転移先。薄闇の回廊の先に待ち受ける神楽鈴の徘徊者(緑)を速攻で始末した五人がその背後の扉を潜り抜けると、そこには今にも能面を被せられる寸前の青年の姿があった。
大悟達の攻撃方法では間に合わない。万事休すかに思われたところで、五人目の同行者である遠藤健児が少女の足元に向けて勾玉を放り投げた。
その勾玉の光で、無数の能面と少女の姿が掻き消えた隙に大悟達は青年の前へ飛び出した。
「ギリギリだったな。君達のお陰で上手く忍び込めた」
「お礼を言うのはこちらの方です。あなたのお陰で彼を助けるのが間に合いました」
「大悟さんの言う通りです。あの能面は俺達だけでは間に合いませんでした」
「健児さんのお陰です!」
「まあ、そうだな」
並び立つ五人の姿に、青年は驚愕と困惑の入り混じる声を漏らす。
「一体、何が…
「…
青年の言葉に、大悟が疑問の声を上げる。しかし、青年がその問いに答えることはなく、それよりも先に、鏡の砕け散るような音と共に黒い着物の少女が再び彼等の前に姿を現した。
「何者? あなたたちのような人間をこの世界に迎え入れた覚えはないわ」
「僕達は烏丸超常探偵事務所の者だ。遠藤健二さん。そこの彼を元の世界に連れ戻すために、この世界に入らせてもらった」
「私を?」
「はい。あなたの母である遠藤貴理子さんの依頼で行方不明になったあなたを捜しに来ました」
大悟の言葉に、健二は安堵から全身の力が抜け、その場に座り込んでしまう。これまで何をしても元の世界に戻ることが出来ずにいた。このまま永遠に閉じ込められると考えていた健二は、外からの助けが来たという事実に、影の回廊に一筋の光明が差し込むのを感じ取っていた。
最後の一人、遠藤健児は黒い着物の少女の前へ一歩を踏み出すと、唇を歪めて怒りを露わにした顔をして、自分をこの世界に閉じ込めた化け物を睨みつける。
「俺の顔を忘れたとは言わせないぞ…化け物め…!」
「あぁ、あなた…仲間殺しの…」
「ようやく会えたな、ずっとこの時を待っていた」
健児の素顔を初めて目にした健二は再び驚愕の表情をする。彼が自らの祖父であることは健二も知っていたが、こんなにも自分と瓜二つの顔をしていたとは思ってもみなかった。
だが、それよりも気になることがある。その疑問を黒い着物の少女が代わりに口にした。
「あなた、あの面をどうやって外したのかしら?」
「分からないか? 不可思議な力を持つのはお前だけではないということだ」
その言葉に、着物の少女は健児と共にある四人に視線を向ける。魂を見通す「目」を持つ着物の少女は眩いばかりの銀の光を放つ魂と、健二と健児以上の輝きを放つ二つの魂に納得したように頷いた。これほどの魂の持ち主であるのならば、それ相応の力を持っていて然るべきだ。
そのまま姫子に目を向けた着物の少女は、その魂を見ようとして「闇」を目の当たりにした。姫子の魂は人間のそれとはかけ離れた、あまりにも悍ましいものだった。
全身が血のように赤く、ピンク色の髪は鉤爪の付いた12本の触腕に分かれており、背中には青黒い皮膜を持つ小さな翼ともヒレともつかぬ器官を備えている。
大凡、人間としては有り得ない姿をした姫子の本性を目撃した少女は立ちくらみを起こす。
人ならざる者である自らの精神を侵食するほどの禍々しいモノを目にした着物の少女は、今までの冷静さをかなぐり捨てるように叫び声を上げた。
「あなた…何者なの…!?」
「アタシか? アタシは神だ」
「神?!」
「…邪神ですけどね」
ボソリ、と凛太郎の口にした「邪神」という言葉に着物の少女は納得してしまう。彼女の正体が邪神であるというのならば、あの視覚から精神を侵す禍々しい形をした魂にも得心が行く。
同時に、目の前にいる少女の姿をした人ならざる者はこの世界から追い出さないといけない、自らの道を阻む存在であると着物の少女は認識した。
「そう…それなら―――消え去りなさい。あなたのような存在に用はないわ」
呪文:【眷属召喚】
着物の少女:MP消費無効
黒い着物の少女は大悟達が動く前に襲いかかってきた。シャン! と黒い着物の少女が神楽鈴を振るうと、影の中から這い出るように無数の能面が着物の少女の周囲に浮かび上がる。
その能面は中央部分が真っ二つに割れると、ジジジと羽音を立てながら飛びかかってきた。
「うわあッ!!」
「すごい数です!」
「楓!」
「押忍! 【烈風】!!」
技能:【烈風】
秋本楓 :MP12-5=7
普段、身に纏うことで物理攻撃と魔法攻撃を同時に行うために使用する風を、今回は敵全体に攻撃するための純粋魔法攻撃として具現する。吹き荒ぶ【烈風】を自在に操ることで、押し寄せる面蟲を根刮ぎにする。
しかし、爆竹を使用することで追い払うことができる面蟲は兎も角として、それ以外の徘徊者を薙ぎ払うほど【烈風】の威力は高いものではない。
ドドドドドドドド――!
風の障壁を突き破るようにして突撃してきたのは走り廻る徘徊者だ。その腕の幾本かを【烈風】にもがれながらも、敵対者である六人を轢き殺そうと自分の身を顧みずに突進してくる。
対して、前に出たのは健児だ。長年、この影の回廊を探索してきた彼の経験と反応速度は伊達ではなく、鞄の中から取り出した古いカメラのレンズを走り廻る徘徊者に向けた。正面からフラッシュを浴びた走り廻る徘徊者はその動きを停止させる。
「
技能:【紅蓮】
小鳥遊姫子:MP21-4=17
技能:【古き血族】
小鳥遊姫子:SAN80-1=79
腰を落とし、両腕を胸の前に揃えてから右腕を下へ左腕を上へ大きく開くことでその間にエネルギーを溜め込んだ後、振り上げた右腕を走り廻る徘徊者の横っ面に叩きつける。
父なるもの
横に吹き飛ぶ走り廻る徘徊者の背後に、ようやく六人は黒い着物の少女の姿を見つけた。
「正直、気が引けるけど…殺される訳にはいきませんから! 【紅蓮】!!」
技能:【紅蓮】
榊凛太郎 :MP12-4=8
未だに黒い着物の少女と戦うことに抵抗のある凛太郎だが、しかしこのまま殺される訳にはいかないと黒い着物の少女に向けて【紅蓮】を解き放つ。
面蟲の群れを斬り刻む【烈風】は凛太郎の【紅蓮】を妨げることはなく、それどころか追い風として炎の弾丸を加速させる。
音速の壁を突き破り、超高速で迫る【紅蓮】の弾丸が黒い着物の少女に突き刺さる。
シャン!
寸前、不可視の壁が【紅蓮】を防ぎ止める。旧支配者にも痛痒を与えるほどの攻撃を、黒い着物の少女は悠然たる態度で受け止めた。その防御能力に唖然とする間もなく、黒い着物の少女は【念力波】で束ねた高エネルギー体の雨を降り下ろす。
紫色の光が無数に降り注ぐ。その攻撃を受けるつもりはないと、五人の前に出た大悟が紫光の雨に両手を向けた。
「【ウルトラシールド】!」
技能:【念力波】
着物の少女:MP??-5=??
技能:【念力】
九条大悟 :MP14-4=10
両腕を体の前面に広げ、その間に作り出した円形の光の膜が紫光の雨を受け止める。降り注ぐ数こそ多いものの、一条一条の威力はそれほど高くはないらしく、即興の盾でも十分に防ぎ切ることができた。
まずは互角。第1ラウンドはお互いにダメージを受けることなく幕引きとなった。
技能:【超能力】
榊凛太郎 :MP8+1=9
秋本楓 :MP7+1=8
技能:【銀の兆し】
九条大悟 :MP10+1=11
技能:【光を継ぐもの】
九条大悟 :MP11+2=16
技能:【古き血族】
小鳥遊姫子:MP17+2=19
技能:【神通力】
着物の少女:MP??+2=??
状況:【影の回廊】
着物の少女:MP??+??=??
「――行きます!」
超能力の類を使うことなく、己の身一つで黒い着物の少女の下に飛び込む楓。ナックルダスターを握り締めた右拳を思い切り叩き込むと、黒い着物の少女の目の前の空間に亀裂が走る。
「覇ァッ!!」
「そこだ! 【フィンガースパーク】!!」
次いで左拳が亀裂の中央に突き刺さると不可視の障壁が硝子のように砕け散る。その隙を逃すことなく、楓の頬のすぐ横を通り抜けるように姫子の指先から赤黒い闇を纏った【雷撃】が迸る。
技能:【雷撃】
小鳥遊姫子:MP19-5=14
技能:【古き血族】
小鳥遊姫子:SAN79-1=78
しかし、その【雷撃】が黒い着物の少女に痛苦を与えることはなかった。確かに【雷撃】は黒い着物の少女に命中したのだが、黒い着物の少女の身体は無数の彼岸花の花弁に転じると、橋の袂へと彼岸花の花弁と共に舞い降りた。
化け物の攻撃を防げるのはいいが、こちらの攻撃も化け物に届かないのでは埒が明かない。
「おい化け物…そこの物体、昔もあったな」
故に、健児は切り札を切ることにした。健児が視線を向けた先には、注連縄に守られた緑色の結晶が宙に浮いている。
「そしてお前は、ずっとここに引き籠もっている…思うに、お前にとってはさぞかし大事な物なんだろう…違うか?」
「何をするつもり!?」
「あの結晶体を破壊してくれ! きっと、あれが化け物にとっての弱点だ!」
「止めなさい!」
黒い着物の少女の顔に浮かぶ焦燥の色を見て、健児は己の推測が正しかったことを確信する。本来であれば、最後の悪足掻きとして化け物に変異した自らの手で破壊するつもりだったが、今はそんなことをせずとも破壊することができる。
健児の指示に頷いた大悟は背後の結晶体を振り返ると、結晶体に向けて両腕を真っ直ぐに突き出した。そのまま両腕を大きく左右に広げることで光のエネルギーを溜め込み、その全てをL字に組んだ右腕の前腕部から放出した。
「【ゼペリオン光線】!!」
「――させない!」
技能:【光線】
九条大悟 :MP13-9=4
技能:【念力波】
着物の少女:MP??-5=??
全身全霊全力全開の光の奔流が結晶体に襲いかかる。それを許すまじと三度彼岸花の花弁にその身を変えた黒い着物の少女は、【光線】の射線上にその身を出現させると、空間が歪むほどの【念力波】でゼペリオン光線を正面から受け止める。
神の娘である姫子の【破壊】と破壊力に於いて双璧を成す大悟の【光線】を正面から受け止める黒い着物の少女に、大悟の最初のパートナーである凛太郎は思わず驚愕の声を上げる。
「大悟さんの【光線】を防いだ…!?」
「いや、まだだ! このままその器を【破壊】させてもらうぜ! 【アイゾードショット】!!」
技能:【破壊】
小鳥遊姫子:MP14-9=5
姫子は闇の中より一振りの剣を引き抜く。その剣の銘は【アゾット】。中世の錬金術師パラケルススが持っていたという伝承のあるこの魔剣には超常の力を強化する機能がある。具体的には、超能力と呪文の威力を向上させる。
魔術的な用途に使われていたこの短剣に神の力を流し込むことで、ムチと長剣の二つの形態を持つ姫子本来の得物である魔剣【アイゾード】を具現化する。
素体である【アゾット】から超常の力を強化する機能を受け継ぐ【アイゾード】は、その鋒から集束・増幅させた【破壊】のエネルギーを解き放つ。赤黒い闇を纏った光線がゼペリオン光線の横を通り抜け、黒い着物の少女の展開する障壁を一気に食い破る。
少女自身は自らの肉体を無数の花弁に変化させることで負傷を免れたものの、その背後の結晶体には光と闇の奔流が直撃した。
ガッシャーンッ!!!!!
結晶体が砕け散る。薄緑色の結晶の欠片が湖に降り注ぐ中、自分達の勝利を確信した健児が目にしたのは苦虫を噛み潰したような顔をした黒い着物の少女の姿だった。
「よくも…よくも器を壊してくれたわね。もう時間がない、今すぐ生き返らせないと……」
「駄目だ! 苦痛や憎悪に歪んだ魂を集めたところで君の母親は蘇らない!!」
黒い着物の少女の言葉に反応したのは遠藤健二だった。
「何を…!?」
「その方法で誕生するのは底なしの憎しみに呑まれた憎悪の怪物だ!」
「黙りなさい!」
必死に少女を止めようとする健二の言葉は、しかし黒い着物の少女の心には届かない。神楽鈴を振り抜くと同時に、黒い着物の少女は健二達の前から姿を消してしまう。
「…やはり、私の言葉では彼女には届かないか」
「健二さん。今のはどういう……」
「簡単なことだ。私は幾度もの繰り返しの中で彼女が母親を復活させるのを見たことがある」
「繰り返し?」
「この世界は今日一日という日を何度も繰り返している」
それは、何週間も前にこの世界に迷い込んだ遠藤健二が今も尚生きている理由だった。この世界に迷い込んだ健二は幾度となく影の回廊を踏破してきた。そのために、黒い着物の少女が何のために人々の魂を集めているかを知っていた。
《私のお母さんよ。もうずっと長い間眠ったまま。その魂は体を離れ、底知れぬ憎悪に苛まれながらも、今もこの世界を彷徨い続けている。何とか体は維持していたけど…あの男が器を壊してしまった。もう時間がない、今すぐ生き返らせなければ……》
《私は昔、人間として生きようとした。でも、大切なものは全て人間が奪っていった。あの時の光景は…今も、光を失った目に焼き付いている…私は、人間であることを捨て、心を捨てた。そして、数え切れない人間を殺した》
《全ては、もう一度お母さんに会うため…そのためだけに…》
彼女の目的は母親を取り戻すこと。人間を殺すのは、そのために必要な力を蓄えるため。
これまでの遠藤健児は自らを『大食らい』という徘徊者に変異させ、魂の器たる結晶体を破壊することで黒い着物の少女を撤退に追い込んできた。復活に不足していた力をこの世界を構成する力で補填した彼女は、強引に母親復活の儀式を実行してきた。
しかし、復活のために集められた魂はどれも苦痛や憎悪によって歪んでいた。歪んだ魂に彼女の母親は侵されてしまい、『肥大化した憎悪』という化け物を誕生させた。
「肥大化した憎悪……」
「その怪物は、やがて私達の世界に現れることになる。人の魂を喰らい、更にその力を増し、途轍もない災厄になる」
「…悲しいことですね。彼女はただ、母親に会いたかっただけなのに……」
「……」
凛太郎の言葉に、健児は無言になる。
「どうか…どうか彼女達のことも助けてほしい。何度時を繰り返しても、私には彼女達を救うことはできなかった。だが、君達ならば……!」
「…健二さん」
「報酬は幾らでも払う! 元の世界に戻った暁には必ず用意する! だから!!」
必死に頭を下げる健二に、健児は――
「はぁ…孫がこれだけ頭を下げてるのに俺も下げない訳にはいかないな」
「…
「正直、あの化け物のことは許せない。…だが、大切な誰かに会いたいという気持ちは俺にも痛いほど理解できる。頼む。どうか
頭を下げた。本音で言えば、あの化け物を憎悪する気持ちは今でも彼の中に残っている。
それでも、向こうの世界に置いてきた妻が産んでくれた子供の、そのまた息子の願いを無下にするようなことは健児には出来なかった。
そして、
「…分かりました」
大悟もまた、彼等の想いを汲み取った。
「必ず、彼女達を助けてみせます」
神妙な表情で頷いた大悟の言葉に安堵の吐息を漏らす健二。彼等の会話を静かに聞いていた姫子は橋の袂の方に体を向けると、上から下へゆっくりと【アイゾード】を振り抜いた。
「…それならノロノロしてる時間はねぇな」
技能:【古き血族】
小鳥遊姫子:MP5+2=7
技能:【古き血族】
小鳥遊姫子:MP7+2=9
呪文:【門の呪文】
小鳥遊姫子:MP9-8=1
時間経過により回復した魔力で門の呪文を行使する姫子。すると、姫子の目の前の空間に裂け目が走る。その裂け目の先には、彼等がこの世界に来る前に通り抜けた路地が広がっていた。
「この先に行けば、元の世界に帰ることができるぜ」
「本当か!?」
「おう。お前らは元の世界に戻ってろ。先を急ぐならアタシ達だけの方が早いからな」
この先、戦闘能力を持たない二人の存在は邪魔になる。先程の戦闘を見て、それをよく理解していた健児と健二は、ならばとそれぞれ自らの持ち物を大悟達に手渡した。
「それなら、この回廊で集めた道具を君達に託しておく」
「それと、これも受け取ってほしい」
そう言って、健二がポケットから取り出したのは大勾玉の一つだった。
「きっと、この大きな勾玉にも何かの意味があるはずだ」
この回廊で役に立つ全ての道具を大悟達に差し出した健児と健二は、まるで双子の兄弟のように全く同じ動きで裂け目の向こうに消えていく。
「後は、任せたぞ」
その言葉を最後に、健児と健二の二人は影の回廊から脱出を遂げるのだった。
黒い着物の少女
呪文:【眷属召喚】 消費MP3
本来は徘徊者系の魔物1体を召喚する呪文。
【影の回廊】の内部では、MP消費無しで徘徊者を召喚できる。
技能:【念力波】 消費MP5
技能:【神通力】
毎ターンMP2回復
状況:【影の回廊】
ターン開始時、黒い着物の少女のMPを全回復する。
九条大悟
Lv 31
HP 50/50
MP 4/14
SAN 65/65
榊凛太郎
Lv 31
HP 48/48
MP 9/12
SAN 55/65
秋本楓
Lv 31
HP 48/48
MP 7/12
SAN 55/60
小鳥遊姫子
Lv 31
HP 48/48
MP 5/21
SAN 78/90
所持品
・混沌の神楽鈴×6
・金色の鍵×沢山
・ひかり石×沢山
・爆竹×沢山
・古いカメラ×沢山
・コンパス
・勾玉×3
・特別な勾玉×3