戻ってきたリーチェからころころ号のキーと走行許可証を受け取り、出発の準備を終える
有我がころころ号に跨りキーを回そうとすると、リーチェが「あ、そうだ」と言った
「さっき言い忘れましたが、エンジンの稼働時間は約12時間が限界です。もし12時間を超えた場合は、1時間程冷却するため使用できなくなります。仮に12時間を超えなかったとしても、1時間の稼働につき1~2分は休ませて下さい」
「分かった。それと、コイツの名前だが……」
「もしかして…嫌…ですか?」
有我の言葉で察したか、涙目になるリーチェ。瞬間、シエルナの青い瞳から放たれる、冷たく、殺気のこもった視線が有我の首元に突き刺さる
「貴様。お嬢様の命名された御名前に文句があるのか?」
心が読まれている有我の額を冷や汗が垂れる。それを隠すように、青い瞳を見返して言った
「いやー、そういう訳じゃなくてだなー…ほら、自分で考えた名前つけると物に愛着湧くだろ?コイツには世話になるわけだし、大事にする為にもその方がいいと思ってな」
「ほぉ…それで?」
「それでって…それだけだが…」
上手く言葉の返せない彼に、疑いの目を向け続けるシエルナ。誤魔化しきれないと悟ったか、有我は包み隠さず言う
「あぁ分かった。俺の負けだ。リーチェの言う通り、正直この名前は嫌だ。だが1つ聞かせてくれ、シエルナ。お前はこの見た目でころころ号って納得出来るか?」
「……」
「……」
「出来る」
「おい待てなんだ今の間は」
「間?一体なんのことだ、私は一切間を置かずに答えたが」
言葉ではそう言いつつも、彼女は全く目を合わせようとはしない
そんなシエルナに有我が呆れていると、生気の篭っていない声でリーチェが言った
「シエルナさん。無理せず素直に言ってください。元はと言えば私のセンスが無いのが原因ですから…」
彼女を見ると、さっきまで涙目になっていたのが、今度は絶望したかのような暗い笑顔をしている。
正直に言わなければ逆に傷付けてしまうと理解したシエルナは、「…では」と口を開いた。
「正直に申しますと、やはりころころ号というのは…見た目に反して少々可愛すぎるかと…名前をこのまま残すとしても、せめて通称の様なものはあった方が良いかと…」
優しくオブラートに包まれた提案に、リーチェはうんうんと頷く。
「なるほど…分かりました。シエルナさんの意見にしましょう。皆さん何か案はありますか?一応、他の名前候補もありますが」
「それはどんなやつだ?」
「スレイプニルとかペガサスとかユニコーンとかヘルメスとかメリクリウスとかヘーリオスとか赤兎馬とか甲賀とか伊賀とか、魔駆双輪とか、どさくさに紛れてサイク○ン号とかジェットパ○ルダーとかコス○ゼロとかコア・ファ○ターぐらいですかね」
なんだか危ない名前が出てきたが、いずれもころころ号に何故負けたのか分からないものばかりだ。
「後半の方は聞かなかったことにして、この中にころころ号があったことに驚きだ。どう考えても場違いすぎるだろ」
「お嬢様、ここは思い切って後半のものを採用してはどうでしょう?」
「やめろこの小説終わっちまうだろ」
とんでもない提案をするシエルナ、メタイ発言でそれを拒絶する有我、悩み呻くリーチェ。
「う〜〜、有我様、何がいい案ありませんか?」
「そうだな。うん…魔駆双輪なんかいいんじゃないか?魔動甲冑に近い感じで統一感が出て、俺は結構好きだぞ」
「なるほど。シエルナさんは何かありますか?」
「いえ、私に異論はありません」
「では、正式名称ころころ号、通称魔駆双輪ということで決定ですね。有我様、発進準備を」
「了解」
キーを回すと、アームで後輪が持ち上げられ、目の前のシャッターが開く。アクセルを思い切り吹かすとエンジンに繋がれたチェーンが、浮いた後輪を回転させる。アクセルに連動し、マフラーから紅い魔粒子の煙が吐き出される。
それを見て、リーチェは腕を組み高らかに声をあげた。
「それでは、ころころ号もとい、魔駆双輪発進!」
声と同時、アームが外れ、地面に接した後輪が、車体を前方に押し出した。
右に曲がり、2人から見えなくなった直後、ドゴーン、という重く鈍い音が響いた。
「「あ…」」
数秒、頭の中が真っ白になるリーチェとシエルナ。
「えーとぉ……一応見に行きます?」
「そうですね。一応」
見に行くと、案の定瓦礫の山に突き刺さった魔駆双輪。そして視線を上にやると、壁に空いた穴から生える見覚えのある足があった。
「災難でしたね~。まさか10秒足らずで事故になるとは~。あはははは~」
「あはは~、じゃない。あんなに初速がついたら誰も制御出来ないだろ」
笑って誤魔化すリーチェを叱りながら、体に付いたホコリを払う有我。
「全く、俺だから無事に済んだものを。」
実際、彼でなければ無事には済まない。ネームドキャラならともかく、なんの補正もないモブだったら間違いなく死んでいただろう。
「すみませんでした…今後このようなことがないよう、発進シークエンスを見直します…」
すっかり落ち込んでしまった原因を作った張本人。そんな開発者を横目に、有我はころころ号を走らせた。
ちなみにシエルナは何も言わずにそそくさと瓦礫の山を片付けている。流石はメイド長だ。
随所で休憩を挟みながら、半日程で目的地の研究所に到着した。辺りは森に囲われ、日が出て間もないためまだ暗く、薄い霧がかっている。
懐中時計を開くと、まだ5時にもなっていない。こんなに早い時間に押しかけても迷惑だろうと思い、その場で仮眠をとることにした。
門の前に停めたころころ号に座って眼を閉じると、数秒もせずに夢の中へと落ちていった。
「…ーい…おーい」
どれほど経っただろうか。声が聞こえ目を開けると、豊かな、弾力のありそうな2つの果実が視界を埋め尽くしていた。
これには思わず、
「でっか」
視線を上げると果実の持ち主と目が合う。
茶色の長い後髪に黄色い瞳の彼女はからかうように言った。
「やっぱり、男の子はみんな大きいおっぱいが好きなのかい?」
「俺はそうではないと思うが……大多数はそうかもしれない」
「へぇ〜。思うだけかぁ~」
はっきりとは言わない有我に、自分の胸を持って挑発するようなな笑みを見せる。
「それじゃあ揉んでみるかい?ボクのおっぱい」
「断る。そして離れろ」
が、圧倒的な早さで断られた。彼女は仕方なく1歩離れると、頬を淡い赤に染めて、
「ちょっとは悩んだり恥ずかしがってよー。ボクだってすごく恥ずかしいのに、そんなに冷たく断るなんて、まるでボクが痴女みたいじゃないか。ボクを守ってくれる騎士が来たって聞いてせっかく見に来たのに」
「え?」
さらっと出た情報に、一瞬の戸惑いを見せる。
「あれ?大和有我って君じゃないのかい?」
「いや、確かに俺だが…」
「護衛の対象がボクだってことは?」
「聞いていない。詳しいことは分からないが、手紙にも護衛しろとしか…」
「そっかぁ。じゃあ自己紹介しようよ。お互い数日の付き合いになるんだから、知っといた方がいいよ!」
そう言うと彼女は、その場でくるりと一回転してみせる。
「ボクはアルル。フェオ王国の最新のサーヴァントだよ。こう見えて目が良くて、騎士の資格も持ってるんだよ」
彼女、アルルは「えっへん」と自慢げに胸を張る。
有我も立ち上がり、淡々と自己紹介をする。
「大和有我。一応フェオ王国に属しているが、スリン・リーチェ・アーテを主として、騎士をやっている」
「え?!今スリン・リーチェ・アーテって言った?!」
リーチェの名を聞いた途端に、顔をぐいっと近づける。その目はまるで、何か凄い物を見るようであった。
「言ったが、それがどうした?」
気迫に押されて若干引き気味になって答えた。
「アーテの称号持ちだよ!凄いに決まってるよ!だってアーテって言ったら魔動甲冑の専門家の中でも最高位の称号なんだよ!圧倒的な技術と知識を持ちながら特定の組織に属さず、制限なく魔動甲冑の実験、制作が出来るんだよ!しかもそれをたった14歳で取るなんて…流石は伝説のアーテだよ!」
確かに、リーチェは『伝説のアーテ』の2つ名を持っている。
アルルは熱い気持ちを抑えぬまま続けた。
「代表作のパーシヴァルはフェオ王国の主力魔動甲冑であり、量産型で唯一、世界三大魔動甲冑と言われているんだよ!そんな凄い機体を12歳の時に作っちゃうんだよ!そんな凄い人に仕えるなんて、騎士として誇り以外の何物でもないよ!う…」
言いたいことを言い切った代償として体中の酸素を使い切り、ふらふらと有我に歩み寄ると抱き着いてぐったりとした。
「おい?嘘だろ?この姿勢で気絶したのか?冗談だろ?」
返事が無い。どうやらホントに気絶したようだ。
どうして良いのか分からずに周りを見るが誰もいない。このまま放っておいても仕方ないので、両手で抱きかかえて研究所まで運んだ。
「まぁ異常も無いのでぴゃーと行っちゃって下さい。あ、これキャリーのキーです。どーぞ」
検査をしたは良いものの、ドクターからかなりあっさりとゴーサインが出た。
そんな事があり、今はころころ号を積んだキャリーを街に向けて走らせている。
「ボクのプリン食べないでーーー!」
背後から聞こえる唐突な叫びに肩を跳ねらせゆっくり振り向くと、車両の中とは思えない程しっかりとしたリビング、その窓際のソファの上でアルルが起きていた。
彼女はボサボサ髪に虚ろな目でリビングを見渡すと、有我に言う。
「あれ?ボクのプリンは?」
寝ぼけるアルルに呆れの言葉を返す。
「知らん。それより今何時だと思ってんだ。もう7時半だぞ」
「なぁんだ。まだ30分も経ってないじゃないか」
「夜のな」
「え……?いやいやいや!いくらボクでもそんなに寝ないよ!ほら、外だってこんなに明る──」
窓から外を覗くと驚愕に染まり、重い声色で言った。
「ねぇ、今すぐキャリーを停めた方がいいよ。すごく嫌な予感がする」
「は?何言って──ぐぅ!」
重く響く衝撃が、有我達を襲う。
「おい!どういう事だ?!何だ今の衝撃は!」
怒鳴る有我とは対に、冷たくアルルは言い放った。
「足跡が見えたんだ。傭兵に売り込む為の販売用の『シノビ』のだったよ。まぁ、もう逃げられないと思うよ。」
それは、彼女の諦めを意味していた。