赤くて、朱くて、紅くて、緋い。
あたりは見渡す限りに鮮やかで、アカという一つの原色で染まっている。
赤いのは空。
地上の異変を周辺に示すように、その夜空の黒にアカを映している。
朱いのは炎。
集落で一番大きな建物が、放たれていた火で燃えあがり黒い煙を上げ、その中身を吐き出している。
紅いのは血。
吐き出されてきたのはぜい弱な女や子供などの非戦闘者。
それらはためらいもなくふるわれる暴力にその命を失っていく。
そのうちの一つ、わたしでちぎり飛ばされて上半身のなくなった子供の体から噴き出る血液は、普段の切り傷などで見慣れた赤黒い静脈血ではなく、見とれるほどきれいで純粋なアカいもの。
緋いのは目。
一人の男が、なにごとかを叫びながら手に持った刀剣をこちらに向けてふるう。
太刀筋も振るう早さもなかなかに洗練されていて、それが剣舞であったなら素直に感心して楽しむことができたかもしれない。
しかし、相当の修練をつんで至ったと思われる剣は、“念”という超常の力の前では何の役にも立たない。
わたしが一度無造作に振るわれただけで男の剣は腕ごとひしゃげた。
もう一度わたしが振り上げられたときに、男がわたしたちを睨みながらつぶやいたのは女の名前と謝罪の言葉だった。
男は死んだが、憎悪にそまり光を失った男の目はそれでもなお、宝石のようにアカく美しかった。
わたしでヒトが殺されるのはなにも今回が初めてではない。 わたしはすでになんどか彼の仕事場に連行されて彼の獲物として活躍している。
とはいえ今回の相手は宝石展の警備員でも豪商のボディガードでもなく、緋い目をもつ少数民族。
求められるのはスマートな盗みを演出するための効率の良さではなく、その目を緋く染めるための残虐性。
その場は絵にかいたような地獄だった。
本物の地獄よりもよっぽど地獄らしい地獄だった。
そんな地獄を贅沢にも特等席で観ることのできたおかげで、わたしの心は屋敷を連れ出されて以来ようやく再起動の憂き目をみた。
よほどの衝撃でなければもう二度と動くことのないはずだったのに、あまりなできごとに再起動せざるを得なくなってしまった。
見て見ぬふりをできる限度を超えてしまったのだ。
再起動した心の底に狂気よりもさきに敷かれたのは、あきらめ。
もういいや、という、諦観の気持ち。
人殺しの集団の一部だろうがなんだろうがもうそれでいいや、という責任感の放棄。
たった今わたしは自らの心を守るために、入ってしまった郷に従うことを選択した。
ふさぎこむのはもうやめにしよう、標的の建物の間取り図をみんなで一緒にかこんで喧々囂々とお宝までの道順を議論するのも、彼と一緒に邪魔する奴らをなぎ倒すのもきっと楽しいに違いないと、そう考えることにした。
ふと遠い遠い森の中にある少年がだれにも気づかれずに逃げていくのを見る。
その米粒より小さな背中に希望を見ながら、わたしはこれからの愉快な日々を思って、むりやりに心を躍らせることにしたのだ。
――――――――
「……ば、ばけものだー!」
「く、くるな! くるんじゃねぇよぉ!」
「くそっ、おいお前ら! うだうだ言ってる暇があんならもっと撃てやぁ!」
目標のお屋敷の入ってすぐ、意図せぬ来客にあった大きなホールが悲鳴で染められます。
今日の獲物はとある絵画で、わたし達のお役目は警備をひきつける囮役です。
わたし達が思う存分暴れている間に、ほかの人たちがささっといただいてしまう。
そんな感じ。
それにしてもいやはや、事態はさながらホラー映画ですかね。
いえむしろ、相手が不可解な道具を担いだ毛むくじゃらな怪物なら、むしろそれはB級パニックものかもしれません。
見慣れていると逆にギャグのように感じるとことかがそっくりです。
そう思いませんか?ウボォーさん。
「おらおらどうしたぁ!?」
……アイコンタクト失敗です。
やれやれですね、みたいな目線をむけていたのですが、
ウボォーさんなんだかハイになって全然こっちを見ていませんでした。
「ッハ! なんもできねぇザコはすっこんでろや! おらぁ!」
「――ぅがっ。」
「ん~♪」
煽るのに飽きたらしいウボォーさんが警備員の集団まで一息に距離を詰め、先頭にいた一人をわたしで打ちすえました。
打たれた男は何メートルも吹き飛んだのち、壁に大穴とヒビをつくって沈黙します。
うんうん。ナイスショットです。思わず感嘆の声が漏れてしまいます。
「……ぅ、うぁ、あ……」
「ひぃ、たたすけて……」
「うあー! あ、あああー!!」
そしてそこから始まるウボォーさん無双。
もはや警備員の皆さんに抵抗できるはずもなく、逃げ出すものもいれば恐怖でうごけなくなるもの、半乱狂で銃を乱射するものなど壊滅状態です。
単純作業として手近なところからどんどんなぎ倒されていきます。
このままならあと数分もしないうちにお仕事終了ですかね。
いやー今回も楽なものでし……って、後ろから何か来る!!
「――んっ!!」
「おうっ!」
わたしの上げた警告の声と後方への視線。
これに応えたウボォーさんが、顔も向けないまま背後を、ぶおんと薙ぎ払います。
それを紙一重でかわして、バックステップでわたし達から距離をとるスーツ姿の男が一人。
その手にはオーラで包まれたコンバットナイフをさげています。
念能力者、ですね。
「ッチ。 気づくなよ」
「おぉ! ちったぁ骨のありそうなやつがいるじゃねえか!」
「うるせえな死ね」
スーツの男は腰を折り身を低くしてこちらに走り寄ってきます。
その身のこなしは素早く、目を凝らさなければ男がかすんで見えるほど。
しかしウボォーさんはわたしを振り回して男をナイフの刃が届く距離まで近づけさせません。
その一撃一撃は、ウボォーさんの膂力と私自身の纏うオーラもあり、牽制にもかかわらず軽く大木をなぎ倒せるほどの威力を有します。
けれど男はナイフでわたしをいなしつつ、つかずはなれずの距離を保っています。
本来ならば、いなしたところで無傷で済むようなやわな攻撃などではないのですが、男のナイフの刀身からは時折うすいオーラの膜が生じ、衝撃は膜でへだたれた男の体には届きません。
これが男の念能力なのでしょう。
防御用の変化系の能力といったところでしょうか。
「このやろうっ! いい加減にあたれ、や!!」
いつまでもいなされ続けたウボォーさんは焦れたようにそう大声を上げると、大きくわたしを掲げ、男に向けて振りおろしました。
それは今までとは違う全力の一撃。
大振りで一見隙だらけに見えても、その隙を突かれる前に生じた風圧で相手は体勢を保てず必ず次打で撃たれるという、使い慣れた凶悪な技術。
だというのに、それすらも男はオーラの膜でもっていなしてしまい、全力を奮った直後で数瞬の膠着を強いられているウボォーさんのふところに潜り込んできました。
そしてそのナイフをウボォーさんの心臓に突き立てる寸前、男は顔に会心の笑みを浮かべました。
これがわたし達の罠とも知らずに、です。
「――んぃい!」
―――ゴスッ
「ぐっ!」
突然の真後ろからの衝撃が、男の顔を驚愕の色に染めました。
衝撃の原因は、わたしの頭突き。
もちろんわたしは全身を荒縄で拘束されていますが、それでも腰は曲げることができます。
というか自由に曲げられるように工夫して縛ったのは私自身ですからね。
この程度ならば能力の制約に反することもありません。
意表をつかれた男はその直後、硬直の解けたウボォーさんの蹴り上げをまともにうけ、遠い天井に打ち付けられ、瓦礫の山を降らせました。
これは勝負あり、ですね。 ふふ、ざま見ろってんです。
「―うわぁ、またずいぶんと暴れたみたいだねぇ」
「まったく、ザコ共をこっちに逃がすんじゃないよ。 おかげで手間がふえたじゃないか」
「がはは、何言ってやがる。大した手間じゃないだろうが」
ちょうどよく裸のままの絵画を小脇に抱えたマチさんとシャルナークさんがやってきました。
無事、目標も確保できたようですね。
「まぁいいさ。 ほら、さっさと帰るよ」
「おうよ!」
「んー」
マチさんのこの撤収の掛け声を聞くと、ああ今日もやり切ったなぁ、だなんて、定時帰りの会社員のような気持ちになります。
さてと、今日のお仕事もこれで終わりですね。 お疲れ様です。 ウボォーさん。
「ん? あぁ」
ぽんぽんとウボォーさんはわたしを軽く叩いてくれました。
ふふん、今度のアイコンタクトは、成功です。
――――――――
「マチさん、マチさん、窓の外みてください。 お月さまが奇麗ですよ」
「そうかい」
「マチさん、マチさん、聞いてください。 今日は警備に念能力者がいたのですよ」
「そうかい」
「マチさん、マチさん。 盗ってきた絵、なんかオーラがこもっていません?」
「そうかい」
「マチさん、マチさん。 しりとりしましょう? “しりとり”。 はいマチさん“り”ですよ“り”」
「リュウゼツラン」
「……うぅー」
うぅなんだかマチさんが冷たいです……。
今は車でホテルまで移動中なのですが、ウボォーさんは助手席で寝ちゃってるし、運転してるシャルさんとはあんまり仲良くないので、隣の席のマチさんだけが頼りなのです。
「……うぅーーーっ」
「……わかった。 わかったよ。 降参だ。 だからそんな声出すんじゃないよ」
「やった!」
ふふ、マチさんはなんだかんだ言っても、結局は折れて相手をしてくれるので好きです。
「……ただねぇ、お前それ、仕事もおわったし能力も必要ないだろう? もう縄を解いたらどうなんだい?」
「なっ、マチさんがわたしのアイデンティティを否定するなんて!」
「でも、さっきは普通に歩いていたじゃないか」
「歩くときはちゃんとほどきますよ。 下半身だけ」
「……食事のときは?」
「上半身だけ」
「……そうかい」
基本的に縄を解くのは必要な時だけです。 歩行、食事のほかには、物を書くときとか修行のときとか。
解くだけなら今では一瞬でできますし。 縛るほうは相変わらず数秒かかりますけど。
まぁそれでも全身の縄を解くことはしません。
片手間で作った能力で、縛られている間は糞便や垢などで汚れないようにもしているので、トイレにも行かないでいいしお風呂にも入る必要がありませんからね。
それはわたしが旅団にかかわるようになってからずっとです。
「そうだ! マチさんも一回縛られてみればいいのです! きっとマチさんにもこの良さがわかりますよ! 締め付けられる体と裏腹に、動けなくなることで感じられる安心感! っくー、きっとクセになっちゃいます!」
「……頼むからやめくれよ」
「いやいや、遠慮なんてしなくていいですよ?」
「これのどこが遠慮してるようにみえるんだい?」
冷や汗をかいている様子のマチさんに、にじりにじりと近づいていきます。
といってもスキンシップみたいなものですけど。
嫌われたくもありませんし、さすがに本気じゃやりません。
まぁ、なんだかんだでマチさんが満更でもなさそうな反応してくたらそれはそれで……
「それじゃあまず基本の―――」
「ねえ、もう少し静かにできないの?」
「……はーい」
いいところでシャルさんの制止が入りました。
あのままおふざけのノリで強引にいけば案外いけたかもしれないのに、もったいないですねぇ。
……それにしても相変わらず、シャルさんの言葉には棘があります。
もちろん理由はわかっていて、わたしのことが嫌いとか気に入らない、というわけではなく、旅団員としての当然の警戒だと思われます。
わたしは正規の団員とはちがって、旅団に関わるきっかけに団長の意思が介していません。
だって最初はウボォーさんがどこかから拾ってきた、ただの“道具”でしたから。
お屋敷を離れたばかりの“道具”状態のわたしなら問題なかったのですが、あるお仕事が終わってから急に元気になっちゃったのですよ、わたし。
そのお仕事とはクルタ虐殺。
皆さんおなじみ、緋の目を盗りにいった時でした。
おかげでなし崩しで正式な団員ではないとはいえ、新たな“人員”が旅団の一部に組み込まれることになってしまい、急に態度が変わったこともあり何か企んでいるのではと、旅団の一部の人たちには警戒されるようになってしまいました。
特に厳しい目線でわたしを見るのは、シャルさんとか、パクノダさん、フェイタンさんあたりですね。
とはいえそれも昔の話。
時間という万能薬はたいていのことは解決してくれます。
旅団に組み込まれてからこれまでの数年間、ふつうに準旅団員というかウボォーさんの武器をやっていたので、ここまであからさまなのは今ではシャルさんくらいなのですけど……
フェイタンさんですら、わたしに対しての評価を“無関心”というところまで引き上げてくれているのにです。
「ねぇシャルさん。シャルさんってやっぱりまだわたしのこと信用してないです?」
「ノーコメントで」
「……そですか」
ノーコメントって即答するのは否定と同義でしょうに……
まぁ、それでも仕事は普通にまかせてくれるので、わたしがいままで旅団に貢献してきたのは認めていてくれているのではないでしょうか。
くれていれば、いいなぁ……
それならばわたしは胸を張って言えるのです。
わたしは盗賊団、殺人集団、蜘蛛、幻影旅団の一部であると。
なんて物憂げにまた窓の外を眺めていたら、夜空を一筋、きれいに輝く流れ星が横切りました。
「うわぁ、マチさん、マチさん、いま流れ星がありましたよ? いっしょに願い事しませんか?」
「わたしはやらないよ」
「むぅ、淡白な…… あ、また!」
もうマチさんなんて放っておいて願い事です願い事。
願い事なら常日頃からこういうときのために考えていたのですから、あとは唱えるだけなのです。
それはわたしの、あの日から続く、唯一無二の願い事……。
「―――どうかあの子が、早くわたしを――――」
―――――殺しに来てくれますように―――――
いつか見たあの小さな背中に希望をいだいて、わたしはそう願うのでした。
「ねぇ?クラピカくん」