烏丸超常探偵事務所の超常事件簿(修正前)   作:ゲーマーN

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旧25話 三ヶ月

「……氷室さん!」

 

 無事、奈々を家族の下に送り届けた大悟達は、一度、調査状況を報告するために菊川警察署へ戻ることにした。陽が沈み、次第に空が夕焼けに染まり行く中、一行は菊川警察署に到着する。警察署の中に入る一行に声をかけたのは、セーラー服を着た一人の少女だった。

 

「美琴くん?」

 

「お知り合いですか?」

 

 ええ、と健吾の問いに頷いた氷室は不安そうな表情をするその少女と向かい合う。

 彼女の名前は姫野美琴。三ヶ月前に発生した怪異症候群の被害者であり、同じく怪異症候群の被害に遭った神代由佳と共に、事件解決後の現在も氷室が面倒を見ている少女の一人である。

 烏の濡羽色の豊かな黒髪を背中まで伸ばしており、頭の両サイドにトレードマークの赤いリボンを結んでいる。赤みを帯びた大きな瞳は神秘的な雰囲気を感じさせる。大抵の人に好印象を与えるだろう、APP14の可愛らしい美少女だ。

 氷室の姿を正面から見た美琴は「よかったぁ~」と安堵の溜め息を吐いた。

 

「何故警察署に? まさか、また怪異に襲われたのか?」

 

「私の方は大丈夫です。その、誰かが私に変な電話を掛けてきて……」

 

「電話?」

 

「はい、氷室さんが危ないって……」

 

 美琴の言葉に、氷室は怪訝な顔をする。

 

「……それは確かに変だな。念の為に聞くが、剛の馬鹿じゃないだろうな?」

 

「いえ、違います。声は男の人だったんですけど……」

 

 氷室と美琴の関係を知る者はそれほど多くない。氷室が嫌疑を向けた加賀剛は二人の関係を知る数少ない一人であり、霧崎翔太と共に怪異症候群の解決に協力した氷室の友人だ。氷室の脳内で加賀が「そりゃあ……ねえってもんだよ!」と抗議の声を上げているが、怪異関係の問題をよく引き起こす筋金入りのトラブルメーカーには当然の扱いである。

 しかし、美琴本人の証言で加賀の容疑は否定された。もう一人の協力者である霧崎翔太がそんなことをする人物ではない以上、残る可能性は……。

 

(……まさか、特務課の人間か?)

 

 氷室を除き、特務課に所属する職員は四名。この内、金森雛子に関しては、性別を理由に被疑者リストから除外されるので、中川良助、高木健二、小暮紳一の三人が被疑者となる。本当に彼等が犯人なのかは不明だが、氷室はその犯人の行動に苛立ちを覚えていた。

 姫野美琴は一般人である。仮に特務課の中に犯人がいるとすれば、その人物は警官失格だ。もうこれ以上、彼女を此方側に関わらせるべきではない。

 

「いいかい、美琴くん。君はもう普通の高校生なんだ。また自分から首を突っ込むことはない」

 

「……はい、でも」

 

「でも、じゃない。あまり大人を困らせるな」

 

「す、すみません」

 

 氷室の言葉に、美琴は硬い表情で俯いてしまう。

 

「俺達の仕事は、もう君には関係のないことだ。何か用があるなら後にしてくれ」

 

「……分かりました」

 

 意気消沈した美琴の姿に、礼子は「はぁ」と溜め息を漏らす。数秒、氷室に非難するような眼差しを向けた礼子は、肩を落としたまま警察署を立ち去ろうとする美琴の背に呼びかけた。

 

「待ってちょうだい!」

 

「え…?」

 

「氷室さん。あなたも物騒な世の中なのは知ってるでしょ? こんな時間に女の子を一人で帰らせる訳にはいかないわ」

 

「……それは」

 

「私がこの子の面倒を見てるから中川さんに報告してきてくれない?」

 

 優しげに微笑む礼子だが、その言葉には有無を言わさぬ威圧感を含まれていた。漫画ならば、背景に「ゴゴゴ・・・」という文字が描かれていそうなほど凄みを帯びていた。それこそ、多くの怪異事件を解決に導いてきた氷室が押し黙るほどに。

 

「それなら僕も残ります。……多分、僕がいない方が話せることもあると思いますから」

 

 大悟も礼子に同調する。入所三ヶ月の自分が一緒では話し難いこともある、という口にした理由も嘘ではないが、氷室に袖にされた美琴を心配する気持ちが心の多くを占めていた。

 

「分かりました。では氷室さん、中川さんには僕達二人で報告に行きましょう」

 

「……ああ」

 

 憮然とした表情で頷いた氷室は健吾と二人で奥の部屋に進んでいく。その様子を見送った後、礼子は美琴はソファに座るように促した。ソファと反対側の壁に背中を預けた大悟は、少し距離をおいてソファに腰を下ろした女性二人に視線を向けた。

 

「あたしは浪川礼子。あなたの名前を聞いてもいいかしら?」

 

「……はい。私は姫野美琴です」

 

「美琴ちゃん、ね。素敵な名前じゃない」

 

 物理的距離を詰めないままに、礼子は美琴との精神的距離を詰めに行く。

 

「ホント、男の人って勝手よね」

 

「えっと、その……」

 

「氷室さんのこと、好きなんでしょ?」

 

「え、えぇっ!?」

 

 あわわわ、と美琴が顔を真っ赤にして慌てふためくのを礼子は微笑ましげに見つめていた。

 

「ど、どうして…?」

 

「あら。あたしも女の子なのよ? 見れば分かるわよ」

 

「女の子……?」

 

 等と、大悟が割と失礼なことを口にすると、礼子は大悟のことをギロリと睨みつけた。

 

「何か…?」

 

「…いや。礼子さんは女の子と言うよりも大人の女って印象があって…」

 

「あら、ありがとう。けど、女の子の方が個人的には嬉しいわね」

 

「うーん。女心って難しいなぁ……」

 

 女の子、という言葉に疑問を抱いたのは何も悪い意味ではない。大悟にとっての礼子は頼りになる大人の女なのだ。今日もキリエル人の件で焦っていた大悟を窘めてくれた。本人は褒め言葉のつもりなのを悟ってくれたのか、礼子も直ぐに矛を収める。

 この辺りは日頃の行いが良いからだろう。これが凛太郎であれば、正気度が削れるほどの迫力で睨みつけられたはずである。

 

「それで? どうして美琴ちゃんは氷室さんのことが好きになったの?」

 

「三ヶ月前、氷室さんに怪異症候群から助けてもらったんです」

 

「怪異症候群?」

 

「はい。『ひとりかくれんぼ』を発端とする怪異の連続発生事件です。その時、私は何度も氷室さんに守ってもらいました。だから今度は私が、と思って……」

 

 徐々に言葉尻が小さくなる美琴に大悟はやや苦笑気味に告げる。

 

「男としては、女の子を危険なことに関わらせたくないって気持ちはわかるけどね」

 

「それで女の子の気持ちを蔑ろにしていたら本末転倒よ」

 

「それね」

 

 氷室の気持ちは理解できる。女の子で、高校生で、一般人の美琴には元の生活に戻ってほしい。

 だが、その願いは氷室個人のものでしかない。美琴の人生は、美琴だけのものであり、それをどう生きるのかは美琴自身が自己責任で決めるべきものだ。氷室の意志で、無理に押し付けていいようなものではない。

 

「けど三ヶ月前か……丁度、僕がこの仕事に就いた頃に起きたのか」

 

「え、そうなんですか?」

 

「うん。僕が今の職場…烏丸超常探偵事務所に就職したのは4月8日のことなんだ」

 

 大悟は目を瞑る。その瞼の裏には、全ての始まりの日の光景が鮮明に映し出されていた。

 

「…そう。全ては、4月7日の夜に送られてきた水晶玉から始まったんだ」




九条大悟
Lv  32
HP  50/50
MP  14/14
SAN 65/65

浪川礼子
Lv  31
HP  48/48
MP  15/15
SAN 70/70

烏丸健吾
Lv  31
HP  40/40
MP  12/12
SAN 55/55

氷室等
Lv  30
HP  48/48
MP  11/11
SAN 55/55

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