「戦場の風も嫌いではないが……やはり日常の風が一番心地良いな」
「ええ、こうしていられるのが一番ね」
そうだな、と私の隣を歩く長門姉は頷いた。
大規模作戦も一段落し、平時の作戦行動に戻るまでの僅かな休息期間。漸く落ち着き始めた夏の日差しの下、私と長門姉は鎮守府回りを散歩していた。
ゆったり、のんびりと益体もない会話をしつつ鎮守府を一周する。それが、私達の休息の過ごし方だった。戦場を忘れられる時はこのくらいしかないし、だからこそ長門姉と過ごす時間を大事にしたい。
そして、その途中で出会う人との時間もだ。
「あ、長門さんと陸奥さん。こんにちは」
木陰に座り込んでいた雪風は、立ち上がってぺこり、と可愛らしくお辞儀をする。私達も挨拶を返し、何をしていたのか訊くと、
「さっきまではお昼寝をして、今は雲を眺めていました。長門さん達は?」
「散歩だ。良ければ、雪風も付き合うか?」
「はい! ご一緒させて頂きます!」
そんな大層なものじゃないよ、と苦笑する長門姉。雪風は楽しそうに笑っていた。
私はと言えば、表情は笑っていた、と思う。けれど、内心では微妙な表情だったに違いない。
「この間の戦闘も、さすがの戦果だったな。同じ艦隊として嬉しく思うよ」
「そんなことないですよ。司令と皆さんのお陰です」
「そうであってもだ。戦場は幸運だけで生き残れるほど甘くはない。雪風の実力あってこそだ」
「えへー、そう言われると照れちゃいますね」
『散歩の途中で出会う人との時間も大切にしたい』。それは嘘ではない。しかし、『長門姉との二人だけの時間も過ごしたい』という気持ちだってあるのだ。
とくに、相手が子どもなら尚更だ。子どもを前にした長門姉は、普段よりも表情が柔らかくなるし、褒め言葉も多くなる。我ながらシスコンだとは思うが、私にはそれが羨ましい。
だけど、子ども相手に嫉妬なんて大人のすることではないな。私は自嘲気味に小さくため息をついた。
「……陸奥さん、どうしました?」
「えっ、ああ、何でもないの。ただ、その、最近ついてないことが多くて嫌になるというか」
訊ねる雪風に、私は適当な事を言って誤魔化す。
こんな子にまで気を使わせて、ヤキモチ焼いて、ホントなんだかなぁ……。内心で落ち込む私を、雪風は何か考えるようにじっと見つめていたが、やがてニカッと笑い言う。
「陸奥さん、しゃがんでください」
「……? こうかしら」
意図がわからないまま、とりあえず言われた通りしゃがんでみる。雪風は、私の後ろに回り込み、
「とうっ」
ぽすん、と背中に軽い衝撃と体重を感じた。抱きつく、というよりしがみつくように首に腕を回す雪風。私が戸惑っていると、代わりに長門姉が訊ねる。
「雪風、それはどういう意味があるんだ?」
「はい! 雪風には幸運の女神が付いています! その雪風が陸奥さんに付けば、陸奥さんも幸運の女神が付いて来ます! これで絶対、大丈夫!」
そう自信満々に言い切る雪風。私と長門姉は顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「そうだな。何よりも心強い女神だ」
「ええ、これなら私も大丈夫ね」
「はい! 雪風にお任せください!」
嬉しそうに笑う雪風を、私は背負ったまま立ち上がる。
本当にいい子だ。一瞬でも邪魔者のように思ってしまった自分が恥ずかしくなる。長門姉と過ごす時間が一番大切でも、雪風たちと過ごす時間もまた同じように大切なものだ。だから、今は雪風と一緒に過ごす時間は大切にしよう。長門姉と二人だけで過ごす時間は、次でいい。
きっと、雪風がくれた幸運が何処かで力を発揮して――
「あっ」
前に出した脚が石に躓く。それはいい。バランスを取り戻せばいいだけだ。問題は、私は雪風を背負っていて、そのために両手がふさがっていること。
手を突き出すことも出来ず、ゆっくりと地面に近づいていく視界。
「陸奥!」
それが、長門姉の声と共に変わる。優しく抱きとめられ、視界に映るのは、
「大丈夫か、陸奥?」
「だ、大丈夫……」
ほっとしたようにこちらを見る長門姉だけだった。というか、その、顔が近い。ほんの少し動くだけでキスしてしまいそうな距離に、長門姉がいる。降って湧いた幸運に、顔が熱くなる。
まあ、キスできる距離だからって、キス出来るかって言ったらそれは無関係だが。私にそんな勇気はないし、長門姉がしてくれるわけもない――
「っくしゅん!」
雪風がくしゃみをした瞬間、ガン、と後頭部に痛みが走った。一瞬遅れて、唇に柔らかいものが触れた。間違いなく触れたのだ。彼女が眠っているとき、戯れに撫でたことがあるから間違いない。
ああ、幸運の女神は間違いなく付いている。驚き、紅潮した顔でこちらを見る長門姉を見て、私はそう思った。
むっちゃんはシスコン(確信)