月明かりの照らす森の中、2頭の馬に引かれる馬車が走っていた
貴族の物だろう。揺れるランタンの明かりが馬車の美しい木目と、馬の優雅な毛並みを際立たせ、よく手入れされたものだと証明させる
力強く走るそれの前に、木々の間からふらふらと力無く歩く影が出てきた
白いコートを羽織る銀髪の男は何かに躓いたたかと思うと、力尽きたようにその場に倒れこむ
慌てて馬車を止める御者の老人。すると、中から綺麗な花柄のワンピースを着た桃色の長髪に新緑の瞳をした1人の少女が心配して出てきて、
「御者さん、何かありました?」
「あ、お嬢様。申し訳ございません。男がいきなり出てきて、目の前で倒れたので、つい…」
それを聞きた彼女はすぐに、男の元に駆け寄って意識の確認をする。
「大丈夫ですか?私の声が聞こえますか?」
大声で、はっきりと声をかけるが、男は黙ったまま動かない
「意識がありません。このままでは山賊に襲われるかもしれませんし、1度屋敷に連れて行きましょう」
「承知致しました」
御者の老人は男を馬車に入れ、少女が乗ったのを確認して手綱を振り、馬を走らせた
不穏な者たちに見られていると知らずに…
どれほど経った頃だろうか。馬車の中で眠る男を見て少女は思う
(不思議な人…あんなにふらふらしてたのにどこにも怪我していない。疲労で倒れたにしても服が汚れてない。こんなに真っ白なコート、森の中を少し歩いたら簡単に汚れてしまうのに…)
「お嬢様。もうじき森を抜け──」
外から聞こえる御者の声が突然途切れ、馬車が音をたて激しく横転する
「いやぁぁぁ!」
その勢いで少女は外に投げ飛ばされてしまった
彼女が目を開けて周囲を見渡すと御者は腹から血を流し、男は馬車の下敷きになっている。2人とも意識はない
痛みに目を向けると足を怪我しており、とても立てる状態ではなかった
「おいおい、金持ちがいると思ったらとんだ上玉じゃねぇか!」
下品な声に少女が振り向くと、剣を持ちボロボロの服を着た男が数人、ニヤつきながら現れた
威嚇する様な鋭い目で男達を睨む
「あなた達、山賊ですね。一体何が目的ですか」
「何って?俺達山賊の目的なんて決まってんだろ。金と女だよ!」
そう言って賊の男は笑みを浮かべながら少女の腕を持ち上げる
「…私を犯せばどうなるか分かっているのですか?」
「知らねえなぁ。そんなことどうでもいいからよ、とっとと犯されやがれ!」
「いや!」
彼女が腕を振りほどいて嫌がると、賊の男の顔から笑みが消えたちまち怒りに染まった
「おいお前ら!この女押さえとけ!」
こいつがリーダーなのだろう。周りの者は発言も何もせず、ただ従うのみだ
「いや!離して!やめて!」
「泣くか?助けを呼ぶか?」
押さえつけられながらも抵抗する少女に賊の男は勝ち誇ったかの様に言う
「あのじジジイを見ろ!お前を運んだばかりに死んじまった!」
倒れたまま動かない御者を指さし、自身が殺したことを棚に上げ少女を責め立てる
「あの男もだ!お前に拾われたから──」
そのまま銀髪の男を指さすも、彼はいつの間にか馬車の下から消えていた
「おい、あの男どこいった。さっきまで下敷きになってたろ。」
「分かりません。この女を押さえる前には確かに居たんですが…」
部下の1人が答える
「馬鹿な。一瞬で人が消えるか、んな事出来んの騎士級のやつしか…」
「ダスターさん!後ろ!」
部下の声と同時、ダスターと呼ばれた男が振り向きざまに剣を降る
が、瞬間にダスターに向けられた切っ先から紅い閃光が炸裂し、彼を軽く数メートル吹き飛ばした
「がっ!てめぇ…今…何を…」
大量の血を吐き出し意識を失うダスター
彼が吹き飛ばされる前にいた場所には、先程まで下敷きになっていた男が重厚な剣を持って立っていた
「こいつ!よくもダスターさんを!」
「騎士のくせして不意打ちなんかしやがって!」
「落ち着け。こいつの速さは本物だ。下手に攻撃すればこちらがやられる。(いや、速さだけじゃない…あの剣をいとも簡単に、それも片手で扱う程の力もある…こっちが連携をとっても確やられるのは確実か。ならば…)」
逆上する奴らを制する彼は冷静に考え、持っていた剣を腰に収める。
「こちらには、もう攻撃する気はない。だから、そちらも攻撃を止めてくれるか。お互い戦闘を続けても得がないだろ?」
「……」
銀髪の男は何も言わず、動かず、ただ立っているのみ。
「頼む…」
「……」
銀髪の男はそれを聞いて、持っている剣を地面に突き刺し、倒れたままの少女に歩み寄る
その後ろで、彼に攻撃の意思は無いとみた山賊たちはダスターの体を持って森に消えた
男に手を差し出された少女は問う
「私はサクラ。スリン・サクラ・アーテ。あなたは…一体何なのですか…」
ふと、風が2人の髪を吹き上げ、銀色に隠れていた瞳が現れる
男は新緑の瞳を、紅い、爬虫類の様な右眼で真っ直ぐと捉え言った
「有我…大和有我」