そして真夜中の24時。昼は人の姿がなくなることのない街最大のランドマークである風都タワーも、流石にこの時間では寡黙に働き続けるいち風車で電波塔でしかなく、通りがかることはあってもわざわざ足を運ぶような者はそうはいない。
だから彼らはその足元を舞台に選んだ。
風都で最も風が集まるこの場所に一陣の風が吹く。一人はハットを押さえ、一人のパーカーの裾が大きく靡いた。
「お待ちしておりました、フィリップさん、左翔太郎さん」
「「!」」
二人の前に暗がりから神田が姿を現した。仕事柄人の気配を探るのには長けている二人だが、声をかけられるまで存在に気付けもしなかったという事実が彼のハイドープ能力である“影の薄さ”を強く実感させる。その上ブラックスーツに身を包んだ彼の姿は、一度見失えばそのまま闇に同化して消えてしまいそうでさえある。
「初めまして、神田孝介さん。あんたの話は相棒から聞いたが……残念だ。俺ぁ世話になった叔母ちゃんたちからあんたの武勇伝を聞かされたことがあってな、それも原因の一つで喧嘩に走った青春を過ごしたもんさ。そんな人がドーパントだったとはな……」
「やはりそうでしたか。格闘技を修めた人間の格闘ではないとは思いましたが、同類でしたか。私も残念ですよ、そんな若者を討たなければならないなどと」
残念そうにかぶりを振って、神田は右手をゆっくりと上げた。
『シャドウ!』
風に乗って響き渡るガイアウィスパーは彼の戦意の表れだ。
左掌に浮かび上がる生体コネクタを見せつける神田に向けて、フィリップは最後の説得を試みる。
「最後にもう一度だけ、お願いです。メモリを捨ててください」
「……口の利き方がなっていませんね」
吐き捨て、神田はメモリを左手に押し当てた。
すると照明に照らされて足元に伸びた彼の影が音もなく立ち上がり彼の姿を上書きするように体に重なった。そこには実体なきシャドウ・ドーパントが立つのみだ。
それを見やるフィリップの頭上にエクストリームメモリが飛来する。
「翔太郎、力を貸してくれるかい」
「あったり前だろ。行くぜ、相棒!」
迷いはなかった。言葉がダメならあとはとことんまで戦っての決着以外に道などない。
『サイクロン!』『ジョーカー!』
「「変身!」」
『サイクロンジョーカー!』
『エクストリーム!』
セントラルパーテーションから漏れ出す七色の光は瞬く間に闇を切り裂くほどの眩さとなってWの全身を覆い、その中から地球の全てを掴み取った究極の姿――サイクロンジョーカーエクストリームが姿を現す。
「ご当主を倒した究極のW……その輝きに私の影を払い除ける力があるとでも!?」
「論より証拠だ。かかってきな……!」
「ならばもう一度
途端に前方から感じていたプレッシャーが拡散し始めるのが肌で感じ取れた。間違いなく、前回の戦闘の時に見せた夜闇との同化だ。それに伴い周囲の風景も揺らぎのない黒一色で塗り潰されていく。ただ一人の力で編み上げられた光無き天球が閉ざされる直前、CJXのクリスタルサーバーがもう一度輝いた。
「「プリズムビッカー!」」
それを手にするのと周囲が完全に閉ざされ切るのは同時のことだった。
再びの暗黒の世界の中でWは平静を保っている。だが攻撃はおろか身動き一つしない。端から勝負を投げたようにも見える態度に、シャドウの呆れを含んだような声が響く。
「さあ、ここでは私は無敵です。一体どうやって倒すなどと冗談を言うおつもりですか?」
「ではぼくたちからの出題です。『ぼくたちが見つけたシャドウの対抗策とは何か?』 答えてください」
「意趣返しとは……ッ!」
瞬間、風を引き裂くような鋭い音が闇の中に吸い込まれた。
「むっ……!?」
「さすが伝説の喧嘩師だ。爺さんになっても速すぎるぜ……!」
右へ首を傾けたWのその左側頭部に黒い影が落ちる。先程の音は、そこをシャドウが繰り出した拳が殴り抜けたことで生じたものだ。
喧嘩の時は顔面を狙う、それは一種のテクニックだ。“痛み”を直に感じやすいこと。殴打による“傷”の具合や“変形”がイメージしやすいこと。鼻や口腔など“出血”しやすくそれを感じる箇所が多いこと。それらが相互に影響を及ぼしあって戦意を削ぐことが容易いからである。特に一発目を真正面から叩き込まれた際の動揺は大きい。
だからこそ喧嘩師である神田ならば本気の戦いなら真っ先に鼻っ面を狙ってくるという翔太郎のヤマ勘は見事に的中し、反応のできない一発を読み切っての回避に成功したのだ。喧嘩に明け暮れた同じ穴の狢である彼だからこそできた行動だった。
「……だったらなんです?」
と、それはシャドウにも即座に看破できた。真価を試されるのはその次である。
「フッ!」
次の一撃は腹部への蹴り。
「ぐはっ!」
頭部へ意識を集中させた直後ではそれより下の部位に対しすぐに防御に移れない。狙いは正しく、Wはがら空きの胴にモロに蹴りを食らい体勢が崩れる。
「そんな体たらくで何が出題ですか!」
そうなれば後は止まらない。前回と同じく四方八方から攻撃が浴びせられるだけだ。
「ぐうぅっ……!」
「翔太郎!」
「心配すんな! 集中してろ!」
「何をする気か知りませんが、打って出れないなら好都合。このまま嬲るだけです」
声に込められた冷たい殺意に、Wの体に一層の力が入る。間違いなく今以上に激しくなる攻勢を予期しながらも、しかしWは未だプリズムソードを引き抜いてすらいない。
エクストリームを以てしても形無きものを相手取っては勝ち目がないのか――
「終わりです、仮面ライダー。向こうでご当主に詫びることだ――!」
加減なく、油断なく、予兆なく、四方の闇がシャドウの意思によって見えない形を成し、無尽の広がりそのものがWに襲い掛からんとした、まさにその瞬間。
「――分析完了。
「っ!?」
フィリップの言葉と共に三度体の中心に走るクリスタルサーバーが輝いた。その光ではダメージにならないものの、突然のことに驚いたシャドウの攻撃が止まる。
その瞬間、今までロクに身動きもしなかったWは再起動の済んだコンピュータの如く滑らかに反撃に打って出た。
『プリズム!』
『ルナ! マキシマムドライブ!』
手中に発生した光球を握り潰し、プリズムソードを握りしめるW。そこへすぐさま行動を再開したシャドウの攻撃が迫るが、
「読めたぜ!」
喉を貫こうとしていた槍は見事にビッカーシールドに阻まれ、返す刀でプリズムソードが振るわれる。
「無意味な――ぁっ!?」
斬られた。その感触が確かにシャドウには伝わった。実体を持たないはずの槍が確かにプリズムソードによって切り落とされ、その痛みがどこか遠くの方か、あるいはすぐそばからシャドウの脳裏へと駆け抜ける。
「……馬鹿な!」
ならばと、今度は後頭部を目掛けて見えない鉄槌が音もなく迫る。Wと言えど喰らえばただでは済まない、そしてどんな攻撃がどこから来るのか知りようもない一撃を、しかしWは確かに目で追った。
『メタル! マキシマムドライブ!』
振り向いた先に突き出されたビッカーシールドはメタルの力でより硬度を増し、鉄槌を受け止め切った。さらにWは左腕を横へ薙ぎ払い、お返しとばかりにシールドで鉄槌を殴り返す。再びどこかから、今度は鈍痛と痺れがアラートのように継続して伝わってくる。
「うぐっ!」
何が起きたか定かではないが、長年闇に生きてきた彼の本能は明確に危機を感じ取る。今この瞬間に形勢はひっくり返りつつあるのだと。
それでもまだ余裕がある。どれだけ周囲を傷つけようとメモリが破壊されない限りはこの空間から出ることなど不可能なのだから――などという考えを見透かしたかのように、Wの複眼が闇の中の一点だけを睨みつけた。
「――!?」
シャドウに眼球その他主要な感覚器官は存在しない。しかしそれでも目が合った、としか言いようがなかった。Wが見据えていたのは間違いなく空間内でメモリがある箇所、シャドウ自身の核であり意識の中心だった。
「アンタの影の世界とやらのタネは割れたぜ。かくれんぼの時間もおしまいだ」
「もはやあなたは無敵ではない。ぼくたちが真実の光の中へ引きずり出す!」
『プリズム! マキシマムドライブ!』
プリズムソードの刃が黄緑に光り輝く。その一撃が何なのか、シャドウは熟知していた。
「させない!」
感知されていたとしても対処可能な分を上回るほどの量で叩けば何ら問題はない――いまだ状況的に有利を保つシャドウは空間全域をありったけの凶器とし、一斉にW目掛けて放つ。
「「プリズムブレイク!」」
負けじと振るわれたプリズムソードから放たれた光刃が陰の中を奔る。
刹那の交錯、そして勝利への機運を引き寄せたのは――
「さすが、だな。メモリへの直撃だけは直前で回避したか」
「馬鹿な……なぜ
全身から小規模な火花が散るシャドウは動揺を隠し切れないままにそう問うしかなかった。
Wとシャドウの二者は再び風都タワーの足元に立っていた。それはすなわち、Wがシャドウの影の世界を完全に打ち破ったことに他ならない。そしてそれは自らの実力と能力に絶対の自信を持つシャドウからすれば到底理解の及ばない出来事であった。
プリズムソードの切っ先を突き付け、フィリップは答えを述べる。
「あなたに敗北した後、ぼくはシャドウにまつわるすべての情報を閲覧した。その結果、“影”に奥行きはないが、“陰”を空間と見做すことはできるという結論が出た。つまりシャドウが陰……夜闇と同化したことであの空間は発生している。言うなれば“シャドウフィールド”とでも言うべきものがあの空間の正体だ」
そう結論付けた際、フィリップには気になることがあった。
「フィールド内に取り込まれている間、あなたはぼくたちに直接攻撃ができた。それはフィールドを介してぼくたちの影がシャドウに取り込まれていたからだ。自分の中に引き込んだ状態だからどんな攻撃も最初から“当たっている”ことになる。それは裏を返せば互いに触れ合っているのと同じ、フィールドの中であればこちらからも反撃ができることの証明だ。そしてエクストリームならばそれができる」
そこまで説明されればWの情報を豊富に有しているシャドウにもからくりが見えた。
「そうか……相手のメモリを分析し戦うのに最も適した状態になれるのがエクストリーム。引き込まれて内部からシャドウを分析し、同じ組成にシンクロすれば攻撃の非対称性は失われる……!」
「その通り。その状態で今度はこちらがルナの探知フィールドを張り、あなたの攻撃はぼくたちにも対処できるようになった。そしてあなたが『すべてが私だ』と言ったように、同化する性質上シャドウフィールドは全域がシャドウの体に等しい。その中でエネルギーの流れの中心となる箇所にメモリが存在する。あとはそこを突けばいい。……以上がぼくの導き出した『正解』だ。納得しましたか?」
「なるほど……恐れ入りました。私自身、夜の中の
「『死中に活を求める』、あなたの言葉通りです」
「!」
その言葉に、シャドウの体の小刻みなブレがピタリと止まった。
「……フッ、フフッ! そうか、そうでしたか! であれば――!!」
シャドウは少しでも自分を大きく見せようとする子供のように両腕を目一杯に広げた。そしてその通り、シャドウの体は少しずつ大きくなっていく。夜闇――陰を身に纏うことで自分を巨大化する、内に拡大するシャドウフィールドの反対だ。
Wの倍はあろうかという巨体へと変貌を遂げていくシャドウを見上げながらWはプリズムソードをシールドに刺した。決着を目前に、二人は冷静に現状を見つめる。
「プリズムブレイクで実体を持たない性質は無効化した。今なら通常通りにメモリブレイクが可能だ」
「出し惜しみはなしだ。相棒、お前の思い全部ぶつけてやれ」
「……ああ!」
半熟者、だからこそ誰かの心に寄り添える相棒の心意気に感謝し、フィリップは必殺の決意を込めてシャドウを見据えた。
『ヒート! マキシマムドライブ!』『ルナ! マキシマムドライブ!』
二つのメモリのエネルギーを束ね、プリズムビッカーの外周に金色の円刃が纏わりつく。
『サイクロン!』『マキシマムドライブ!』
続けてドライバーのスロットにサイクロンをセットすると、風都の中で一番風が集まる風都タワーの足元だけあり、風が一気にWの元へ集中する。
「これで最後だ、仮面ライダー!!」
Wを優に超える3倍の大きさの巨人となったシャドウが巨大な右腕を振り上げた。
Wも足を開いて腰を落とし、プリズムビッカーを用いた円盤投げの姿勢をとった。
「これで決まりだ!」
「この街に残された影を、今こそ断ち切る!」
上体の捻りから生じた反動を乗せて回転、そこで風のパワーを解放し、二人が叫ぶ。
「「ビッカーエクリプスクラウン!!」」
超音速で投射される黄金の光輪が闇を裂いて奔る――!
激突、そして――拮抗しない。
その光輪は闇の中でも負けずに輝く二人の魂を象徴するように容易くシャドウの拳を裂き、決して止まることなく胸をも真っ二つに切り裂いた。
「がぁぁぁぁぁぁっ!!」
決着。
爆炎によって纏っていた闇が引き剥がされ、元の大きさに戻ったシャドウが力なく地面に崩れ落ちる。そして手足や頭部などの全身の端の方から徐々に影が蠢き、最後に左掌からメモリの形となって排出され、砕け散った。
「グ…ぅ、ガハッ……。はぁ……久しぶりですね、この街の、風の音――」
神田の四肢から力が急速に失われ大地に倒れ込む。そこへ変身を解除したフィリップが駆け寄り、上半身を抱き起した。
「しっかり!」
「ああ……ゲホッ、負けてしまい、ましたか……。ご当主に、顔向けができない……」
「もういい……! あなたの真意なら分かっている! 本当は復讐などではなく、仮面ライダーに……ぼくに! あなたは裁かれたかったんだ!」
フィリップの叫びに神田が瞠目する。そしてなんとか力を振り絞って、口の端を持ち上げてみせた。「正解」、言葉なくともそう伝えているのが二人には分かった。
「あなたは父さんを止められなかったことをずっと悔いていたんでしょう。なのに父さんを喪い、あなたは生き残ってしまった。だから過ちを正してほしくてぼくたちに挑戦を仕掛けたんだ。ガーデンの構成員を殺したのも……そんなことで!」
「驚きました……実験台として、モノのようだったあなたが、そこまで人の心を解するようになる、とは……。大きく、なりましたね」
「新しい家族と、仲間のおかげだ」
「は、は……。冥途の土産には十分ですね――」
「ふざけるな!!」
空気を震わす怒号に、悲しみと呆れの色がにじむ。
「ふざけるな……! 君はぼくに、『園崎来人』に裁かれたかったんだろう!? 最後の『園崎』に! だが、主人に我儘を言ったままの使用人など認めはしない!」
「……では、如何様になさいますか」
かける言葉は決まっていた。重要なのは、“口の利き方”――。
呼吸を整え、静かに、そして厳かに告げる。
「園崎来人が、使用人神田孝介に命じる。残りの人生を罪を償って生きろ。これが園崎家からあなたに下す、最後の
「……かしこまりました。フィリップ――来人様の、仰せのままに。最後のご奉公、全霊で果たさせていただきます……!」
震える左手を胸に添え、最後の力を振り絞って、神田は一礼した。
闇に生きることになってしまった男が最後に見せた奉公人としての誇り高き姿は、これからも記憶としてフィリップの中に残り続ける。
「「さあ、お前の罪を数えろ――」」
その言葉が影に光を投げかけると信じて。