初っ端から繰り出すのは何の駆け引きも小細工もない鼻っ面目掛けたストレート。特に喧嘩ではこの一発がよく効くのだが、それも命中した場合の話だ。
「ッ……」
確かに右拳は何にも遮られずにシャドウの頭部にまっすぐ進んだ。しかしそこからも手応えが返ってこない、拳はただ空を切ったのと同じように真っ黒な頭部を貫いた。
『いいのを打ちますね、この身体で良かったですよ』
「フッ!」
翔太郎はすぐに拳を戻し、今度は細かなジャブの連打で攻め立てようと試みる。だが躱す必要もないシャドウは身動ぎ一つしない。炎がシャドウの体と言える影の輪郭を貫く度に一瞬は形が欠けるが、瞬く間に何事もなかったように元通りになってしまう。
『フッフッフ。そんな篝火程度では私を照らしきれませんよ』
形が欠ける際にはほんのわずかに体が震えるものの、それはダメージを受けて痛みに震えるというよりはくすぐったさに震えるかのようだった。やはり光が効くことは間違いなさそうだがヒートジョーカーでは十分な攻撃にならない。かといってヒートメタルになっても今いる廊下ではメタルシャフトがあちこち引っかかってしまうし、ヒートトリガーなどもっての外だ。
『ところでそんなにメラメラさせてて大丈夫ですか?』
「何ィ?」
『まさか私の能力が「打撃が素通りする」程度だと思ってはいないですよねえ――』
『翔太郎っ、踏ん張れ!』
咄嗟に言われるがままに全身に力を込めた翔太郎は直後に腹部に重たい衝撃が走るのを感じた。巨大な岩の塊にでもぶつかったかのようなショックに、足の裏が数mは廊下を滑って停止する。
「今のが、ヤツの攻撃か……」
超人と化した翔太郎の目は一連の攻撃を正確に捉えていた。
シャドウは自らの形を一個の球に変えてWに突進した。そしてその攻撃はWの体をすり抜け、炎の明かりによって生じたWの影に激突したのだ。
『想像以上に厄介だ。こちらは光源なくして奴を叩くことはできないが、その光で影が生まれれば奴にとっても攻撃のチャンスとなる……!』
『その通り。おまけにその程度の炎では私を払いきるほどの光は生み出せない。どちらが有利かは言うまでもないでしょう』
「ならコイツはどうだ!?」
『ルナ!』『トリガー!』『ルナトリガー!』
Wは一瞬にして黄と青のルナトリガーへとフォームチェンジした。
『!』
それが意図するところはシャドウにもすぐに分かった。途端にその輪郭が薄れ始め廊下の暗がりに拡散しようとする。
『させない!』
トリガーマグナムの銃口から鮮やかに輝くビーム弾が発射された。ルナトリガーでの弾丸はそれ自体が光である光弾、副次的に光を放つヒートよりダイレクトにダメージとなる。
光弾は空中で弾けてより小さな弾丸と化し、空間を面で捉えてシャドウに迫った。
『くっ!』
さしものシャドウも一面全てを攻撃されては回避ができず、その身に小さな光弾が命中する。微々たるものだが確かにダメージを与えたのだ。
「しゃあ、ドンドン行くぜ!」
再び人型に戻ったシャドウ目掛けて光弾を撃ち込んでいく翔太郎。
一方のシャドウもただされるがままではない。時には自らに穴を開けて弾丸を素通りさせ、あるいはどこまでも真っ暗な床や壁と同化してしまうことで追尾を躱すといった方法で直撃を避け続ける。
しかし自在な軌道で襲い掛かる光弾の前では回避に徹するしかできず、攻め手を欠いたシャドウは徐々にWとの距離が離れつつあった。
「ルナトリガーの弾をここまで躱すかよ……!」
『だがこれで形勢が逆転した。手を緩めずに撃ち続けるんだ!』
「わぁーってらぁ!」
影の端を追いながら絶え間なく光弾を撃ち込むWと、それを躱し続けるシャドウ。その構図はしばらくの間変わらず、優劣は明らかに思われた。
『さてさて……ああ、ここは曇りガラスなのが残念ですねえ』
「ああ? 何言ってやがる」
シャドウが突然語り掛けてきたために翔太郎は警戒し動きが止まった。もちろん妙な動きをすれば次の瞬間には光弾を撃ち込めるよう、トリガーに指はかけたまま、目線は黒すぎて闇の中でも浮いて見えるほどのシャドウの輪郭を捉えたまま。
『月明りが濁って見えるでしょう? どうせ見るならそのままがいい』
その時二人は気が付いた。シャドウは廊下の突き当りにある窓を背負っていることに。
『翔太郎!』
「逃がすかっ!」
『外はもっと広い。見渡す限り、光はない。私の居場所だ』
トリガーマグナムから放たれた光弾はシャドウを穿つことなく窓ガラスだけを砕いた。
シャドウの姿はもうそこにない。更なる闇の広がる外へ、闇を伝って抜け出したのだ。
「くそっ……!」
砕けたガラスを吹き飛ばして外へと身を躍らせる。眼下の駐車場で、シャドウはそのペラペラの右手をひらひらと振り、Wへ恭しく礼までしてみせた。「ようこそ」の代わりだ。
『その気ならこっちも容赦はしない……! 翔太郎、ヒートトリガーで焼き払おう!』
「遠慮なくぶっ放すぜ!」
『ヒート!』『ヒートトリガー!』
戦いは屋外へと移っている、周辺の被害を考慮する必要はない。ハーフチェンジの完了と同時にすぐさまヒートメモリを抜いてトリガーマグナムへセットする。
『ヒート! 『マキシマムドライブ!』
『「トリガーサンフレア!」』
トリガーを引きっぱなしにしたままトリガーマグナムを横一文字に薙ぐと、複数の強化火炎弾が一列に地面へと迫る。
(マキシマムなのにただの火炎弾――いや)
シャドウはその性質を瞬時に察する。これはただの強化された火炎弾ではなく着弾と同時に炸裂し広範囲を焼き尽くす焼夷弾、その光と炎によって一気に自らを焼くつもりなのだと。その火力はヒートジョーカーの比ではない、直撃すればシャドウとてダメージは免れ得ない見事な一手だ。
内心でWを称賛しながらもシャドウは大きく距離をとって爆発の範囲から逃れようとする。
『なっ……!?』
だがその瞬間、背面を引き剥がされるような激痛がシャドウの全身を駆け巡った。そして想定外の事態に動きが止まったところに火炎弾が着弾し――轟音と共に赤い火柱が天をも衝かんとばかりに立ち上った。
地面に降り立つW。その左手にライブモードのバットショットが止まった。
「バットショットにルナを差してたのはこのためか、相棒」
ヒートトリガーに変えたのは攻撃のためだけではなくルナメモリを使えるようにするためでもあった。
『不意を突いてフラッシュを浴びせれば足止めくらいになるのではないかという仮説だったが……効果アリか?』
先にWのマキシマムで気を引き、その隙に背後へ回り込んだバットショットがルナの力で強烈なフラッシュを発生させる。即席の連携攻撃は果たして効果があったのか、それはシャドウかその変身者が出てくるまで分からない。
Wは未だ燃え上がる炎を背にすることで、背後からの接近を不能にし真正面に伸びた影以外に攻撃を仕掛けられない状況を作り出した。トリガーマグナムを構える姿に油断は決して存在しない。
「……逃げたか?」
『不明だが、病室前に戻っていないのは確かだ』
つい数分前まで戦いを繰り広げていた北川の病室前には万一を考慮して暗視機能を持つデンデンセンサーとフィリップのスタッグフォンを配置している。センサーに感があればすぐさま翔太郎のスタッグフォンに連絡が来て分かる仕掛けだ。
『ギクリ。戻らなくて正解だったようですね』
「『!』」
唐突に聞こえてきたシャドウの声。しかし声はすれども姿は見えず、位置も特定できない。
『流石は我らが恐怖の帝王を打倒しただけのことはある。見事な攻撃でした』
「そいつはどうも。ところでおたくは今どこだ?」
『お答えする必要も義理もありませんね。ああ、敵対しているから、というわけではないですよ。見ればわかるからです』
「ああ? 何言って――」
『っ! 翔太郎、上だ!』
フィリップが叫ぶが一瞬遅く、直後に上空から何かがWに圧し掛かってきた。
「っ!? なんだこれ……!?」
『私ですよ。見ればわかると言ったでしょう?』
踏ん張ってプレッシャーに耐えながら首だけ動かして何とか頭上を仰ぎ見るが、そこには夜空が広がっているだけ――否。夜空と言えど雲や星が見える程度には明るいものだが、視界は一面真っ黒だ。夜空の彩すら奪われたかのような天蓋が圧し掛かっている。
その天蓋からシャドウの声が朗々と聞こえてくる。
『一口に“かげ”と言っても二つの意味がある。光が遮られてできる「影」と、光が届かない暗がりを指す「陰」。シャドウは両方を司る「陰影」のメモリだ。勉強になりましたね』
『まさか……この夜闇すべてが貴様だと……!』
『ピンポ~ン! では正解のご褒美を差し上げましょう。私の世界へ二人一組様をご案内!』
その言葉と共に重圧は消失し、代わりに暗幕に包まれるかのようにWの視界は暗黒に覆われた。同時にアスファルトの地面も無くなり、その身体は浮遊に近い感覚に覆われる。
「なんだここ、足場がねえ。水の中みてえな……」
『私の世界……馬鹿な、影の中だとでも言うのか?』
『その通り!』
シャドウの声が両耳の隣から、あるいは頭頂の遥か上から、あるいは足の真下から、この空間の全方から響いてくる。それだけでシャドウの言葉が嘘でないと二人が実感するには十分だった。
『ここは
次の瞬間、左側頭部に衝撃と鈍い痛みが走った。そして思考も追い付かないうちに次は胴、背中、胸、と次々に攻撃が叩き込まれる。
「ガハッ!」
『う~む、自分で身体を動かしてこそ喧嘩ですねぇ。っと、まあお分かりいただけたでしょう、私はもはや影を傷つけるなどという方法を取らなくても直接あなたたちを攻撃できる』
「だったら……!」
翔太郎はトリガーマグナムの引き金を引いた。次々と火炎弾が闇の中を走るものの、それらはやがて力を失い燃え尽きる。
『実体がある、と思ったはずです。しかし影を傷つけられるものなど存在しません。あなたたちが起こせる光程度では陰を破ることもできない。ここであなたたちが私に勝てる道理は何一つ存在しない!』
「クソッ!」
『メタル!』『ヒートメタル!』
それは攻撃ではなく防御のためのハーフチェンジだった。少なくとも今の翔太郎にはここでシャドウを倒す手立てが浮かばない以上、次に来る猛攻を耐え抜くためにわずかでも守りを固める以外にはなかったからだ。
果たして予想通り、シャドウは一気にその牙を剥いてきた。
背中に恐らくは足の裏の形――蹴りが入ったと思しき衝撃が伝わり姿勢を崩したところに、今度は右手首から肩にかけて細かく鋭い斬撃が刻まれる。続けざまに足を払われ完全に無防備になったところに、胸板に鉄塊で殴られるかのような重い打撃がマシンガンのように叩き込まれた。
「がぁ――っ」
『翔太郎!!』
打つ手がない――そう判断したフィリップはすぐさまエクストリームを呼ぼうとするが、反応は返ってこなかった。
「くっそォ……好き勝手、やってくれるじゃねえか……!」
力を込めれば全身が痛み、踏ん張りを効かそうにも足場がない。つくづく意識がさっさとどこかに行ってしまいそうな空間の中で、それでも翔太郎は歯を食いしばって強がってみせた。
(俺のことは気にすんな、どうせ根性だけが取り柄だ。それより何か手がねえか考えるのに集中しろ、相棒)
(……すまない)
翔太郎はメタルシャフトに手を掛けたが、細かく傷つけられた右腕は既に動きが芳しくない。だが片腕だけで扱うのが困難な長物とは言え、使えるものを放っておく手はなかった。
『メタル! マキシマムドライブ!』
メタルシャフトの先端に赤い炎が灯る。普段は多くのドーパントに
『無駄ですよ。大方私の攻撃を耐えて返しに一撃をお見舞い…とでも考えているのでしょうが、私に形はなく、そんな松明一本で闇の全ては照らせない』
「……さあな。無駄かどうかはやってみなきゃ分かんねえさ」
『威勢は認めますよ、左側さん。さあ、終いです』
言うが早いかWの鼻っ柱にシャドウの拳が突き刺さった。渾身の一撃を食らったWは抵抗もできずに影の中を漂う。ましてやそれだけで終わるはずもなく、打撃と斬撃が雨あられとWに叩き込まれた。
『仮面ライダーもこんなものか――!』
その言葉と同時にWの左複眼が赤く点灯した。そして力を振り絞って動かした右腕が持ち上がり――メタルシャフトを確かに握りしめる。
『!』
「見える……ぜ」
「『メタルブランディング!』」
腰の捻りで何とか勢いをつけたメタルシャフトの先端がシャドウに迫り――そして何事もなく空を切った。
『トドメではなくその棒に炎をつけることが目的でしたね。その光があれば私の攻撃の一瞬だけあなたたちの体に影が落ちる、それを見切るのが狙いだった。ですが、そこに本体があるわけではないんですよ』
“不正解”――直接的ではないがシャドウの言葉にはそんなニュアンスがあった。
しかし今はそんなことは問題ではない。抵抗は無為に終わり、そしてWの、翔太郎の意識は、鋭く捻り込まれたアッパーカットが顎を激しく打ったことで容易く刈り取られた。
「……翔太郎っ!」
Wから意識を引き剥がされて目覚めたフィリップはすぐさまエクストリームを呼んだ。今度は問題なく現れたエクストリームメモリに自身を格納させ、割れた窓から外へ飛び出す。眼下ではまだ炎が赤く燃え残っており、その近辺に倒れ伏す人影が見えた。
「翔太郎! しっかりするんだ、翔太郎!」
急いで抱き起こししきりに呼び掛けても翔太郎は目覚めない。息はあるため大事ではないが、それでもシャドウから受けたダメージはやはり無視できるほどのことでもなかった。
そんな傷付き敗北した二人をあざ笑うような声がどこからか聞こえ、地面からするりとシャドウが現れた。
『フフフ。どうでしたか、私の世界は』
「貴様……!」
『これで分かったでしょう。影は実体を持たない、実体を持たないものは傷付けられない、それが道理だ。そして夜が来れば私の力は無限に等しい。詰み、ですよ』
「くっ……!」
状況は最悪だ。翔太郎が意識を取り戻さない限りWにはなれない。フィリップ一人ならエクストリームで撤退できるが、翔太郎を動かすことができない。ここに置き去りにすれば無防備な翔太郎は赤子の手をひねるより楽に殺されるだろう。無理やり逃げることもできたリボルギャリーは事務所に置いたままだ。エクストリームでここまで来たことがアダとなった。
地球上最高の頭脳もそれを活かせるだけの状況が整わなければ役には立たない。無力感がじわじわとフィリップの胸中に広がっていく。
だがしかし、ドーパントを追う者は彼らだけではない。
『……おっと、ご到着ですか』
急速に近づいてくるエンジン音は自動車、パトカーのものだ。それが次々と現場に現れライトでシャドウを照らしていく。
『ムッ……』
「そこまでだ。ガイアメモリを捨てて大人しく投降しろ」
パトカーから現れた照井は良く通る声で言い放った。
『メモリの力の伴わない光なら大して痛くも痒くもないですが……ここらが潮時、か』
呟いて、シャドウの頭部がフィリップの方を向いた。
『私はいつでも暗がりに潜んでいる。取り零したくなければ気を抜かない事です』
まるで忠告のような言葉を残して、シャドウの足が地面から離れた。パトカーのライトから逃れたシャドウは夜の闇にあっという間に溶けきって、戻ることはなかった。
「…………」
消火活動が行われている間も、院内から出てきたストレッチャーに翔太郎が乗せられ運ばれて行っても、フィリップは少しも動けずにただ立ち尽くしていた。
しかし悔恨の情こそあれど諦観には支配されていない。夜空を睨む瞳には対抗心が強く燃え盛っていた。
「無敵のメモリなど存在しない……必ず弱点を暴き、貴様を止める……!」