とある古臭いビジネスホテルの扉が力まかせに閉じられる。
ガツンっ、と、ひどく鈍い音が深夜の暗い廊下に響く。
「クソがッ」
低く抑えられた罵倒。
扉にいらだちをぶつけた張本人である金髪の少年クラピカは、普段の冷静な彼を知るものならば想像もできないような言葉、声で、うちの怒りを吐き出す。
「クッ! 本当に、どれだけ、私を、私たちを……!」
「ちょ、ちょっとクラピカ、ねぇ、落ち着きなさい?」
「これが、落ち着いてなど……!」
遅れて部屋から出てきたセンリツがなだめてはいるが、完全に血が上っているクラピカは息を荒げて意味をなさない悪態をつくばかり。
センリツは困ったように今しがたクラピカが叩きつけた扉を見やる。
正確にはその奥に居座る珍客の存在を、である。
フェイメ・ネームドエイチ、それが昨晩クラピカが連れ帰った女の名であることが、その女の物言いと容姿からわかっていた。
性風俗業界を一手に牛耳るネームドエイチグループの総裁令嬢、それが彼女の一般的な肩書きである。 いや正確には肩書きで“あった”。 過去形だ。
クラピカ自身がハンターサイトを介して知りえた情報によると、このグループの総裁を代々世襲してきたネームドエイチ家は、5年前に一族惨殺事件を経て一度途絶えていたらしい。
その影響の大きさから市場の混乱をふせぐために、もはや他人とでもいうべき程の親戚が総裁の座を継ぐことで即座に体制は立て直され、一般には公開されていなかった事実であった。
彼女、フェイメ・ネームドエイチもこの際に死亡したものとされている。
ところが、彼女は生存していた。クラピカと暗い因縁をもつ幻影旅団の一員として。
激昂するクラピカに対し、センリツはおもむろにフルートを取り出し、たおやかな旋律を奏でだす。
「ハッ、あ、…… あ、あぁ」
「ふう、“野の春”、一晩もたたずにもう一度吹くことになるとはね。 あの大男と戦う前にも奏でたけれど、やっぱり落ち着けたかしら?」
「あぁ、すまない。 一族を侮辱されて、少し、我を失ってしまったようだ」
「……まぁ、さすがにあれには同情するわ」
センリツの言葉で思い起こしたのか、クラピカはうつむきその細い両手を強く握った。
ざらりとその右手にまきつく念の鎖が音を立てる。
クラピカの怒りは、彼が連れ帰ったフェイメ・ネームドエイチによるものである。
話はさかのぼるが、クラピカはウボォーギンとの戦闘を逃れた後、共にいる拘束された女を連れ、ひとまず旅団員を追うマフィアから彼女をかくまった。
場所はクラピカ個人が手配した、彼自身の所属するノストラードファミリーの拠点とは別のビジネスホテルである。
これは彼女の命を救うためなどではなく、マフィアンコミュニティーに引き渡す前にクラピカ個人で尋問を行い、旅団の情報を得ることが目的であった。
コミュニティーによって全てのことが片付けられてしまうのは、幻影旅団への復讐を自らの手でなしたいクラピカにとってよろしくないからだ。
そのために、事情を知り、加えて“心音を介して言外の情報を得る力”を持つセンリツにだけ、彼女の存在を教え、無理を言って協力してもらっている。
旅団の情報は秘密裏に通じているヒソカからも得られるが、情報の出所は分散されるに越したことはない。
そして尋問が始まる。
フェイメは当初、打てば響くように簡単に問いに答えていた。
彼女自身の経歴や能力、団員の人となりや力関係、役割など多くのことを明かし、次は団員の能力をといったところで、彼女はふと何かを思い出したかのような顔をする。
そして「これが終わるとマフィアに引き渡されるのか?」 とクラピカに尋ねた。
不意な問いに沈黙してしまったクラピカを見て肯定ととったのか、彼女は打って変わって質問を受け付けなくなり、クラピカを煽り始める。
内容は主にクラピカの出身であるクルタ族に関するもの。
その虐殺に参加していたと話す彼女は、その民族のいかに脆弱だったかを語り、その目に価値がつけられながら隠れるだけの知恵がなかった阿呆を嗤い、自ら殺した人物の特徴や名をならべ侮辱し、えぐった宝がどれだけ美しかったかを論じた。
クラピカは何度も手を上げかけ、暴力によって彼女の口を閉じさせようとしたが、これはセンリツにとめられる。
それでも彼女の口は止まることなく、我慢の限界を越えようとしてたクラピカをセンリツが一度廊下に出るように諭したのであった。
「ねぇクラピカ、彼女の心音について聞いてほしいことがあるの」
「……聞こう」
「あの子の心音はあなたの民族の話を始めてからはずっとvivace、活発ではずんでいるわ。 これは大きな期待を表す音。 そしてあなたが怒りをあらわにするとさらに大きく、わたしがそれを止めるともとの早さにもどるの。 まるで当てが外れた、とでも言いたげにね」
「彼女は危害を加えられることを望んでいるというのか?」
「えぇ。 おそらくあの子への暴力は彼女にとって何らかの利があるはずよ」
「……そういえば、彼女を連れ帰る途中に笑顔で殺してくれと言われたな。 なにか危害を加えられることで発動する能力でもあるのかも知れない、ということか」
憶測と共に「いまいましい」と吐き捨てるクラピカに、センリツが深くうなずく。
センリツはあれほどの暴言をはいたフェイメが痛い目を見るのに同情するほどのお人よしではない。
暴走しそうになるクラピカを止めていたのはひとえに、彼女の未知の能力を警戒したためだった。
「センリツ、君に協力を仰いで正解だった。 しかし、それならばマフィアに引き渡すことをほのめかす方が尋問には有効か。 彼女はそれをあからさまに嫌がっていた」
「あ、クラピカ、そのことなのだけれど……」
センリツは部屋を出る直前にフェイメに呼び止められ、一つ、わけのわからない脅迫を受けていた。
「“4人のピエロのサーカスにマフィアのみなさんを招待しなきゃ”って言われたの。 ちょっとやけっぱちな感じにね」
「っ……!」
「心当たりは…… あるみたいね」
それはクラピカがヒソカと内通していることを周囲に話すということであると、彼は受け取った。
4人は4番、ピエロはヒソカ、かろうじて明言はしていないが暗喩が簡単すぎて、それを聞いたセンリツに不信感を持たせることをまったく考慮していない。
なぜ知っているのか、という思いがクラピカの頭を支配する。
ヒソカが取引を反故にしたのか、自分は罠にはめられたのか、少なくともクラピカはフェイメを容易に外には出せなくなった。
「……あの子は“チケットはわたししか持っていないから大変”、とも言っていたわ。
……ねぇクラピカ、あなた今ものすごく動揺しているわ。 混乱と憤りとあとは…… 負い目、かしら? ……心音がはねた、図星ね。 ねぇ、クラピカ、あなたは何を隠しているの?」
「そ、それは……」
これはフェイメ以外に秘密を知る者はいないということを示したいのであろう。
目を泳がせ狼狽するクラピカ。
しかしここで、ピルルルルルと乾いた電子音が響き、クラピカの携帯が主に電話が来たことを伝える。
「出てかまわないわ」
「……あ、あぁ」
目でセンリツに問いかけてから、クラピカは通話を始める。
「もしもし……あぁ、……あぁわかった。 すぐに戻る」
「どなた?」
「スクワラだ、用件はわからないがボスがお呼びらしい。 私は一度もどる。 ……彼女のことを頼んでいいだろうか?」
「えぇ、そのかわり帰ってきたら、教えてくれるわよね」
「……あぁ」
「うん、嘘ではないわ。 話したくないけど話さざるを得ない、というところかしら」
「……まぁ、そんなものだ」
そう言うとクラピカは背を向けて、暗い廊下に消えていった。
その後センリツは部屋へ戻り、半ば諦めながらもいくつかのことをフェイメに尋ねた。
先ほどの言葉はどういう意味なのか、初対面のはずであるのになぜクラピカの隠し事を知っているのか、どうやって弱みを握ったのか。
それにニヤニヤとした笑いとともに返ってきた答えは、予想通り意味の不明な一言のみ。
“
それはセンリツの聞いた彼女の戯れ言、受けた問いへの的確な回答。
―――――――――――
「……えぇ、……ええわかったわ、ありがとうお疲れ様」
パクノダはシャルナークと電話越しに話していた。
それをウボォーギン、シャルナークを除いた他の団員たちは固唾をのんで見守る。
「……それじゃあまたあとで」
「……シャル、なんだって?」
「無事、ウボォーと合流したそうよ。 ウボォーに怪我はなし、けど鎖野郎は逃がしてしまったといっていたわ」
「そっか」
電話を終えたパクノダに皆を代表してシズクが事の次第を尋ねた。
帰ってきた答えにたまらず安堵の息をもらす者もいれば、興味なさげに自前のトランプをいじるものもいる。 反応は様々だ。
「で、あの嬢ちゃんは結局どうだったんだ?」
「……裏切ったことで確定だそうよ。 ……最後には鎖野郎をかばうようなこともしたらしいわ」
「おいおい、まじかよ」
「ふん、やぱり殺しておくべきだたね」
「……そう、ね」
信じられないというようにうそぶくフィンクスに、フェイタンが思い出したかのように愚痴をはさむ。
裏切られたウボォーギンの安否がわかった後に、話題をさらうのはもちろん裏切った本人のことであるのは想像に難くない。
場所を変え、新しいアジトとなった小ぎれいなアパートの一室には、団員達のいらだちや困惑などで重苦しい空気が立ち込めていた。
「ったく、あいつにゃそんな度胸はねぇとおもったんだがなぁ」
「……ちっ、胸糞わりぃなくそっ。 そもそもぜってぇに裏切ることがわかってるやつを団員に加えるとかおかしいって何度も言ったはずだぞオレは。 そんでことが起こったあとになって信じられねェだ? 頭わいてんじぇねぇか!?」
「やめろ、ノブナガ。これは俺のミスだ」
「けどよ、団長……」
「いいから、やめろ」
旅団の頭の言葉をうけ、ノブナガは浮いた腰を落ち着けた。
そのいかにも不満げな様子にヒソカがクックッと笑いをもらしたが、ノブナガのとがった眼光をうけ肩をすくめる。
「そもそも、彼女はいったい何なんだい? 詳しく知らないけれど、そもそも団員じゃないんだろう◆」
「彼女は5年前、唐突にウボォーが拾ってきた能力者だ。 パクノダが見た思想からみて、裏切る気はあっても裏切ることはないと判断したのと、実際ウボォーの戦力が目に見えて上がったのもあって黙認していたのだが……。 ……どうやら判断を誤ったようだ」
「いえ団長、あの子のあの思想を聞いたのだもの。その判断は妥当だったわ。 いわばこれはイレギュラー、ミスなんかじゃない」
「ねぇパクノダ。 なんかよくわかんないんだけど」
パクノダの擁護に古いメンバーの何人かが同意を示すなか、シズクが首を傾げ尋ねる。
「ん、そういえばあいつが入ってきたときにはまだいなかったね」
「うん。 だから裏切る気はあってもーとか思想ーとか言われても、さっぱり」
「どれから話したものかしら……。 ……昔、あの子が旅団としてふるまうようになってから、一度わたしが頭の中をのぞいたことがあったの」
「え、あれって仲間に使うこともあったんだ」
意外だと驚くシズクにパクノダは、あのころはまだあの子は仲間ではなかったのよと苦笑してみせ、さらに続ける。
「あの子はね、助けを求めていたの」
「助け?」
「そう」
シズクはなおも怪訝に思う。
シズクからみた彼女はいつも自由奔放だった。
どの団員とも対等に話しかけ、かわいがられることもあれば邪険にされることも気にせず、盗みを楽しみ、殺戮に沸き、手に入れた宝に目を輝かせる。
そんな、典型的な団員であるとシズクは認識していた。
「無邪気にふるまうその心中は、絶望と諦観でうまっていたわ。 でもその針が振り切れちゃって逆に状況を楽しんですらいたの。 ほら、監禁された被害者が犯人のこと好きになったりするって、聞いたことないかしら?」
「うーん? 知らないや」
「まぁ、それはともかく、あの無邪気さは一周まわって本心でもあったのよ。 戦闘面においてはウボォーのこともかなり信頼していたようだしね」
「うん、それで、助けって?」
「そう、急かさないの」
パクノダの口は重い。
一言一言に哀れみがあふれており、なかなか核心に迫らなかった。
「でもそれは心の一層目、薄皮はさんだ心の底にあるのはつらい、苦しい、どうして自分がっていう怨嗟と、私達への恨みとか怒り、贖罪の願望、それからちょっとばかりの希望。 贖罪と希望がなければ典型的な復讐狂いとおんなじね」
「……」
「で、その希望っていうのが、いつか誰かが、それこそ白馬の王子様のような存在が、
いつか自分を助けて断罪してくれるんだっていうまったく根拠のない自信。 ちなみに王子様は金髪で女顔の優男だったわ」
「そうだったんだ」
いままで仲間だと思っていた相手の予想外の心中にシズクはある程度のショックを受ける。
だが彼女はその衝撃をいとも簡単に受け流し、納得した。 あぁそういうことかと。
そして同時に、まだ疑問の全てが解決していないことに気がついた。
「でもそれならなんですぐに放り出さなかったの?」
「……それは―――」
「そこからは俺が話そう」
「団長?」
話しづらそうにしていたパクノダを見かねたのか、クロロが後を継ぐ。
その顔はパクノダとはうって変わって、さげすむような、興味深げな、自嘲気味な、
いくつかの感情が混ざったシニカルな笑みが浮かんでいる。
「彼女には二面性がある。 今を楽しむ彼女と憎む彼女だ。 だが彼女はそのさらに深層の思想をもち、そこで彼女は彼女自身ではなく、完全な傍観者であることを願っていた」
「どういうこと?」
「つまりは二重人格。 詳しい経緯はわからないが、彼女は表にはでない心中にもう一人の人格を作ったようだ。 それは歳も性格も生まれもそして性別さえも異なるまったくの別人。 そしてその人格、まぁ便宜上“彼”としようか、彼は現実を現実と受け止めるのをやめ、世界を小説かコミックのような創作上のものであると認識している。 さしずめ表に出ている人格“フェイメ”は、彼の読む物語の主人公であり、彼自身は根幹でありながらただの読者であろうとした」
「よくわからないや」
クロロの大仰な説明にシズクは理解しようとするのを諦めてしまう。
そこに呆れたフィンクスが助け船を出す。
「ようはあいつの頭ん中に何もしようとしない男がいて、そいつに引っ張られてあいつは自分から動くってことができなくなってたんだと」
「あ、なるほど」
「まぁ実際裏切ったんだから、動けないってのはオレらの憶測だったんだろうけどな」
シズクはやっと合点がいったという風にうなずいた。
「まぁ端折りすぎだけど間違っていはいないわね。 その思考形態から、私たちはあの子が自発的に裏切ることはないって確信していた。 とはいえ念のため定期的に“見て”はいたのだけど…… あの子いつからか虚実の区別がつかなくなってきているようで、考えていることがよくわからないのよ。 受けたこともないはずのハンター試験の記憶を見つけた時はさすがに驚いたわ」
「……本来ならば、本意がはかれなくなった時点でオレが切るように言うべきだったか」
「っは、悪いのはあのキチガイ女だろ。 団長のせいじゃねぇよ。 んなことより明日のオークションでも暴れんだろ? あんなのほっといて、そっちの話しようぜ」
「……そうだな。 明日は―――」
ノブナガの言葉をうけ、話題は簡単に明日の仕事に関することに移る。
たしかに彼女の転身は驚くべきことではあったが、その程度でウボォーギンがやられたわけでもなく、いくらかの情報がマフィアに渡ったとしても、大きな力を持つ彼らにとっては考慮されるべき事柄ではなかったからだ。
実害はせいぜいアジトを移動しなければならなかったことぐらいだろうか。
彼女にとっては決死の裏切りであったのだろう行動が、旅団にとってはなんということはなかったということに、パクノダはさらに憐憫の思いを強めた。
初めて彼女の深層心理まで読んだ時、すなわち彼女に対する感情を警戒から哀れみに変えた、その時のことを思い出す。
彼女は、彼は、世界に
“
それはパクノダが見た彼の妄想であり、彼女の悲痛をつづる物語。
―――――――――――
「タカド様、申し訳ありませんが、こちらでしばしお待ちください」
「あれ、まだ誰もいませんね。 ちょっと早かったかな」
「他の方々も、間もなくいらっしゃるでしょう」
とある高級ホテルの一室へ、若い黒服の案内によってタカドと呼ばれる細身の青年と、その同伴である老婆が通される。
青年は糊の利いたワイシャツにスラックスをはき、片手にスーツの上着を抱えており、老婆の方はシンプルで飾り気のない、使い古された使用人服を着用している。
青年は部屋の中央に用意されたソファの端に腰かけ、老婆はそのななめ後ろに控えた。
「いやしかし、精強で知られる天空闘技場の245Fフロアマスターであるあなたに、今回の暗殺チームへの参加が依頼されるとは……。 いやはや十老頭のこの件に関する気概がうかがえるというものです」
「まぁ、相手こそかの悪名高い幻影旅団ですからねぇ。 それに、今回呼ばれたのはアマチュアとはいえ
「またまた、ご謙遜を……。 実は私もあなた、カラム=タカドのファンなんです。 それこそあなたが“叫びの呪言師”なんて呼ばれる以前からずっと楽しませていただいていまして…… ……あの、良ければのちほどサインなど……」
「えぇ、かまいません」
タカドの気さくな返事に、若い黒服は、ありがとうございます! と興奮に頬を染める。
そして一通りの用は済んだのだろう、今度はタカドの従卒であると思われる老婆に顔を向けた。
「それでは、お付きの方には別室を用意しておりますので……」
「いや、彼女は僕の仕事の助手だ。 同席させてもらいますよ」
「……この方が、ですか?」
黒服はいかにも怪訝そうに、ぶしつけなまなざしを老婆にぶつける。
一応口には出さないが、その目はこいつがとても役に立つようには思えないとありありと語っていた。
「は、は、まぁ気にしないで―――」
「―ッ! 申し訳ありません! では失礼いたします!」
タカドもそれを理解しているのであろう、苦笑をもらしながら適当に言って下がらせようとしたさなか、使用人は突然顔を青ざめると勢いのよい謝罪を残し、退室していった。
タカドはこれに面食らうが、一拍置いてからとがめるような視線で連れを見やる。
「彼、一般人ですよ。 能力まで使って脅してもしょうがないでしょう。 メイド長」
「おおやけではそう呼んではいけないと、いつも言っているはずですが」
「……っ。 ごめん、なさい。 ……つい、くせで」
タカドはうやうやしい態度をとるメイド長、いや元メイド長を軽く非難するが、彼女の目が彼を射抜いた瞬間、彼の心には言い知れないうしろめたさが生まれ、つい謝ってしまった。
これは彼女の、目を合わせた相手の罪悪感をコントロールする操作系能力によるものであるが、能力を向けられるとわかっていてもタカドは彼女のことをメイド長と呼ぶのを変えることはなかった。
彼がメイド長という呼称を改めないのには理由がある。
彼女と同等である彼自身が、かつて従者であったことを忘れないようにするためだ。
彼は5年前まで、ネームドエイチ家という富豪に雇われた、ただの執事兼ボディガードであった。
しかし、この家は幻影旅団という盗賊達によって皆殺しにされてしまう。
その際、頭に血が上りまっとうな戦闘ができなかった彼自身は、仕える主の目の前でみすみす醜態をさらすはめになる。
意識不明、瀕死の状態だった彼を助けたのは、たまたま難を逃れた当時のメイド長であり、病院にて処置を受けることにより一命は取り留めたが、昏睡したタカドの意識が戻るのにはひと月もの時間がかかった。
意識を取り戻した彼は、仕えていた主の死を聞き、メイド長とともに復讐を誓う。
しかし、いくら錯乱していたとはいえ、自らを一瞬でのしてしまう相手、しかもそのレベルが複数人で徒党を組んでいる。
そんな相手に現状で勝てると思うほど彼らは愚かではなかった。
個人の力には限界があると考えた彼はまず権力を求める。
彼にとって一番手っ取り早く権力を得る方法、それが天空闘技場においてのフロアマスターであった。
この職には莫大な名誉はもちろん、格闘家には不釣り合いな大きな権力も付随していた。
いままで彼にとって片手間だった闘技場での活動に本腰をいれ、いく年かかけてフロアマスターに上り詰めると、次に彼はメイド長の補佐のもと、旅団に対抗する組織作りを始める。
常に挑戦者に狙われるフロアマスターという地位を維持しつつ、その名声でもって賞金首の確保とその補助を行うハンターをプロ、アマ問わずに集め、自ら先陣を切って実績を上げていった。
こうして少しずつ研がれた爪は、マフィアの取りまとめといわれる十老頭にも認められるほどとなる。
ふとしたメイド長とのやりとりにより、タカドは自身の決意を思い返していた。
「それにしても、一時間前はさすがに早すぎましたか。 裏側の人たちって、だいたい自分勝手だから結構待ちそうだなぁ」
「じっとしていられないとヨークシンについてすぐにここに向かったのはお前です。
……そもそもその“クラピカ”というのは本当に現れるのですか?」
「っとと、メイド長!? それは!」
「安心しなさい。 いまは盗聴も監視もありません」
「……そうですか。 まぁ十中八九くると思いますよ」
自信にあふれた言葉にメイド長は目を細めるが、何も言わない。
そもそも彼らは5年もの間、雌伏の時を送っていたが、幻影旅団にひとあてできるだけの戦力を集めることも、情報や策を練ることも、ある程度前にすでに終わっている。
ならばなぜ、すぐに旅団にたいして攻勢をかけなかったのか。
それはタカドの主張する未来予知が原因だった。
タカドが最初に既視感を覚えたのは、天空闘技場の自室でみた、緋の目という美しい眼球をもつ民族:クルタが幻影旅団によって襲われたというニュースを見たときであった。
このときはどこかで聞いたような話だなと感じただけであったが、そう時をおかずに天空闘技場190Fクラス突破の最年少記録が破られる。
この少年の名がキルア。 首をかしげる。
いくらか時をおいて今度はピエロ風の化粧をした闘士が200Fで暴れ始める。
この男の名がヒソカ。 眉根を寄せる。
彼にとってどれも、師のおとぎ話で聞いたことがあるような人物の特徴や名ばかりであった。
いくつもの要因が重なってようやく疑問を持つようになったタカドは、“物語”当初の焦点であるハンター試験を受けるようになる。
一度目、二度目の受験で1次試験中盤には辞退するなか、もう最後にしようとした三度目の受験において、“主人公=ゴン少年”を見つける。
興奮を抑えながら4次試験まで“物語”通りであることを確認したタカドは、ゴン少年一派に聞き耳を立てる以上の関わりを持つことなく、そのまま試験を辞退した。
ここにいたりタカドは己の師匠が未来予知の念能力を持っていたことを確信する。
師匠は未来予知という能力の存在を隠しながらも、いくつものおとぎ話というダミーに混ぜて、自分に貴重な情報を残してくれていたのだと。
タカドはこれをメイド長に明かし、計画に組み込むことを決定した。
クルタの生き残り“クラピカ”に近づき、場合によっては力添えし、彼の行動によって旅団に出血が強いられたところを叩く。
外部組織からの暗殺チームへの参加は旅団以前に、今この段階で“物語”通りの意思を持った“クラピカ”が存在することを確かめるのが最大の目的であった。
「まぁ、こないならこないで、計画を立て直してまたのぞめばいい。 旦那様方の、お嬢様の仇をとる。 これに時間の制限なんてないんですから」
「……それもそうですか」
めったに表情を変えないメイド長が納得したのかしていないのか、タカドにはわからなかった。
あと一時間もたたないうちにおのずと正否がわかることを、無理に議論しても仕方がないのは、双方が理解していた。
タカドは虚空に目を向け、自らの師であり、兄であり、父であった男の姿を思い起こす。
彼にとっての唯一の家族にあらためて、万感の思いとともに強い強い感謝を贈った。
これでお嬢様に報いることができる、と。
“
それはカラム=
評価してくださった方が5人になりまして、評価バーに色が付きました。
とてもうれしいです。ありがとうございます。