「結局、どうでもいい伝言ばかりで、肝心の中身は分からず仕舞いじゃないか!」
ユゥジーンが、悲鳴みたいに言った。
しかし、もうスイッチは出尽くしたようで、子供達は口を一文字に結ぶばかりだ。
「その他の事を話してくれるつもりはないのか? リリはそんなにきつく口止めをしたのか?」
サォ教官も一人一人の顔を見ながら聞くが、彼等の表情は変わらない。
「いいですよ、皆、ご苦労様でしたね」
長が優しく言って締め括った。
執務室を出る時、長は最後に子供達に聞いた。
「君達は、リリと仲良しだったのかい?」
「ううん、ほとんど今日初めて喋ったよ」
「思っていた程怖くなかったね、あの子」
「そんなに仲良しじゃないのに、一生懸命約束を守ろうとしてくれたんだね。ありがとう」
「そうだ、お前達、私と交わす約束はすぐにすっぽかす癖に」
サォ教官は、しょっちゅう言い付けを破って、イタズラしたり宿題を忘れたりする面々を睨んだ。
「違うよ! あのオンナノコと約束したんじゃない」
「え、えっ!?」
年長の子がいきなり言った台詞に、大人達は二度振り向いた。
ここに来て予想外の第三者の登場か?
「草の馬に誓わされたんだ。各々の自分の馬に」
「……」
「蒼の一族にとって、草の馬は一生を共にする、絶対裏切っちゃイケナイ存在なんでしょ? せんせ、いつも授業でそう言っているよね」
長は目を大きく見開いて絶句していたが、やがて脱力して苦笑いした。
「参った・・」
明日は忙しくなるから今日は帰って休みなさいと言われたユゥジーンと、サォ教官と子供達は、夜の道を里奥に歩いた。
「まったくリリ…… あいつ、子供達まで巻き込んで。すみません、サォ教官」
「いや……」
教官は何故かしら少し嬉しそうだった。
「私は、リリに感謝しているんだよ。毎日側で暮らしていても気付かなかったこの子達の一面を見せて貰えた」
「買いかぶり過ぎですよ。ただ意地張って一人で行動したいだけなんだから」
「そうかい? 彼女はそんなに子供ではないと思うが」
「子供ですよ。だからいつまでも、長になる事に向き合えないで、逃げ回っているんじゃないですか」
言ってしまってから青年は、しまった! という顔をした。
「す、すみません、今の、無しです。聞かなかった事にして下さい。あいつにとって、サォ教官だけは特別なんです、だから……」
教官がちょっと寂しそうな目をしたのに、ユゥジーンは気付かなかった。
「分かったよ、でもね、ユゥジーン。リリは君の家に『逃げ込んで』いるのだろうか?」
「??」
「あの子は、ただ単に、安心出来る場所で眠りたいだけなんじゃないかなあ」
「は?」
分かれ道が来た。
ユゥジーンは釈然としない顔をしたまま会釈して別れた。
サォ教官と子供達は、更に里奥のハウスに向けて並んで歩く。
(私は、特別、か……)
特別というのは、そんなに嬉しい事ではない。
だからあの子は、自分には繕った姿しか見せてくれないのだ。
それは仕方がない。自分は彼女に対して大きな間違いをした。あの子が、教官としての自分を必要とした、本当の子供の頃に、……気付いてやれなかったのだ。
リリが入学して来た時、正直戸惑った。
文字が覚えられない、他の子とことごとくズレる、なのに術の力だけはやたらと強い。それでも、その事実を何とか把握しようとした。
彼女の従兄弟のシンリィは、文字どころか、言葉すら無い世界に住んでいた。
言っちゃ何だが、長殿の家系って我々とは違うのかも、と思った。多分、自分の他にも多くの大人がそう思っていた。
ほどなくリリは、『文章が書かれた紙に触れるだけで、書いたヒトの心を読み取る力』を発揮し出した。
ほら、やっぱり長殿の血は特別なんだ、心配しなくても、生まれながらに、それなりの能力を持っているじゃないか。
自分も、他の大人と同じにそう思って、安心してしまった。そして、長い間気付かなかった。
――違ったんだ。
彼女のその能力は、『大人をがっかりさせない為に』、死に物狂いで、会得した物だった。
他の子供が当たり前に読んでいる石板や紙に、気の遠くなる時間集中して挑み続けた末に、たまたま出来るようになっただけなのだ。
誰もが当たり前に出来る事にいちいち躓(つまづ)くリリ。その度に生真面目に立ち止まり、道を探す所から始めなければならないリリ。
最近になって、やっと知ったのだ。
彼女が本当に心を開いてそういう事を話した相手、西風から来たレンとカノン。彼らが教えてくれた。ごく日常の会話の中でさらりと。
そして改めて、彼らと過ごす屈託のない時間の中で見せる解(ほど)けた表情を、自分の前でした事がない事に気付かされた。
あの子が修練所時代に必要だったのは、文字の学習を免除してやる事じゃなかった。
単位だけを積み重ねて、修了証を手にする事でもなかったんだ。
「ねえ、せんせ」
並んで歩く年長の子に声を掛けられて、教官は考え事から戻された。
「んん? なんだい?」
「ジーン兄ちゃん、絶対あのオンナノコの事、スキだよね」
「ダダ分かりだよね!」
「ロリコンなの? ねえ、ジーン兄ちゃん、ロリコンなの?」
子供達は、執務室の緊張感は何処へやら、もういつもの感じでお喋りしている。
「それをあいつの前では言ってやるなよ」
「分かってるよ、セーンセ」
「せんせが応援してやれっていうなら、僕達協力するよ!」
「何もせんでいい。むしろ、何もしないでくれ」
サォ教官は、ユゥジーンの自宅の方を振り返った。
彼は気付いているだろうか。今日リリがやった子供達を使っての伝言と、殆(ほとん)ど同じ要領の家出宣言を、彼も少年時代にやらかしているのだ。
何だかんだ言ってあの娘は、里で一番ユゥジーンの事を見ていて、手本にしていて、意識もせずに踏襲しているのだ。
「本当に特別なのは、誰なんだろうな」
***
「やっぱり来た……」
長の自宅の暖炉の間。
朝の修練の座禅を組んでいたカノンは、入って来た青年に目を上げた。
「やっぱりって?」
三重の御簾をくぐって、ユゥジーンの目の下に隈を作った顔が覗いた。
「長殿が、自分が出勤した直後にユゥジーンが訪ねて来るだろうって」
「……」
「僕に、リリの行方を探ってくれって、彼女の持ち物を色々持って」
「……」
ユゥジーンは無言で、自宅を掻き分けて拾い集めた、リボンやらボタンやらをポケットから引っ張り出した。
「うわあっ、ホンッとにユゥジーンって分かりやすいんだね。それって剣士としてどうかって、長殿、心配してらしたよ」
「それは自分で分かっているから。カノン、頼む」
ユゥジーンは、少年の目の前にそれらを並べて懇願した。
「えっと」
カノンは困った顔でこめかみを掻いた。
「ナーガ様に止められているのか?」
「ううん、長殿は何も仰らないよ。でも、僕の『物から持ち主の居場所を見付ける術』も、長殿の『同じ血を持つ者を探す術』と同じだと思うんだ」
カノンは、紫の大振りのリボンを摘まんで目を閉じた。
「んーん……・・やっぱり駄目みたい」
「そうなのか?」
「うん、持ち主の『隠れる意思』がこんなに強いんじゃ。僕なんかじゃリリには太刀打ち出来ないよ」
「……」
「ねえ、長殿が本気を出したら、多分リリの意思なんてあっという間に凌駕出来るよ。それをしないのは、長殿がリリを尊重しているからなんでしょ?」
「分かってるよ! カノンまでそんな事を言うんだな」
ユゥジーンが語気を荒げたので、少年は黙った。
「カノンなら、あいつが、皆が思っているより全然子供で危なっかしい奴だって分かっているだろ? ペンダントの羽根が震えて教えてくれたって、危険に遭ってからじゃ遅いんだ!」
「ユゥジーン……」
カノンは眉を寄せて少し困っていたが、やにわに手に持ったリボンに両手を掛けて、ピリピリと縦二つに裂いた。
「カノン?」
「これ、半分づつ持っていよう」
「?? 何かの術か?」
「正式な術ではないけれど、西風でたまにやる、『逆お守り』だよ。二人で『無事でいてくれ』って念じていれば、目に見えない守護力になる」
少年はリボンを左手首に巻いて結んだ。
「……効果があるのか?」
「リリの『隠れたい』って意思が効くのと同じように、『護りたい』って思いも効く筈だよ。本当は数が多い程いいんだ。レンもいたらよかったのに」
ユゥジーンは狐に摘ままれた気分だったが、何せ長様も一目置く術者の卵カノンだ。
飄々としながらも、ナチュラルに有効な方法に辿り着いているのかもしれない。
「護りたい気持ちを切らさないように。あ、でも、仕事中は仕事に集中して、気を付けてね」
リボンを受け取って不器用に手首に巻きながら去る青年に、カノンは心の中で手を併せて謝った。
(ごめんね……)
こんなの、術でも何でもない、今思い付いたデタラメだ。
――だけれど……
ユゥジーンの身体中の血は『リリを心配する方向』に、全力で流れている。ていうか、四六時中リリを心配する塊(かたまり)が服を着て歩いているのが、ユゥジーンだ。
他人が幾ら『リリは大丈夫だよ』って言っても、通じないのだ。
「ふう、やっと今日の分の本が読める」
ユゥジーンは左手首のリボンをヒラヒラさせながら、執務室に走った。
思いの外遅くなってしまった、ホルズさんに大目玉だ。
しかし急ぐ青年に声を掛ける者がいた。
「ジーン兄ちゃん、おはよ!」
昨日の子供達だ。
一限目が乗馬訓練で、厩舎の方に直接登校なのだろう。
「ああ、おはよう、勉強頑張れよ、またな」
そそくさと去り掛けた左手を、子供は目ざとく見逃さない。
「オンナノコのリボンだぁ! あの子の? おまじない?」
囃(はや)し立てる気満々の子供達を振り切ろうととして・・ユゥジーンはふと足を止めて振り向いた。
「なあ、お前達?」