七時雨   作:西風 そら

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七時雨~後・Ⅲ

 

 

 

 ・・・

 ・・・・

 懐かしい夢を見た。

 安心できる息づかい

 安心出来る匂い

 ずっとこのまま包まれて、小さく丸まっていたい。

 

 遠い遠い所から、意識が呼び戻される。

 

「おい、起きたのか?」

 

 ジーンの声。しまった、寝過ごした。

 ジーンより早くに起きて、誰にも見られない暗い内に執務室に行かなきゃならないのに。

 変な噂が立ったら彼、ますますお嫁さんの来手がなくなっちゃうじゃない。

 

「ん……」

 変だな、身体が動かない?

 

「起きたのか? 何か喋れよ」

 

「うん、おはよ……」

 

「寝惚けてんのか、でも戻ったんだな、良かったぁ」

 

「??」

 

 声が妙に耳元で聞こえる。

 意識が覚醒して来た。

 ここ、ジーンの家じゃない。

 えっと……彼と雪山に来たんだっけ……

 身体に感覚が戻り、自分の置かれている状況に気付いた瞬間、リリは脳に電流が走った。

 

「あ……ああ、あんた、何やってん……」

 

「何って覚えてないのか? 川から引っ張り上げた時は返事をしたろ?」

 

 懐に固く女の子を抱いたまま、ユゥジーンは、低い真剣な声で言った。

 身動き出来ないのは、二人まとめて彼のマントでギュッとくるまっているからだ。

 

「バケモノは君の攻撃で木っ端微塵になったけれど、反動で君も吹き飛ばされちまったんだ。見付けるのに時間が掛かっちまって……シャーベットみたいな川に浸かって、身体が氷みたいだった。どう、感覚ある?」

 

「ん、うん……」

 暗くて見えないけれど、この感触…… やっぱり、あたし、服着てない……よね……

 

「仕方ないだろ、着ている物もバリバリに凍ってたんだから。しげしげ眺める余裕なんか無かったから安心しろ」

 

 リリが目覚めて安心したのか、ユゥジーンはいつもの声になった。

 背中に当てられた大きな手から、不安に苛まれた時間が伝わって来る。

 どうやらかなり不安にさせてしまう状態だったらしい。

 傍らに小さな火が燃えている。他は真っ暗だ。

 

「ここ、どこ?」

 

「谷の岩の隙間。上手いこと鍾乳洞っぽくなってた。場所は分かんない。君を探して無茶苦茶に飛んだから。火が起こせて良かった。鞍袋に入っていたんだ。君が使っていたのと同じ道具」

 

 同じ道具……当たり前、だってあれは、ずうっと前に、貴方が作ってくれた物だから。

 

「馬の奴、君の手当てをしている間にどっか行っちまった」

「ああ、自分の身の安全を第一にはかるように仕込まれているのよ。草の馬は芯まで濡れると飛べなくなるから」

「そうなの?」

「空気を抱いて飛ぶからね……」

 

 吹雪は酷くなっている。

 洞は奥行きがあったので風雪が吹き込んで来る事はないが、ゴウゴウという山なりが岩を通して伝わって来る。

 

「雲の上の若紫の所に行ったんじゃないかしら、仲良しだから」

「ちゃっかりしてんな」

「ふふ」

 

 女の子は喋ってはいるが、目を閉じてトロトロした感じだ。

 馬を呼んで麓の村に移動したい所だけれど、ユゥジーンは自分の舵に自信がなかった。

 吹雪の中、下手に迷ったら洒落にならない。この子が覚醒してくれるか、せめて夜が明けて少しでも明るくなってからでないと。

 

「よく……」

「ん?」

「よく見付けてくれたわね」

「あ、うん、まあ、これのお陰だけれど」

 ユゥジーンは首に掛けていたペンダントを引っ張り出した。

「これ、何か術が掛かっているんだろ? わんわん唸ってビカビカ光って、君の居る方に引っ張られた」

 

 リリは薄く目を開けて、ペンダントを見上げた。

「それ、まだ付けていたんだ……」

 

「あ、うん、ダサいから外そうと思っていたんだけれど、何でか掛けっぱなしだったな」

「中を見ようとは思わなかったの?」

「開くの、これ? ああ、本当だ、……何、羽根?」

 ユゥジーンは不思議そうに緋い羽毛を摘まみ上げた。

 

「昔、あたしが拾った貴方の落とし物が、それだったの」

「ふうん? ね、これ、魔法の羽根な訳?」

「さあ、どうかしらね……」

 

 リリはうやむやな返事をして、また目を閉じた。

 まだ身体が悪寒に支配されていたし、頭も働いていなかった。

 

「おぃ、寝るなよ、また体温下がるぞ」

「うん……」

 

 ユゥジーンにしたら、暗闇の中で長い事一人で不安に耐えていたんだから、折角起きたリリと、もうちょっと喋っていたかった。

 

「ね、ねぇっ、えっとそう、君、やっぱりやっぱり俺と付き合っていたんだろ」

「違うって、何度も同じ事を……」

「お、おぃっ、だって君、お揃いのペンダントしてたじゃん。さっき服脱がせた時、見たもん」

「それは、分けてくれたのよ……」

「なに? 分けたって、何を?」

 

 ――大昔、貴方が・・

 大切な友達に、貰った、宝物の、羽根を・・

 小さいあたしが、欲しがったから・・・・

 半分に裂いて、くれたの・・・・

 

 リリはまた眠ってしまったが、ユゥジーンは独り言のように続けた。

「そんで君は、ちっちゃい時からそれをずっと身に付けているのか? どんだけ律儀なんだよ」

 指先の緋色の羽根は、暗がりでまだちょっと光っている気がした。

 

「俺もな……」

 

 

 それからまた長く感じる時間が過ぎた。

 懐の女の子の呼吸がしっかりして来た安心感から、ユゥジーンもちょっとまどろんだ。

 

 夢を見た。

 幻みたいな唄声が聞こえる。

 尖った高い木に囲まれた森の中。夕暮れなのか、辺りに立ち込める霧は薄いオレンジだ。

 大きな倒木があり、その枝先で小さな女の子が、羽根をお手玉みたいに弄(もてあそ)んでいる。

 唄はその女の子が唄っていた。

 幽かな細い声だった。

 

 

 ***

 

 

 まどろみから覚め、ユゥジーンは顔を上げた。

 風の音が弱くなって、洞の出口が薄ら明るくなっている。

 一瞬、一寸でも記憶が戻っていないかと頭を探ったが、甘い考えだった。

 相変わらず頭の中にはぼんやりした子供時代の記憶しかない。

 

 今の夢は、ペンダントの羽根が見せてくれたのだろうか? 

 あの女の子に出逢った時、自分はどんな気持ちだったのだろう。

 宝物の羽根を、どんな気持ちで半分に割いたのだろう。

 他の事はどうでもいいけれど、それだけは凄く知りたく思った。

 

 ふと見ると、懐の女の子も目を開いている。

 

「起きた? 頭、しっかりしてる?」

「うん、多分……」

「動けそうか? 俺、そろそろこの体勢、キツイんだけど」

「ごめん……」

 リリは身体をずらした。

 

 ユゥジーンはマントの留め金を外して後ろ向きに抜け出し、背中越しに自分の上衣をリリに渡した。

 燃料は燃え尽きているが、お蔭でそんなに凍えていない。

 

「ありがと、馬の鞍袋に着替えがあるから、それ着たら返すね」

「うん、お! 雪も小降りになったみたいだ。とっとと馬を呼んでこんな山おさらばしようぜ。下の村に行って暖かい暖炉にありついて。あ、そうそう!」

 肝心の事を思い出して、ユゥジーンは振り向いた。

 

「記憶喪失の件なんだけれど。麓の村でも同じ時期、集団の記憶喪失が起こっていたみた…………どうした!!」

 

 言葉を途切れさせてユゥジーンは駆け戻った。

 

 薄明かるくなった洞穴で、リリは上衣を着ていたが、立てないでうずくまっている。

 魔性に捕まれた足に巻き付くように、真っ黒なアザが皮膚の下を這ってうごめいているのだ。

 昨日はそんなの無かった。

 

「何だよそれ! お、おい、大丈夫か?」

「慌てないで。魔性の毒か呪いが入ったんだと思う。それより、その記憶喪失の話……」

「そんな事どうでもいいよ! 大した話じゃない。それ、それどうしたらいい? 痛い? 俺、気付かなくて、ああ」

 

「大丈夫だから、本当に落ち着いて」

 リリはユゥジーンを励ますように、笑って見せた。

「こんなのよくある事よ。最初の判断を誤ったあたしのミス。里に帰れば治せるヒトがいるから、心配しないで、ね」

 

「そうなのか? じ、じゃあ、麓の村なんかいいよ。真っ直ぐ里に向かおう!」

「そうは行かないわ。さっきの麓の村の話、聞かせてちょうだい」

「そんなの、後回しでいいじゃん!」

「ダメよ!」

 

 リリの強い声に、ユゥジーンは黙らされた。

「あたしは長娘だもの。答えが目の前にあるのに、こんな事くらいで恐れをなして逃げ帰ったんじゃ、他の皆に示しが付かないのっ」

 

「何だよ、それ!?」

「何でもそうなのっ、あんたなんかに分かんないわ!」

「・・!!」

 

 ユゥジーンは、対峙した女の子の見開いた瞳を睨み付けた。

 昨日までの自分だったら売り言葉に買い言葉になる所だ。

 でも、何だろう? 今は、怒る気にならない。

 大きな瞳の奥が水面みたいに揺れているのが見えると、すうっと冷静になるのだ。

 そう、この娘の口から出る言葉は本心じゃない。長娘という抑圧に言わされている意地っ張り。

 多分以前の俺は、それを知っていたんだ。

 

「分かった、君の言う通りに……」

 

「ねえ」

 洞穴の出口を背にして立つユゥジーンに、リリがいきなり押し殺した声で言った。

「何でもあたしの言う通りにして。絶対よ」

 

「分かった、分かった」

「じゃあまず、そのまま前に歩いて、あたしを通り越して、洞穴の最奥まで行ってちょうだい」

「??」

「振り向かないで、早くっ!」

 

 言われた通りに洞穴の奥に移動して、そこでこっそり振り向いた。

 心臓が凍った。

 洞の出口に、昨日のバケモノの真っ赤な目があるのだ。

 

「ああああ、あれ、昨日、君の術でやっつけられた筈……」

 

「別の個体か、あれだけでは倒せなかったのか。何にしても、これで嗅ぎ付けて来たんだわ」

 リリは忌々しげに、自分の脚でうごめくアザを拳で叩いた。

 蛇の舌みたいな魔性の黒い手が、燠炭のように赤い粉をシュウシュウ吹きながら、洞の中まで伸びて来る。

 

「あ、あ、来たよっ、来たっ」

 

「狼狽えないで。貴方はまだ見付かっていない。アレが感知しているのはあたしだけだから」

「り、了解」

「これから何があっても、貴方は動かないで、奴に感付かれないように、そこにいるのよ」

「……?」

 

「奴が十分離れて気配がなくなってから、外に出て馬を呼んで、里に戻って報告をしてちょうだい」

「な、なに、それ?」

「そのくらい出来るでしょ、何でも言う通りにするって言ったわよね」

 

 リリは座り込んだまま、カマイタチを作ろうと右手を挙げた。

 しかしキュワッと鈍い音を立てて、風は消えた。

 見ると、アザが腕に這い上って手首を締め上げている。

 

「おい、だいじょう……」

「う、動いちゃダメよ」

 

 今の音に反応した黒いムチが動きを早める。

 迫り来るそれを見て、リリは目を見開いた。

 

 その見開いた目は、次に、自分をまたいで前に立つ、二本の脚を映した。

 

「あ、あんた、何やってんのよ」

「うるさい! 長娘か何か知んないけど、君、強がってるだけで、ぜんっぜん、ヘタレじゃん!」

 

 ユゥジーンはリリを背に立ちはだかって、両手に二本の剣を抜いた。

 うわぁあ~~ もっと真剣に稽古を付けて貰っといたらよかったぁあ~~

 

 

 

 

 

 




挿し絵:懐かしい夢
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