七時雨   作:西風 そら

19 / 33
七時雨~後・Ⅵ

 

 

 

 

 灰色の靄の天井から、二人の馬が降りて来た。

 魔物が居なくなって安心したらしい。

 

「よぉし、よし、怖い目に遭ったのに、ちゃんと戻ってくれてありがとうな」

 ユゥジーンは両方の鼻面を撫で、馬の鞍袋からリリの着替えを引っ張り出した。

 マントの下から細心の注意を払って服を着せる。

 

「目が覚めたらひっぱたかれるかも」

「覚まさないですよ」

 

 男性は着替えさせている最中も隙間なく、女の子の額に手を当て続けている。

 

「術の力だけ大き過ぎて身体が着いて行かないんだな。途中でダメージを受けなければ蛇に憑かれる事も無かったろうに」

 

「あ、あのっ」

 靴を履かせ終わったユゥジーンは、つい声を上げた。

「どうも執務室のオジサン達、この子を突き放し過ぎだと思うんです。こんなに小さいのに期待が大き過ぎるっていうか。この子、本当に大変だったんスよ。自分を犠牲にしても俺の馬を庇ってくれたり、俺だけ助けようとしてくれたり」

「・・・・」

「えっと、あの……」

「それで?」

「………」

 

 男性は静かにユゥジーンを見た。

「普通の娘ならそれでいい。優しくて献身的な女の子は皆に好かれ、周囲を幸せにする。しかしこの娘は、長になるんだ」

「長が、優しくて献身的じゃイケナイんスか」

「長は、里を背負い、多くの命を背負う」

 

「納得しないっス」

 ユゥジーンはここ一ヶ月で初めて、自分の以外の事で不貞腐れた。

「この子、皆が思ってる程しっかりしていないですよ。すぐ意地張るし、テンパるし」

 

「ああ……」

 男性は、怒らず、逆に目を細めた。

「記憶を失くしても、君にしか見えていない物は同じなんだな」

「??」

 

「最初から完璧な長などいない。その為に君達、執務室のメンバーがいるんだ」

「………」

 

「長は、一人では成れない」

 

 女の子の額にかざしている掌が一際大きく光り、男性は治癒を終わらせた。

 

 

 

 

 リイィィ・・

 

 錫杖が空気を震わせて長く鳴った。

 

 杖を動かしていないのにと不思議に思って見ると、先端の輪に付いた振り鐘がひとりでにチラチラと光って揺れている。

「ああ、娘が呼んでいる。そろそろ戻らなくては。リリはなるべく早くナーガ様に診せた方がいい。背負って連れ帰ってあげなさい」

 

「えっ、いやあの、背負うって? 俺、馬の乗り方も忘れちゃってて、っていうか昨日ここまで飛べたのだって不思議なくらいで、本当に修練所に上がる前の記憶しかないんですってば」

 

 男性が鼻から息を吐いて呆れた表情をした。

「君は元来そんなにペラペラと言い訳をする人物じゃ無かったと思うのだが」

 

「知りませんよ、両親早くに亡くして早くから自立心旺盛な子だったって散々言われましたがね。でも俺、その自立心が育つ前の人格ですから」

 

「ああ」

 ユゥジーンにしたら苦し紛れに並べ立てた言い訳だが、男性の中で琴線に触れる部分があったようで、表情が少し緩んだ。

「馬を信用してあげなさいな。上空でグルグル回って、一所懸命目印になってくれていたんですよ。記憶がどうでも、貴方の事が大好きなんです。里の場所は姫君の馬が先導してくれるでしょう」

「やっぱ、一緒に来て貰えませんか」

「蒼の里には不義理をしておりましてね」

 

 どう言ってもこれ以上は助けて貰えそうにないので、ユゥジーンも覚悟を決めて馬によじ登った。

 男性はリリを押し上げて、背に縛り付けるのを手伝ってくれたが、その時初めて、足を不自由にしている事に気付いた。

 

「あの、何かすいません」

「構わない、出来る事しか出来ないし」

「その身体で、魔性退治とかやってるんですか」

「まぁ……出来る事しか出来ないし」

 

 出立する前に、この蒼の里からは縁遠そうな男性に、ユゥジーンはどうしても聞いてみたくなった。

 

「あの~ ちょこっと教えて欲しいでス。俺、この子と付き合っていたのかなァ? 誰もはっきり答えてくれないし、それでいて何か含みのある顔をするんだ」

「本人に聞いてみればいいでしょう」

「聞いたよ。全否定だった」

「……」

 

「くだらない事聞くな、って思ってるでしょ。俺だって最初は気に止めていなかった。こんなちっちゃい子とあり得ないだろって。でも、もしかして本当に付き合っていたんだとしたら……とか思うとさ」

「ふむ」

「自分の事をきれいさっぱり忘れられたら、そりゃキツいでしょ。だからちゃんと知って、接し方を考えてやんなきゃな、って」

 

 去り掛けていた男性は、ピタリと止まってゆっくりと振り向いた。何故だかその瞳は大きく見開かれている。そうして足を引き摺りながら、ユゥジーンの馬の傍らに戻って来た。

「付き合っては……いなかったと思いますよ」

 

「へえ? そうスか?」

「この娘は男性とただ『付き合う』事はしません。長娘ですから。伴侶となり共に苦境を歩める相手にしか近寄ろうとしないでしょう」

「えぇ、堅苦しいっスね。長娘だからって自由に恋愛出来ないんですか」

 

「心は縛れません。ただ理性が縛る。男性側にしたら、長の血筋の娘に手を差し出すのは、相当な覚悟が必要です。この娘は相手にその覚悟を求めるのが嫌なんでしょう」

「そんな事言ってたら一生一人じゃないっスか」

「でしょうね」

「……」

 

 目を見開いて口をへの字に結んだユゥジーンを横目に、男性はフイと背中のリリの首元に手を伸ばした。

 

「何をするんですか? 起きちゃいますよ」

「起きませんよ」

 

 彼女の首から引っ張り出したのは、ユゥジーンとお揃いの、布のペンダント。

 

「この中の緋い羽根は、君と彼女とを繋ぐ絆。そんなに気になるんなら、内緒で見せてあげますよ、彼女の本心。どうします? 見ますか? ただし、それなりの覚悟が必要ですよ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 昼下がりの執務室は少しざわついていた。

 

 今しがた帰ったユゥジーンが背負っていたリリが、まだ目覚めないで長椅子に寝かされている。

 ナーガ長がずっと額に掌を当てて治癒を施し、ようよう反応が戻って来た所だ。

 

 まだ旅装姿のユゥジーンは、突っ立ったままそれを眺めている。

 ノスリとホルズにはざっと説明をしたが、怪物の事といい謎の術者の事といい、分かっていないユゥジーンの説明では、彼らにも今一つ伝わらない。

 ただ、ひとつの村丸ごと記憶を消すような所業は『あり得ない』と、二人は口を揃えた。

 彼らの知りうる歴代のどんな術者だって、そんな芸当が出来る者はいなかったと。

 

「へぇ、簡単そうに言ってたから、出来るヒトなんかゴロゴロ居ると思ったっス」

「居てたまるか」

 

「もう大丈夫だろう」

 ナーガ長がリリから掌を離して立ち上がった。

「その錫杖の術者殿がかなり手を尽くして下さったようだ。さて、ユゥジーン」

「はいっス」

「きちんと報告をしてくれるかい? 大体の事は背中で聞いていたけれど、形式も大切だから」

 

 ユゥジーンは素直に、大机に着くナーガ長の正面に足を揃えて立った。

 ホルズが、ほほぉという顔をして壁際に座り、ノスリは長椅子、見習いの少年が丸机で筆記のペンを取った。

 

「えっと、まず、この子……リリがこんな酷い目に遭ったの、俺が楽をしようとして別行動したからデス、スミマセンッ!」

 ユゥジーンは直角かと思える角度まで、ザッと頭を下げた。

 ホルズもノスリも目を丸くして唾を飲み込む。

 

「うん、そこは、リリに任せていた私に咎める事は出来ないよ。頭を上げなさい」

 長は静かに言った。

「調べに行った事の結果を聞かせておくれ。簡略でいいからね」

 

「あ、はいっス、俺が記憶喪失になったのは、山の怪物を倒すのに必要だったからでっすっ、おしまいっ」

 

「簡略過ぎだぞ」

 ホルズが苦笑いした。

 

「よく成し遂げたね。私は君を誇りに思う。これから里のどの場所に行っても、君はきっと立派な者になれるだろう」

 ナーガ長が微笑んで言った。

 ノスリとホルズは眉を寄せる。

 そう、この調査をやる条件は、ユゥジーンが執務室を退職する許しだったのだ。

 

「その事なんですけど」

 ユゥジーンは鼻の下をこすって悪びれなく言った。

「俺、やっぱ、執務室に残りたいんスけど、ダメですか?」

 

 ホルズは喜びが顔に出たが、ナーガはすまして聞いた。

「ほお、気が変わった理由は?」

 

「んと、えと、錫杖のオジサンに…… いや、やっぱ、なんとなくっス」

 

 大真面目に、すべてそのままを書いていた書記の少年が、「うへぇ」って顔をした。

 

「構わないよ、覚えて貰う事が沢山あるから大変だろうけれど、頑張りなさい」

「うぃっス」

「まずは言葉遣いだね」

「はっいっ!」

 

 ナーガはホッとした顔で、ノスリホルズと目を見合わせた。なにはともあれ、一件落着だ。

 

「あと、長様に幾つかお願いがあるんですけど、今言ってもいいデスか?」

「ああ、何だい?」

「俺、剣技をもういっぺんちゃんと習いたいです。いざという時に使えないんじゃ、ホント情けないっスから」

「そうかそうか、ノスリ殿にきちんとお願いするんだよ」

「あと、馬の乗り方も一から練習し直したいです」

「うんうん、教官を頼もうな」

「それから、リリが大きくなったら、お嫁さんにしたいです」

「うんうん、そうだね…………  え゛・・??」

 

 ナーガはニコニコした顔のまま糊付けになり、ノスリとホルズもさすがにリアクション出来なかった。

 

 

 もしも執務室に意識があったなら、大昔から繰り返されるこの光景に、苦笑いをしている事だろう。

 長であろうと誰であろうと、娘を妻にしたいと言う男に対する反応は、世の大多数の父親と変わらない。

 

 

「あのその、今すぐでなくて」

 ユゥジーンが慌てて言い直した。

「リリがねっ、将来、ど――しても、どおぉ――しても、伴侶が見付からなくて困っちゃった時は、俺! 立候補しますっ! って事です。だって一生独り身とか可哀想じゃないスか。この子の相手が見付かるまで、俺、独身でいますから」

 

 何が起こっているのか把握出来ずに呆然と口を開けているオジサン達の代わりに反応したのは、長椅子のリリだった。

 実は、『剣技を習いたい~』あたりから、トロトロと目覚めていたのだ。

「だあぁぁあ! 何よそれ? 何なのよ! その『ヒトが売れ残るの前提』の立候補はっっ!」

 

「いいだろ? 保険になってやろうってんだから。奇特じゃね? 俺。元気になったじゃん、良かったね」

「あたあたあたしの選ぶ権利はっ? 誰があんたみたいな大人ガキ!」

「なぁんだよ、雪山で素肌を寄せ合った仲じゃん」

 リリが長椅子から跳ね上がって、ユゥジーンの胸ぐらを掴んだ。

「だ、黙りなさい! ジーンッ!」

 

 ・・!!!!・・

 

 雪山の魔性が倒れた時みたいに、ユゥジーンがビビクン! と震えて止まった。

「は? えっと? あれ??」

 

 

 ***

 

 

 何処とはしれぬ、灰色の空間。

 

「教えてあげなかったんですか、リューズさんも大概意地悪ですね」

「教えようかと思ったんだが、彼と喋っていると、何だかイラッとして」

「それは分かりますが」

 

 オレンジの瞳のカノンと、錫杖のリューズ。

 

「記憶喪失の暗示が解けるキーワード、『リリに名前を呼ばれる事』・・時間が無かったから咄嗟にそう設定したんだが、妥当な所だろう? 結界の効いた蒼の里に入ってから記憶を戻して貰う必要があったから。帰ったら真っ先に駆け寄って呼ばれると思っていたんだ。まさか一ヶ月間一度も呼ばれなかったなんて。心底ビックリした」

 

「リリ、意地を張り出すと果てしないから。『あんなのジーンじゃない』って思っちゃうと永遠に呼ばないでしょうね」

「何とも激しい姫君をお持ちで、ナーガ様のご苦労が忍ばれる」

「それに比べると、貴方の息子なんて可愛い物でしょ?」

「…………」

 

 いや、この少年も、どうやら気付いていたっぽいのだが。

 同じ血を持つ自分の術は、彼なら早い時点で察知出来た筈だ。

 リューズは苦い顔をして、そこは追求しないで置いた。

 

「まあ、でも、彼は記憶が無くてもやっぱりユゥジーンだった」

 

 リューズは静かに自分の手を見た。

 忘れられた側に対する思いやり……自分の方が遥かに欠落していた事だった。

(何気ない一言であんなに僕の胸を抉るなんて、さすがナーガ様が手塩に掛けているだけある)

 

 リリのペンダントに触れて彼が何を見て来たのか、術者には分からない。 

 あの後あれだけお喋りだったユゥジーンは、口を結んで黙り込んでしまったのだ。

 

 術者はただただ手助けするだけ。すべては手を伸ばした本人次第なのだ。本人が何も持っていなければ、何も得る事は出来ない。

 ――大昔、カワセミ殿にそう教わったっけ……

 

 

 

 

 都合のいい物語だと、記憶喪失から蘇った者は、記憶を失っていた間の事は忘れていたりする。

 しかしユゥジーンは、それらの記憶も全部持ったまま、煩わしい大人の世界に戻って来てしまった。

 その間にやらかした、純にガキンチョな所業の数々までしっかり記憶した、まことに気の毒な状態で。

 

 ナーガ長が大机に両肘を付いて、微笑みを崩さないまま言った。

「うん、じゃあ、話してくれるかい? 特にその、『素肌を寄せ合った』って所を詳しく」

 笑顔の中の、目だけが笑っていなかった。

 

 

 

 

 再び灰色の空間の二人。

 

「そもそもこうやって僕に呼び掛ける手段なんて、どうやって覚えたんだ。ナーガ様は教えないだろう?」

 

 少年は手の中の翡翠石を目の高さに上げながら、シレッと言う。

「駄目元で、リリのベッド脇にぶら下がっていたこれを握ったら、何だか出来ちゃったんです。去年の秋にハイマツの丘で、一回道が通ったからでしょうか」

 

 リューズは眉間にシワを入れて、息子を見据えた。

 この子の能力は、蒼の里の知識からも外れているかもしれない。

 

「もうやらない方がいい。ナーガ様を困らせるし、いちいち結界を作って対応しに来るこちらも危ない橋を渡り渡りなんだから」

 

「すみません、今回は、先月のお礼も言いたくて」

 翡翠石を握り締めて、少年は悪びれなく頭を下げた。

 

「ん? 何かしたっけ?」

「『愛着のある持ち物が無い場合のヒト捜しの方法』を教えて貰ったでしょ。あれ、一発で上手く行きました。ありがとうございます」

 

「ああ、あれね。『物』が無ければ『者』でもいいぞ、って教えただけだ。心臓の鼓動を掌に伝える必要があるのが面倒だが。誰に使ったか知らないが上手く行ったのなら良かったな」

「蒼の里では習いませんでした、あんなに便利な技なのに」

「昔、師匠に伝授されたイレギュラー技だからな。誰が誰に対して愛着を持っているとか、下手に勘ぐっているとロクな事にならない。あまり広めぬように」

「はい」

 

 リューズは難しい顔になって今一度、息子の額の傷痕を見た。

 あの技を一発で成功させたか……

 この傷が付いてから、確かに能力が開き始めた気がする。しかも手に負えない方向へ。

 本当にこのまま放って置いていいのか? 指導者としては確かにナーガ様が地上最高位なのだが…………

 

 その時、結界の後方で、とぅん・・と足音がした。

 二人がそちらを見ると、たまに結界の端を横切る片羽根の子供が、波紋を残して去って行く所だった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。