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懐かしい夢を見た。
安心できる息づかい
安心出来る匂い
ずっとこのまま包まれて、小さく丸まっていたい。
遠い遠い所から、意識が呼び戻される。
「おい、起きたのか?」
ジーンの声。しまった、寝過ごした。
ジーンより早くに起きて、誰にも見られない暗い内に執務室に行かなきゃならないのに。
変な噂が立ったら彼、ますますお嫁さんの来手がなくなっちゃうじゃない。
「ん……」
変だな、身体が動かない?
「起きたのか? 何か喋れよ」
「うん、おはよ……」
「寝惚けてんのか、でも戻ったんだな、良かったぁ」
「??」
声が妙に耳元で聞こえる。
意識が覚醒して来た。
ここ、ジーンの家じゃない。
えっと……彼と雪山に来たんだっけ……
身体に感覚が戻り、自分の置かれている状況に気付いた瞬間、リリは脳に電流が走った。
「あ……ああ、あんた、何やってん……」
「何って覚えてないのか? 川から引っ張り上げた時は返事をしたろ?」
懐に固く女の子を抱いたまま、ユゥジーンは、低い真剣な声で言った。
身動き出来ないのは、二人まとめて彼のマントでギュッとくるまっているからだ。
「バケモノは君の攻撃で木っ端微塵になったけれど、反動で君も吹き飛ばされちまったんだ。見付けるのに時間が掛かっちまって……シャーベットみたいな川に浸かって、身体が氷みたいだった。どう、感覚ある?」
「ん、うん……」
暗くて見えないけれど、この感触…… やっぱり、あたし、服着てない……よね……
「仕方ないだろ、着ている物もバリバリに凍ってたんだから。しげしげ眺める余裕なんか無かったから安心しろ」
リリが目覚めて安心したのか、ユゥジーンはいつもの声になった。
背中に当てられた大きな手から、不安に苛まれた時間が伝わって来る。
どうやらかなり不安にさせてしまう状態だったらしい。
傍らに小さな火が燃えている。他は真っ暗だ。
「ここ、どこ?」
「谷の岩の隙間。上手いこと鍾乳洞っぽくなってた。場所は分かんない。君を探して無茶苦茶に飛んだから。火が起こせて良かった。鞍袋に入っていたんだ。君が使っていたのと同じ道具」
同じ道具……当たり前、だってあれは、ずうっと前に、貴方が作ってくれた物だから。
「馬の奴、君の手当てをしている間にどっか行っちまった」
「ああ、自分の身の安全を第一にはかるように仕込まれているのよ。草の馬は芯まで濡れると飛べなくなるから」
「そうなの?」
「空気を抱いて飛ぶからね……」
吹雪は酷くなっている。
洞は奥行きがあったので風雪が吹き込んで来る事はないが、ゴウゴウという山なりが岩を通して伝わって来る。
「雲の上の若紫の所に行ったんじゃないかしら、仲良しだから」
「ちゃっかりしてんな」
「ふふ」
女の子は喋ってはいるが、目を閉じてトロトロした感じだ。
馬を呼んで麓の村に移動したい所だけれど、ユゥジーンは自分の舵に自信がなかった。
吹雪の中、下手に迷ったら洒落にならない。この子が覚醒してくれるか、せめて夜が明けて少しでも明るくなってからでないと。
「よく……」
「ん?」
「よく見付けてくれたわね」
「あ、うん、まあ、これのお陰だけれど」
ユゥジーンは首に掛けていたペンダントを引っ張り出した。
「これ、何か術が掛かっているんだろ? わんわん唸ってビカビカ光って、君の居る方に引っ張られた」
リリは薄く目を開けて、ペンダントを見上げた。
「それ、まだ付けていたんだ……」
「あ、うん、ダサいから外そうと思っていたんだけれど、何でか掛けっぱなしだったな」
「中を見ようとは思わなかったの?」
「開くの、これ? ああ、本当だ、……何、羽根?」
ユゥジーンは不思議そうに緋い羽毛を摘まみ上げた。
「昔、あたしが拾った貴方の落とし物が、それだったの」
「ふうん? ね、これ、魔法の羽根な訳?」
「さあ、どうかしらね……」
リリはうやむやな返事をして、また目を閉じた。
まだ身体が悪寒に支配されていたし、頭も働いていなかった。
「おぃ、寝るなよ、また体温下がるぞ」
「うん……」
ユゥジーンにしたら、暗闇の中で長い事一人で不安に耐えていたんだから、折角起きたリリと、もうちょっと喋っていたかった。
「ね、ねぇっ、えっとそう、君、やっぱりやっぱり俺と付き合っていたんだろ」
「違うって、何度も同じ事を……」
「お、おぃっ、だって君、お揃いのペンダントしてたじゃん。さっき服脱がせた時、見たもん」
「それは、分けてくれたのよ……」
「なに? 分けたって、何を?」
――大昔、貴方が・・
大切な友達に、貰った、宝物の、羽根を・・
小さいあたしが、欲しがったから・・・・
半分に裂いて、くれたの・・・・
リリはまた眠ってしまったが、ユゥジーンは独り言のように続けた。
「そんで君は、ちっちゃい時からそれをずっと身に付けているのか? どんだけ律儀なんだよ」
指先の緋色の羽根は、暗がりでまだちょっと光っている気がした。
「俺もな……」
それからまた長く感じる時間が過ぎた。
懐の女の子の呼吸がしっかりして来た安心感から、ユゥジーンもちょっとまどろんだ。
夢を見た。
幻みたいな唄声が聞こえる。
尖った高い木に囲まれた森の中。夕暮れなのか、辺りに立ち込める霧は薄いオレンジだ。
大きな倒木があり、その枝先で小さな女の子が、羽根をお手玉みたいに弄(もてあそ)んでいる。
唄はその女の子が唄っていた。
幽かな細い声だった。
***
まどろみから覚め、ユゥジーンは顔を上げた。
風の音が弱くなって、洞の出口が薄ら明るくなっている。
一瞬、一寸でも記憶が戻っていないかと頭を探ったが、甘い考えだった。
相変わらず頭の中にはぼんやりした子供時代の記憶しかない。
今の夢は、ペンダントの羽根が見せてくれたのだろうか?
あの女の子に出逢った時、自分はどんな気持ちだったのだろう。
宝物の羽根を、どんな気持ちで半分に割いたのだろう。
他の事はどうでもいいけれど、それだけは凄く知りたく思った。
ふと見ると、懐の女の子も目を開いている。
「起きた? 頭、しっかりしてる?」
「うん、多分……」
「動けそうか? 俺、そろそろこの体勢、キツイんだけど」
「ごめん……」
リリは身体をずらした。
ユゥジーンはマントの留め金を外して後ろ向きに抜け出し、背中越しに自分の上衣をリリに渡した。
燃料は燃え尽きているが、お蔭でそんなに凍えていない。
「ありがと、馬の鞍袋に着替えがあるから、それ着たら返すね」
「うん、お! 雪も小降りになったみたいだ。とっとと馬を呼んでこんな山おさらばしようぜ。下の村に行って暖かい暖炉にありついて。あ、そうそう!」
肝心の事を思い出して、ユゥジーンは振り向いた。
「記憶喪失の件なんだけれど。麓の村でも同じ時期、集団の記憶喪失が起こっていたみた…………どうした!!」
言葉を途切れさせてユゥジーンは駆け戻った。
薄明かるくなった洞穴で、リリは上衣を着ていたが、立てないでうずくまっている。
魔性に捕まれた足に巻き付くように、真っ黒なアザが皮膚の下を這ってうごめいているのだ。
昨日はそんなの無かった。
「何だよそれ! お、おい、大丈夫か?」
「慌てないで。魔性の毒か呪いが入ったんだと思う。それより、その記憶喪失の話……」
「そんな事どうでもいいよ! 大した話じゃない。それ、それどうしたらいい? 痛い? 俺、気付かなくて、ああ」
「大丈夫だから、本当に落ち着いて」
リリはユゥジーンを励ますように、笑って見せた。
「こんなのよくある事よ。最初の判断を誤ったあたしのミス。里に帰れば治せるヒトがいるから、心配しないで、ね」
「そうなのか? じ、じゃあ、麓の村なんかいいよ。真っ直ぐ里に向かおう!」
「そうは行かないわ。さっきの麓の村の話、聞かせてちょうだい」
「そんなの、後回しでいいじゃん!」
「ダメよ!」
リリの強い声に、ユゥジーンは黙らされた。
「あたしは長娘だもの。答えが目の前にあるのに、こんな事くらいで恐れをなして逃げ帰ったんじゃ、他の皆に示しが付かないのっ」
「何だよ、それ!?」
「何でもそうなのっ、あんたなんかに分かんないわ!」
「・・!!」
ユゥジーンは、対峙した女の子の見開いた瞳を睨み付けた。
昨日までの自分だったら売り言葉に買い言葉になる所だ。
でも、何だろう? 今は、怒る気にならない。
大きな瞳の奥が水面みたいに揺れているのが見えると、すうっと冷静になるのだ。
そう、この娘の口から出る言葉は本心じゃない。長娘という抑圧に言わされている意地っ張り。
多分以前の俺は、それを知っていたんだ。
「分かった、君の言う通りに……」
「ねえ」
洞穴の出口を背にして立つユゥジーンに、リリがいきなり押し殺した声で言った。
「何でもあたしの言う通りにして。絶対よ」
「分かった、分かった」
「じゃあまず、そのまま前に歩いて、あたしを通り越して、洞穴の最奥まで行ってちょうだい」
「??」
「振り向かないで、早くっ!」
言われた通りに洞穴の奥に移動して、そこでこっそり振り向いた。
心臓が凍った。
洞の出口に、昨日のバケモノの真っ赤な目があるのだ。
「ああああ、あれ、昨日、君の術でやっつけられた筈……」
「別の個体か、あれだけでは倒せなかったのか。何にしても、これで嗅ぎ付けて来たんだわ」
リリは忌々しげに、自分の脚でうごめくアザを拳で叩いた。
蛇の舌みたいな魔性の黒い手が、燠炭のように赤い粉をシュウシュウ吹きながら、洞の中まで伸びて来る。
「あ、あ、来たよっ、来たっ」
「狼狽えないで。貴方はまだ見付かっていない。アレが感知しているのはあたしだけだから」
「り、了解」
「これから何があっても、貴方は動かないで、奴に感付かれないように、そこにいるのよ」
「……?」
「奴が十分離れて気配がなくなってから、外に出て馬を呼んで、里に戻って報告をしてちょうだい」
「な、なに、それ?」
「そのくらい出来るでしょ、何でも言う通りにするって言ったわよね」
リリは座り込んだまま、カマイタチを作ろうと右手を挙げた。
しかしキュワッと鈍い音を立てて、風は消えた。
見ると、アザが腕に這い上って手首を締め上げている。
「おい、だいじょう……」
「う、動いちゃダメよ」
今の音に反応した黒いムチが動きを早める。
迫り来るそれを見て、リリは目を見開いた。
その見開いた目は、次に、自分をまたいで前に立つ、二本の脚を映した。
「あ、あんた、何やってんのよ」
「うるさい! 長娘か何か知んないけど、君、強がってるだけで、ぜんっぜん、ヘタレじゃん!」
ユゥジーンはリリを背に立ちはだかって、両手に二本の剣を抜いた。
うわぁあ~~ もっと真剣に稽古を付けて貰っといたらよかったぁあ~~