第4話です。原作第3話前編になります。長くなりそうだったから後編と二つに分けました。
それは、一人のファーストリコリスにつけられたあだ名であることは言及しただろう。
そのあだ名の持ち主である八仙紫の名前はあまり知られていない―――が、
はじめのうちは問題児でこそあったものの、そこまで恐ろしい評価はされていなかった。
訓練に無断でサボりを決め込んでいたり*1、模擬戦闘や講義の無断欠席を繰り返したり*2と、いわゆる不良として扱われていた。
それが養成所からサードリコリスに昇進する為の試験に8歳で合格した時は、全員がなんの冗談だと思った。
不正を疑ったが、証拠が一切出てこず*3断定ができない以上、紫をサードリコリスとして迎えるしかなかった。
そこからの紫の行動は、司令官・楠木を大いに悩ませることになる。
ある大規模作戦の実行前段階の時だ。
紫を含めたサードリコリス隊をあるテロリストの偵察に向かわせた際に、事件は起こった。
『司令、報告します。
偵察中に隊が見つかり戦闘が勃発、こちらは八仙紫以外全滅しましたが、テロリストの捕縛に成功しました。すぐに回収に来てください』
サードリコリス隊を送った2時間後に、その通信が入ってきた。
内容を疑った上層部が応援を送ったところ、現場にあったのは地獄絵図であった。
テロリスト達と偵察部隊の死体は確認できたが、更に奥に向かうと、テロリスト達が一人残らずパンツ一丁で昆布巻きにされて恐慌状態に陥っており、持っていたのであろう武器は残らず解体されて、取引のデータ等は綺麗に箱詰めにされて、更に送り先を『DA本部楠木様』と丁寧に記されていて輸送1時間前みたいにされていた。
この惨劇を引き起こした張本人はというと、奥の部屋で亀甲縛りにされた全裸のリーダーらしき男に向かって、三丁のリボルバーをジャグリングしながらロシアンルーレットをやっていた*4。傍らには他のテロリストが縛られたまま肩や脇腹を撃ち抜かれており、ふざけた曲芸みたいなロシアンルーレットが何回も行われた事を示唆していた。
『ずいぶん遅かったですね。お待ちしておりました……って言いたいとこなんですけど、なんで部屋のど真ん中にいた私に気付くのにそんな時間かかってんの?オイ?』
ジャグリングの手を一切緩めずに青筋を立てながらそう言う紫に対して、何があったんだと問えば、
『待ち伏せされてたんですよ。それで全滅。おかしいですよね、偵察はバレないように行うものなのに、情報が漏れてたんです』
上層部――司令官の楠木よりも更に上だ――にとって、サードリコリスは使い捨ての駒だ。
今回の偵察任務も、情報を持ち帰る事が本懐でこそあれ、戦闘が起こって隊員が何人欠けようが知った事ではなかったのだ。
だから、敵に待ち伏せされていたにも関わらずこの激戦から唯一帰ってこれたリコリスを警戒するのは、ごく自然な事であったのだ。
それ以降も、紫の
チームを組ませれば、ふとした拍子にいなくなり*5、(隣レベルの近場にいるのに)探せど探せど見つからず、諦めかけた頃にボコボコのぐるぐる巻きになった
かといって、単独で任務させれば良いかと言うと、それこそ手が付けられない有様になり、敵への過剰な拷問や同士討ちへの誘導、武器の横領などが目立つようになってしまう。酷い時には、
『この人、DAの情報部に引き込んで仕事させましょうよ』
―――と言いながら
そんな暴挙を繰り返す紫だったが、とうとう上層部や政府が動き出した。
こういう
だが、紫は大人しく殺されるような真似はしなかった。襲ってくるリリベルをことごとく返り討ちにして、ある時はパンツ一丁に剥いで亀甲縛りにしたのち、「この者共、強姦及び殺人未遂犯
結果、リリベル達の心は折れた。当然だ、誰が行けば社会的死か男性の死が確定するような戦場に行きたがるのか。命は決して惜しくないリリベル達だったが、名誉と
『ば……か…な……』
『虎杖司令。私もリコリスたるもの、拾ってくれた事に感謝はしていますよ?
――でも、それとこれとは話が別。やめとくべきだったね、私ひとりに躍起になっちゃってさ。お陰でリリベルは全滅だ』
―――結果は、リリベルの惨敗。リリベル全体の半数が動員し、動員者の55%は行動不能の大怪我を負って脱落。20%は新たに
鍛え上げられた軍隊が、これまたファーストリコリスとはいえ一人の女の子に壊滅させられる。
バレたらリリベルという組織の面子丸つぶれどころか、即刻解体されても可笑しくないレベルの超・超・超大失態だ。かろうじてリリベル自体の解体は免れたものの、虎杖は一時期、心労が祟って憤死しかけたという。
それを可能にしたのは、八仙紫がもともと持っていた影の薄さにあった。
リリベル達でさえ、紫に気付くのは不可能だったのだ。初対面の人間に気付かれないのは当たり前、自動ドアのセンサーさえも何故か彼女を捕えない……そんな彼女からすれば、何も知らずにノコノコと自分を
他にもあの手この手で紫を暗殺しようとしたものの……すべて失敗。狙撃手はあっさりと紫を見失った上に後ろを取られてオカマにされ、毒殺を目論んだ実行部隊に任せれば何をどうすればそうなるのか、特に関係ないテロリストが紫用の毒を飲んで勝手にくたばる始末。爆薬を仕掛けようにも肝心のターゲット本人が見つからない。どうやっても紫を殺せないので、上層部は考えるのをやめた。
こうして紫の排除に失敗した者達は、肝心な紫の名前と容姿をすっぽ抜けたように忘れたまま、「あれは幽霊だ」「殺せる訳がない」と口を揃えて言ったことから、八仙紫に「
そんなキングオブ問題児がセカンド降格も養成所戻りも受けなかったのは……ぶっちゃけ紫が超強いからだ。予想の斜め上をいくスタンドプレーこそあれど、命令…というか最終目的は必ず守る*6。最終目的を守らない場合でも、すべて紫なりにDA…しいては日本の秩序の為を考えての行動ゆえに左遷や降格を言い渡し辛かったのだ。
リコリコに移動したのは、今から6年前。当時11歳の千束が直談判で「紫をうちに引き取りたい」と言った時は、楠木も秘書も笑顔でOKサインを出したものだ。「これでやっと頭痛から解放される」的な意味で。直後に紫本人からも転属願いが出されたので渡りに船であった。そうして、今まで紫はリコリコの一員として転属し、これまで働いてきたのである。
そんな渦中の紫が今、何をしているのかというと……
「…………」
「…おい、紫。いい加減殺気を抑えろ」
射撃場で、殺気を撒き散らしていた。
❀❀❀❀❀
千束・紫・たきなは、それぞれの目的でDA本部に来ていた。
千束は、後回しにしていたリコリスのライセンスの更新に。
たきなは、銃の取引を楠木に伝え、本部に復帰するために。
紫は、二人とは別の用事で楠木に呼び出されていた。
「…それで、私に話って何ですか?」
「DAの新たな支部設立についてだ。お前にも詳しく聞きたいことができてな」
ソファに座ってリラックスした様子の紫に、楠木は厳格な表情を崩さずに一枚の紙を示す。そこには、一見普通の、現代風の大きな白いマンションが写っていた。
「“鈴蘭組”……元リリベル達が結成と設立を申請し、認められたと連絡が来た。これについて詳しく知っていそうな者がリコリスではお前だけだろうからな」
「いや、私も初めて聞いたんですけど……何です、それ?」
「…お前と交戦した結果、リリベルとして活動ができなくなった者達が集まってできた組織だ」
「あー………」
そういえばそんなこともしたっけか、とでも言うように声が漏れる紫。
でもまさか、
「で、ソイツ等なに企んでるんです? まさか私への報復とか?」
「いや、どうもそうではないようだ。
何でも紫、お前の事を随分と尊敬していたようで、一緒に仕事がしたいとまで言ってきたそうだ」
「は???」
いくら事の元凶である紫といえども、そこまでは想定できなかった。
リリベル相手にもてなしたことは山ほどある。でも、やれ半裸で警察に突き出すだの、やれ
紫は嫌な予感がした。こういう前置きをする楠木から、ろくな命令が出たことが無かったからだ。
「えーと。私への話って言うのは………その。そこへの転属とか言いませんよね?」
「それも考えていたが……お前をリコリコから離すのは、上層部がかなり嫌がってな。安心しろ、ただの調査依頼だ」
「なんにも安心できないんですけど」
楠木が言っていることが幻聴の類ではなければ、紫はオカマの巣窟に行ってこい、と頼まれたのと同義になる。
貞操の危機はないのかもしれないが、かつて自分の命を狙ったものと再会したくないの5割、かつての男たちのAfterを見るのが嫌な予感しかしないのが4割、純粋にめんどくさいの1割で紫は完全にやる気を削がれてしまった。
正直な千束であったら勘弁してくれの一言でも言いそうな頼みを前に辟易している紫に、楠木は畳みかける。
「言っておくが、そもそもこの支部は、
「そんなんさぁ、
「リリベルを半分機能不全に陥れた奴が面白い冗談を言う。
詳細な報告を期待しているぞ……話は以上だ」
逃げ道を確実に封じる楠木。それにしては、紫の所属している支部の補助も受けていいと言ったり、リコリコから離れないで済むと言ってている辺り、人情のある大人なのだろう。
紫は、楠木から呼び出された用事が一通り終わったのを悟って、「ところで話は変わりますけど」と口を開く。
「なんでたきなさんを
優秀ですよ。とても、命令無視をするとは思えない」
「詳細は報告書を送った筈だ。作戦の失敗の責任は全て井ノ上たきなのスタンドプレーにある。
ラジアータに異常が発生したのも、技術的トラブルでしかない。上がそう判断した。それが全てだ」
命令無視についてはお前が言うな……とでも言いそうなプレッシャーで楠木は紫に言う。
紫はかつてのリリベルとの戦いにおいて、DAよりも上の存在を察した。それは……リコリスやリリベルよりも更に上。すなわち―――日本政府・防衛省。
それらを知るようになった経緯は果てしなく長くなるから割愛するが、とりあえず、紫の目には、楠木が失敗をもみ消す悪い上司ではなく、上司と部下の板挟みにあう哀れな中間管理職に見えてしまったのだ。
「…
「フッ……臭いものに蓋とは、事なかれ主義の日本人らしいことだ。お前に打ちのめされた一件では全然懲りていないようだな」
「……出過ぎた事を言いました。それでは、私は千束とたきなを連れて帰りますね」
「まったくだ」
紫は楠木
❀❀❀❀❀
そして、千束と(ついでにフキも)トレーニングルームで会い、たきなと射撃場で会って今に至る。
千束が楠木にラジアータのハッキングについて尋ねたときはまだ良かった。楠木は「技術トラブル、これは決定事項だ」と司令室で聞いた主張の一点張りだったのも、楠木の事情を察した紫は何も言わなかった。
だが、たきなと会った時に紫は限界を迎えた。春川フキとそのバディ・乙女サクラが、たきなを罵倒したのをその場で見たからだ。
「(…何も知らない口だけのゴミがペラペラと……!)」
紫は、たきなの行動の理由を千束から聞いていた。
仲間が人質に取られており、司令部と連絡が取れなかった以上、武器商人だけを狙い撃ちにする事で仲間を助ける為に撃ったと知っていた。そして…彼女が、DAに戻りたいという想いを持っていたことも。
決して、サクラの言うように味方を撃つことに快楽を覚えたとか、そういうヤバい理由はない。だのに、サクラは完全にたきなを挑発的に見下している。
「フキ、あれあんたのバディなの?
ちゃんと教育しなよ。あれじゃ人様に迷惑かける野良犬だよ」
「あぁ? 急に何なんスかアンタ―――」
フキに苦言を呈した事で初めて紫に気付くサクラに対して、脇をすり抜けて後ろを取る。その一連の流れにも、サクラは勿論フキさえも気づけない。
首に添えられた手刀にサクラが気付いたのは、紫が行動し終えたその時になって初めてだった。
「な―――!?」
「全く。今の動きを全く掴めないなんて、最近のセカンドも質が落ちたね。
その青い制服、着るの早かったんじゃない? さっさと着替えてこいよ、
「てめっ…」
まさに一触即発。
それを止めたのは、千束とフキであった。
「ちょいちょいちょいちょいちょーい!
駄目だって紫! いくら何でも手を出すのは駄目!!」
「大丈夫、命は取らない―――」
「死ぬより辛い目に合わせる気マンマンじゃん! 楠木さんもいるし絶対ダメ!!!」
「な、何だアイツ……」
「サクラ、ソイツはやめとけ。その紫のやつが
「えええええっ!? アイツがぁ〜!? アタシはてっきりアレ作り話かと思ってましたよ!」
紫は半ば抱きつかれるような勢いで止めに来る千束を前に、サクラへの殺意が霧散した。したのだが……
「はっきり言葉にしないと分からないようだな、たきな。
お前はもう、DAには必要ないんだよ」
「フキっ!!!」
「――あ゛?」
直後のフキの、たきなを突き放すような一言に、そりゃもう盛大にキレた。千束がフキに掴みかかっていなければ、紫がフキの首をへし折っていただろうくらいには。
紫がフキに殺害も辞さない攻撃をしなかったのは、千束が先に掴みかかったのもそうだが、紫が動き出す前に楠木が肩を掴んで引き止めたからだ。
千束とフキが売り言葉に買い言葉で喧嘩の形で2on2で模擬戦を組む流れとなり、たきなが耐えきれずに逃げるように射撃場を去り、千束がその後を追って、フキとサクラが模擬戦のために射撃場を去ってもなお、紫を掴む手の力が緩む気配は決してなかった。
「楠木さん……!」
「…紫。いい加減に殺気を抑えろ。その状態のまま、内部をうろつく気か」
「できません……たきなをあんなに侮辱されて、なお放っておけとでも!?」
「落ち着けと言っている!」
ようやく肩を離した楠木が少しだけ、声を張った。
それだけで、目の前の人間が怒りを覚えたかのように空気が張り詰め、息が止まる。
紫は、初めて目にした楠木の感情的な部分に面食らった。己の知る限り、冷静で理知的な判断を下すことができる人だと知っていたからだ。ゆえに、声を張り上げた事自体が驚きであった。フキやサクラへの殺意など、その驚きで全部吹き飛んでしまった。
「……我々の使命はこの国を守る事。お前をリコリスとして囲っているのもその一環だ。
内輪揉めをしている余裕などない。フキもサクラも…お前も、優秀なリコリスだ。くだらない私闘で一気にすべて失うなどあってはならない」
「…そんな大げさな同士討ちはしません。ただ死なない程度にぶっ飛ばすだけで」
「駄目だ。お前の場合、止めねば本当に死ぬ寸前まで痛めつけるだろう。
そうでなくても、お前の過去を知る身からすれば、敵に回す事だけは避けたい」
この会話を他のリコリスや事務員が聞いていたら、耳を疑うだろう。
仮にも国を代表する治安維持組織の司令官である楠木が、そこに務める戸籍もないただ一人の少女相手に、「戦いたくない」とまで言ってのけたのだから。
それほどまでに、紫が身に付けている実力や才能(のような何か)を恐れているのだ。
「そんなこと言われたって……」
「……お前だって、ミズキやミカを巻き込んでまで我々と敵対はしたくないだろう?」
諭すような、はたまた毅然とした言い方に口をとがめる紫に言ったその言葉が決め手になった。
理解はできないけど納得はいった。そんな顔をして、紫は深呼吸をする。先程まで漲らせていた殺意が嘘のように消え去ったのだ。
「……そこで先生とミズキを出すのは反則でしょ」
「変な気は起こすなよ」
「そんなことしませんよ。何なら監視つけます?」
「1分でお前を見失う監視に意味などあるものか」
それもそうでした、と力なく笑うと、紫は楠木と別れ、射撃場の出口へと歩いて行った。
八仙紫
……司令官に呼び出されたと思ったらオカマの調査に行けって言われた空気系女子。多分リコリコ三人娘の中で一番容赦がない。
錦木千束
……たきなに冷たい楠木やフキ達に苛立ちを覚えたが、それだけでなく紫が手を出さないか内心ヒヤヒヤしていた。それだけ紫の容赦のなさを知っているがゆえ。
井ノ上たきな
……サクラの罵倒とフキの冷たい対応に耐え切れなくて噴水まで走っていちゃった。ちなみに、紫の手刀はギリギリ気付けた。でも実戦だと手遅れレベル。
楠木
……紫と行動した司令。原作でもなんだかんだ千束らに甘いところがあり、鈍い紫に対しては声を張り上げてまで私闘を阻止した。
リリベル達
……紫にボコされてトラウマになったり、タマ○ンを破壊されてオカマにされたりして、千束だけの世界よりもボロボロになっちゃってる。ただ、その代わりと言っては何だが、オカマによる活動拠点“鈴蘭組”という謎の支部が出来上がっている模様。
虎杖
……リリベルの司令官。紫のせいでストレスがマッハになって死にかけた。高血圧&糖尿病&ストレス型ハゲの役満を達成している。