるとしても護身術程度がせいぜいで、幼いころから続けている武術で及第点。
“念”に関しては、“纏”もできてしまえば一般人に比べてずっと頑丈になるので十分すぎるほどのはずです。
だというのに執事くんは、実践を意識してわたしを天空闘技場にまでつれていったりと明らかに度が過ぎています。
いや、実は本人が行きたかっただけということも否定しきれませんが……。
さておき、“念”で新しいことができるようになるのがうれしくて全く考えたことがなかったのですが、一度考え始めるとその疑問が頭から離れません。
そして浮かぶ疑問はなにも“念”や修行にかかわることだけではありません。
本来、今のわたしが修行以外にすべきこと、していたであろうことを考えても大きな疑問が浮かんできます。
先ほども言いましたが、まがりなりにもわたしはお嬢さまなのです。
お金持ちのお嬢さまが、自らの家に絶対に求められるはずの“政略結婚の駒”という役割について、わたしはついぞ聞いていません。
気がつけば、わたしも18歳も半ばになりました。
本来ならば、婚約者でも紹介されてもいい時期でしょう。
好きでもない相手と結婚するということも、いささか抵抗はありますが、
この年まで養ってもらった家のためだとおもえば納得もしますし、ちゃんと受け入れようとも思っています。
思い起こせばちょっと昔、といっても2年くらい前までは、お見合いとまではいかずとも他の良家の御子息と顔を合わせるような催しもそこそこの頻度で行われていました。
興味がなかったので意識していませんでしたが、それもいつの間にかぱったりとやみ、いまでは修行に明け暮れる日々です。
いくらなんでも、さまざまな環境とわたしのしていることがかみ合っていません。
と、いってもこれらのことすべてがわたしの考えすぎているだけという可能性も高いのですけどね。
修行に関しては、楽しんでやっているわたしに執事くんが合わせていてくれているだけ。
結婚については18、19ならまだ遅すぎるというわけでありません。
いまはお相手を選考中。 そう考えれば、一応どちらもつじつまは合います。
もしその通りなら、深刻ぶって執事くんやメイド長なんかに聞いても恥をかくだけなので、これらのことは特に誰にも話していません。
やはりつらくなった修行のせいでイライラが募っているのでしょう。
どうにも最近、突拍子のないことを考えがちです。
ひとまず疑問は置いといて、お屋敷の雰囲気がおちついても気になるようでしたら……
「そのうち誰かに相談でもしてみますか」
「ほらお嬢さま、しゃべっている暇があったら“円”習得のために集中しましょうね。50cmも広がらないんじゃ、ただのちょっとおっきな“錬”ですよ。」
「……はぁい。」
……はぁ、どうにかしてストレス発散しないと気がめいってしまいますよ。
――――――――
苦手な“円”の修行もとうにおわり今は夜、草木も眠る丑三つ時。
月明かりと、ランプの光を頼りにお父様の書斎を物色中です。
ストレスを発散する効率的な方法は人それぞれかと思います。
暴れる。食べる。遊ぶ。寝る。わたしの場合は……
「……縛る、といったところですか。」
正確には趣味に走る、ですかね。
前回お借りした人を縛る術について書かれた本はほぼすべてマスターしましたし、自分縛りのタイムアタックにも飽きてきたので、新しい資料を探しています。
事後承諾でお父様に本を借りるむねを伝えた時、お父様はわたしの手のなかにある本を見て、あからさまに安堵のため息をはきました。
きっとわたしには見られたくない、その手の本がまだあったのでしょう。
あの時の本は一通り見てすぐに見つかるような表に置いてあったので、今回は人目を盗んで隠し棚とかがないかを探します。
気分はまるで宝探しです。いえ、わたしにとっては宝でもあながち間違っていませんか。
「ふんふ~ん。ここらへんとかちょっと怪しいですよね~」
部屋の隅に裸婦の胸像が置いてあったのでいじってみます。
こういうのってよくドラマやゲームでは目がボタンになっていたり首が回ったりしますよね。
と、いうことで試してみますが……
「……なにも起こりません。まぁそう簡単にはいかないですよね」
ほかにボタンになりそうなところはっと―――
「……乳首。 ……まぁ違うとはおもいますが念のため。 そーれポチっとな」
カチャン。 そんな音がまっくらな部屋に響きます。
「………………うそやん。」
……おもわず、へんな関西弁臭い言葉が出てしまいました。 うそやん。 それはないですよお父様。
でもなんて言うか、えー、正直ドン引きです。
心の中でなんとかフォローしようかと思いましたが無理でした。
これを作らされた人もかわいそうに……
でもギミック的に今のわたしにとっては当たりな気がします。
重要書類をこんな方法で隠されちゃったら、それこそ書類君の面目が立ちません。
いまので開いたらしい胸像の台座部分を物色します。
えっちな本は、どこですかーってね。
「…………なんか普通に機密っぽい報告書がでてきました。 暗殺がどうとか書いてあります。」
え? こういうのってもっと厳重に暗号つきの金庫とか、幾重にもつらなる仕掛けをといてはじめて開く隠し部屋とかにあるものではないのでしょうか。
それが乳首ボタンひとつって…… もしかして真面目な侵入者なら見向きもしませんか? 乳首。
それにしても、うちのお仕事にも暗殺依頼とか出すような後ろ暗いところがあったのですね……
あまり気分はよくないですが、とはいえ所詮は他人事なので、ふーんくらいの感慨しかありません。
どこか遠くでは今も戦争でたくさんの人が死んでいるんだよ、とでも言われた程度の気分です。
こんなものを見ていてもしょうがない、と元あった通りにしまっておこうとしたとき、――ふとある文字に目がつきました。
「…………幻影、旅団?」
その文字を見た瞬間、ずいぶん遠い記憶がうっすらとよみがえってきます。
幻影旅団。
ハンター×ハンターに登場するキャラクターたち。
ヨークシンのドリームオークションを襲撃してその出品を強奪するも、クラピカをはじめとしたマフィアの護衛の人々に反撃を受け、組織として手痛い出血を強いられる。 ……といった役柄のはず。
すでに細かい内容はうろ覚えで、大まかな結果しか思い出せません。
それでも、どれだけ危険な方々かは簡単に予想できます。
「……うわぁ。お父様も何を考えているのでしょうか」
懐かしい単語につられて、すらすらと報告書を読み進めていきます。
どうやら暗殺者を雇い始めたのがすでに3年も昔の話のようです。
きっかけは……なにか盗まれたみたいですね。
何が盗られたのか書いてないのはあまりよろしくない代物だったからでしょうか。
暗殺がうまくいかないのに痺れを切らしたのか、大きく動きすぎて2年程まえには幻影旅団をつけ狙っているのが周囲にばれたりもしています。
それからはおそらく意地とプライドですかね。
なんどか尻尾をつかんで襲撃しているようですがことごとく失敗しているようです。
……この暗殺者さんたち、もしかして無能ですか?
というか、わたしに縁談が来ない理由もこれだったりしません?
2年前といえば、お見合いもどきがなくなり始めた時期とも重なります。
そりゃ、凶悪なことで有名な組織にちょっかい出してる所の娘と、縁を持ちたいとは思いませんよねぇ。
今のところ放っておかれているのは単に面倒だからといったところでしょうか。
あの人たちからすればこちらの無能さんたちなんてそこらのハエと大差なさそうですし。
「……おろ、これが最新の報告書ですか。 えっと“偵察任務失敗。逃走時、ターゲットから本邸への襲撃を示唆される”」
………………あれ? 本邸ってここじゃありませんか?
もしかしてもしかしなくても、わたしたち幻影旅団に狙われていません?
……うそやん!? これこそほんとにうそやん!?
――――ドンっ!
うわなんか今すごい音がしましたね。
場所はお屋敷の外、正門のあたりでしょうか。
……まさか、ね。
「……野性児っぽい大男」
窓からお外をちらり。 ……ちょっとしゃれた装飾がなされていた正門は、すでに粉々に崩されていています。
そしてコンクリートの粉塵の向こうから、脳みそまで筋肉でできているんじゃないかと思うような巨漢が現れました。
あー、たしか旅団にいましたね。あんな人。
クラピカくんに殺されちゃう人でしたっけ。
名前はもう忘れました。
「うぅ、生涯原作のげの字にも関わらない予定だったのに……。 だれですか、勝手にわたしの死亡フラグ立てたの。」
時間がもったいないのでさっさと窓の近くから離れて、ぐちぐちいいながらも自分のことをしばりしばり。
執事くんと合流したいですが、お屋敷のなかで旅団の人と遭遇したくもありません。
どうしてわざわざ自分の部屋を抜け出している時に襲撃を食らってしまうのか。
偶然にしてもご勘弁願いたいところでしたが、そうなってしまえば仕方ありません。
今頃わたしのことを探しているのでしょうね、執事くん。
いまのうちに丁寧に丁寧に[
おおきな音がお屋敷の中からも聞こえてくるようになりました。
わかっていましたけどいくらなんでも早くありません?
そら急げわたしがんばれわたし。
「…………
さて、準備はできました。
あとはだれかが来るのを待つばかり。
使用人の誰かが運び出してくれればいいのですが、誰かが暴れる音がもうかなり部屋の近くまで来ているので望み薄ですかね……。
「―――そらよっと!」
バギンと音をたてて部屋の扉がひしゃげられました。
その先にいるのは、返り血なのかところどころ赤く染まった大男……
―――――返り血?
「お、なんかありそうな部屋だな。」
血? 血って…… だれの、血?
大男はまだこちらに気づいていません。
けれど、いまはそれどころじゃありません。
よく考えてください。
この人たちどうしてここにきたのでしょう?
何をしにここにきたのでしょう?
ここにきたのはうっとおしい暗殺者の依頼人にいいかげん腹をすえかねて、です。
だからここで彼らがするのは……
「―――――
「あ?」
思わずつぶやいてしまったせいで、気づかれてしまいました。
けれどわたしはそれとは別のことでひどい後悔にさいなまれます。
わたしはいいです。 “念”が使えます。 能力があります。
わたしの能力には、それこそオーラ自体を切るとかそういったことに特化した能力相手でなければ基本的は無敵です。
しかし、この屋敷でも念を使えるのはほんの一握り、旅団に抵抗できる人などほとんどいません。
「……なんだぁこりゃ? オーラ?」
ここに来るまでに、こいつは何人の使用人を殺したのでしょう?
いったい誰が殺されたのでしょう?
ここの使用人は両親にかまってもらえなかったわたしにとってみな家族。
物心ついたころから世話してもらっている老婆もいます。
最近なかよくなった若い子もいます。
それをこいつは、みんなみんなみんな……
「なんかしばられてっけど、まぁいいか」
大男はわたしの頭に手をかけます。
そしてそのまま、握りつぶそうとしてきました。
「……あぁ?」
この大男の手も赤く汚れています。
ここまでの使用人たちもこうやって殺してきたのでしょうか。
非力な使用人たちはこいつから逃げる以外に生きるすべはなかったはずです。
しかし、彼らはわたしをおいて逃げることができません。
……わたしを探している最中にこいつとはち合わせてしまった人が、どれだけいたでしょうか。
「……かてぇ。 念か?」
わたしはこんなところでうだうだしている場合ではなかったのです。
能力のおかげでわたしが殺されることはありません。
しかし能力のせいでどうにも親しい人たちが犠牲になったようです。
……なんという皮肉でしょうか。
「ったく、なんで俺がこんなめんどくせぇこと……」
大男は何をおもったかわたしの足をつかみ……
「……やんなきゃなんねぇんだよ!」
思い切り壁にむかって叩きつけました。
壁には大穴があいたけれど、その程度でどうにかなるほどわたしはやわではありません。
「へぇ、これでも無傷かよ。 すげぇなおい。」
やわではありませんが動けない以上どうしようもないのです。
わたしは悔しさにはがみしながら、あきらめて放っておかれるようになるまで待つしかないでしょうか。
「―――お嬢さま!!」
「……ん!」
いまの音を聞きつけたのでしょう。執事くんが来てくれました。
能力もすでに発動済みなのか、かなりのオーラをまとっています。
これなら……
「貴様!何をしている!」
「お、強そうなやつが来たじゃねぇか。 こちとらこんな退屈な仕事押し付けられてイライラしてたんだ。 おら全力でかかってこいよ。 ……さもなきゃこの女、殺しちまうぜ?」
「―っ! お嬢さまから手をはなせぇー!」
執事くんがオーラをさらにおおきくして右手に集中し、渾身の一撃を見舞おうといっきに距離を詰めてきます。
「そんなにこいつが大事なら、くれてやる!」
すでに執事くんは拳をあてることのできる距離まで近づいています。
しかしそれに対して大男はおもむろに、持っていたままだったわたしのことを振りかぶり、迫りくる執事くんの拳にむかって振りぬきました。
―――――ドガン
「が……っ」
「
わたしの体と執事くんの拳がぶつかるのを感じた直後、ぶれる視界のなかで執事くんが向かいの壁に叩きつけられて、ずるずると崩れ落ちていきます。
「―――
そのまま、執事くんはぴくりとも動きません。
「おいおい、一発かよ。 だらしねぇ。 まぁつっても、あいつが弱かったって言うよりも、こいつがすげぇってこったろうな」
そう言って大男はわたしのことを肩にかつぎます。
「そういや、団長が“念”のこめられたなんちゃらナイフってのを愛用してたっけか。 なんならこいつぁ、““念”を発する棍棒”ってところか? はっ、ただのめんどくせぇ野暮用かとおもいきや、とんだ土産ができたもんだぜ」
「へ?」
呆然としているわたしに向かってそんなことをのたまいました。
土産って、もしかしてまた誘拐されるのですか?
しかも今度はそもそも人として扱われていない感じがします。
とうぜん素直に連れて行かれるわけにはいきません。
「
「うるせぇよ。 だまってろ」
「ひっ」
抵抗しようとすると、思い切り殺気を向けられました。
恐怖で体がこわばります。
危害を加えられることがないとわかっていても、ただただ怖くて何もできません。
そのまま、大男はお屋敷の外に向かって歩き出しました。
幸か不幸か、途中で人と出くわさず、あらたに被害が出ることはありませんでしたが、
止められることもなくわたしはお屋敷から離れていきます。
わたしはただ震えて、遠ざかるお屋敷を見ていることしかできませんでした。
小さくなっていくお屋敷は、ただただとても、静かでした。
次の話は今晩中にもう1話か、翌朝を予定しています。
感想や評価を頂けますと泣いて喜びます。