「あちぃ……」
それを言うのは今日何度目になるのか。とりあえず、数えるのが面倒なくらいには言った気がする。言ってどうにかなることではないとわかってはいるが、言わずにはいられない。今日もそんな日であった。
しかも中途半端に曇っているせいで湿気が酷い。服が肌に引っ付いて気持ち悪いし、風も吹かない。天津風と浜風なんて半ば死んだ目で『いい風ね』『いい風ですね』と自己暗示を掛けていた。
「くそ……いっそ出撃した方がマシだったかもな……」
摩耶は休んでいてもいいと言われて、その通りにしたのが裏目だった。じっとしていても汗をかくのなら、動きまわって汗を流すほうが良かった。
「あー……」
あたしは仰向けになって自室の天井を眺める。ぼんやりとそれを眺め続け、いっそシミでも数えながら寝てしまうか、そんな考えが頭に浮かんだ時だった。
「スカートの中からこんにちは!ゴーヤだぶっ!?」
「何処からこんにちはしてんだよ!? ぶっ殺すぞ!?」
スカートの中から聞こえたふざけた声の主に、あたしは膝を突き刺して後ずさる。
というかいつの間に人のスカートに顔を突っ込んでいたんだこいつ。というか、いくらあたしがぼんやりしていたからって、まったく気がつかないとは。これだから潜水艦は嫌いなんだ。
「ひどいでち……前が見えねえでち……」
58は、膝を叩きこまれた顔を抑えながらさめざめと泣いていた。自業自得以外に言いようがないので、まったく同情はしないが。
「お前のせいだろうが。つーか、何の用だよ? あ?」
言外に『つまんないことだったらもう一発な』というニュアンスを漂わせたお陰か、ゴーヤは泣くのをやめて、勢い良く姿勢を正す。あと、顔も直せよ。
「摩耶さんが湿気に苦しんでいるようなので、グッドな解決法を教えに来たのでち!」
「グッドな解決法だぁ?」
とりあえず、つまらないことでは無さそうだ。若干警戒しつつ、あたしは先を促す。
「考えてみてくだちい! 何故同じ38度なのに、室温では熱く水温ではぬるく感じるのか!」
「あー? 言われるとそうだけど。それがどうしたんだよ」
「同じく部屋の湿度は60%でも不快なのに、湿度100%の水中は不快では無いのか!」
「それは、何か違わねぇか?」
「違わないでち! 絶対に違わないでち! そう、人は地上よりも水中にいるべきなのでち! 地面に魂を囚われた者達は皆水中にいくべきなのでち!」
「お、おう?」
微妙にわからないことをやたらと声高く主張する58。要するに潜水艦を見習えと言いたいのか?
「そうでち! だから摩耶さんもこれを着て潜水艦になるでちよ!」
そう言って取り出したものを――どこに仕舞っていた?――バッとあたしに突きつける。潜水艦たちの制服らしい、スクール水着だ。既にあたしの名前まで書いてある。
「いや、着ろって言われても」
というか、こいつはわかっているのだろうか。あたしは重巡洋艦だし、改装したって潜水艦になれるわけがない。仮に、これを着ることで潜水艦になれたとしても、ロクに動けないポンコツが一人出来るだけだろう。
「いいのでち。性能は関係ないでち。潜水艦であるということが重要なのでち」
「なんだそりゃ」
潜水艦であることが重要ということは、潜水艦のメリットがあるということか? 潜水艦のメリットと言えば、重巡洋艦や戦艦の攻撃を受けずに済むっていうことだが。しかし、喰らわないとしても相手を倒せなければ意味が無い。性能が低くても問題ない……数合わせでもいいこととはなんだ?
「いや、待て」
思い当たることがあった。週初めの任務には、よく潜水艦たちが出撃している。資源が足りなくなってきた時もだ。
そして攻撃されない、というのは潜水艦自身のメリットだ。だが、潜水艦は使う側にもメリットが有る。それは、燃費が良いということだ。
それも、順調に資源を入手すれば、消費を上回るほどに。
「……なあ、58。オリョール行くのはは大変だよなぁ」
「そ、そうでちね。でも、58は頑張ってるでち!」
「ああ、知ってるよ。でもさ、代わりが欲しくなったりするだろう?」
「そそそそんなことないでちよ?」
目が泳ぎまくり声は震えまくり。これはもう完全にクロだ。
つまり、こいつは、
「人をスケープゴートにするんじゃねえ! 何がグッドな解決法だ! そっちの方がよっぽどキツイだろが!」
「仕方ないのでち! 6人でオリョール行くと誰も休めないのでち! けど、摩耶さんが入って7人になれば一人休めるのでち! 『誰かがオリョールに行く間、ゴーヤは休める』。ゴーヤはそういうことに幸せを感じるんでち!」
「ただの駄目人間じゃねえか! 開き直んな!」
「だったら勝負でち! 地上でも重巡は潜水艦に勝てないことを教えてやるでちよ!」
「上等だ! かかってこいや!」
「従順洋艦にしてやるでち! エロ同人みたいに!」
「……姉さん、この部屋すごく蒸してるんですが。何をしていたのです? それに、なんで出撃していた私よりもぐったりしているんです……?」
「……戦いは虚しい。それ以上は、聞くな」
うちの58はホワイトですよ?