「分隊に所属していない者はいないな?」
リードは教室を見渡す。返ってくるのは沈黙の肯定。
「よし、全員俺に着いて来い」
教室を出たリードに続いて生徒達もぞろぞろと出ていった。
向かった先は、試験会場にもなった闘技場。
1週間前、ダスターに因縁を付けられた有我はここで決闘し、結果としてダスターにかけられた洗脳を解除した。
ゆっくり目を閉じると、その時の興奮を鮮明に思い出す。先頭を歩くリードが足を止めて振り返えった。
「お前達には、今から俺と戦ってもらう」
ざわざわとする生徒達の気持ちに答えるように言う。
「ルールは簡単だ。先に作った分隊で俺からこの腕章を奪ってみろ」
リードが左腕の王国騎士時代の腕章を指さすと、それは太陽の光を反射しギラギラと荘厳に光る。
「それが出来たらお前達の勝ち。逆に全員が俺に腕章を取られたら俺の勝ちだ。至極シンプルで、分かりやすいルールだろ?」
生徒達を不安が伝う。
引退した身とは言え王国騎士隊副隊長相手に、実戦経験の無い者がほとんどを占める生徒が勝てる可能性など無に等しいからだ。
「武器の使用は可能ですか?」
生徒の1人が手を挙げて聞いた。
「安心しろ。そこは自由だ。もっとも、俺は使わんがな」
それでも少しマシになった程度で、勝率は依然変わりなくゼロに等しい。
「他に質問がないならさっさと始めるぞ。まずは第1分隊だ。第2分隊はそこの入り口で待機、他の者は観戦席に行け」
「リード先生。1ついいですか?」
有我が質問した。
「なんだ?」
「アルルは一対一で戦うのかと思いまして、それではあまりに先生に有利過ぎませんか?」
「…ふむ、確かにそうだな。気がつかなかった。その指摘に感謝する」
「ではそうだな…」と考えるリードは、1つ思いついた。
「アルル、第1分隊と組め。人数的にも丁度いいしな」
「はーい!」
元気に返事をして、トコトコと有我達の元に来る。
「よろしくね!有我君、お姉ちゃん!」
「お姉ちゃん?!」
驚く有我を無視してシエルナは挨拶を返す。
「えぇ。よろしくお願いします」
「お前達姉妹だったのか?」
「まぁ、同じ場所で生まれたのでな。人間も同じ腹から生まれた者を兄弟姉妹と言うだろ?それと同じことだ。私達にとっては研究所が腹の様なものだ」
「…なるほど」
「無理に理解しろとは言わない。こういう行為を嫌悪する人間もいるからな」
「正直、完全に理解は出来ないが気持ちは分かる気がする。俺にも妹がいるからな」
「初耳だな。貴様に妹がいるなんて……まて、妹だと?貴様、記憶が戻ったのか?!」
「確かに……なぜ俺は今ごく自然に妹って言ったんだ……まさか記憶が戻りつつあるのか……だとすれば──」
「何をしているんだ?第1分隊。早く来い。授業が遅れる」
「「はい!」」
リードの声で授業中だと思い出す2人。いつの間にか先に行っていたアルルに合流すると戦闘授業が始まった。
場所は変わって整備科。
リーチェにとって授業でする座学の内容など高校生に小学校の足し算を教えているようなもので、完全に理解している為ほとんど聞き流していた。
見ている分には真面目に授業を受けているが実際は全く授業と関係ないことを考えている。
(入学式があると言っても、下校時間はいつもと変わらないんですよね……楽しい実技は来週からだし、早く帰ってあの『根っこ』を調べたいのですが……はぁ)
有我達の授業は結果から言うと惨敗した。
生徒の誰もリードの腕章を取ることは出来ず、各部隊1分もかからずに全員が腕章を取られた。
リードが1人の腕章を取るのにかけた時間はわずか数秒。
意外にも最も粘りを見せたのはアルルで、高い動体視力で動きを見切り、腕章を狙うリードの腕を躱し続けたが14秒で限界が来てしまった。
放課後、皆が帰った教室で彼女に有我がコツを聞いたところ、
「先生の動きをしっかり観てたのもあるけど、なんて言うのかな……上手く言えないけど、何となくで分かったんだ。どういう風に先生が動くか。勘が冴えてたのかな?それともボクってそんなに強かったのかな?ねぇねぇ!有我くんはどう思う?」
ぴょんぴょんと軽く跳ねながら目を輝かせている。
「魔動甲冑が相手とはいえ、あんなにビビってた奴が強いとも思えないがな。ま、勘が冴えてただけだろ」
「むー」
煽りにも聞こえる発言にまるでリスのように頬を膨らませる。
「ま、いいや。これで有我くんと一勝一敗、お相子だね!」
エッヘンと胸の下で腕を組み強調した大きなそれを目の前の男に見せつけるようにつき出す。
こうされると大抵の男はそこに目が行き思わず視線を逸らしてしまう。
(ふっふっふっ……いくら有我くんでも、この圧倒的視覚破壊力に勝てるかな?)
だがこの男、性にほとんど興味が無い。
(直接では無いが俺に勝てたのがそんなに嬉しいのか。あの時の事、気にしていたんだな。ここは素直に負けを認めてやるか)
互いに考えていることが絶妙に外れている。
「あぁ、まさか負けてしまうとはな。よくやったな、アルル」
そう言って頭を軽く撫でる有我。
「?!」
撫でられたアルルの顔がカァァっと赤く染まった。
「すまん、つい」
反射的に手を引くと、彼女は少し残念そうにしながらもモジモジとなる。
「違っ、そういうわけじゃなくて……その…えと……恥ずかしいっていうか…ドキッとしたというか……嬉しかったというか……」
最後はゴニョゴニョとして聞こえなかったが、有我は目の前の女性を何となく、可愛いと思った。
それと同時に、どこか懐かしい気持ちにもなった。
明確に何かを思い出した訳では無いが、昔誰かの頭をよく撫で、照れる様子を見て可愛いと思うことがあったという奇妙な確信があるのだ。
「なぁ。もう一度、撫でてもいいか?」
「え?」
「もう一度、頭を撫でてもいいか?」
有我は試したい。もしこの行為で失った記憶を取り戻すことが出来るのなら、少しでも過去に近くことが出来るならやらないという手はなかった。
「…う、うん。いいよ」
「ありがとう」
再び、黒髪の頭をそっと撫でる。
やはり懐かしい気持ちになった。
十数秒、懐かしさに浸っているとアルルが限界を迎えた。
「も、もうおしまい!これ以上はボクが倒れちゃうからおしまい!放課後だしボクそろそろ帰らないと!解散!じゃあね!」
恥ずかしさに耐え切れず、返事を聞かぬままそそくさと逃げてしまった。
「じゃあな、アルル。また明日」
アルルの消えた廊下にぽつり、別れの挨拶をして教室を出た。
ある夜、ベッドの中で眠る少女は今日も同じ夢を見る。あの日から毎日見る夢。
少女が森の中の一軒家で過ごしていると、ある日、街に引っ越すことになった。
もちろん少女は喜んだ。ずっと、生まれた時から待っていた日なのだから。
少女が1人で森を進んでいると、違和感に気がつく。
いつの間にか周りが深夜の様に暗くなっていた。聞こえる木々をなぎ倒しながらとても大きい何かが近づいて来る音。不穏な空気に少女は恐怖した。
暗さで視覚が塞がれ、激しい破壊音が聴覚に流れ込み、張り詰めた空気が肌を撫でる。
そして1つ目の巨人が暗闇から現れた。
巨人は大きな目で少女を捉えると、人を簡単につまめる左手をのばす。
少女の思考は恐怖で染まり絶望した。
誰も敵わないだろう大きな力を前にして自分の全てを諦めた。
だがそこへ、1人の騎士が間に入る。
騎士は少女の涙に濡れた顔を見て、励ましてくれた。
振り返った騎士は迫り来る巨人の左腕に剣の切っ先を向ける。
剣が煌めく瞬間、巨人は周囲の闇ごと消し飛んだ。恐怖の根源を切り伏せたのだ。
騎士が少女に手を差し伸べる。その手をとった時、少女の胸に熱いものが湧き上がる。
少女は騎士のそばに居たいと思った。自分を護ってくれる目の前の騎士を支えたいと思った。
立ち上がった少女は騎士に抱きつき、目を閉じ、ゆっくりと唇を近づける。
アルルが目を覚ますと、朝日が窓から差し込んでいた。
夢の中で騎士と重ねた手を見つめ、頬を染めて言う。
「有我くん。君はボクを受け入れてくれるかい?」