※サイド名義にてpixiv同時掲載です。
『一途、オン』
あの日、ショールームで囁かれた言葉が不意に脳裏を過ぎる。
一人、事務所で書類の整理をしていた俺は思わず後頭部に手を当て、ため息を漏らしてしまった。
「結局、上手く答えられなかったな……」
澄んだ空気の満ちる秋の昼下がり。
窓から見える空は薄い水色を宿し、俺の瞳の中で頼りなく揺れている。
『あ……と、透。とりあえずバスタブから出てくれ。人に見られたらどうするんだ』
俺はそんな一般論しか言えず、透は差し出した手を取ってはくれたが、それ以後、寂しそうに目を伏せて視線を合わせてはくれなかった。
「もっと、言うべき事があったのは分かってるんだけど……」
そんな言い訳ばかりが頭に浮かび、情けなくなってしまう。
プロデューサーとアイドルという間柄とは関係なく、もっとしっかり透の言葉を受け止めるべきだったように思うのだ。
「でも、一途ってどうすればよかったんだろうな……」
パソコンデスクに腕を置き、俯きがちの姿勢で呟くとスマートフォンのアラームが鳴った。
我に返った俺は時刻を確認し、ジャケットを手に取る。
「そろそろ透の撮影が始まる時間か。俺も立ち会わないと」
そして俺は慌ただしく衣装の資料を手に取り、事務所を後にしたのだった。
「今日の衣装のモチーフは、『彼岸花』……か」
都内某所のスタジオへ移動した俺は撮影が進む中、透の姿を見やりながら呟く。
『浅倉さん、今の視線、いいですよー!』
『そう! 左手を右腕に沿える感じで!』
スタッフさんのそんな声が響き、撮影は順調に進んで行く。
透にしては珍しい、赤と黒を基調とした衣装で、ところどころに『彼岸花』をモチーフとした帽子や装飾が見られる。
「背景がおどろおどろしいのは花に合わせた演出……だよな」
俺はそう呟き、資料に目を落とした。
彼岸花。
自然の森などにはあまり見られず、田んぼのあぜや堤防・墓地など人間の暮らしと結びついた場所に生育することから、「人里植物」とも呼ばれる多年草だ。
世間一般において不吉なイメージを持たれている原因は有毒な毒草であり、作物や土葬の遺体をネズミやモグラから守るため植えられたせいだろう。
「そりゃ、『死人花』、『幽霊花』って呼ばれても無理ないか……』
若干、ぼやき気味にこぼし、ふと顔を上げると透の視線とぶつかってしまう。
「え……?」
そこには今までにない静かな熱が秘められ、目線はカメラへ向けられているはずなのに、なぜかこちらを真っ直ぐ見つめられているかのような錯覚を抱き、俺は戸惑う。
緑の鬱蒼とした森を背景に、敷き詰められた赤い彼岸花。
その中で透は白い背中を開いた衣装に身を包み、どこか憂いを滲ませる表情を見せていた。
「透……?」
俺を見ていたのは、本当に一瞬だったんだろう。
けれどそれは痛切な体験で、俺の胸は奇妙な高鳴りを始める。
「え、ええと……?」
感情の行き場に迷った俺は、逃げるように再び資料へ視線を落とす。
落ち着かず、目線が滑って仕方なかったが、ふととある箇所でそれが止まった。
「『彼岸花』の花言葉……?」
思わず目を引かれ、俺はそれを確認する。
「えっと、『情熱』と『再会』。最後は……えっ?」
書いてあった言葉に今度こそ、息が止まる。
「じゃ……じゃあ、透は最初からこれを知って……?」
俺は驚きを隠せないまま、もう一度顔を上げたのだが、その瞬間撮影は終了し、透は上着を来てスタッフさんへ挨拶を始めていた。
そして何もかもが遅かった俺は、ただ項垂れ、額に手を当てて俯くことしかできなかった。
「どうしたの、プロデューサー。ぼーっとして」
やがて撮影が終わり、色彩を変え始めた街路樹の並ぶ道を歩きながら制服姿の透が問う。
黄昏時の街は人々で賑わい、下校途中の学生やエコバッグ片手の家族連れが一日の終わりの始まりを感じさせた。
「あ……いや。ほんとに俺、察しが悪いというか頭が回ってないと思って……」
「?」
歯切れの悪い解答に再び透は首を傾げる。
その仕草はいつも通りで、今更何を言ってもという感じではある。
けれど何も言わないのが一番よくないと思い、俺は口を開く。
「この間のショールームにしろ、今日にしろ、どうして上手い言葉が出て来ないんだろうな……って」
「え」
俺のストレートな物言いが意外だったのか、透は目をぱちくりとさせて立ち止まる。
それに俺もならい、足を止め、真っすぐに透の瞳を見つめた。
「見たんだ、『彼岸花』の花言葉。透がいつからそれを知っていたのかは、分からないけど」
「……あー」
その指摘に透は一瞬驚いた様子だったが、やがて表情を神妙なものへ変え、前髪で目元を隠しながら歩き出す。
俺はその背中を追いながら、再び『彼岸花』の花言葉を想う。
一つは、『情熱』。
もう一つは、『再会』。
そして最後は……『あなたを一途に』。
「ごめん、もっと早くに気付くべきだった」
「……ん」
透は背中越しに小さく頷くだけだ。
そうだとも、そうじゃないとも言わない。
きっと、それを察するのは俺の役目ということなんだろう。
そしてその最たるサインが、ショールームでのあの言葉や、撮影で見せた憂いの表情だったのかも知れない。
「全部は後の祭りだ。だから考えた。俺のすべきこと」
「……?」
透は振り返らないまま、背中で興味を示す。
そして俺は答えを口にした。
「俺は透と話がしたい。スマホを切って、何も考えないよ。ただ感じることを話したい」
「えっ?」
そうして透はこちらへ振り向く。
俺はもう一度、透の顔を真っ直ぐ見て告げた。
「今日の夕暮れは綺麗だなとか、用水路の水が多いなとか、壁にこんな模様あったっけ? とか、そんなことしか言えないかも知れない」
透は目を伏せ、ただ、「うん」とだけ頷く。
「でも、心のまま言葉を口にするよ。それだけは約束する。だから――」
俺は最後まで言葉を告げようとするが、透は優しく目を細め、自身の唇へ細く白い指先を当てて見せるだけだ。
「透……?」
そして静かに透は微笑む。
「うん、ありがと。それがいい。私も」
その表情には久しぶりに見せる暖かな喜びが浮かんでいて、俺は思わずほっとしてしまう。
やがて透はまた、歩き出す。
「何、話そうか。……ふふっ、なんだか久しぶり。この感じ」
「……だな。こういうのが続けばいいと思うんだけど」
「続くよ、願う限り。上手く伝わらないことも、あるかもしれないけど」
「そう……だな。さて、何から話そう」
頭を掻いた俺に、透が悪戯っぽく微笑みかける。
「あー……。また行ってみる? ショールーム」
「……普通に見るだけならな?」
「つまんないじゃん。またいじろうよ、いろいろ」
「だからそれがダメなんだって」
「えー」
そんなことを言って、笑い合いながら俺達は帰路に着く。
透の言う通り、伝わらないこと、すれ違うことはこれから先もたくさんあるんだろう。
けど、迷ったらまた素直に気持ちを口にすればいいだけだ。
見栄を張ったり、意地を張ったりしなければ、難しいことなんて何もない。
「よし! じゃあ透」
「?」
一度、仕切り直した俺に透は首を傾げて見せる。
だが、俺がスマホを取り出したのを確認すると、嬉しそうに微笑み、透もスマホを掲げた。
そして同時に口を開く。
「スマホ、オフ」
言葉と共に俺達はスマホの電源を落とし、夕暮れの中、並んで歩き出す。
暮れなずむ夕陽の赤はどこか彼岸花の色に似て、それが沈み切るまではその花言葉にならおうと俺は思った。